なぜ、いま「ライドシェア」が論争を呼ぶのか?──「自動運転」をめぐる競争が始まる
コロナ前から導入が検討されていた「ライドシェア」。インバウンド需要がコロナ前の水準に戻りつつあるいま、議論が再燃しています。
直近では、岸田首相自ら「あらゆる選択肢を排除せず、都市部を含めライドシェアの喫緊の課題への対応策の議論を加速してほしい」と語り、導入に向けた議論を加速させています。
また菅義偉前総理も、首相在任時に「2030年に外国人旅行者数を6000万人にする」目標を掲げ、観光地の移動手段の確保は喫緊の課題と考え「最終的には法改正を視野に入れて取り組む必要がある」と最近も発言しています。
さらには、超党派の勉強会を立ち上げた小泉進次郎氏も「タクシーが抱える過剰な規制を打破する規制改革で供給力を増やし、新しい選択肢のライドシェアをやる両方の話だ」と語っています。
では、自治体の首長たちはどうでしょうか。たとえば、神奈川県と大阪府が「ライドシェア」の具体的議論をはじめています。
その一方で、すでに「一般ドライバーが有償で客を車に乗せる制度が実施されている自治体の首長の9割が、移動の足の問題を解決できていない」と答えた、という報道もあります。
海外勢はどうでしょうか。2014年に日本市場へ参入を試みたアメリカのライドシェア大手のウーバーは、ライドシェアが解禁されれば再び「参入する」とコメントしており、日本市場に熱視線を送っています。
そもそも「ライドシェア」とは何か
ライドシェアにはさまざまな形態がありますが、「国土交通政策研究所報第 65 号 2017 年夏季」には、アメリカのウーバーやリフトが展開しているサービス(「TNC」型)を次のように紹介しています。
ちなみに、グローバルで見てみると「TNC型」はアメリカ、カナダ、ブラジル、メキシコ、インドで採用されているようです。
一方、ヨーロッパや中国、オーストラリアで採用されている「PHV型」は、ウーバーやリフトといった「プラットフォーム事業者」に対して運行管理等を義務づける「TNC型」とは違い、運転手に対して運行管理等を義務づけるという違いがあります。
日本のライドシェア、3つの論点
では、日本では「ライドシェア」について、どのような議論が行なわれているのでしょうか。議論の前提として、推進派も慎重派も課題としているのが、「①ドライバーが不足」しているという事実です。
ざっくりといえば、推進派は「ライドシェア」解禁によりドライバーを増やしたいと考え、慎重派はタクシーの総量規制の緩和や地理試験の撤廃、ドライバーの年齢上限の引き上げ等で対応したいと考えているため、議論が紛糾しています。
「ドライバー不足」解消の次に論点となるのが、「②安全性」です。
現在、タクシー業界では通常の車よりも高頻度(年1回)で車検が行なわれていたり、運転手のアルコールチェック、健康状態の確認が厳格に行なわれているのは、人の命を預かる仕事だからです。
健康には年齢だけでなく、個人差も大きく影響しますが、近年、高齢者の自動車事故が社会問題化しています。「安全」については、一般のドライバーも含めて、テクノロジーの力も借りながら、社会全体で取り組む必要があるのは間違いありません。
最後の論点は、「③需給のマッチング及び価格設定」です・需給のマッチングが議論になる際、度々登場するのが「ダイナミックプライシング」という仕組みです。
ダイナミックプライシングそのものは、需給のマッチングを向上させ、生産性を上げる可能性を秘めた仕組みだと私は考えています。生産性が上がれば、ドライバーの「遊休」時間が減少することになり、同じ時間で多くの売上を上げられるようになります。そうなれば、ドライバーの報酬を増やしたり、価格を下げる余地が生まれます。
ただし、「ライドシェア」にダイナミックプライシングの導入を考える際、避けては通れないのが、タクシーが担ってきた「公共交通」としての役割です。たとえば、相対的に「需要」が少ない地域は、「ビジネス」という観点で考えれば「供給」も少なくなり、結果として1回あたりの利用にかかる費用は大きくなってしまうかもしれません。
しかし、それでは「公共交通」としての役割を十分に果たせなくなってしまうため、ライドシェアを導入するとしても、単純にダイナミックプライシングを採用するのではなく、地域の事情に配慮しながら、「MaaS」といった取り組みと合わせて、最適解を模索する必要が出てくるでしょう。
いま議論しなければ、他国との差は開くばかり
ライドシェア、自動運転、AI分野においては、アメリカ、中国をはじめとして、世界各国は官民挙げて取り組んでいます。
一方の日本はといえば、ウーバーが日本への参入を検討してから約10年が経ちました。言葉を選ばずにいえば、日本のライドシェア関連の議論は停滞したままです。そして、このままでは「黒船」が日本の産業を飲み込んでしまうことにもなりかねません。
ライドシェア推進派も慎重派も、「人々の生活をいい方向に変えよう」という思いは同じだと思うのです。そして、私は論点となっている大部分は「技術」の力で解決することができるとも感じています。
「ライドシェア」の先には、「自動運転」をめぐる競争が待っています。タクシーやバス、ライドシェア等によって取得可能なデータは、自動運転技術向上に欠かせないものであり、世界のライドシェア大手企業や自動運転関連企業は、日本の市場に魅力を感じています。だからこそ、真剣な議論が必要だと私は考えています。
日本が10年遅れているということは、裏を返せば10年分のリープフロッグができる可能性があるとポジティブに捉えることもできます。10年間、他の地域では多くの成功と失敗があったはずです。そうした知見を活かしながら、日本ならではのライドシェアが実現すれば、その後の「自動運転」分野における競争にも弾みがつくはずです。
そして、ライドシェア、自動運転、AIは「地図」と密接に絡む分野であり、私たちマップボックスもデジタル地図のプラットフォームを提供する会社として日本のリープフロッグの一翼を担えるように、引き続き貢献していきたいと思っています。