“旅行“と”地図“ビジネスのCEOが考える「新たな観光の可能性」
コロナ禍を経て、「観光」「旅」に対する消費者ニーズは急速に変化しつつあります。訪日外国人旅行者数の急激な減少や、観光地やリゾート地で働く「ワーケーション」(ワーク+バケーションを合わせた造語)などが、その代表例です。では、これから「観光」「旅」はどう変わるのでしょうか?
今回のnoteでは、Tabist株式会社(旧OYO Japan) 代表取締役社長 兼CEOの田野崎亮太さんをゲストにお招きし、二人で話した内容を記事にしました。これからの「観光」「旅」をめぐる話のなかには、たくさんのヒントがあると思います! 初のnote対談記事です。ぜひご一読ください。(高田徹)
観光業に飛び込んだきっかけは「幼少期の原体験」
高田:田野崎さん、今日はよろしくお願いします。最初に今日の対談に込めた私の思いをお伝えしたいと思います。
もともと、地図屋をやろうと思ったとき、地図に「何か」を掛け合わせることでソリューションを提供したいと考えました。そして、地図を使って業界の課題を解決しよう考えたとき、一番身近なものとして、観光業が思い浮かんだのです。
実際、1949年、日本の地図最大手のゼンリンさんが初めて発行した観光小冊子『年刊別府』には、温泉施設のマップが掲載されていて、そのマップが好評を博したことで、全国の地図を手がけるようになったと聞いたことがあります。
それくらい相性のいい地図と観光ですから、テクノロジーが進化した今、もっとできることがあるだろうということで、先進的な取り組みをされている田野崎さんに、noteの対談企画第一弾に登場いただきたいと思ったのです。
田野崎さん:一番手として選んでいただき光栄です。地図と観光の相性も抜群ですが、高田さんとは出身大学も同じですし、デジタルマーケティングに従事したり、ソフトバンクビジョンファンドが出資する企業の代表をするなど、共通点も多いですね。
高田:田野崎さんは、一橋大学の近くに工場のあるサントリーさんでキャリアをスタートされたと伺っています。せっかくですので、簡単に自己紹介をお願いできますか。
田野崎さん:改まして、田野崎と申します。本日はどうぞよろしくお願いします。大学卒業後のキャリアとしては、ビールが大好きだったこともあり、新卒から数年間サントリーでモルツの営業に勤しんだのち、コンサルタントをやったり、フェイスブックでインスタグラムのローンチに従事したりというのが、これまでのキャリアになります。
高田:私もまさか自分が地図サービス開発プラットフォーム会社の代表になるとは思っていなかったのですが、田野崎さんは、コロナ禍直前の2020年1月に宿泊予約サイト「Tabist(タビスト)」の前身OYO Japanに参画されています。なぜ観光業に飛び込む決断をされたのですか。
田野崎さん:宿泊・観光産業には昔から興味がありました。小さなころ、父親の転勤で、福岡県北九州市の小倉に住んでいたのですが、海を挟んで反対側の山口県下関市にある「マリンピアくろい」というレジャー施設に、家族でよく出かけていました。そのときのことが原体験として私の中にあるのは大きいですね。
高田:小倉にいらっしゃったんですね。私は山口県出身なので、海を渡って小倉の「スペースワールド」に遊びに行っていましたよ。
田野崎さん:近いですね! 夏休みに家族で過ごした思い出、マリンピアくろいからのオーシャンビュー、ご当地グルメの瓦そばの味が今でも脳裏から離れないんですね。
そういった楽しい記憶が鮮明に残っていることに加えて、「ポテンシャルを発揮する」という私の人生のテーマを全国の旅館・ホテルのみなさまと一緒に追求したいと思い、この業界に飛び込みました。
今はコロナで一時的に打撃を受けている宿泊・観光産業ですが、計り知れないほどのポテンシャル、潜在能力を秘めているのは間違いありません。また、それぞれの地域固有の観光資源、宿泊施設さん特有の強みで発揮しきれていないものがまだまだあるはずですから、そこを一緒に取り組んでいきたいと考えているところです。
高田:その点は共通する部分があって、旅行産業と同じように地図産業も、言葉を選ばずに言えば、本来のポテンシャルを発揮できていないと私も考えていました。
地図というプラットフォームは観光産業はもちろん、自動運転、バズワードとなっているメタバース分野、シミュレーション技術のデジタルツインなど、かなり広範囲の産業のベースとなる技術ですから、もっと世の中に貢献できると思っています。
注目の「ワーケーション」は「観光」とは異なるニーズがある
高田:コロナという未曾有の感染症が広まったことで、あらゆる業界が打撃を受けました。もちろんZoomといった通信手段の普及、ニューノーマルに対応した新産業が勃興するなど、厳しいなかでも明るい兆しもいくつか出てきました。また、旅行産業においても、マイナス幅が大きかった分、アフターコロナではプラスの反動も間違いなく大きくなるはずです。ただ、コロナ前と後とで消費者の心理を含めた観光産業をとりまく環境の変化を把握して、対応していく必要があるとも思うのです。
田野崎さん:おっしゃるとおりですね。やはり一番大きかった変化は、ご指摘のとおり「リモートワークの普及」ではないでしょうか。これまでは、たとえば首都圏であれば、都心に通える距離に居を構えて電車で通勤するのが当たり前でしたが、コロナ禍では多くの企業がリモートワークを導入し、現在も継続しています。
ヤフーはその代表的な事例で、日本全国どこに住んでもいい、必要があれば飛行機出社も認めるという方針が話題になりました。
高田:イーロン・マスクのように「つべこべ言わずに出社せよ」とげきを飛ばす経営者もいますが、コロナ前に比べると、リモートワークを受け入れる経営層が増え、その結果として、地方に興味を持つ人の数は増えている印象を受けますね。
田野崎さん:その流れのなかで注目が集まっているのが「ワーケーション」です。実は、私も今、新潟県の妙高市にワーケーションに来ていて、田端屋さんという旅館に1週間くらい滞在する予定です。
東京で働いている方が、千葉、神奈川、埼玉、あるいは静岡、茨城などに生活の拠点を移すという動きだけでなく、地方でワーケーションをしながら、移動しながら働くという選択肢が現実味を帯びてきたのも、コロナの影響の1つではないでしょうか。
宿泊施設をお客様に提供する側であるTabist(タビスト)が、コロナで加速したワーケーションという潮流の後押しをすべく、サービスをパッケージ化してアピールしていかなければならないと考えています。
高田:まだまだ特異な例かもしれませんが、自宅を持たずに、全国のホテル、旅館を転々としながら働く、いわゆる「アドレスホッパー」についての報道を目にしたこともあります。
今日もワーケーションを兼ねて視察に行かれているということですが、Tabist(タビスト)として今後、どんな施策を展開していく予定でしょうか。
田野崎さん:1つは、「こんな施設でワーケーションができますよ」「今までとは違った連泊プランを提供していますよ」ということをもっと訴求していくための施策です。「行ってみようかな」と思っていただくためには、コストベネフィットという点でも納得感のあるプランを提供する必要があるからです。
たとえば、従来の出張型の旅の場合、1泊2食付だったり、1泊朝食付きで値段が決まっていましたが、1週間滞在する場合は、毎日豪華な夕食は必要ないですよね? 朝食も、地元の山菜とか、ご飯、焼き魚があれば十分です。ちなみに、妙高は米どころですから、お米もめちゃくちゃおいしいですよ。
また、部屋の掃除にしても、1週間毎日してもらう必要はありません。私も「1週間の滞在期間に掃除は1回だけでいいですよ。タオルは2日に1回交換していただけますか」と伝えています。
細かな話ですが、そういう過剰なサービスを減らす一方、ワーケーション用に延長コードを完備してもらったり、寝心地のよい枕に新調してもらったほうが、利用者にとってもありがたい。
その結果として、たとえば、1週間滞在して4万円というプランがあったなら、コストベネフィットとしてもかなりいいものになると思います。ご家族のいる方であれば、全国を転々としながら働くのは難しいかもしれませんが、身軽な方であれば、都心に自宅を構えて、家賃、水道光熱費を払うよりもかえって安いくらい価格帯になる可能性もあります。
高田:たしかに延長コード1つとっても、ワーケーション利用を想定していない旅館の方にとっては指摘されないと気づきにくい部分ですよね。そういった細かな部分が改善されるだけでも劇的に過ごしやすくなるのではないでしょうか。
旅先で必要となる「ローカライズされたマップ」と「マイクロモビリティ」
高田:ここまで、宿泊施設に関するお話をお聞きしましたが、1泊2日ではなく、1週間程度滞在するとなると、宿の周辺を散策するなど、その土地ならではの風物も満喫したいところですね。
田野崎さん:周辺情報こそ、高田さんの十八番、マップボックス・ジャパンさんの出番です。私は出張中、ワーケーション中でも必ず毎朝走るようにしているのですが、東京では考えられないくらい空気が澄んでいて、癒されますね。
一方で、ただ走るだけならいいのですが、いざ、散策しようとなると既存の地図アプリだけでは十分ではないとも感じています。
田端屋さんの近くに苗名滝という有名な滝があって、宿の娘さんに案内してもらったルートがすごかったんです。観光客が絶対に通らないような獣道を進むと、目の前に荘厳な雰囲気の滝が出現したのには感動しました。
高田:私も地図に携わるようになって痛感したのは、どんなに情報量のある地図も、地元の方の頭の中にある地図にはかなわないということでした。
田野崎さん:高田さんもデジタルマーケティングに従事されていたのでご経験されていると思いますが、多すぎる情報に人は溺れてしまうこともありますよね。分析のための分析をしはじめると、1日データと格闘して、何も得られないということになりがちです。
それは地図情報も同じで、膨大な情報を確認するだけで終わってしまうことになりかねません。たとえば、グーグルマップなどは、ある種のロングテールとしての価値は多分にあるのですが、宿泊・観光産業においては、もっとローカライズされたものがあったほうがいい。
ですから将来的には、おすすめスポット情報、ルート、口コミなどを掲載した地図を作成して、「Tabist(タビスト)がおすすめするなら行ってみようか」と思ってもらえるような流れをつくりたいですね。膨大な情報のスクリーニングを担うイメージです。
高田:ローカライズされたマップ、Tabist(タビスト)さんの予約システムなど、テクノロジーで解決できるところはテクノロジーに任せて、宿泊施設側がお客さんとの接点といった「人」にしかできない部分に注力できれば、もっとお客さんの満足度は上がりそうですね。
その意味で、地元の人しか知らないビューポイントを教えてもらえるというのは、最高の体験価値になりますね。
田野崎さん:あと、私自身がワーケーションをして感じたボトルネックは、マイクロモビリティです。その他のことはほとんどすばらしいのですが、周辺を散策する際の足がないのは地方の観光地に共通する課題だと思います。
たとえば、電気自転車や乗り合いタクシーのようなものが整備されると、旅先での体験のクオリティが格段にアップするのは間違いないですね。1泊なら散策する時間もあまりとれませんが、もしワーケーションで1週間滞在するなら、移動手段が必要になります。
たとえば、有名な名所まで5キロだったとして、近所の方にとっては車ですぐの距離であっても、険しい山道を歩くとなると2時間近くかかったりもします。
高田:私が毎年通っている越後湯沢も同じ課題を抱えていて、現在はシェアサイクルを導入しています。ただ、補助金にも限りがありますから、長期的には民間で回る仕組みをつくる必要があると思っています。
田野崎さん:その点は、ソフトバンクグループにモビリティを手掛ける会社が複数社あるので、高田さんから発破をかけていただきたいですね。
高田:今度、田野崎さんと2人で提案にいきましょう!
「期待値の上昇」に応えるTabistの戦略
高田:以前、noteにも書いたのですが、ユーザー心理の変化としてもう1つ重要なポイントがあると私も考えています。それは、コロナ禍による「移動コストの上昇」、そして「期待値の上昇」です。
いくつか理由がありますが、感染の危険を避けるために不要不急の外出を控えざるをえなくなったこと、それによる交通機関の利用者減、さらには原料高などもあり、金銭的なコストもアップ。
そのような状況で人々の消費動向はどうなったかといえば、移動コストが上昇して、移動の希少性もアップするため、移動に対する期待値も上がっているのが現状だと私は思っています。
ようは、「せっかく移動するなら、最大限の満足を得たい。旅をするなら、がっかりしたくない」という気持ちになっているということです。
田野崎さん:とても重要なポイントだと私も思います。まず、Tabist(タビスト)のポジションニングをお話しすると、「旅は手間がかかるものではなく、手軽に」「施設ごとに圴一な品質ではなく、コアなご当地情報・体験」に重きをおいた戦略をとっています。
家族経営の田端屋さんの例でいえば、親子ほどの年齢は離れていませんが、「ちゃんと野菜食べてる?」というような、実家に帰ったときによく言われていた言葉をかけていただいたり、思いもかけないアングルから滝を見ることができたり、早朝ランニングの際の空気がおいしかったりと、田端屋さん、妙高だからこその体験ができます。
ですから、宿泊施設さん側が、そうした「らしさ」にもっと注力できるように、現在、約25名の加盟施設担当が飛び回って、お宿さんと二人三脚で、システムのインストール、定着、さらにはお宿さんのよさを表現するプランを作ったり、改善の施策を実施しているところです。
あとは繰り返しになりますが、延長コードの整備や眠りやすい枕への交換といった顧客満足において外せないポイントについても、小さな改善を繰り返すことを重要視しています。
もう1つ、移動コストの上昇という文脈でいえば、Zoomをはじめオンライン・ミーティングのツールが普及したことで、中、長距離の出張需要がすぐに元の水準に戻ることはないでしょう。
そうしたなかで、たとえば、近場にある素敵な場所、意外に知られていない場所をしっかりとお客様に訴求して、価格に見合う体験をしてもらうようにするのも、Tabist(タビスト)の役割だと思っています。
高田:近場の観光、マイクロツーリズムについては星野リゾートさんや里山十帖さんも力を入れていますよね。
もう1つお聞きしたいことがあります。観光地には観光資源がたくさんある一方で、地域の文化、観光資源そのものは観光用に作られているわけではないというジレンマがあると常々感じています。
たとえば、さくらんぼ狩り、みかん狩り、ぶどう狩りというように、お客さんを受け入れる体制が整っている農家さんばかりではないということです。お客さんに体験してほしいのは、えてして繁忙期だったりしますよね?
地図づくりを支援する側としては、そうした事情にどのように配慮するのがよいのか。地域のアセットを活かすことと邪魔をしないことの両立は悩ましい部分でもあります。
田野崎さん:ご指摘の問題は、対象の地場の産業規模にもよると思います。たとえば、全国区になっているような地ビールの工房であれば、観光客を受け入れることもできると思いますが、少人数でがんばっているところに、大人数押し寄せると、やはり迷惑をかけてしまうことになるでしょう。
1つのアイデアとしては、地域の観光課といったプレイヤーがもう少し介入してもいいのかもしれません。インバウンドの方々もそうですが、観光客が求めているのは地域のリアリティです。
これは逆説的ですが、リアリティというのは「観光事業化」した瞬間に薄まってしまうので、観光課が「今、繁忙期ですから、遠くから眺めましょう」とか「この畑の収穫は来週だから、向こうの畑に行きましょう」とか、ばたばたしているほうがかえってリアリティがあるのではないでしょうか。
旅行者の頭の中の地図を可視化する
高田:今回は、妙高ということですが、今後、どういった地域でワーケーションをされる予定ですか。
田野崎さん:行きたい場所がありすぎて困っているところです……。会津、蓼科も早いうちに行きたいですし、地図を見ながら日々、わくわくしているところです。
ちょっと脱線しますが、私は旅先を考えるとき、テキスト情報よりも「地図」を使うことのほうが圧倒的に多いんですね。方向感覚をつかみたいからなのか、小さいころにドラクエをやりすぎたからか理由はわからないのですが、地図を見るとテンションが上がりますね。
高田:田野崎さんの頭の中にある地図とか、他のTabist(タビスト)ユーザーの頭の中にある地図をデジタルマップ上に再現すると、目指すゴールである「コアなご当地情報・体験」に一歩近づくかもしれないですね。
田野崎さん:そうですね。あとは、宿の方の頭の中にある地図も可視化したいですね。田端屋さんに教えてもらった滝のビューポイントは本当にすごかった。たどり着くまでのアドベンチャー感もそうですし、滝から受け取る清涼感も、プライスレスで、時代はメタバースではなく、ユニバースだと思ったくらいです。
高田:地図サービス開発プラットフォーム会社の代表としては、リアルも、メタバースも、どちらにも注力していきたいと思います。(笑)
田野崎さん:もちろんです。人間には常に両極が必要で、メタバースがあるからこそ、リアルが映えるわけですから、どちらも大切だと思います。
高田:今日はお忙しい中、ありがとうございます。
田野崎さん:ありがとうございます。今度は、ぜひワーケーションでお会いしたいですね。
(了)