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NY駐在員報告  「ブラウザ戦争」 1997年2月

はじめに

 60年代末に国防総省で生まれ、大学で育ったインターネットは、90年代から商用の時代に入った。爆発的な勢いで拡大するネットワークは、全米のほとんどの情報通信企業を巻き込んだだけでなく、多くの新企業を生み出した。驚異的なスピードで成長する新しい市場とは言え、多くの企業が参入すれば、そこには激しい競争が生まれる。それはサイバースペースで展開される戦争と呼んでもよいかもしれない。
 インターネット・ビジネスの世界は、あらゆるところで戦争が起きている。大手通信・情報企業が参入してきたインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)の世界も淘汰の時代を迎えているし、バナーを掲載したホームページは、2000年には20億ドルとも50億ドルとも言われている広告市場を巡って、ヒット数を競っている。また、インターネット上の少額決済(マイクロ・ペイメント)については数多くの方法が提案され、金融機関を巻き込んだ合従連衡が繰り広げられている。

 企業のターゲットは、インターネット市場だけではない。インターネットから生まれた技術は、インターネット自身だけでなく、企業内のそして特定企業間のネットワークを変えつつある。このイントラネット市場やエクストラネット市場も、インターネット関連市場である。イントラネットを巡る争いもサイバースペース戦争の一部だと考えなければいけない。そして、多くの企業は、このインターネットから派生した市場の方がインターネット自身の市場より大きくなると考えている。将来の予想市場規模が大きければ、大きいほど競争は激しくなる。時には大企業がアンフェアだと思われるような行動にでることもある。

 今月のテーマは、インターネットのブラウザ市場を巡る戦争である。つまり、「ネットスケープ社のネットスケープ・ナビゲーター」対「マイクロソフト社のインターネット・エクスプローラー」の争いである。

ブラウザの歴史

 ブラウザと言えば、94年10月までは、モザイク(Mosaic)のことだった。93年にイリノイ州にあるNCSA (National Center for Supercomputing Applications) で開発されたMosaicは、1年間に少なくとも200万のインターネットユーザがダウンロードしたと言われている。当時のインターネットの規模は、今の10分の1以下であることを考えると、これは大変な数字である。モザイクがウィンドウズ版も、UNIX版も、マッキントッシュ版もある、マルチプラットフォーム対応のソフトウェアであったことも一因であるが、それ以上にインターネット利用者にとって魅力的なソフトウェアであったことが最大の要因である。モザイクはインターネットをマルチメディア化した。文字が中心の世界にカラフルなグラフィックスを持ち込んだ。モザイクは、インターネットのキラーアプリケーションになったとさえ言われている。

 モザイクが開発されたNCSAは、連邦政府機関の一つであるNSF (National Science Foundation) がサポートしているスーパーコンピュータ・センターの一つで、イリノイ大学が管理している。開発したのは、マーク・アンドリーセン(Mark Andreessen)とその仲間である。当時、マーク・アンドリーセンとその仲間は、大学からわずかな時給でプログラミングのために雇われている学生アルバイトであった。イリノイ大学はモザイクが世界的に普及し、高い評価を得たところで、プログラムの著作権は大学にあると主張し、改訂作業を大学の管理下に置こうとし始めた。そうした大学当局の介入にアンドリーセンとその仲間がうんざりしていた時、シリコン・グラフィック社の創設者であるジェイムズ・クラーク(James Clark)から、会社を一緒に始めないかと声がかかった。

 94年4月、カリフォルニア州マウンテンビューにモザイク・コミュニケーションズ社が設立された。93年にイリノイ大学(専攻はコンピュータ・サイエンス)を卒業したばかりのアンドリーセンは、モザイク社の副社長に就任した。そして、アンドリーセンとその仲間は、まったくゼロから新しいブラウザの開発を初めた。モザイクをベースにつくれば開発時間は短くできるが、モザイクの著作権がイリノイ大学にあるので、ライセンス料を払うことになる。ゼロからソフトを開発すれば、著作権問題を回避できるだろうし、モザイクの問題点を知り尽くしているのだから、根本的にモザイクより優れたソフトウェアにすることも可能だと彼らは考えた。しかし結局、若干のトラブルがイリノイ大学との間で発生した。詳細は明らかではないが、94年11月モザイク・コミュニケーションズ社はネットスケープ・コミュニケーションズ社と社名を変更し、イリノイ大学とのトラブルを解消した。

 ネットスケープ社は94年10月に「ネットスケープ・ナビゲーター(Netscape Navigator)1.0」のベータ版を公開し、正式なバージョンを12月に発表した。余談だが、当時のバージョンをパソコンで立ち上げると、現在の「N」のマークのところがモザイクの「M」になっている。また、今でもブラウザで「http://www.mcom.com/」と入力すると、ネットスケープ社ホームページにつながるが、mcomはモザイク・コミュニケーションズの略である。

 会社設立後、わずか6カ月で公開されたナビゲーターは、当時のモザイクと比べると、かなり工夫が凝らされ、同じ通信速度のモデムを利用していても、情報を表示する速度はナビゲーターの方が数段速かった。また、WWWのサーバーだけではなく、アノニマスftpにも、ネットワーク・ニュースにも、ゴーファーにも対応している、万能のブラウザとして設計されていた。さらに、90日間の期限付きのお試し版が無料でダウンロードできたことや、教育関係者や非商用ユーザには無料で利用できたこともあり、なんと95年6月には、推定3800万人のユーザがナビゲーターを利用していたと言われている。95年8月9日、ネットスケープ社は株式を上場した。売出価格は28ドルであったが、寄付きは71ドル、この日の高値は75ドル、終値は58ドル25セントであった。翌日の新聞は「この結果、ジム・クラーク会長は約5.6億ドル、マーク・アンドリーセンは5800万ドルの資産を手にした」と報道した。もちろん、マーク・アンドリーセンと行動を共にした数人の仲間も数千万ドルの資産を手にしたことは言うまでもない。

マイクロソフト社の参入

 マイクロソフト社は、ブラウザ市場に参入するにあたり、ゼロから自社開発する道でなく、スパイグラス社から「強化版NCSAモザイク(Enhanced NCSA Mosaic)」のライセンスを得て、インターネット・エクスプローラ(IE:Internet Explorer)を開発する道を選んだ。

 話が前後してしまったが、この強化版モザイクは、94年8月にイリノイ大学がスパイグラス社にライセンス権を与えたモザイクをベースとして開発されたものである。スパイグラス社は当時、マイクロソフト社以外にも多くの企業にモザイクをライセンスしていた。
 マイクロソフト社が、強化版モザイクのライセンスを取得したのが、95年1月、エクスプローラの最初のバージョンを発表したのは95年8月であった。しかし機能、性能面ではるかに優れたナビゲーターが普及してしまった後では、時代遅れと言われてもしかたないモザイクをベースにしたエクスプローラは、まったく目立たないブラウザの一つでしかなかった。おそらく、95年8月に出荷が開始されたウィンドウズ95を購入し、マイクロソフト・ネットワークを利用し始めた一部のユーザのためのブラウザでしかなかったに違いない(実際の利用率を考えると、ウィンドウズ95のユーザですら、その多くはナビゲーターを利用していたことになる)

 エクスプローラのバージョン2.0は95年11月に発表された。マイクロソフト社の担当者は後に、「バージョン1.0で(ブラウザ)市場に参入し、2.0でネットスケープ社に追いつき、3.0で勝負にでたのだ」と語っているが、バージョン2.0が出ても市場はほとんど変化しなかった。たとえば、データクエスト社が96年5月1日に発表したインターネット用ブラウザソフト市場の製品別シェアによれば、トップはナビゲーターでシェア84%、2位がエクスプローラーで7%となっている。

 変化が現れたのは、エクスプローラ3.0が登場してからである。マイクロソフト社は96年3月12日にベータ版を公開し、その5カ月後の8月13日に完成版の無料提供をインターネット上で開始した。エクスプローラーが公開されたウェブサイトにユーザが殺到し、ソフトのダウンロードに時間がかかる、サーバーにアクセスできないなどの苦情が殺到したと言われている。マイクロソフト社は、提供開始から6時間で、ウェブサーバーには約3万2000人からのアクセスがあり、1週間でダウンロードされた本数は100万本以上に達したと発表している。

 この結果、エクスプローラのシェアは急速に拡大した。9月上旬にマイクロソフト社のチェース副社長は、エクスプローラーのシェアが、最新バージョン(3.0)を発表してから2倍になったと発表した。エクスプローラーのシェアは、バージョン3.0が発表される以前は、3〜10%と言われていたが、人気のWebサイトにアクセスしてくるブラウザを調べたところ、多くのサイトで10〜20%、一部のサイトでは30%に達しているという。また、ゾナ・リサーチ社の調査によれば、96年8月時点の実利用率でみたシェアは8%だったが、12月には28%まで上昇した。もちろん、96年12月時点でも最もよく利用されているブラウザはナビゲーターなのだが、ゾナ・リサーチ社の発表によれば、8月時点の83%から70%までシェアを落としている。

 エクスプローラー快進撃の原動力はどこにあるのだろう。もちろん、エクスプローラー3.0は改良に改良を重ねられ、ナビゲーターと比較しても、機能的には甲乙をつけがたいソフトに仕上がっている。しかし、それ以上に、ソフトをインターネット上で公開して無償でダウンロードさせたり、ウィンドウズ95を搭載したパソコンにバンドルしたという効果も大きい。そして、膨大な広告費を使って、技術的にみても市場をリードするネットスケープ社のナビゲーターと同等かそれ以上であるというイメージ作りに成功したことが、ユーザ急増の大きな要因かもしれない。

司法省とマイクロソフト社

 エクスプローラー快進撃の陰には、マイクロソフト社の巧みな戦略があることは確かであるが、この戦略の一部は反トラスト法に抵触している(していた)のではないかとの疑いが持たれている。

 ネットスケープ社は96年8月12日、司法省に7〜8ページの手紙を送付した。ネットスケープ社が雇った弁護士が書いた司法省の次官補宛の手紙は、マイクロソフト社がエクスプローラーのシェアを拡大するために、同社が94年に司法省との間で取り交わした同意判決(OS市場において独占的な地位を利用して、他のソフトウェア市場において他社との競争を有利に運んではならないというもの)に反するような行為をマイクロソフト社が行っていると司法省に訴えたのである。

 手紙に書かれたマイクロソフト社の行為を少し紹介しよう。

  • マイクロソフト社は、ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)やシステム・インテグレーター、パソコンメーカーなどのOEMに対して、エクスプローラーを目立つようにして、ナビゲーター等の他のブラウザをユーザの目から遠ざけてくれれば、ウィンドウズ95のライセンス料を割り引くという申し出を行っている。

  • ネットスケープのアイコンをエクスプローラーのアイコンと並べてデスクトップに置いた場合は、ウィンドウズ95のライセンス料を3ドル高くしている。また、日立が、マイクロソフト社との契約を理由に、ナビゲーターのバンドルを拒否した(日立はこの事実を否定する手紙を公開している)。

  • 中小のISPに無料でソフトウェアやハードウェアを提供する代わりに、ユーザからナビゲーターにアクセスできなくしたり、ISPとネットスケープ社の契約を買い取ったりしている。ある国際的なISPに対しては、ネットスケープのソフトを(そのISPのホームページで)販売しなければ、40万ドル支払うという申し出をした。

  • 企業ユーザに対して、エクスプローラーを採用すれば、無料のソフトやサービスを提供すると提案した。ある国際電話会社に対しては、ナビゲーターをエクスプローラーに置き換えてくれれば、1本に対して5ドルの割合の報奨金を支払うと持ちかけた。

 この手紙は8月20日に公開されたのだが、マイクロソフト社は2日後の8月22日に声明を発表した。マイクロソフトの反論はおおむね以下の通りである。

 おそらくは機密(あるいは親展)扱いである手紙をマスコミに流したのは、ブラウザ戦争において政府とマスコミを見方につけ、マイクロソフトの快進撃から目をそらさせようとしたものである。手紙の内容は、事実や法律に基づかない、荒削りで信頼できない主張ばかりである。エクスプローラーのシェアが拡大しているのは、マイクロソフト社の技術的、営業的努力の結果であって、不正な手段によるものではない。OEMに対して、エクスプローラー以外のブラウザをアクセスしにくくすればウィンドウズ95のライセンス料を3ドル値引きするという申し出をしたことはないし、OSのライセンス契約中に他のブラウザのバンドルを拒否する条項を設けたことはない。ISPと提携し、新規ユーザ獲得を容易にする代わりにエクスプローラーをそのISPの推奨ブラウザとすることは、なんら違法ではないし、ネットスケープ社も行っていることである。また、ブラウザを無料で配布したのはマイクロソフト社が最初ではない。ネットスケープ社も当初は無料でナビゲーターを配布し、普及したところで有料化したではないか。マイクロソフト社はエクスプローラーを将来も無料で提供することを明らかにしている。

 以上が、主たる内容である(この他、ウィンドウズNTの価格と利用制限、ウェブサーバーのアプリケーション・インターフェースの問題に触れているが、ここでは割愛した。マイクロソフト社の主張を詳細かつ正確に知りたければ、同社のホームページに声明が公開されているので参照されたい)。

 実は、ネットスケープ社が司法省に書簡を送ったのはこれが最初ではない。同じ月(96年8月)の初めにも別の手紙を送っている。これは、マイクロソフト社のワークステーション用OSの使用契約が反トラスト法に抵触していると訴えたものであった。

 マイクロソフト社は、普及機種用のOS「ウィンドウズNTワークステーション」のライセンス契約中でクライアントの同時接続数を10以内と制限しており、これ以上の接続を許すためには、上位機種用の「ウィンドウズNTサーバー」を利用しなければならない。問題は、マイクロソフト社のウェブサーバ用のソフトウェアは、ウィンドウズNTワークステーションでは動かず、ウィンドウズNT サーバーには同ソフトがバンドルされているという点である。一方、ネットスケープ社は、ウィンドウズNTワークステーション上で稼働する「ファーストトラック・サーバー(Fasttrack Sever)」を295ドルで販売している。つまり、マイクロソフト社は、ウェブサーバーソフトでの競争を有利にするために、ウィンドウズNTのライセンス契約を不当に利用しているのではないかと、ネットスケープ社は指摘したのである。なお、この後マイクロソフト社は、この同時接続数の制限を撤廃した。

 業界関係者は、このようにネットスケープ社が司法省に手紙を送るのは、マイクロソフト社のインターネット部門を強力なライバルとして恐れているからだと見ている。

 さて、その手紙を受け取ったはずの司法省だが、9月20日付けのウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、マイクロソフト社のインターネット・ソフト部門に対して、反トラスト法違反容疑で調査を開始していることだけを明らかにし、ネットスケープ社の手紙に関しては何のコメントもしていない。過去の例を見ると、司法省が結論を出すのは相当先になり、その頃には、この戦争の行方もかなりはっきりしているかもしれない。

 結局のところ、多くの専門家はマイクロソフト社のやり方に間違いはないだろうという。社外弁護士はもちろん、社内にも多くの法律の専門家を抱え、ビル・ゲイツの父親も弁護士というマイクロソフト社が、こんなところでドジを踏む訳はないだろう。しかし、ビルゲイツはマイクロソフト創業当時、最大の商品であるマイクロソフトBASICの無断コピーに悩まされ、ソフトウェアの価値を認めないとソフトウェアをつくる企業や個人が報われず、結果として優れたソフトウェアが生まれなくなる、と当時のコンピュータ愛好家に手紙で抗議した。エクスプローラーもスパイグラス社にライセンス料を払い、優秀なプログラマを動員して作り上げたソフトウェアなのだが、将来も無料で配布し続けると約束している。エクスプローラーを無料で配布するマイクロソフト社のCEOは、76年にソフトウェアの価値を認めるように手紙を書いたビル・ゲイツと同一人物なのだろうか。それとも、要はマイクロソフト社が儲かればよい、他社にマーケットを奪われたくないというだけなのだろか。

標準をめぐる争い

 ブラウザ戦争の本質は、HTML(HyperText Markup Language)の標準、あるいはパソコンのファイルファーマットを巡る戦争であると言われている。マイクロソフト社もネットスケープ社も独自の方法でウェブの記述言語であるHTMLの機能拡張を行っている。本来、HTMLの標準化を行っているのはW3C(World-Wide Web Consortium)であるが、両社共に、W3Cにおける標準化を待たないで機能拡張を進めている。このため、エクスプローラー用に作られたホームページをナビゲーターで見ると、ある機能が働かないために違って見えるし、逆にナビゲーター用のページをエクスプローラーで見るとナビゲーターで見るのと違って見える。
 おまけに、両社が目指す世界はまったく異なっている。ネットスケープ社は基本的にHTMLを中心に世界を構築しようと考えている。たとえば、電子メールもHTMLで書かれた文書を交換できるようにすれば、コミュニケーションはより豊かに、より便利になると考えている。OSにもアプリケーションにも縛られず、あらゆる情報を共有し、交換し、必要な情報との間にリンクを張ることが可能になる、そういう世界を目指している。

 一方のマイクロソフト社は、ウィンドウズの世界とインターネットの世界を統合する方向に進んでいる。エクスプローラーからマイクロソフト・オフィスの各アプリケーションで作成したファイルを開くことができ、逆にオフィスからウェブのコンテンツを操作できるようにし、さらにグループウェア用のサーバーソフトのセットであるバックオフィスにインターネット機能を付加しようとしている。これはウィンドウズの世界にインターネットを取り込もうとしているように見える。

 これまでインターネットは、どちらかと言えば、競争ではなく協力によって作られてきた。無論、インターネットは既に商用の時代に入っているのだから、競争は避けられないが、多くの関係者は標準で両社が合意できなくなることを危惧している。

 幸いにして新しく発表されるバージョンは、相互に相手の新技術を取り込んだ形で作られているので、最新バージョンを使えば、不都合はかなりなくなる。しかし、将来にわたって両社の進む道が同じ方向であるとは誰も保証できない。どこかで道が二つに分かれてしまった時はどうなるのだろう。相互運用性を失った時、ユーザはどちらかを選ぶのではなく、互換性のある部分だけを利用すれば落とし穴にはまらなくて済むのだが、どれだけのユーザが賢明でいられるのだろう。

アパッチ(Apache)

 では、サーバー側のソフトウェアの製品別シェアはどうなっているのだろう。96年10月にイギリスのコンサルティング会社であるネットクラフト(Netcraft)社が行った調査によれば、第1位は、アパッチ(Apache)というUNIXで動くフリーウェアで37.6%、第2位はNCSAサーバーで16.0%、第3位がマイクロソフト社のインターネット・インフォメーション・サーバーの6.7%、第4位がネットスケープ・コミュニケーション・サーバーで6.3%、第5位が同じくネットスケープ社のコマース・サーバーで6.3%という結果になっている。つまり、ネットスケープ社のシェアが12.6%で、マイクロソフト社のシェアが6.7%しかないという意外な結果なのである。これは2万以上のサーバーを調査した結果であるので、まずまず信頼できるデータだと思われる。

 もちろん、企業だけを対象に調査をすれば、結果は異なる。たとえば、ゾナ・リサーチ社が96年夏に北米の1185社に電話アンケートをした結果は、80%の企業がネットスケープ社のコマース・サーバーかコミュニケーション・サーバーを、11%がマイクロソフト社のサーバーソフトを利用していると答えており、アパッチのようなパブリック・ドメイン・ソフトを利用していると答えた企業は7%にすぎない。

 このUNIXベースのサーバーソフトウェアであるアパッチの源流は、95年初めに無条件で公開・配布されたNCSA httpdにある。無料で公開されたソフトは、多くの開発者や利用者によってバグが修正され、機能が追加・改良されて使い勝手のよいものになることがある。UNIXベースのソフトウェアでは珍しいことではない。アパッチもそうして原型が作られた。ネットニュースを利用してソフトメーカーやユーザが情報を交換するようになり、誰かが機能を拡張し、別の誰かがバグを見つけ、また誰かがこのバグを修正する。そうした作業が積み重ねられて、アパッチはできあがった。ちなみに、アパッチ(Apache)といえば有名な北米インディアンの部族名であるが、この名前は、衣服のほころびにつぎをあてるように実行形式のプログラムを修正する方法「パッチ(patch)」に由来する。

 現在アパッチは、15のデベロッパーと15の協力企業によってメンテナンスされており、最新版のソフトは、誰でも自由にアパッチのサイト(http://www.apache.org)からダウンロードすることができる。アパッチに関する情報や、バグ・レポート、FAQなどもこのサイトで入手できる。

 このアパッチのユーザには、有名な企業や組織も含まれている。例えば、ファイナンシャル・タイムズやホットワイアードのサイトはアパッチを使っている。シスコ・システムズ社やサン・マイクロシステムズ社でも利用されているし、政府機関ではFBIがユーザである。また、アパッチは無料のソフトウェアであるが、これを利用して商売をしている企業は少なくない。つまり、アパッチを利用してウェブサイトを構築するサービスやアパッチに関するコンサルティングサービスを提供する企業がいくつもある。ルーセント・テクノロジー社や日立アメリカ社のウェブサイトを構築したニューヨークのエイジェンシー・ドット・コム(Agency.Com)社もそうした企業の一つである。

 企業がこうしたパブリック・ドメインのソフトウェアを利用することは米国では珍しいことではない。もちろん、一般的に大企業は、トラブルが生じたときに十分な対応をしてくれるであろう企業を取引先に選ぶ傾向があると言われている。しかし、アパッチのようなパブリック・ドメイン・ソフトを擁護するシステム担当者は「インターネット上で得られる情報は、大企業の技術サポートに優るものがあり、また、ソフトウェアは絶え間なく改善されバグも少なくなっている」と述べている。

 ネットスケープ社とマイクロソフト社の激しい競争の中で、こうしたパブリック・ドメイン・ソフトが頑張っているところが、いかにもインターネットらしい。

ブラウザ戦争の現状

 既に述べたように、エクスプローラーのシェアは、96年8月時点の8%から12月には28%まで上昇し、一方のナビゲーターは、8月時点の83%から70%までシェアを落としている(ゾナ・リサーチ社の調査結果)。この他、いくつかの有名なウェブサイトでもブラウザの実利用率が計測されているのだが、傾向は似通っている。マイクロソフト社が97年1月28日に発表した資料によれば、エクスプローラーのシェアは17〜44%。最低の17%を記録しているのは、サーチエンジンのインフォシーク(Infoseek, http://www.infoseek.com/)であり、最高の44%は、ウィンドウズ95のウェブサイト(http://www.windows95.com/)、この資料に出ている米国内の13のサイトの平均は29%である。

 また、96年8月以降に社内で利用するブラウザをナビゲーターからエクスプローラーに乗り換えた企業も少なくない。大手では、コンパック・コンピュータ社、アーサー・アンダーセン社、クーパー&ライブダンド社などが、エクスプローラーを社内の標準ブラウザとして採用している。

 少なくとも短期的には、ユーザにとってブラウザ戦争はプラスである。競争によってブラウザはより使いやすく、機能が豊富になっている。また、企業ユーザにとってはコスト削減にもなっている。それは、無料のエクスプローラーを利用している企業だけではない。ネットスケープ社も対抗上、相当数のナビゲーターを購入する大企業に対しては、ライセンス料を1本数ドルという低価格に設定しているからである。

 当然のことながら、これはネットスケープ社の売上を落とし、収益を悪化させることになる。ネットスケープ社が96年1月に発表した96年10-12月期の決算は、売上高が前年同期比177%増の1億1505万ドル、純益は同17倍強の876万ドルであった。しかし、この結果を7-9月期と比較すると、売上高は15%増、純益は14.4%増である。過去の四半期の前期比伸び率と比べるとかなり小さな伸びでしかない。96年第1四半期からの売上高の対前期比伸び率は、32%、36%、33%であった。実は、ネットスケープ社の売上高にしめるナビゲーターの割合はまだかなり大きい。96年7-9月期で59%、10-12月期で51%である。このナビゲーターの売上高は、ブラウザ戦争の結果、7-9月期から10-12月期にかけて▲13%程度減少している(これに対してサーバーソフトの売上が総売上高に占める割合は7-9月期の25%から10-12月期には33%と拡大している)。もちろん、8月にナビゲーター3.0の出荷を開始したので、7-9月期に売上が伸び、10-12月期に反動が来たとも考えられる。しかし、多くのアナリストは、ネットスケープ社がこれまでと同じような急成長を続けるとは考えていない。

 ネットスケープ社の配当は、第4四半期からそれまでの10倍の10セントになった。しかし、株価は株式の分割を考慮しても95年後半の高値87ドルから96年末には57ドルまで下がっている。96年1月29日にCNNのニュース・キャスターは、アナリストの意見として、「マイクロソフト社がどんなにシェアを伸ばしても、消費者向け及び企業向けのインターネット市場において、これからもかなりのシェアを持ち続けることを証明することがネットスケープの課題である」と述べた。97年2月10日号のビジネスウィーク誌で「もっとも早く成長を遂げた企業」と紹介されたネットスケープ社は、ソフトウェア産業界の巨人を相手にしたブラウザ戦争によって成長のスピードを落としたように見える。

 話は前後するが、マスコミがブラウザ戦争を取り上げ始めたのは、95年末からである。その大きな契機となったのが、95年12月7日朝に行われたマイクロソフト社によるインターネット戦略の発表なのだが、この日はちょうど半世紀あまり前に日本帝国がハワイのパール・ハーバー(真珠湾)を襲撃した日でもある。戦後生まれとは言えビル・ゲイツもよく知っていると思うのだが、その後しばらく日本の快進撃が続いた後、形勢は逆転し、最後は連合軍の勝利に終わった。多くの人命が失われた実際の戦争を引き合いに出すのは不謹慎かもしれないが、こんなことを考えていると、ブラウザ戦争は、インターネット連合軍に宣戦布告したマイクロソフト帝国にとって、幾多の戦場の一つに過ぎないことが分かってくる。

企業提携戦略

 大きな市場をめぐる競争には、戦略的な企業提携がつきものである。ネットスケープ社もマイクロソフト社も積極的に企業提携、企業買収を行っている。いくつか事例を紹介しよう。

 マイクロソフト社は、エクスプローラー3.0に関して発表を行った3月12日にアメリカ・オンライン(AOL)との提携を公表している。この少し前に、ネットスケープ社もAOL、コンピュサーブとの提携を発表している。こうしたパソコン通信事業者やISPとの提携は、新規ユーザ獲得に協力する代わりに自社のブラウザを推奨ブラウザにする、あるいはユーザに無料でブラウザを配布するというものが多い。たとえば、マイクロソフト社は7月30日にISP最大手の一つ、ネットコム社との提携を発表しているが、これによって、ネットコム社のユーザにエクスプローラーが無料配布されることになり、これと引き替えに、マイクロソフト社はウィンドウズ95を改訂し、ネットコム社のネットワークに容易にアクセスする仕組みを組み込むことを約束した。この他、マイクロソフト社はAT&T社のワールドネットとも同様の提携を行っている。

 ネットスケープ社も、AOL、コンピュサーブの他、ベル系地域電話会社(RBOCs)のうちアメリテック社、ベル・アトランティック社、ベル・サウス社、パシフィック・テレシス社、SBCコミュニケーションズ社の5社(あるいはその子会社)との提携を96年12月に発表している。この5社は、ネットスケープ社のブラウザソフトを推奨ブラウザとして指定し、見返りとして、ネットスケープ社は同社のホームページを通じて5社のユーザ獲得に協力するというものである。

 周知のとおり、インターネットにアクセスできる機器はパソコンだけではなくなっている。こうした機器にもブラウザは組み込まれている。2カ月前のレポートで紹介した「ウェブTV」もそうした機器の一つである。96年9月30日にマイクロソフト社は、このウェブTVを開発したウェブTVネットワーク社に出資したと発表している。

 ネットスケープ社もパソコン以外のインターネット・アクセス機器市場を重視している。96年8月にネットスケープ社は、IBM社、オラクル社、ソニー、任天堂、セガ、NECと共同で、テレビ、携帯型通信機器などの電子機器向けのソフト開発を行う新会社「ナビオ」を設立したと発表している。同社は、インターネット用ブラウザソフトの基本技術を応用し、家電製品や携帯情報端末などをインターネット端末として利用できるようにする計画を進めている。

 この他、ブラウザに関係する企業提携の話はいくつもある。たとえば、ネットスケープ・コミュニケーションズ社が96年10月に、サイバーキャッシュ社との提携を発表している。サイバーキャッシュ社は電子マネーソフトの有力メーカーであり、提携の狙いは、ネットスケープ社のブラウザにエレクトロニック・パース(電子財布)機能や電子決済機能を搭載することだと見られている。

 一方のマイクロソフト社は12月11日、インターネット上でニュースなどを提供しているポイントキャスト社との提携を発表。こちらの狙いは、マイクロソフト社がMSNBCのニュースなどをポイントキャスト社に提供する代わりに、マイクロソフト社の次世代ブラウザにポイントキャスト社の情報を取り込む機能を追加することである。

 ちなみに、マイクロソフト社は単なる提携ではなく、極めて豊かなキャッシュフローを利用して、インターネット関係企業の買収、あるいは関係企業への出資を行っている。なんと96年だけでも7.5億ドルが買収・出資に使われており、買収されたり、出資を受け入れた企業数は20に及んでいる。

ブラウザ戦争は終わったのか

 マスコミがブラウザ戦争を取り上げ始めて1年あまり、最近はあまり記事を見なくなったように思う。一部にはブラウザ戦争は終わったという声もある。たとえば、オラクル社のエリソン会長は、マイクロソフト社がエクスプローラーをウィンドウズ97に包含する計画であることを指摘し、ブラウザ戦争は終結するとの見解を明らかにした(ちなみに、96年3月にビル・ゲイツはブラウザソフトをウィンドウズ95に統合する構想を明らかにしている)。このエリソンの発言は、ブラウザ戦争にネットスケープ社が負けて、会社の存続までもが危機に瀕するかのようにマスコミに伝わり、少なからずネットスケープ社の株価に影響を与えた(エリソンはCNNのインタビュー番組で、ネットスケープが倒産すると言ったことはないと答えている)。

 ブラウザ戦争が終わったと言われるもう一つの理由は、ブラウザ市場が金額からみて大きなものでないからである。(エクスプローラーは無料なので、金額でみれば市場が小さくて当然かもしれないが)たとえば、96年10月にゾナ・リサーチ社が発表したイントラネット市場の予測によれば、イントラネット用のブラウザ市場は、96年から99年までの間、ほぼ3000万ドルで横這いで、イントラネット市場に占める割合は、0.5%から0.1%にまで縮小する。インターネット市場でも同じように、ブラウザの売上が占める割合は低下するに違いない。

 また、ブラウザ戦争に勝者はないという意見もある。理由は、ブラウザがブラウザである限り、機能に大きな差をつけることは難しいからである。確かに、現状では相互に相手の新技術を取り入れた製品を数カ月毎に発表しているので、現在の状況では、機能的に圧倒的な差をつけることはできないだろう。

 戦場が別の場所に移っているという説もある。97年2月10日号のビジネスウィーク誌は「ブラウザ戦争は続いているが、争いはサーバーやイントラネットで走るより複雑なソフトウェアに移りつつある」と指摘している。確かに、ネットスケープ社が96年10月に明らかにした新製品の構想は、イントラネット市場をターゲットにしている。まず、ナビゲーターの代わりになる「コミュニケーター(Communicator)」は、アクティブXコントロール技術を含む、エクスプローラー3.0でマイクロソフト社が実現した技術をすべて取り込んだだけではなく、グループウェアのクライアントソフトに適した構成になっている。つまり、情報を共有し、コミュニケーションを容易にするための機能を統合したソフトウェアで、電子メールやウェブのブラウジングはもちろん、グループ・ディスカッションやスケジューラー、ボイスメール、ファイル転送、HTMLで書かれたファイルの編集などの機能を揃えている。このコミュニケーターに対応するサーバー側のソフトが、「スウィートスポット3.0(SuiteSpot3.0)」と呼ばれるサーバーソフト群である。ネットスケープ社は、95年にグループウェアを開発していたコラボラ(Collabora)社を買収して、グループウェアの技術を吸収しているが、その技術を生かした製品が、このスウィートスポットとコミュニケーターである。

 また、既に述べたようにマイクロソフト社はブラウザとOSの一体化を目指しているが、ネットスケープも「コンストレーション(Constellation)」と呼ばれる野心的な計画を進めている。これは、近い将来コミュニケータの一部になる予定のソフトウェアで、ネットスケープ社は、ウィンドウズに代わる新しいユーザ・インターフェースになることを期待している。ユーザは、このコンストレーションから、そのファイルやアプリケーションが、パソコンに内蔵されたハードディスク内はもちろん、LANに接続されたサーバーにあっても、地球の裏側にあるインターネットに接続されたサーバーにあっても同じように扱えるようになる。コンストレーションはウィンドウズの上に、ウィンドウズを置くようなものだから意味がないという意見もあるが、異なるOSを利用していても同じインターフェースを提供できるという強みがある。

 もちろんマイクロソフトもこれに対抗する計画を進めている。エクスプローラーから起動できる「インターネット・メール&ニュース」と「ネットミーティング」を発表した他、97年1月に発表した「マイクロソフト・オフィス97」は、インターネット/イントラネット対応になっている。たとえば、エクスプローラーからオフィス97で作成したドキュメントを参照できるし、逆にオフィス97の各アプリケーションからウェブを見ることも可能である。また、ウェブページのように、オフィス97のドキュメントにリンクを埋め込むことが可能になり、スプレッドシート上のセルをクリックしてワードで作成した文書を呼び出したり、ワードで作成した文書に埋め込んだリンクを利用してプレゼンテーション用のグラフィックを呼び出したりできる。さらにオフィス97で作成した全てのドキュメントは、容易にHTML形式に変換でき、自分のパソコンのハードディスクに保存するように、サーバーにドキュメントを登録、更新することが可能になる。

 さらに、エクスプローラー4.0は、先に述べたようにOSと一体化され、自分のパソコン上にある情報もネットワーク上の情報も同じように扱える環境が実現される。この「アクティブ・ディスクトップ」構想はまさにネットスケープ社のコンストレーションの目指すものにそっくりである。

 かくして、2000年には数十億ドル〜100億ドルになると予測されているイントラネット用のソフトウェア市場をめぐって、激しい競争は続いている。

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