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長崎県と佐賀市の取組みから何を学ぶか 「行政とADP」 (2005年6月)

 地方自治体におけるIT調達改革の取組みは、それぞれの自治体によって進捗状況に大きな差があるだけでなく、その取組みの方向性もかなり異なっている。本稿では「自前設計型」の長崎県と「SI連携型」の佐賀市を取り上げ、そのIT調達改革から学ぶべきものを考えてみたい。
 

1. 自前設計と小分け発注の長崎県

1.1. 自前設計の手法

 長崎県のIT調達の特徴は、自前設計と小分け発注にある。自前設計とは、県の職員が中心となって情報システムの設計書を作成することであり、小分け発注とは、発注の単位を500万円以下になるように情報システムを分割して外注することである。
 もし、自前で開発したい情報システムの設計が完全にできるなら、それを分割可能なモジュールに分けて発注することは不可能ではない。したがって問題は、情報システムの設計書を職員が書けるようにするにはどうすればよいかにある。ではまず、その手法を順序立てて解説しよう(図表1参照)。
 
(1) 画面イメージを固める
 まず、最初に情報部門の担当職員が業務を処理するために必要な画面を絵に描く。ラフなスケッチでも絵にすることによって、何を入力してどのような結果を得たいのかが分かるようになる。この職員が描いたポンチ絵をWebデザイナーが綺麗なデザインに仕上げ、関係職員で画面をみながら必要な機能が画面に盛り込まれているかをチェックする。必要があれば、もう一度専門家にデザインを頼む。

(2) データベースのテーブルフォーマットを設計する
 次のステップは、画面デザインを基にしてデータベース(DB)のテーブルフォーマットを設計する。この作業は専門家に委託して行い、その結果を職員が「情報に過不足はないか」「必要な情報はすぐに取り出せるようになっているか」といった観点からチェックする。

(3) 設計書(仕様書)を作成する
 第3ステップでは、画面デザインとDBのテーブルフォーマットを基に設計書を作成する。設計書は、A3用紙の左に画面デザインを配置し、右にDBサーバー、アプリケーションサーバー、クライアント(パソコン)の間でどのようなデータをやり取りするのか、情報をどう加工するのかを図面で表記する。この作業はかなり専門的な知識を要するので、技術力の高いソフトウェア技術者に委託している。
 
 この3つのステップは、一部平行して進めることができるため、作業をスタートしてから2ヶ月半程度で設計書が完成することになる。

1.2. 小分け発注の仕組み

 設計書が完成すれば、その時点でシステムを構成するサブシステムが明確になり、サブシステム単位で入札を実施することになる。長崎県の小分け発注の特徴は、システムの設計書を基にしてシステムのテスト仕様書の作成、テスト仕様書に基づく受入テストも入札によって外部委託する点にある。つまり、小分けされたシステムの開発作業、テスト仕様書の作成、小分けされたシステム毎の受入テストのそれぞれが別々の企業に委託されることになる(図表2参照)。

1.3. 自前設計&小分け発注のメリット

 自前設計&小分け発注方式のメリットはいくつもある。
 第1に、IT投資コストの削減である。自前設計&小分け発注方式を発案し推進している総務部参事監(情報政策担当)の島村氏によれば、システム開発費以外の経費として、画面イメージのデザインやDBのテーブルフォーマットの作成、設計書の作成などに要する外部委託費はあるが、この費用を含め、ほぼコストは半減している。中には3分の1程度まで削減できたものもあるという。

 第2は、地元IT企業が受注可能となったことである。長崎県は難易度が比較的低い案件から小分け発注を行い、経験を積ませることによって、地元IT企業の技術力向上を図っている。平成14~15年度の実績では100件中48件が地元IT企業に発注されており、平成16年度は96件中73件まで増加している。

 第3は、リスクの低減である。設計書を職員が中心になってつくり、発注が小分けされていることによって、システム開発プロジェクトが遅延したり、失敗する危険性はかなり小さくなる。小分けによってシステム開発期間は2~3ヶ月になるため遅延防止のためのプロジェクトの進捗管理も必要なくなる。

 一方、小分け発注すると、受託企業間の調整が大変になるのではないかと心配になるのだが、現実には「設計書(仕様書)が細分化されかつ詳細なので、各企業が質問してくる範囲・内容が局所化されるため、回答はむしろ容易になる」(島村氏)という。また、不具合への対処が複雑になるのではないかという懸念に対しても、「小分けにすると、問題の発生範囲が狭まり、切分が単純になるため、改修に至るまでの時間を最小にできるだけでなく、業務及びシステム全般にわたった高度な専門知識も不要となる」(島村氏)という。
 

1.4. オープンソース化

 長崎県のIT調達改革のもう一つの特徴は、オープンソース・ソフトウェア(OSS)の採用である。例えば、データベースにMySQLを、プログラミング言語にPHPを採用している。OSSは基本的に一般的なサーバーやネットワーク環境を前提に設計されているため、ハードウェアやネットワークの整備に、特殊な機器を必要としない。したがって、ほとんどの機器をソフトウェアの調達と切り離して競争入札で調達することができる。長崎県の場合、小分け発注したシステムを稼動させる環境は、県が別に調達し責任を持って準備するという仕組みになっている。これもまた、IT調達コスト削減を可能にする一つの方法である。

 長崎県のCIOである島村氏は、県が開発したソフトウェアもOSS化したいと考えている。ただ、OSS化した後のソースコード管理のコストを誰が負担するのかという問題があり、OSS化は今後の課題となっている。
 

1.5. 長崎県方式のIT調達改革の課題

 長崎県のIT調達改革については、民間企業から出向してきている総務部参事監(情報政策担当)の島村氏の役割が大きい。自前設計&小分け発注の仕組みを考え出したのも島村氏であるし、DBのデータテーブルを最終的にチェックしているのも島村氏である。こうしたことから、長崎方式のIT調達改革は、島村氏のようなスーパーSEがいなければ実行不可能であるように考えている人が多い。しかし、島村氏自身が主張しているように、調達方法自体はマジックでもなんでもない。

 自前設計とは言うものの、設計書作成の作業のほとんどは県の職員ではなく、専門家が行っている。画面のデザイン、DBの設計、最終的な仕様書の作成はそれぞれの専門家に外注しており、職員に情報システムの専門家になることを強制しているわけではない。したがって、長崎県と同じような工夫をすれば、自治体職員が中心になって情報システムの設計書を作成することができるだろう。

 ただ、いくつもの個別システムが整合的に動くかどうかの鍵は、DBの設計にある。
 長崎県の場合、このDBの設計を最終的に決定しているのが島村氏である。他の自治体が、この方法を模倣するのであれば、この部分をカバーできる人材がいるかどうかがポイントになるだろう。もちろん、自治体内で適当な人材がいなければ、長崎県のように外部からスカウトしてくるという手段もあるし、専門家に外部委託するという手もある。

2. SI連携型の佐賀市

2.1 佐賀市のIT調達改革の特徴

 佐賀市のIT調達に関しては、2003年12月に新基幹システムの開発を韓国のサムスンSDSに委託したことが話題になっている。地方自治体が基幹システムの開発を外国企業に委託するという事例がこれまでなかったからである。しかし、IT調達改革という点では、佐賀市はSI (System Integrator) 連携型に分類される。

 具体的に言えば、佐賀市は、新基幹システム開発を含む電子自治体構築のマスタープラン作成と基幹システム開発プロジェクトの管理をイーコーポレーションドットジェーピー株式会社(代表取締役社長:廉 宗淳氏)に委託している。したがって、イーコーポレーションは、佐賀市と協力してプロジェクトの進捗状況を把握し、必要に応じて佐賀市に助言をすると同時に、開発を受託したサムスンSDSに対して指導する立場にある。このようにプロジェクト管理能力のある外部の専門家やIT企業の協力によって、対等以上の立場に立って委託先企業と交渉することができる。
 では、佐賀市の新基幹システム構築の経緯について説明しよう。
 

2.2. 新基幹システム開発の背景と狙い

 当初、佐賀市は2005年に予定されていた市町村合併(当初計画では1市6町の合併)に向けて基幹システムが稼動していた汎用機を、より能力の高い上位機種のリプレースすることを検討していた。しかし、市幹部の韓国の電子政府視察を契機にオープン系のシステムにダウンサイジングする方向に変化した。2003年6月の補正予算で、佐賀市の電子自治体構築のマスタープラン作成の予算を確保し、7月に提案を公募した。この結果、イーコーポレーションがマスタープラン作成を受託し、市町村合併を実施する前に新基幹システムを構築するという計画を提案した。

 佐賀市は、このプランに基づき、2003年10月に新システム構築の提案書を公募した。新システム構築の主な条件は、OSはUNIXで開発言語はJavaであること、ソースコードは市に公開すること(市が著作権を保有すること)、2005年3月までに完成させることであった。
 提案書を提出した企業は5社であったが、うち1社はソフトウェア開発というよりハードウェア中心の提案となっていたため、実質的には4社が検討対象となった。しかし、前述の条件を満たしている提案は1つしかなかった。それがサムスンSDSだったのである。

2.2. 開発開始から完成までの経緯

 サムスンSDSとの契約が締結されたのは、2003年12月である。契約金額は約8.7億円。住民基本台帳管理、住民税、福祉関係業務、農政関係業務、国民年金など市の主要業務を処理するシステムの開発経費としてはかなり安い。また、契約の詳細を検討している段階で、開発したソースコードは佐賀市とサムスンSDSが共有することになった。
 当初の計画では、まず適当な業務を選んで「プロトタイプ」を開発し、次に一度すべてのシステムを開発し(ビルト1)、市職員のチェックを経て、再度すべてのシステムを開発(修正・機能強化)する(ビルト2)ことになっていた。つまり、仕様決定→設計→開発→テストという工程を2度繰り返すというスパイラル方式である。また、設計とテストは日本で実施するが、プログラム開発は韓国で実施する計画であった。

 サムスンSDSは、2003年12月から翌年の3月にかけて業務ヒアリングを行い、4月にはプロトタイプとして印鑑登録業務システムを開発、次いで対象業務すべてのシステム化に取り組んだ。2004年7月末にはビルト1が完成し、8月上旬に市職員二十数名が韓国に渡り、システムの完成度をチェックした。ところが、完成度はあまりに低く、このままではシステムの完成が危ぶまれると判断した佐賀市は、システム開発の拠点を佐賀市に移すように要請した。

 ビルト1の完成度が低かった原因は、日本語で書かれた仕様書を機械翻訳で韓国語にしたものを基にプログラムを作成していたこと、日本と韓国の地方自治体業務に細かな違いがかなりあること(たとえば、韓国では転居した場合、転入処理はあっても転出処理はない)などにあったと考えられる。

 サムスンSDSは、佐賀市の要請に応じて開発拠点を佐賀駅近くのビルに移し、佐賀市職員と密接なコミュニケーションを持ちながらビルト2を作成した。そして、2005年1月に旧システムと平行稼動させながら不具合を修正するという作業を続け、3月22日に無事に本稼動に入った。

2.3.開発完了後の状況と課題

 新基幹システムのハードウェアは、Sun Microsystemsのサーバー17台で構成され、OSはSolaris、DBMSはOracle 9iを使用している(ハードウェアは、ソフトウェアの開発とは別に入札が行われた)。また、運用については、2005年1月に入札が行われ、地元の佐賀電算センターが落札し、2月から運用を担当している。
 佐賀市は2005年10月に1市2町1村の市町村合併を予定しており、現在2町1村の情報システムを吸収するための作業をサムスンSDSが実施している(別契約になっており、契約期間は2005年1月から9月末まで)。
 佐賀市は、この新基幹システム開発を契機に、地元のIT企業への発注を増やしたいと考えている。新基幹システムのソースコードの所有権を確保したのもそれが狙いである。このため、佐賀市はサムスンSDSに、地元企業のソフトウェア技術者を対象とした研修会を実施させている。

3. 長崎県と佐賀市の事例から学ぶべき点

 長崎県と佐賀市の取組みは、方法からみればまったく異なる。長崎県は、職員を中心とした自前設計と小分け発注によって地元のIT企業が受注できるような状況を作り出しているのに対して、佐賀市は基幹システム開発を丸ごと韓国企業に委託している。発注方式も異なれば、委託先企業もまったく異なる。しかし、実は狙いは共通している。それは情報化投資額の削減と地場企業の育成である。長崎県は設計工程を分離し、小さな単位で発注することによってコストを削減すると同時に地元企業への発注を可能としている。一方、佐賀市はダウンサイジングによってコスト削減を実現すると同時に、開発したソースコードを所有することによって、今後のシステムの改修や機能追加を地元企業に発注できるようにしようとしている。

 取組み方は異なっていても、情報システムを大手ITベンダーに全て丸ごと任せてしまうという従来方式を根本から変えてしまったという点でも共通している。おそらく、これからこうした取組みが全国の自治体に広がっていくのだろう。
 こうしたIT調達改革の流れが加速していく中、地方の中小ITベンダーにとっての課題は、そうした自治体の取組みに対応できる技術力をつけることであり、大手ITベンダーの課題は、大手ならではのサービスや価値を提供することにあるのだと思う。


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