ECビジネスの成功/失敗要因を考える (2003年10月) 税経通信
1 はじめに
2000年3月に5000ポイントを超えた米国のナスダック総合株価指数は、その約1年後の2001年4月初めに 1600ポイント台にまで下落した。いわゆるネットバブルの崩壊である。ドットコム企業の株価は暴落し、いくつもの上場企業が破産し、それ以上の数のネット系ベンチャーが新規株式公開の夢を実現できないまま姿を消した。
米国の調査会社ウェブマージャーズが毎月発表している統計によると、ドットコム企業の倒産やそのウェブサイト閉鎖はナスダック指数の下落が始まった直後から急増し、2000年11月から2001年6月まで毎月50件〜60件という高い水準で推移した後、2001年下半期になってようやく減少に転じ、2002年下半期には毎月10件程度にまで減少している(図表 1 )。
このネットバブル崩壊期(2000年から2002年上半期まで)に倒産あるいはネットビジネスから撤退したドットコム企業を業種別に見ると、もっとも大きな割合を占めるのがEC系の企業で、43%を占める(図表2)。
ただ、ネットバブルの崩壊によって、すべてのECビジネスが失敗だったと証明されたわけもないし、インターネット革命が終わってしまったわけでもない。ネットバブル崩壊前と比べれば株価は大幅に下落してしまったが、生き残っているドットコム企業はいくつもあるし、EC市場に関する統計や調査レポートによれば市場規模の拡大は続いている。
たとえば、商務省センサス局が四半期毎に発表している小売業のオンライン販売に関する統計をみると、対前年同期比成長率は、2000年第4四半期の71%増から2001年第3四半期の12%まで低下した後、徐々に勢いを取り戻し、最近は20%台の後半で推移している(図表 3 )。
本稿では、いくつかのドットコム企業の例を取り上げて、ECビジネスの成否を分けたものが何であったのかを考えてみたい。
2 破綻したネット小売業
ネットバブル崩壊時期に破綻したネット小売業は、IPOする前のベンチャー企業が多かったのだが、中には株式を公開し、市場からは既存の大企業と変わらない評価を受けた企業も含まれている。たとえば2000年8月に米連邦破産法11条の適用を申請したValueAmericaは、パソコンからスポーツ用品、玩具、宝石、日用品まで幅広い商品を扱うネット小売であり、IPOを行った1999年4月の株式の時価総額は24億ドルであった。これは小売業大手のシアーズ・ローバックの当時の時価総額に匹敵する金額である。また、既存大企業から出資を受けた企業や、大手企業の系列会社も破綻している。たとえば、2000年6月に破産申請したToysmartは1999年8月にウォルト・ディズニー社から4500万ドルの出資を受けたオンライン玩具店であったし、2000年5月に破産申請したRedRocket.comは米国のメディア大手のViacomの系列企業であった。
また、倒産ではないが、破綻直前に他の企業に買収されり、既存企業から多額の出資を受けることによって事実上子会社となってしまったドットコム企業もある。たとえば、音楽用CDを販売する1994年創業のCDNowは、2000年7月にドイツのメディア大手Bertelsmannに買収されたし、オンライン・スーパーの最大手であったPeapodは、オランダのRoyal Aholdの出資を受け入れて事実上の子会社となった。
こうした破綻した企業には、調べれば破綻するそれなりの理由がある。たとえば、ValueAmericaの場合、提携したメーカーや卸売業者から商品を消費者に直送するという無在庫ビジネスモデル(図表 4 )を採用し、ビル・ゲイツとともにMicrosoftを創業したことで知られるポール・アレンやFedexのCEOであったフレッド・スミスが出資していることで話題を集めた。しかし、その商品の配送に関する消費者の評判は芳しくなかった。いやもっとはっきりと言えば、インターネット上の電子掲示板に書き込まれた同社の評判は最悪だったのである。顧客の評判が悪い店が繁盛するわけがない。1998年の決算は5360万ドルの赤字であったが、1999年には1億4350万ドルの赤字と決算は悪化し、2000年8月に破綻してしまった。
3 eToysの場合
破綻した企業はすべて、ValueAmericaのように顧客の評判が悪かったわけではない。たとえば、ネット上で玩具を販売していたeToysは、2001年3月に破産申請を行っているが、極めて評判のよい企業であった。たとえば、優良ウェブサイトを紹介した『Gomez BEST WEB 2001』の玩具部門では第1位にランクされており、消費者の評価によってECサイトのレイティングを行っているBizrate.comでも当時の評価は10点満点の8.9点であり、玩具部門ではやはり第1位にランクされていた。
玩具がネット販売に適していない商品だったわけではない。逆に、玩具は書籍や音楽CDと並んでネット販売に適していると言われている。商品のサイズが比較的小さく、商品名や型番によって商品を特定でき、購入時に手にとって確かめたいという顧客は少ない。仕事が忙しくて玩具店にいけない親にとって、ネット上の玩具店は便利な存在だと言われてきたのである。
ネット販売に適した商品を扱い、顧客の評判もよかったとすれば、資金枯渇に陥った原因は彼らの戦略にあると考えざるを得ない。以下は、米国の二人のアナリスト(Mitchell P. BartlettとMatt Richtel)が1999年12月のデータを基に一注文当たりの数字を計算したものである。
まず一注文当たりの売上げは68.97ドルであり、仕入れコスト(55.18ドル)を引くと粗利が13.79ドルである。しかし、顧客獲得のための広告などのマーケティング・コスト(27.02ドル)、倉庫と配送センターにおけるコスト(17.50ドル)、ウェブサイトの開発費(7.84ドル)、その他一般管理費(3.40ドル)を引くと、一注文当たりの損益は41.97ドルの赤字となる。
素人がみてもこれではビジネスとしてうまくいっているとは言えない。一目見てマーケティング・コストが大きすぎると分かるが、マーケティング・コストを十分の一にしても一注文当たりの赤字は18ドルと大きい。売上げを伸ばせば赤字は解消できそうに見えるが、仕入れコスト以外を固定費だと仮定して計算しても、売上げを4倍以上にしなければ黒字にならない。おまけに「倉庫と配送センターにおけるコスト」は、その過半が配送センターにおける梱包と発送に要する人件費と梱包材の費用であり、実際には注文が増えればコストも増加する変動費であるため、おそらく売上げが十倍になっても黒字にはならないだろう。
米国のカタログ通販の企業の中には、この「倉庫と配送センターにおけるコスト」を販売原価に計上しているところもある。もし、eToysがこのルールを採用すると、粗利はマイナスになってしまう。
つまり、この数字から判断する限り、仕入れ価格を下げるか、販売価格を上げるしかないのである。当然、仕入れ価格を下げる努力はすでになされていたであろうから、現実的な解決策は販売価格を上げることにある。
しかし、当時、販売価格を上げることはタブーであった。
4 ネット市場に関する当時の通説
販売価格を上げることがタブーであった理由は、当時、インターネット上では情報の非対象性が解消され、ネット上の市場はより完全競争市場に近づくだろうと言われていたからである。これには、もう少し説明が必要だろう。
完全競争市場とは、次の4つの条件が成立する市場である。
(1) 市場で取引される商品は完全に同質であること
(2) 売り手、買い手ともに価格を支配するようなプレーヤーが存在しないこと
(3) 市場への参入、撤退が自由であり、そのコストや規制を含めていかなる制限もないこと
(4) 買い手、売り手ともに市場で取引される商品に関する情報を完全に共有していること
ネット上の市場がこれらの条件をすべて満たしているわけではないが、オンライン小売を前提に考えれば、現実の市場に比べて市場への参入、撤退がより自由であることは確かだろう。ネット上での物販は、高い家賃を支払って店舗を構える必要もないし、少ない在庫で世界中を相手に商売ができる。場合によっては無在庫でもビジネスは可能である。実際、破綻したネット小売業で紹介したValueAmericaは無在庫のビジネスモデルを採用していた。
さらに、ネット上で情報を獲得するコストは極めて小さい。複数のサイトから商品情報や価格情報を調べて比較することは容易であるし、ネット上には価格比較サイトと呼ばれる専門のサイトも存在している。買い手は、より低価格で商品を販売しているサイトを見つければ、クリック一つで店を変えることができる。
つまり、価格を引き上げれば、買い手はより低価格で販売しているサイトに逃げてしまうであろうから、価格を引き上げるのはタブーだと見られていたのである。
5 ネット上の価格分散とその原因
もし、ネット上の市場では買い手がより低価格で販売している店に簡単に移動してしまうのであれば、ある商品のネット上の価格は収斂することになる。もちろん、すっかり完全競争市場になるわけではないだろうから、完全に一物一価の世界になることはないだろうが、少なくとも現実の市場に比べれば、ネット上での価格分散(同一商品の販売価格のばらつき)は小さくなると予想される。
しかし、実態はそうではない。何人もの研究者が、ネット上で販売されている書籍、音楽CD、ビタミン剤、パソコン、航空券などの価格を調べた結果、ネット上においても現実の市場と同じように(場合によっては現実の市場より大きな)価格分散が存在していることを確認している。
なぜ、ネット上の市場でも価格が分散しているのだろうか。いくつかの仮説が考えられる。第1の仮説は「情報の探索コストはゼロになっていないため、情報の非対称性は完全に解消されていない」というものである。しかし、価格比較サイトや検索エンジンの存在を考えると、情報の探索コストはゼロではないものの、従来に比べれば格段に小さくなっていることは確かなので、あまり説得力はない。
第2の仮説は「厳密な意味で同質財でないものを比較している」からだというものである。たとえば、同じ書籍を購入しても、配達サービスの善し悪しの差はあるし、ウェブサイト上の情報の違い、顧客サービスの違いがあり、まったく同じ財を購入しているとは言えないという考え方である。
第3の仮説は「ブランド効果」である。同じ商品を販売していても、売り手のもつブランド価値が価格に反映しているという説である。ブランド価値を形成している要素を考えると、この仮説は仮説2を包含しているとも考えられる。
第4の仮説は「売り手によるプロモーション効果」である。売り手が商品を魅力的に見せることによって同じ商品でありながら、販売価格を高く維持できるという考え方である。
第5の仮説は「売り手によってつくられたロックイン効果」である。たとえば、Amazon.comでは2度目以降の注文の際には、商品の配達先や支払いに用いるクレジットカード情報を入力することなく、1度のクリックで商品が注文できるサービスを提供している(米国ではこの仕組みはビジネスモデル特許になっている)。この機能を利用していれば、他のオンライン・ショップで同じ書籍が10セント安く販売されていても、再度、自分の住所やクレジット情報を入力する手間が面倒で、引き続きAmazon.comを利用しようとする人が少なくないだろう。同様に、買い物をするたびにポイントが蓄積され、ある一定のポイントをためると割引などのサービスが受けられるポイント制度も人工的なロックイン効果を生み出す。
6 価格は決定的な要因ではない
ネット上の市場においても依然として価格分散が存在している要因が何であるかという問題はさておき、もし、同一商品ならより価格の安いサイトを選ぶ買い手が大多数を占めるのであれば、現在、生き残っているオンライン・ショップは価格の安いサイトであることになる。
しかし、これもまた真実ではない。図表 5 はECサイトの格付けを行っているGomez.comのオンライン書店部門のAmazon.comとBuy.comのデータを取り出したものである。周知のとおり、米国のオンライン書店ではAmazon.comが一人勝ち状態になっている。
この表の一番上にある「Overall」が各要素を総合した評価なのだが、Amazon.comの得点は10点満点で8.66で総合順位は第1位である。しかし、一番下の「Overall Cost」を見て頂きたい。これは買い手から見た商品のコストパフォーマンスなのだが、得点は9.04で順位は7位である。つまり、分かりやすく言えば、インターネット上にはAmazon.comよりコストパフォーマンスのよいオンライン書店が6つもあるということを意味している。一方Buy.comは、コストパフォーマンスではAmazon.comより上位の2位にランキングされているが、総合順位では3位となっている。Amazon.comが、総合順位で1位にランキングされているのは、価格以外の要素(ウェブサイトの使いやすさ、顧客からみた信頼性、ウェブサイトにおける情報や機能の充実度、顧客サービス)の評価が高いからである。
Amazon.comの成功要因として、書籍を大幅に割り引き販売したことを挙げる識者が多いが、それは一つの要因にすぎない。米国には依然として数多くのオンライン書店が存在し、Amazon.comより安く本を売っているサイトはいくつもあることを考えると、価格が決定的な要因であったとは考えられない。Amazon.comが多くの利用者を引きつけてきたのは、早くて正確な配送、ウェブ上の充実したコンテンツ、ウェブの使い勝手、細かな配慮が行き届いた顧客サービスといったトータルの価値の高さなのである。
それを実現するために、Amazon.comの創業者であるジェフ・ベゾスは、全米から優秀な人材をスカウトしている。例えば、物流部門にはFedexの上級副社長経験者を採用しているし、CFO(最高財務責任者)には19歳の時に公認会計士試験を全米第2位の得点で合格し、その後ハーバード大学のビジネススクールとロー・スクールの両方を修了したという経歴を持つシステム開発会社の元CFOを雇っている。他にもパソコン系雑誌のウェブサイトを担当していた編集の専門家、マーケティングの専門家、プロジェクト管理の専門家などを集めている。
そして、価格以外の競争要素で優位に立つための創意工夫を継続的に行っている。例えば、できるだけ早く本を顧客に届けるために、在庫を持たないオンライン書店という当初の構想を捨てて全米にいくつもの配送センターを開設した。また、インターネットの特性を活かし、ビジネスモデル特許の事例として有名なワンクリック手法、読者が書評を投稿できる仕組み、顧客の購入履歴を利用して個別にお薦めの本を紹介するリコメンデーションサービス、ミススペルを考慮した検索システム、第三者のウェブサイトを通じて商品を売る「アソシエイト・プログラム」、ネット上で本を立ち読みできる「ルック・インサイド」など、さまざまな機能、サービスを追加してきている。こうしてAmazon.comは過度の安売りをすることなく、持続できるビジネスモデルを構築してきたのである。
ネットバブル期に多くのドットコム企業が信じていた「より早くより多くの顧客を掴まえてしまえば、利益は後からついてくる」という仮説はまったく間違いではない。資金が枯渇する前に利益を上げられるビジネスモデルであることを示すことが必要だったにもかかわらず、多くのネット小売企業は採算を度外視した低価格競争に参加してしまったことが間違いだったのである。モノを売るビジネスであっても、価格は一つの競争要因にすぎないことに気付くべきであった。