DX再考 #1 DXの定義
ストルターマン教授の論文
DX(デジタル・トランスフォーメーション)の定義は、文献や専門家によって異なっている。たとえば総務省の令和3年版の情報通信白書には以下のような記載がある。
この定義は様々な文献やネット上の記事にも取り上げられている。身近な例を挙げれば、Wikipediaの「デジタルトランスフォーメーション」のページの冒頭は以下のような文章から始まっている。
しかし、不思議なことに、この定義の根拠となっているストルターマン教授の論文 [1] には、このような文言はまったく出てこない。この論文では、
Digital Transformation を "the changes that the digital technology causes or influences in all aspects of human life" と説明している。
つまり「デジタル技術によってもたらされる、生活のすべての面での変化」をDXと呼んでいる。
インターネット上のDXに関する記事はかなりの割合で、DXの定義としてWikipediaの定義を(疑いもせず)そのまま引用している。実に不思議であると同時に悲しいことでもある。
経済産業省のDXレポート
今回のDXブームの火付け役になったのは、経済産業省が2018年9月に発表した「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開」だろう。このレポートにおけるDXの定義は、IDC Japan 株式会社のものを採用している。
この定義は、スイスのローザンヌに拠点を置く世界トップクラスのビジネススクールであるIMD内に設置された Global Center for Digital Business Transformation が2015年6月に発表したレポート「デジタル・ボルテックス」[2] で定義されている「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」の定義に近いように思われる。このレポートでは、「デジタル・ビジネス・トランスフォーメーション」を「デジタルによるビジネスの変革」であり、「(企業が)オペレーション、文化、収益モデルなどを含めて組織自体を根本から改革し、絶えず改革し続けていくこと」だと定義している。
このシリーズでのDXの定義
このようにDXの定義は文献によって異なっているが、この「DX再考」のシリーズでは、とりあえず「デジタル技術によってもたらされる構造的変化」だと定義して話を始めることにしたい。
ちなみに世の中の変化は大きく「循環的変化」と「構造的変化」に分けることができる。循環的変化は、季節が移り変わるように複数の局面が繰り返される変化であり、構造的変化は一方向に変化して元に戻らない変化をいう。DXは元にはもどらない一方的な変化である。
[1] Erik Stolterman, Anna Croon Fors(2004)“Information technology and the good life”, Information Systems Research Relevant Theory and Informed Practice
[2] Bradley, J., Loucks, J., Macaulay, J., Noronha, A. Wade, M., "Digital Vortex -How Digital Disruption Is Redefining Industries", Global Center for Digital Business Transformation, June 2015