NY駐在員報告 「情報スーパーハイウェイ(その2)」 1997年4月
先月に引き続き、情報スーパーハイウェイの歴史を辿ることにする。
インタラクティブTVの実験
ベル・アトランティック社とTCI社の合併やサウスウェスタン・ベル社とコックス・ケーブル社の提携が白紙撤回されても、インタラクティブTVのブームが冷え込んでしまったわけではなかった。94年は、電話会社もCATV会社もそれぞれにインタラクティブTVの実験計画を推進した年になった。
まず、CATV業界をみると、TCI社がコロラド州デンバーとイリノイ州プロスペクトで、タイム・ワーナー社はフロリダ州オーランドで、コックス・ケーブル社はネブラスカ州オマハで、ケーブルビジョン・システムズ社はニューヨーク州ヨンカーズで、それぞれ実験計画を進めた。しかし、これらの実験は、順調に進んだとは言いがたい。多くのプロジェクトはスケジュールや規模の面で見直しを余儀なくされた。例えば、詳細は後述するが、タイム・ワーナー社のフル・サービス・ネットワーク(FSN :Full Service Network)は、94年4月までにスタートするはずであったが、実験が開始されたのは、94年12月14日であった。
一方、電話会社の方もナイネックス社がニューヨーク市のブルックリンで、ベル・アトランティック社はニュージャージー州ドーバーとバージニア州のアーリントンで、ベルサウス社はジョージア州マナサスでという具合に、7つのベル系地域電話会社(RBOCs)と独立系大手地域電話会社GTE社は、大がかりなビデオ・ダイアル・トーンの実験を開始した。地域電話会社がビデオ・ダイアル・トーンの実験に取り組んだ背景には、インタラクティブTVのブームがあったことは確かであるが、この他に、CATV企業が地域電話市場に進出する計画を進めていたので、これに対抗するという意味もあったし、あわよくば通信用ネットワークのアップグレードに必要な大規模な設備投資コストをビデオ・オン・デマンドやホーム・ショッピングなどの付加価値サービスの料金で賄いたいという思惑も働いていた。
実際、大手の地域電話会社の多くは、光ファイバーを基幹としたビデオ・ダイアル・トーンが可能な新しいネットワークへの転換を極めて短期間で実施するという目標を設定していた。例えば、西暦2000年までのアメリテック社の目標は600万世帯であったし、ベル・アトランティック社の目標は800万世帯であった。ただ、この目標はいくつかの仮定の上に成り立っていた。中でも「新ネットワークへの転換コストは、当初1世帯当たり1200ドルであるが、これは加入世帯が増加するに従い急速に低下する」というコスト見積もりはあまりにも楽観的であったし、「ビデオ・ダイアル・トーンによって提供されるインタラクティブな映像サービスは、消費者に大歓迎され、米国における通信とエンターテイメントの一大メディアになっていく」という見通しは計画推進者の希望的観測にすぎなかった。ネットワーク自体の更新作業はそれなりに進んではいるのだろうが、ビデオ・ダイアル・トーンのサービスを本格的に開始する計画は、まったく無くなってしまった。今となってみれば、当初の計画は、甘いバラ色の近未来予測にすぎなかった。
もちろん、計画の推進者はさまざまな資料を集め、調査を行い、分析し計画を立てたのだろう。消費者がインタラクティブな映像サービスを大歓迎することも調査によって確認されていたに違いない。しかし、これまで安定した電話サービスを売ってきた電話会社は、消費者の願望と未来の市場の間にはかなりのギャップが存在することがよく分かっていなかったのではないだろうか。消費者が切実に欲しがっているものと、あれば便利だから欲しいというものの間には大きな違いがある。
ともあれ、地域電話会社もCATV会社も、94年から95年にかけて自らの展望の甘さを思い知ることになったのである。
何が障害になったのか
では、インタラクティブTVの普及計画がうまく進まなかった原因を整理してみよう。CATV会社と地域電話会社の両方に当てはまる共通の原因もあるし、そうでないものもある。
(1) 技術
まず第1に、技術に関連した問題が指摘できる。インタラクティブTVシステムの構築は、CATV会社や地域電話会社が予想していた以上に複雑で困難な課題であった。例えば、CATV会社が頼りにしていた既存の同軸ケーブルは質が悪く、多くは交換が必要であることが判明した。ケーブルの交換にに必要な手間とコストは決して小さなものではない。新規に導入しなければならない機器類も多い。ネットワークの要所要所には、データを伝送、ルーティングするための機器が必要だし、家庭にはテレビとの接続のためのセット・トップ・ボックス(一種のアダプタ)を設置しなければならない。さらに利用者の要求に応じて映像情報を送り出すサーバーシステムを構築する必要がある。こうした装置は、インタラクティブTV計画の推進者が考えていたより未成熟で、予想外にコストがかかるものであった。例えば後述するタイム・ワーナー社のフル・サービス・ネットワーク(FSN)で使われているセット・トップ・ボックスのコストは3000ドルとも5000ドルとも言われている。これは関係者が目標としている価格の10倍である。技術進歩と大量生産によって価格が下がる可能性はあるが、それにはもうしばらく時間が必要だろう。サーバー側も同様の問題を抱えている。『デジタル・ウォーズ』(前出)によれば、FSNのサーバー・システムを提供しているシリコン・グラフィックス社のメディア・システム部門のジム・バートンは「タイム・ワーナーは記憶容量がどのくらい必要かということを考えていなかった」と述べている。この結果、FSNは現在でもわずか100本の映画をサービスしているに留まっている。もちろん、この問題もデジタル記録技術の進歩によってやがては解決される問題に違いない。しかし、見通しが甘かったことは確かである。
こうした結果、できあがったシステムは、関係者が思い描いた夢のようなシステムではなく、非常に高価で、技術的限界を感じざるを得ないものになってしまった。
(2) 資金
多くのインタラクティブTV実験は、技術的困難に直面し、サービスの開始が遅れた。デジタル技術の進歩を考えれば、構築が遅れれば遅れるほど、システム構築コストは下がるはずである。実際、サーバーとその周辺装置などのハードウェアの価格は下がり、映像情報保存のためのコストは低下した。しかし、実際には映像データベースの管理や送信のためのソフトウェアを開発する費用が予想以上にかさみ、そうしたコスト削減効果を打ち消してしまった。
また、地域電話会社にとって、映像サービスに必要なコンテンツの世界はまったく未知の分野で、映像制作事業者との駆け引きになれていない多くの電話会社は、不必要に多額の使用料を払う契約を結んだと言われている。
一方CATV会社は、投資のための資金が不足するという事態に直面していた。CATV会社の多くは、80年代から続いた企業買収・合併のための莫大な負債を負っている。その利払いを続けながら、インフラ投資を行っていくためには、十分なキャッシュフローが欠かせない。ところが、先月のレポートで述べたとおり、FCCによる料金規制のためにそのキャッシュフローが急激に減少したのである。キャッシュフローの減少は、株価の下落を招いた。自前の投資資金が乏しくなり、株価の下落によって増資による資金調達の道も閉ざされれば、インタラクティブTVシステムへの投資を当初計画どおり進められなくなるのが道理である。
(3) 法規制
CATV業界にとって大きな誤算の一つは、「92年CATV消費者保護・競争法(Cable Competition and Consumer Protection Act of 1992)」の成立である。この法律に基づいてFCCは料金を規制し、この結果、CATV各社のキャッシュフローが減少し、インタラクティブTV計画が見直される一因となったことは前述のとおりである。
実はこのCATVに対する料金規制は、96年2月8日に成立した「96年通信法(Telecommunications Act of 1996)」によって撤廃されることになっている。ただ、すぐに撤廃されたのは、ごく一部の地域だけで、大手のCATV事業者が営業している地域の多くは、99年4月以降に料金が自由化される予定になっている。料金自由化の条件は、その地区で有効な競争が存在しているかどうかである(自由化された一部の地域では、さっそく料金が上がり、消費者から苦情がでているという話もある)。
一方、地域電話会社にとっては、「92年CATV消費者保護・競争法」の成立は朗報であった。明日の強力な競争相手だと考えていたCATV会社の収益が悪化し、電話会社にとっての脅威が大きく薄らいだのである。ただ、CATV業界との競争が切実なものでなくなったことは、映像サービス事業への進出を急ぐ理由の一つを失ったことでもあった。また、CATV料金のFCCによる規制は、映像サービスというビジネスの魅力を減じるものでもあり、これもまた、ビデオ・ダイアル・トーン実現の足を引っ張る要因になった。
さらに、電話業界が期待していた通信法改正は、96年に持ち越され、この遅れはFCCによるビデオ・ダイアル・トーン実験計画の審査が遅々として進まなかったこととも相まって、各社に実験計画を断念させる原因にもなった。96年2月に新しい通信法が成立し、電話会社による放送事業への参入が認められるようになった時には、多くの電話会社の映像サービス事業進出への熱意はすっかりさめてしまっていた。
(4) マーケティング
CATV会社も地域電話会社も(そして多くのマスコミも)90年代の初めには、ビデオ・オン・デマンドやインタラクティブショッピングが消費者に大歓迎され、140億ドル規模のレンタル・ビデオ市場と540億ドル規模のカタログ・ショッピング/テレビショッピング市場の一部が(時間が経てばそのほとんどが)彼らのものになると考えていた。
しかし、現実はそれほど甘くはなかった。インタラクティブTV実験の結果については、各社ともに「有益だった」という公式発言はしているものの、実際には本格的なサービスに移行する計画を正当化するだけの成果にはつながらなかった。つまり、ビデオ・オン・デマンドやインタラクティブショッピングなどのサービスの実際の需要は、期待していたものよりずっと少なく、コストを回収するだけの収入が得られそうにないことが分かったのである。
フル・サービス・ネットワーク
実験規模からみても、その技術の高さでも最も注目を浴びているインタラクティブTV実験はフル・サービス・ネットワーク(FSN)だろう。FSNは、タイム・ワーナー・エンタテイメント社がフロリダ州オーランド郊外で行っている大規模な実験ネットワークであり、現在も続いている唯一のCATV会社による大型プロジェクトである。ちなみに、タイム・ワーナー・エンタテイメント社の株式は、74.5%をタイム・ワーナー社が、25.5%をベル系地域電話会社のUSウェスト社が保有している。
ネットワークは光ファイバーと同軸ケーブルの複合システムである。家庭に引き込まれているのは通常のCATVでも利用されている同軸ケーブルであるが、ノードからネットワーク・オペレーション・センターまでは光ファイバーになっている。当初94年の春からスタートするはずであったが、94年3月に延期が発表され、94年12月14日にサービスを開始した。最初は2つのノード、5軒の家庭ユーザでスタートしたが、1年後の95年12月にはユーザ数が目標の4000に到達し、96年3月からはウォルト・ディズニー・ワールド(WDW)地区にもサービスを拡張し、現在WDW内のテーマパークの一つであるエプコット・センターでもデモンストレーションを見ることができる。
FSNが提供しているサービスは、「フル・サービス」という名称にも関わらず、それほど多様なものではない。主なものは、映画とニュースを中心とした「ビデオ・オン・デマンド」、ネットワークを利用した「対戦型のテレビゲーム」、アタリ社の64ビットゲームマシン「ジャガー(Jaguar)」を対象とした「ゲーム・オン・デマンド(ダウンロードしてゲームができる)」、1日24時間、1年365日、いつでも口座の残高照会、送金、請求書の支払いなどのサービスが利用できる「オンライン・バンキング」である。
注目を浴びた「ビデオ・オン・デマンド」についてもう少し説明を加えよう。現在FSNでは、100以上の映画を好きなときに見ることができる。ちょうどビデオ・カセットで見るのと同じように、途中で停止することも、巻き戻すことも早送りすることもできる。また、映画と同様に、好きなときに興味のあるニュースを見ることができる(ニュース・オン・デマンド)。ニュースはローカルなものから米国内ニュース、世界ニュースまで、ジャンルも一般のニュースからビジネス、金融、天気、スポーツの結果、エンタテイメント関係に分かれている。この他、NBAのバスケットボールを録画したものも「NBA・オン・デマンド」として提供されている。
サーバーシステムの能力の限界から、最大15家庭が1つの映像ファイルに同時にアクセスできる。したがって、人気の高い映画は複数のコピーをサーバーに接続された磁気ディスクに格納しておく必要がある。また、全体としても同時アクセスの上限があり、現在のシステムでは1000世帯である。つまり4000世帯の25%が同時にデジタルサービスを受けるとシステムは飽和状態になる。実験では幸か不幸か、そういう事態には至っていないようである。
最初は大宣伝をして初めたFSNであるが、最近はまったくマスコミに登場しない。関係者によれば、FSNがマスコミに取り上げられるとタイム・ワーナー社の株価が下がるので、同社は、FSNについて触れないようにしているという。同社が作成した広報用資料には、この新サービスでどの程度の収入を得ているかについては、まったく明らかにしていない。Q&A集に載せられた収入見通しを問う質問に対しては、「収入見通しは公表していないが、こうした新サービスの潜在的な市場は極めて大きい」と答え、潜在市場として、レンタルビデオ市場、カタログ・ショッピング市場、TVゲーム市場、電話市場などを挙げている。ただ、FSNでは、オン・デマンドの映画は1本当たり99セントから5ドル95セントの料金を取っているが、これでコストが回収できていると考えている専門家は一人もいない。インタラクティブTV市場が顕在化するには、まだしばらく時間がかかるというのが一般的な見方になっている。
ビデオ・ダイヤル・トーンの現状
現在でも半分以上の地域電話会社は、93年前後に発表したビデオ・ダイヤル・トーン計画の挫折を公式には認めていない。しかし、これまでに計画されたほとんどのプロジェクトは、中止あるいは実施したにしても大幅にスケールダウンされたことは事実である。例えば、ベル・アトランティック社がバージニア州でADSL技術を利用したインタラクティブTVシステムとして進めていた「スターゲイザー(Stargazer)」は、96年10月に正式に中止が発表された。また、96年12月には、ベル・アトランティック社、ナイネックス社、パシフィック・テレシス社が共同で設立したコンソーシアム「テレTV(Tele-TV)」の解消が発表された。インタラクティブTV事業のために合同で設立し、2年以上にわたり10億ドルを投資してきたが、映像コンテンツの確保がうまく進まなかったことが原因であると言われている。上記の2つのプロジェクトに関与していたベル・アトランティック社の映像サービス部門は、大幅な人員整理の対象となった。また、USウェスト社は96年3月に、ネブラスカ州オマハでの実験を打ち切ったが、同社のインタラクティブ・サービス部門はごく少数のスタッフを残してほぼ完全に解散されてしまった。
この結果、現在継続中だと思われるビデオ・ダイアル・トーンの実験は、ベル・アトランティック社のドーバー地区での約5000世帯を対象とした実験、ベル・サウス社のフロリダ州マイアミとジョージア州デカルブの実験、パシフィック・テレシス社のカリフォルニア州オレンジ郡の光ファイバー・システム、GTE社のフロリダ州、カリフォルニア州、マサチューセッツ州の実験と簡単に数えられるようになってしまった。また、これら残っているプロジェクトについても、もはや詳しい情報を得るのは極めて困難な状況になっている。
地域電話会社の中には、ビデオ・ダイアル・トーンに見切りをつけて、普通の映像サービスに進出するところも現れた。前にも述べたが、96年2月の通信法の抜本的な改革によって、電話会社が放送事業を行ってもよくなったからである。例えば、アメリテック社は、計画していたビデオ・ダイアル・トーン計画をすべて既存型の同軸ケーブル網に変更し、9つの地区でCATVサービスを提供している。USウェスト社はもっと大胆な戦略を取った。なんとCATV業界第3位のコンチネンタル・ケーブルビジョン社を買収してしまったのである。投資総額は、株式の取得に53億ドル、コンチネンタル社の累積債務に55億ドルと計110億ドル近くになる。
インターネットへの回帰
以上のような経緯で、90年代前半に電話会社とCATV会社を熱狂させたインタラクティブTVブームは幕を閉じた。ただ、夢は消えてしまったのではなく、遠ざかっただけである。インタラクティブTV事業が成り立つかどうかは、サービスの内容と料金に依存している。デジタル技術が進歩すれば、より高度なサービスが可能になるだろうし、インタラクティブTVシステム構築のコストも安くなるだろう。それが2年先なのか10年先なのかは分からないが(もっと未来かもしれないが)、またインタラクティブTVシステムの時代はやってくるに違いない。もっともその時には、90年代に実験された方式やネットワーク・アーキテクチャではないかもしれないが……。
さて、ポスト・インタラクティブTVの目玉として、電話会社やCATV会社が最も力を入れているのが、インターネットである。97年1月までにベル系地域電話会社7社に独立系のGTE社を加えた8社のうち7社が消費者向けのインターネット接続サービスを開始している。最後まで残っているナイネックス社も97年第2四半期にサービスを開始する計画を持っている。長距離通信事業者の大手3社(AT&T社、MCI社、スプリント社)も96年に、消費者向けインターネット接続サービスを開始している。CATV会社も96年から、地域は限られているが、本格的にケーブル・モデムを使ったインターネットへの高速アクセスサービスを始めた。
結局、情報スーパーハイウェイはその原点に戻ってきたと言えるのではないだろうか。
日本のマルチメディア
少し話はそれるが、情報スーパーハイウェイに関連して最近気付いたことがある。それは日本におけるマルチメディア・ブームの頃に発行されたマルチメディアの本の多くは、米国の情報スーパーハイウェイやインタラクティブTVシステムに多くのページを割いているが、実は日本における「マルチメディア」の概念が、情報スーパーハイウェイに極めて近いことである。試しに『マルチメディア最前線』(日経産業新聞編、日本経済出版社)の前書きの部分の「マルチメディア」を「情報スーパーハイウェイ」に置き換えて読んでみると、次のようになる。
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社会、経済、産業に対して「情報スーパーハイウェイ」が与えつつあるインパクトにはきわめて大きなものがある。農業社会、工業社会を経て、現在は情報社会への移行過程にあるが、情報スーパーハイウェイは情報社会をさらに次元の違う高度情報化社会へと導くものといえるだろう。(中略)
ただ、外から見るとそう大きな変化があるようには思えない。テレビが機能を高度化し、コンピュータ機能や通信機能を取り込んだ機械が情報スーパーハイウェイの端末である。あるいは電子手帳に高度な通信機能、コンピュータ機能を付加したものが情報スーパーハイウェイの入り口の製品といわれるが、外見は電子手帳と大きく変わるわけではない。
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読んでみてまったく違和感がない。むしろ元の文章より(つまり「情報スーパーハイウェイ」と書いてある部分を「マルチメディア」に戻した文章より)分かりやすいかもしれない。
もし、この仮説(「マルチメディア(日本)」=「情報スーパーハイウェイ(米国)」)に従えば、4年前に通産省某局の次長に「マルチメディアにはパッケージ型とネットワーク型があります」と説明したとたん、「ネットワークにつながっていなければマルチメディアじゃないだろう」と切り返された理由は明白である。
その意味が曖昧であるにしろ、「マルチメディア」という言葉はもう日本に定着してしまったので、今さら「本当の意味は……」とか「米国では……」と言っても始まらない。なぜこんなことになったのだろう。
日本では、マルチメディア・ブームの前にニューメディア・ブームがあった。ニューメディアとは、エレクトロニクス技術の進歩がもたらした新しい情報伝達手段のことである。例えば郵便が既存メディアなら電子メールはニューメディアである。地上波によるテレビ放送は既存メディアで、衛星放送や通信衛星による放送がニューメディアだと分類される。他に当時、ニューメディアに分類されるものとしてビデオテックス(84年にサービスを開始したNTTのキャプテンが代表例である)、自動車電話などがあった。
これで分かることは、「ニューメディア」という言葉の中の「メディア」とは、具体的な情報伝達媒体のことで、新聞、ラジオ、テレビ、郵便、電子メールといったものの総称なのである。しかし、米国における「マルチメディア(Multimedia)」という言葉の中の「メディア」は、具体的な情報伝達媒体を指すのではなく、テキスト、音声、グラフィックス、画像、動画といったレベルの情報伝達媒体のことである(詳しくは後述する)。同じ「メディア」という言葉を使っていても、その切り口はまったく異なるのである。
これは想像であるが、日本では、ニューメディア・ブームの後にマルチメディア・ブームがやってきたために、マルチメディアはニューメディアを衣替えしたようなものとして受け取られたのではないだろうか。96年版の『現代用語の基礎知識』は、「マルチメディアは、音声、文字、静止画、動画(ビデオ)の四つのメディアを同時に取り扱えるメディアであり、究極的にはデジタル方式をベースとして、双方向性があるカラーテレビのようなもの。言い換えれば、これまでのニューメディアが目指してきた情報通信を発展させた世界がそれであり、移動電話、データ通信、画像通信の分野でマルチメディアが次々と登場している」と説明している。
米国のマルチメディア
では、米国の「マルチメディア」の意味するものは何なのだろう。
百科事典の出版社としては大手のファンク&ワグナルズ社(Funk & Wagnalls、マイクロソフト社がCD-ROM出版しているエンカルタ(Encarta)の基になっている百科事典の出版社と言った方がとおりがよいかもしれない)は、74年にこう定義している。「マルチメディアとは同時にいくつかのコミュニケーションのための媒体を利用することである。」ここでの媒体は、やはりテキスト、音声、画像などを意味している。この定義に従えば、今のテレビも新聞もマルチメディアに該当してしまう。テレビは動画と音声とテキストを同時に利用しているし、新聞にはテキストと写真やグラフィックスが使われている。そんな馬鹿なと思うかも知れないが、フォース・ワールド(Fourth World)社の創設者であるリチャード・ガスキン(Richard Gaskin)は、「マルチメディアとは、複数の異なるタイプのメディア(テキスト、グラフィック、音、アニメーションや動画など)を結合させて一つの密着した伝達手段とすることである。そのとおり、つまりは、既に存在している映画やテレビ、ほとんどの新聞がこの定義を満たしている」と述べている。
しかし、米国でも新聞をマルチメディアであると思っている人はほとんどいないに違いない。米国でもマルチメディアという言葉は、時代とともに変化しているのである。
インターネットでもマルチメディアの定義を検索してみた。教育関係者向けのオンライン新聞「エドウィーク(Edweek)」では、マルチメディアを「テキスト、音、ビデオ、アニメーション、グラフィックスを組み合わせて利用しているソフトウェアであり、マルチメディア・フォーマットは、よくエデュテイメントのソフトウェアに利用される。CD-ROMになった百科事典は一つの例である」と説明している。
スコットランドのマルチメディア・コンテンツの製作会社デルフィック・グループ社のウェブページでは、次のように説明している。「マルチメディアは、静止画、動画、グラフィックス、テキスト、音声を統合したものを意味しており、PCやマッキントッシュ上でよく用いられる。形態は様々であるが、CD(CD-ROM, CDi, ビデオCD)やフロッピーディスク、オンライン(インターネット、WWW)が主である」
ウェブ上で見つかるマルチメディアの定義は、そのほとんどが、コンピュータあるいはコンピュータの機能を組み込んだ機器に関係している。複数のメディア(テキストや音声、グラフィックや動画)を同時に扱うテレビや新聞雑誌を除くために、マルチメディアに双方向性の条件を付けているものもある。つまり、最近のマルチメディアとはインタラクティブ・マルチメディアを略したものであるというのである。
ことのついでに、手元にあるランダム・ハウス社の簡略版百科事典を開いてみると、マルチメディアを「テキスト、音、グラフィックス(さらにはアニメーションや動画)を使ったインタラクティブなアプリケーションのためにオーディオとビデオの機能をつけたコンピュータシステム」であると説明している。
前項でとりあげた『現代用語の基礎知識』と比べると、日米のギャップがよく分かる。
実在するマルチメディア・システム
日米間の定義の差を考えれば当然のことなのだが、米国では数多くのマルチメディア・システムが利用されており、日本では「マルチメディアが普及するのはこれからで、決定的なマルチメディア・システムはまだ登場していない」ということになる。
実在するマルチメディア・システムで一般的なものは、マルチメディア対応のPCやマッキントッシュである。パソコン・ショップやソフトウェア・ショップには、マルチメディア・コンテンツを収録したCD-ROMが山のように展示されている。百科事典、辞書のようなリファレンスと呼ばれるものから、ゲーム感覚で勉強ができるエデュテイメントもの、ゲーム、もちろんアダルトものもある。
企業の中ではプレゼンテーションやトレーニングなどに利用されている。マルチメディア・システムを利用したプレゼンテーションは、説明が分かりやすくなるだけでなく、受け手の反応に応じて柔軟に対応できること、情報の再利用が容易であること、スライドを利用したプレゼンテーションより経済的であるなどのメリットがある。トレーニングでの利用は、簡易なCD-ROMを利用したものから、バーチャル・リアリティを利用した高度なものまで、用途に応じて様々である。
教育もマルチメディア・システムが適している分野の一つである。集団教育に利用されている例もあるが、個人教育に向いているといってよいだろう。つまり、教科にもよるのだが、教師が一つのマルチメディアシステムを操作して教育するのではなく、生徒一人ひとりが1台のマルチメディア・システムを利用して学習をする方が効果は大きい。というのは、マルチメディア・システムの持つインタラクティブ性を有効に利用できるからである。音声やグラフィックス、動画を用いて生徒を引き付け、理解を容易にできる上に、生徒一人ひとりの興味と理解の程度に応じて学習を進められるところがメリットである。
不特定多数の人間にその要求に応じた情報を提供できる極めて効率の良いマルチメディア・システムの例としてキオスク(KIOSK)がある。KIOSKは単に情報を提供するだけのものと、情報を提供した上で製品やサービスを販売するものがある。販売するタイプの場合、通常クレジットカードリーダーが付属している。また、回線につながっているものとスタンドアロンのものがある。KIOSKに収納された情報の多くはハイパーテキスト化されており、利用者の興味ある情報を効率よく取り出せるようになっている(KIOSKの世界はクローズドではあるが、ちょうどインターネットのWWWの世界に似ている。また、インターネットに接続されたKIOSKも普及しつつある)。
この数年間、日本から数多くのマルチメディア調査団が米国を訪問している。私もいくつかの調査団の訪問を受けたが、思い出してみれば日本からの調査団は、こうした現実のマルチメディア・システムではなく、もっと未来的な情報スーパーハイウェイのことを知りたがっていた。
(すっかり話がそれてしまったが、次回は情報スーパーハイウェイの現在と未来への取り組みを紹介することにしよう)
(次号に続く)
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