NY駐在員報告 「インターネット米国最新事情(その2)」 1994年11月
先月に続いてインターネットについて報告する。
プロトコルとアドレス
先月号でも書いたように、インターネットにはそれを管理するインターネット株式会社があるわけではない。基本的にはアナーキーで、ほとんどすべてはユーザに任されている。守らなければならないのは、通信プロトコルとアドレスに関する規則だけで、それもボランタリな組織に任されている。
まず通信プロトコルについては、IETF (Internet Engineering Task Force) がその策定を担当している。IETFはInternet Society (ISOC) の下部機関であるIAB (Internet Architecture Board、設立当時はInternet Activity Board) に属する最大の委員会で、数多くのグループ(委員会)を抱えている。ISOCは91年6月にコペンハーゲンで開催されたINET'91で発足がアナウンスされ、92年1月に正式にスタートしたインターネットに関する学会である。このIITFにおける標準化の最大の特徴は、最初の検討から標準が決まるまでに要する期間が極めて短いことと、実際にネットワーク上で多くのユーザによってテストされることにある。
インターネットでは標準化段階を (1)Proposed Standard (2)Draft Standard (3)Internet Standard の三段階に分けている。研究者から提案されたProposed StandardがDraft Standardになるためには、最低6カ月の期間と2つ以上の独立し相互運用性のある実用テストが必要とされる。またDraft Standardが最終的にインターネットの標準であるInternet Standardになるためには最低4カ月の期間と実際のユーザによる利用実験が必要とされる。したがって、通常、十数カ月で標準が策定されることになる。ANSI等の国内標準やISO等の国際標準の手続きが通常は数年、場合によっては十数年かかっているので、インターネットの標準はこれらに比べれば極めて短期間で決定されている。これはすべての手続きがインターネットを使って行われ、インターネットのユーザには基本的にオープンになっていることが最大の要因だと思われる。
第二の特徴であるネットワーク上のでのテストは、前述のように初期の提案時から行われる。プロトタイプが作成され、テストによって問題点が明かにされて提案は修正される。標準案 (Draft Standard) が固まる頃には、それを実現したソフトがほぼ完全な形で2つ以上できていることになる。そして、最終的に標準として登録される前には、実環境で実際のユーザによって実験的利用が行われる。したがって、インターネットの世界では標準化は実用化と同じような意味を持っている。
IABにはもう一つ重要な役割がある。それがアドレスの管理である。インターネットに接続している計算機には、世界中でユニークな番号が付けられている。これをIPアドレスという。このIPアドレスを管理しているのがNIC (Network Information Center) である。日本にも日本国内のIPアドレスを管理しているJPNICがあるが、そうした国あるいは地域のNICを統括しているのがInter NICで、IABに属している。
アドレスにはIPアドレスの他に、メールアドレスと呼ばれるものがある。これは電子メールの宛名に使われるもので、たとえば"maegawa@panix.com"という形をしている。メールアドレスはIPアドレスと一対一で対応するものではなく、1台のコンピュータに複数のメールアドレスを設定できる。このメールアドレスのうち@マークより右の部分がドメイン名と呼ばれ、一定の規則にしたがって記述されている。例えば、米国内で通常使われている"maegawa@panix.com"の形式では、最後の3文字は組織のタイプを表している。民間企業は"com"、政府は"gov" という具合である。
米国以外では多少異なる。例えば"maegawa@rwcp.or.jp"のような形をしている。最後の2文字は国を表しており、これはISOの定める国コードを採用している。真ん中が組織のタイプを表しており、"or"は非営利団体を、"go"が政府、"co"が民間である。最近は地理的なドメイン名も見かけるようになってきた。たとえば、"maegawa@mcom.mv.ca.us"(注:このアドレスは架空)のような形をしており、後ろから、米国 (us) のカリフォルニア州 (ca)、マウンテンヴュー (mv) のMCOMという組織の前川と読める。
ユーザとしての政府
9月末、通産省のGII (Global Information Infrastructure) 担当課長がワシントンで連邦政府の関係者と会合を持った。名刺交換の際に米国側の出席者から「おや?電子メールのアドレスはお持ちではないのですか?」と指摘されたそうである。この話で、思わず「紺屋の白袴」という言葉を思い出してしまった。
衆知のとおり、クリントン・ゴア政権はインターネットの利用にかなり熱心である。93年6月1日、インターネットに米国大統領および副大統領がメールアドレスを取得した旨の電子メールが流された。メールは次から次へと転送され、"president@whitehouse.gov" と"vice.president@whitehouse.gov" という二つのメールアドレスはあっと言う間に世界中に知れ渡った。現在、ホワイトハウスのみならず、上院、下院、多くの連邦政府の機関がインターネットに接続し、内外の連絡に電子メールを利用している。また、公開可能なデータをサーバーにいれてインターネット上で提供している政府機関も数多い。たとえば、 Gopher サーバーを設置している機関を挙げると、ロス・アラモス国立研究所のような国立研究所、NASAに所属する様々なセンター、NSFがサポートするスーパーコンピュータセンター、NIST、NIH、Naval Research Laboratory のような軍の研究所、商務省とそれに属するセンサス局や鉱山局、教育省やエネルギー省、法務省などがある。また、最近話題のWWWサーバーを設置しているところは表1に示すとおり、極めて多くなっている(このリストの中には日本の総理官邸も含まれている)。例えば、NII (National Information Infrastructure) のために設けられたIITF (Information Infrastructure Task Force) の情報は、最新の報告書も含め、"http://iitf.doc.gov/"で入手できる。また、ファースト・キャットのソックス君の鳴き声が聞けることで有名になったホワイトハウスのWWWサーバーからは、大統領府が公開している様々な資料が入手できる。
表1. 政府機関WWWサーバー一覧
【A】US Department of Agriculture
US Department of Agriculture, National Agricultural Library
United States Air Force
Rome Laboratory
Argonne National Laboratory, Mathematics and Computer Science Division
U.S. Army Corps of Engineers
Cold Regions Research and Engineering Laboratory
Construction Engineering Research Laboratories
Army Research Laboratory
Association of Bay Area Governments
【C】City of Cambridge, Massachusetts, USA
United States Census Bureau
Clearinghouse for Networked Information Discovery and Retrieval (CNIDR)
Department of Commerce
U.S. Copyright Information
【D】US Department of Defense
Advanced Research Projects Agency
Defense Information Systems Agency
【E】Department of Education
Department of Energy
Environmental Protection Agency, Center for Exposure Assessment Modeling
【F】U.S. Fish and Wildlife Service
【G】United States Geological Survey
【H】Health and Human Services
High-Energy Physics Information Center
High Performance Computing and Communications Program
【I】US Department of Interior
National Biological Survey
【J】Jackson Laboratory
Japan, Prime Minister's Official Residence
St. Joseph County Public Library
【L】Lawrence Berkeley Laboratory
Lawrence Livermore National Laboratory
Los Alamos National Laboratory
Los Alamos National Laboratory, Center for Nonlinear Studies
【N】National Aeronautics and Space Administration
Institute for Computer Applications in Science and Engineering, NASA
Langley Research Center
NASA Ames Research Center
NASA Astrophysics Data System
NASA Goddard Space Flight Center
NASA Jet Propulsion Laboratory
NASA Johnson Space Center
NASA Kennedy Space Center
NASA Lewis Research Center
Marshall Space Flight Center Procurement Office
NASA Numerical Aerodynamic Simulation Division
NASA Research Institute for Computing and Information Systems
NASA Scientific and Technical Information Project
NASA Technical Reports
National Archives and Records Administration
National Center for Atmospheric Research
National Coordination Office, High Performance Computing and Communications
National Institute of Standards and Technology
National Institute of Standards and Technology MADE Program
National Institutes of Health (NIH)
National Center for Biotechnology Information
National Library of Medicine
National Oceanic and Atmospheric Administration
National Science Foundation
U.S. Navy
Naval Research Laboratory
【P】City of Palo Alto, California, USA
U.S. Patent and Trademark Office
【S】Sandia National Laboratories
City of San Carlos, California, USA
Sandia National Laboratory, Massively Parallel Computing Research Laboratory
EDGAR Development Work
Securities and Exchange Commission EDGAR Database
Social Security Administration
The Town of Staunton, Virginia
U.S. Supreme Court Decisions
【T】US Department of Transportation
US Department of Treasury
【W】State of Washington
インターネットの商用利用
次に注目すべき動きは、インターネットの商用利用だろう。94年9月10日号の"The Economist"には「インターネットに黄金はあるのか?」という冷静な記事が掲載されたが、ブームは加熱するばかりのように見える。確かに現時点では、マスコミに話題を提供したことを除けば、華々しい成功事例は出ていない。ピザハットがカリフォルニアのサンタクルーズで始めた「ピザネット」(インターネットでピザを注文できるWWWサーバー)は、様々な雑誌や新聞に取り上げられたが、実際の利用は1週間に2枚から10枚程度だという。しかし、このシステムは極めて僅かな費用で、かつ短時間で立ち上げられている。このシステムを担当している John Payneは、このカリフォルニアでの90日間の実験が終了した後、全国展開をすると決定が下されたら、店を増やして行くことは簡単だと述べている。インターネットを利用したこうしたシステムは、比較的容易に低コストで立ち上げることができるのが特徴である。
日本で最も知られているElectronic CommerceのプロジェクトはCommerceNetだろう。これはSmart Valley, Inc.が研究プログラムとして連邦政府の助成を含む1200万ドルの予算で始めたもので、インターネットをベースにして、初めての大規模な Electronic Commerceの実験が行われている。このプロジェクトについて知りたければ、やはりインターネットを利用して情報を得るのが最も速くて正確である。"http://www.commerce.net/"にアクセスすれば必要な情報は簡単に得られる。この他にもMecklermediaが始めたInternet mallsや93年6月にRandy Adamsが設立し、94年9月にHome Shopping Network, Inc. に買収されたInternet Shopping Networkなどがある。(この原稿を書いている最中に「Internet malls閉鎖」のニュースが伝わってきた。25000ドルでモールへの出店者を募集していたのだが、1社しか申し込みがなかったのだそうだ。)
ここに挙げた事例は、インターネット上で取引が行われるものであるが、単に製品の情報を提供するだけというシステムは数限りなくある。中でもマルチメディア化するインターネットをうまく利用している例は、CD(コンパクトディスク)のカタログをインターネットで提供するソニーアメリカの例である。また、製品だけでなく、会社概要を提供している企業もあり、優秀な人材を集めるためのツールともなっている。例えば、IBM社の最近のプレスリリースを取り寄せようと思えば、米国のIBM社に電話をかける必要もなければ、まして日本IBM社にお願いする必要もない。Mosaic で"http://www.ibm.com/"にアクセスして必要なドキュメントを入手できる。
こうした民間の取組みとは別に、連邦政府もElectronic Commerceに力を入れ始めている。数カ月前に報告したように、NIIの技術的基盤構築のためのR&Dプロジェクトとして位置付けられている HPCC計画におけるElectronic Commerce関係予算が急増している。また、かつては国防省と国防産業のためのプロジェクトだと思われていたCALS (Computer aided Acquisition and Life-cycle System) は、商務省のプロジェクトかと思われるほどElectronic Commerceの色彩を強くしている。
NSFnet時代の終焉
1969年から86年がARPAnetの時代であるなら、86年から94年までをNSFnetの時代と呼んでよいだろう。商用インターネットが急速に普及し始めたのが91年くらいからなので、92年か93年を最後としてよいかもしれない。ちなみにARPAnetは89年に正式に消滅している。
NSFnetはNSFがサポートするスーパーコンピュータセンターとそのユーザをつなぐネットワークとして1986年に構築された。88年には研究・教育用のネットワークとして一般の研究者にも解放され、アカデミックな世界ではナショナル・バックボーン・ネットワークとして重要な役割を果たしてきた。回線速度は当初56Kbpsであったが、87〜88年にはT1 (1.544Mbps) へのグレードアップが行われ、91〜92年にはさらにT3 (45Mbps) に強化された。
このネットワークの運用は87年11月から、入札によってミシガン州の非営利企業であるMerit Network, Inc.に委託されることになった。90年9月にMerit社はIBM社及びMCI社と共同でANS (Advanced Network and Services) 社を設立し、NSFの了解を得た上で、ANS社にNSFnetの運営を任せることにした。当初の契約は5年間であったが、後に18カ月、さらに12カ月延長され、95年4月に契約は終了する予定になっている。
だからと言って、95年5月以降、NSFnetがなくなってしまう訳ではない。この項の見出しを「NSFnet時代の終焉」と書いたのは、NSFnetの役割が大きく変わってしまうからである。NSFは95年5月以降の契約を次の5つの要素に分けて考えている。
(1) NAPs (Network Access Points):種々のネットワークが相互に接続されるポイントである。ここに接続されるネットワークはvBNS Backbone Network(後述)、NSP (Network Service Provider, 後述) の運営するBackbone Network、Regional Networkが想定されている。優先的に設置される場所は、California, Chicago, Washington D.C, New York Cityの4カ所であり、この他にAtlanta, Boston, Denver, Texas が候補として挙げられている。NAPsが最低限サポートしなければいけないプロトコルは、TCP/IP (Internet Protocol) とOSIのCLNP (Connectionless Networking Protocol) とされている。このNAPsを運営するNAPs Managerは政府のサポートがある。
(2) RA (Routing Arbiter):ネットワークを流れる情報のルーティングに必要なデータベースを提供する役割である。当然のことながら、TCP/IPに対応するBGP (Border Gateway Protocol) とISO IDRP (Interdomain Routing Protocol, ISO10747) に対応できるようにすることが条件になっている。この部分についても政府のサポートがある。
(3) vBNS (Very High Speed Backbone Network Services Provider):NSF がサポートしている 5つのスーパーコンピューティングセンター (SCCs : Supercomputing Centers)とそのユーザーを結ぶ超高速の Backbone Network である。vBNSはNAPsに接続されるが、利用はSCCsのユーザに限定される。ネットワークのスピードは、155Mbps以上である。この部分についても政府のサポートがある。ちなみに現在NSFがサポートしているスーパーコンピュータセンターは、次の4つである。
Cornell Theory Center
National Center for Supercomputing Applications
Pittsburgh Supercomputing Center
San Diego Supercomputing Center
(4) Regional Networks:地域ネットはインターネットのきわめて重要な部分であり、NSFも1986年以来、Regional Networkの立ち上げを支援してきている。Regional Network はNSPsかNAPsに接続されることになるが、政府の支援はその NSPs か NAPs への接続料金を支援する形で行われる。ただし、支援は最長 4年間で、徐々に減額していく形で行われる予定である。
(5) NSPs (Network Service Providers):通常のユーザ(つまり、スーパーコンピュータセンターを利用しない研究者)が利用することになるNational Backbone Network業者である。各NAPs間を接続することになる。政府はこの部分については一切ファンドを行わない。したがって、この部分は現在の商用インターネット事業者が担うことになる。
この中で重要な変更点は、スーパーコンピュータセンターの利用者以外は、政府の直接的なサポートを受けないNSPsの運営するバックボーンを利用することになるという点である。つまり、一般の研究者が自由に利用してきた「従来のNSFnet」は消滅するということである。NSFnetに無料で接続していたアカデミックに限定している地域ネットも、今後は接続料を払って商用のNational Backbone を利用することになる。この接続料の負担が地域ネットの発展を阻害しないように、NSFは地域ネットに対する最長4年間の援助を行うこととしているのである。もちろん、DODやNASAの特定目的の(政府がサポートする)ネットワークは存在するが、一般のインターネット利用者は、研究や教育目的であっても PSIやANS CO+RE, SPRINTLINK, UUNET等のネットワークを利用することになる。これからの主役はNSFではなく、商用インターネット事業者になる。
94年10月24日付のニューヨーク・タイムズ紙は、"U.S. Begins Privatizing Internet's Operations" という記事でNAPsが活動を始めることを報道している。なお、全米4カ所のNAPsは、サンフランシスコはPacific Bell社が、シカゴはAmeritech社が、ニューヨーク(実際はニュージャージー州のペンサーケン)はSprint社が、ワシントンは Metropolitan Fiber Systems社が運営を担当することになっている。
インターネットの悩み
インターネットの抱える問題の多くは、利用者の増加と無関係ではない。たとえば、コンピュータに割り振られるIPアドレスの枯渇の問題である。現在のIPアドレスは32bitの空間を利用しており、計算上は2の32乗(40億以上)の計算機に番号を振ることが可能である。しかし、実際にIPアドレスを割り当てるときに、32bitの空間をネットワーク部とホスト部の二つに分けて割り振るため、無駄になっているアドレスが相当数あり、現在のペースで接続されるコンピュータが増加していくと、まもなくIPアドレスは枯渇してしまう。しかし、この問題は新しいプロトコルの採用によって解決される。インターネットのプロトコルの標準を担当しているIETFにおいて、1992年からIPng (IP Next Generation) が議論されていて、94年7月にはほぼ仕様が固まった。これによるとアドレス空間は現在の32bitから128bitへと大幅に拡張され、アドレスの枯渇の問題は解消される(もちろんIPngへの移行時にトラブルが発生するのではないかと心配する専門家もいるが)。
こうした技術的な問題より深刻な問題は、ユーザのモラルの問題である。7月25日のTIMEの記事("Battle for the Soul of the INTERNET",P.34〜40)にも取り上げられたが、ネットワークのエチケット(「ネチケット」とも呼ばれている)を守らないユーザの増加、ポルノグラフィの問題、悪質なハッカーの問題などがインターネット関係者を悩ませている。
有名になった事件の一つに「Canter & Siegel事件」がある。これはアリゾナ州に住む二人の弁護士が94年4月に、Usenetを含むネットワーク・ニュースの約6000ニュース・グループにグリーンカード(米国の永住権)取得に関する広告を流したという事件である。一人なら95ドルで、夫婦なら145ドルでグリーンカード取得の抽選に申し込んであげようという宣伝である。実はこの抽選には誰でも手紙で申し込みができ、自分で申し込めば29セントで済むものであったから、この広告自体がほとんど詐欺に近い。しかし、問題はその方法である。インターネット自身は商用利用を禁止しているわけではないが、インターネット上の電子掲示板であるネットワーク・ニュースの多くは、商用利用を禁止している。また、ニュース・グループは通常、特定のトピックに応じて設けられており、無差別な記事の投稿は許されない。当然のように非難・抗議の電子メールがCanter & Siegel弁護士事務所に届いたし、彼らにインターネット接続サービスを提供していたネットワークプロバイダーは彼らのアカウントを取り消した。困ったことに、どうもこの二人はまったく懲りていないらしい。既に別のネットワークプロバイダーからアカウントを取得したようで、インターネットを利用した商売を続けると公言しているのみならず、「インターネットで大金持ちになる方法」というような題の本を出版すると言っている。
ニュース・グループに投稿するには、それなりに守るべきルールがある。たとえば、投稿はできるだけ短く要点をまとめたものであるべきであるし、内容に応じた適切なグループに投稿しなければいけない。また、プライベートな電子メールを書いた本人の同意を得ることなくニュース・グループに投稿してはいけないし、既に投稿された記事を引用して、「私もそう思う」「そのとおり」とだけ書き足したようなメッセージを投稿してはいけない。こうした「CyberSpaceの掟」は、古くからのユーザにとっては当たり前のことなのだが、ユーザ数は毎年倍増しており、こうした約束事を守らないユーザが現れて不思議はない。
さらに深刻な問題は、高度な技術を持った悪質なユーザである。日本でもBBS(パソコン通信)のIDハッキング、電子掲示板のメッセージの改竄のような問題が話題になっているが、インターネットでもセキュリティは重要な問題である。86年に起きたインターネットを舞台とする国際的なコンピュータネットワーク犯罪事件は、ネットワークのセキュリティ問題を浮き彫りにした(この事件は"The Cuckoo's Egg -Tracking a Spy Through the Maze of Computer Espionage-" 邦題「カッコウはコンピュータに卵を産む」(草思社、クリフォード・ストール著)という本になっている)。また、88年にはある大学生が作ったプログラムによってインターネットに接続している約6000のコンピュータがダウンしたことがある。こうした事件を機に、カーネギーメロン大学ソフトウェア・エンジニアリング研究所にCERT (Computer Emergency Response Team) が設立された。その後、これほどの大事件はおきていないようだが、ポルノグラフィにコンピュータ・ウィルスが含まれていたとか、パスワードを盗まれたというような事件は今でも発生しており、CERTによれば、昨年一年間で約1300件の事件が発生している。インターネットはそもそもオープンなネットワークとしてスタートしていることもあり、ネットワークとしてはセキュリティのレベルは低い。例えば素人でも他人を装って電子メールを出すことは簡単にできる。オープンなことが売物のネットワークのセキュリティを高めるのは容易なことではないが、様々な取組みがなされている。たとえば、外部から企業内のネットワークに不正なアクセスができないようにするファイヤーウォールの技術が開発されているし、次期のインターネットプロトコルであるIPngはセキュリティレベルが高くなっている。また、本格的な商用利用のためには暗号技術と電子署名の技術は必須であるが、インターネットにおける暗号技術の利用の研究はかなり早くから行われてきている。例えば、電子メールのセキュリティを高めたPEM (Privacy Enhanced Mail) は88年に最初の標準が提案されている(93年に改定)。ちなみに、日本でも93年秋からWIDEプロジェクトが日本語版のPEMを独自で開発し、94年3月以降、公開実験が行われている。
最近ではセキュリティを高めたMosaicも利用可能になっている。例えば、Spry Inc.のAir Mosaicには暗号と認証機能付のバージョンがあるし、Mosaic開発者の一人であるMarc Andreessen(しつこいようだが、彼は22歳)が技術担当副社長であるNetscape Communications Corp.(かつてのMosaic Communications Corp.、いつの間にか社名が変更されている)のNetscape、NetsiteもRSAアルゴリズムに基づく暗号機能を備えている。なお、 Netsiteはサーバー側のソフトウェアであるが、Netsite Communications Server とNetsite Commerce Server の2種類があり、前者は一般情報提供用で1495ドル、後者はセキュリティ機能付のElectronic Commerce用で5000ドルである。
こうした技術的改良の結果、「インターネットのセキュリティレベルは低くて商用には使えない」という常識は過去のものになろうとしている。
情報スーパーハイウェイとインターネット
94年9月9日付けのニューヨーク・タイムズ紙によれば、ベルアトランティック社の双方向CATV計画は思うように進んでいない。原因は関連機器を供給する予定のAT&T社とジェネラル・インスツルメント社による機器開発が、技術面およびコスト面の問題から遅れていることにある。同紙によると、ベルアトランティック社におけるAT&T社の対応ぶりにたいする評判も悪く、正式な契約の前にAT&T 社を外す可能性もあるという。タイム・ワーナー社もフロリダでの双方向CATV実験サービスを延期しているなど、最近、この分野では計画の延期が続いている。現在のところ順調に進んでいるは、TCI社とマイクロソフト社のチームくらいだ。
最近の新聞雑誌等の報道によれば、最大の問題は、双方向CATV普及の鍵を握るセット・トップ・ボックスの価格が、ある程度量産しても目標の数百ドルになりそうにないことだという。(TCI社の関係者は300ドルくらいで提供できると言っている)
双方向CATV(あるいはビデオ・オン・デマンド)の実験プロジェクトがもたついている上に、こうしたプロジェクトに水を差すようなアンケート結果も発表されている。米国の消費者はビデオ・オン・デマンドのような娯楽機能より選挙の投票や書籍の検索といった比較的少量の(動画に比べれば少量である)情報の伝達や収集に関心があるというのだ。マルチメディア通信網にどのような利用法を期待するかという問いに対して、ビデオ・オン・デマンドに「大いに期待する」と答えたのは28%、一方選挙の投票は50%、書籍の検索が47%、遠隔教育が38%であった。
このような状況の中で、現実に世界規模のコンピュータネットワークとなっているインターネットに高い関心が寄せられている。少し前まで、多くのインターネット関係者は「インターネットは情報スーパーハイウェイのモデルである」と言っていたが、最近では「インターネットこそ真の情報スーパーハイウェイだ」という声も聞かれるようになってきた。もちろんインターネットが情報スーパーハイウェイになる可能性は十分あるとは思うが、この発言に全面的に同意するわけにはいかない。状況は依然として混沌としており、情報スーパーハイウェイがどのようなものになるか誰も断言できない。すべては市場における競争によって決まることだし、いくつかの種類のハイウェイが役割を分担することになるかもしれない。
ともあれ、米国でもインターネットはかつてないほど注目を集めている。
インターネットの未来
当初は国防省のコンピュータネットワークとしてスタートしたインターネットは、すべての研究者のためのネットワーク「NSFnetの時代」を経由して、商用ネットの時代に入っている。セキュリティが低いという問題は暗号技術等によって克服され、実際に商取引に利用され始めている。いくつかの失敗例も生まれているが、この大きな流れを変えたり弱めたりするほどのものではない。
接続されるコンピュータ数も利用者の数も増え続けていくだろう。当初「電子計算機」のネットワークであったものが、ワークステーションのネットワークになり、いまパソコンのネットワークになろうとしている。アップル・コンピュータ社の「System 7.5」も、IBM社の「OS/2 Warp」も、マイクロソフト社の「Windows 95」も標準でTCP/IPをサポートし、インターネットへの接続を売物にしようとしている。ちなみに、「OS/2 Warp」にはMosaicのクローンであるWebExplorerが付属しているし、「OS/2 Warp」を購入したユーザは「IBMグローバルネットワーク」というインターネットへのアクセスサービスにアクセスすることができる。
インターネットの強みは、すべてがユーザに委ねられていることにある。世界中のコンピュータネットワークの研究者の頭脳を取り込んでインターネットは進化してきた。ネットワークのプロトコルもインターネット上で利用可能なツールやアプリケーションもユーザの手によって開発されてきた。
あるシステムが爆発的に普及するきっかけとなるアプリケーションを「キラーアプリケーション」と呼ぶ。たとえば、パソコンにおけるキラーアプリケーションはワードプロセッシングソフトとスプレッドシート(表計算)ソフトであり、ファミコンのキラーアプリケーションは「ドラゴン・クエスト」である。現在、Mosaicはインターネットのキラーアプリケーションと呼ばれているが、これも今ではいくつかの企業が商業目的のために開発しているものの、当初はユーザの手によって開発されたものである。インターネットは、その物理的構成も柔軟であるが、新しいツール、アプリケーションを受け入れていくという柔軟性にも富んでいる。
ある時点でインターネットの技術を評価すれば、問題点を指摘し、インターネットには限界があると主張できるだろう。たとえば、既に述べたアドレスの枯渇問題であるとかセキュリティの問題であるとか。しかし、インターネットは世界中の英知を集めて常に進化してきたし、今後も進化して行くに違いない。
新しいIP(IPng)はアドレス空間を拡張し、ネットワークのセキュリティを高めるだけではない。動画や音声を扱うことを考慮したマルチメディア時代のプロトコルになっている。
一部で混雑していると言われているバックボーンも需要に併せて拡張されていく。たとえば、ニューヨーク州の研究教育用の地域ネットであるNYSERNet (New York State Education and Research Network)ですら、回線速度を45Mbpsに拡張する計画を持っているし、ユーザまでの回線についても大手の商用インターネット事業者であるPSI 社はCATV運営会社のコンチネンタル・ケーブルビジョン社と共同でCATVのケーブルを用いた10Mbpsのインターネットアクセスサービスを実施している。
回線の高速化と動画の圧縮技術によって、ビデオ・オン・デマンドはインターネット上で実現されるかもしれない。
インターネットの未来は、過去と同様にユーザの手に委ねられている。そして、そこに世界の英知が集まる限り、インターネットの未来は無限に広がっていると言ってよいだろう。
(おわり)
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