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「ITと企業経営」シリーズ 第6回 ITのオーバーシューティング (2011年3月) 生産性新聞
世界に大きな衝撃を与えたニコラス・カーの論文“IT doesn’t matter”は、ITのコモディティ化に加え、「オーバーシューティング」という問題を指摘している。オーバーシューティングとは、目標に向けて何かを調整する場合に目標を超えてしまうことをいう。ここでは、ITの技術進歩が利用者のニーズを超えてしまい、IT製品が、利用者が必要とする以上の性能や機能を持つことだと考えればよい。
実際、我々が日常利用しているPCの情報処理能力は、かつてのスーパーコンピュータを凌ぐものになり、ほとんどのユーザーは現在のPCの性能で満足しているばかりか、そのPCのもつ情報処理能力のごく一部しか利用していない。これはPCだけに見られる現象ではない。IT分野におけるほとんどの分野においてオーバーシューティングが起きている。
ソフトウェアも例外ではない。ワープロソフトなどのオフィス用ソフトウェアには、一般ユーザーが利用しそうにない機能が数多く備わっている。また、企業内のPCの大半は、10年前に発表されたWindows XPで動いており、2006年に発表されたWindows Vistaや最新のWindows 7を利用している企業は少ない。こうした事実はソフトウェアにもオーバーシューティングが起きていることを示している。
しかし、多くの企業は、そのパワーも機能も一部しか利用されていないにもかかわらず、パソコンを3年程度で更新してきた。また、ソフトウェア・ベンダーも機能強化した新しいバージョンを2, 3年毎に発表し、利用者にそれを購入するように勧めてきた。
カーは、こうした支出の多くはITベンダーの戦略に起因したものだと指摘し、システムの更新サイクルを少し長くするだけでかなりのコストが節約できると主張している。マイクロソフトのCEOであるスティーブ・バルマーは、このカーの論文を「くだらない(hogwash!)」と評したそうだが、その理由は、カーのこの主張にあるように思われる。
さて、本題に戻ろう。ITは競争優位の源泉になりうるのだろうか。もちろん、カーはITそのものが持続的な競争優位の源泉になることはないと主張している。ただ、前回に述べたように、カーは、かつてITが持続的な競争優位を生み出したとして例として、この連載でも取り上げたAHSのASAPやアメリカン航空のSabreを取り上げている。これらは、SIS(戦略情報システム)の事例としてよく知られている。日本でも、花王のネットワーク受注システム、セコムの連絡網システム、セブンイレブンのPOSシステムなどがSISの事例として取り上げられ、当時は、これらが競争優位の源泉になったと考えられていた。
しかし、これらに続く成功事例が生まれなかったために、90年代にはSISを信じる人はほとんどいなくなった。つまり、ITによって競争優位が得られるというのは、過去に遡っても、きわめて希なケースであったことがわかる。
つまり、情報システムの歴史を冷静に振り返れば、ASAPやSabreのような事例は極めて希な事例であり、大多数の企業にとって、ITで持続的な競争優位を獲得できるというストーリーは、幻想だったと考えた方が正しいように思える。