ネットビジネス革命の現状と課題 (『情報プラットフォーム』 No.20, 2000年11月号)
拡大するネット経済
1960年代に米国防総省で生まれ大学で育ったインターネットは、80年代末から商用利用が始まり、90年代後半に至ってビジネスに大きな影響を与え始めた。この10年間のインターネットの規模の拡大を、インターネット接続ホスト数の推移で見ると、年平均成長率は84.4%にも達する。つまり、毎年1.8倍というスピードでインターネットは成長してきたことになる。そして、もはやインターネットに影響を受けないビジネスはないと思えるほどに、インターネットはあらゆる分野に浸透している。
たとえば、インターネットで売られているモノは、パソコンとその周辺機器やソフトウェア、書籍、音楽CDから、花やギフト用品、衣料、食品雑貨に広がっており、インターネットを使った株取引や金融サービスも一般的になっている。また、コンサートやスポーツの試合、旅行などの予約やチケット販売もインターネット経由で行われている。自動車の場合、インターネット経由の販売はまだ一般的ではないが、インターネットで必要な情報を入手する人は増えており、自動車購入希望者をディーラーに紹介するオートバイテルのような仲介ビジネスは着実に成長している。
企業間取引もVAN業者を利用する従来型のEDI(電子データ交換、Electronic Datainterchange)から、インターネットEDIやWebEDI へと移りつつあり、またネット上のオープンな場で取引を行うeマーケットプレイスを製品の販売、資材の調達に利用する企業が増えつつある。
こうしたインターネット・ビジネスの芽が米国で育ち始めたのは、94年から95年のことである。オリム兄弟が親や友人から資金を得て地下室に置いたパソコンで音楽CDの販売を始めたのが94年8月、サウスウエスト航空がインターネットで航空券の予約販売を開始したのが95年3月、100万種類の書籍を取り扱っている「地上最大の書店」としてアマゾン・ドット・コムがネット上に登場したのが95年7月であった。
当時のインターネットを利用した消費者向けの電子商取引(BtoCのEC)の市場規模は、微々たるものであったが、その後指数関数的に成長し、米フォレスター・リサーチのレポートによれば、米国の消費者向けの電子商取引市場は、99年には200億ドルに達し、2004年には米国の小売り市場の6~7%に相当する1840億ドルになると予測されている。
企業間の電子商取引(BtoBのEC)の市場規模はBtoCよりはるかに大きい。米ボストン・コンサルティング・グループが99年末に発表したレポートによれば、従来型のEDIを含めた企業間電子商取引市場は、98年の6710億ドルから2003年には2.8兆ドルまで拡大する。このうち従来型のEDIによる電子商取引が98年で5710億ドル、2003年で7800億ドルと予測されており、増加分のほとんどがインターネットを利用した企業間取引によるものと予測されている。この2003年時点での企業間電子商取引は、すべての企業間取引の24%に相当する。
中間業者排除(Disintermediation)
ビジネスモデルを一言で説明すれば「企業が収益を得る仕組み」のことである。小売業には小売業の製造業には製造業のビジネスモデルが存在する。小売業や卸売業は、仕入れた価格より高い価格で商品を売ることによって収益を得ているし、製造業は仕入れた原材料を加工して製品を作り、それを販売して収益を得ている。また、新聞社は購買料と広告料を、多くの民間放送局は広告料を主な収益源にしている。
インターネット上にも従来型のビジネスモデルを採用している企業が数多く存在する。1日に5000万ドル相当のパソコンをインターネット経由で販売しているデル・コンピュータは、従来から顧客の注文を受けて、製造したパソコンを直販するビジネスモデルを採用している。注文を受ける手段が、電話やFAXなのかインターネットなのかが基本的な相違である。もちろんインターネットを利用することによって、顧客からの注文をコンピュータにインプットする手間が省けると同時に、顧客とのコミュニケーションもより密接なものになっている。
書籍販売でスタートしたアマゾン・ドットコムは、書籍や音楽CDを大幅に値引きして販売しているが、基本的には商品の販売によるマージンからその収益を得ようとしている。アマゾン・ドットコムは当初、取次店の商品在庫を利用することによって在庫を持たないビジネスを展開しようとしたのだが、商品を早く届けるために現在は全米に7つの倉庫(配送センター)を保有している。このアマゾン・ドットコムのように自ら商品在庫をもってインターネットで販売するモデルを「倉庫モデル」と呼ぶ。
食品雑貨を扱うピーポッドやウェブバンも「倉庫モデル」を採用している。つまり生産者や卸売業者から仕入れた食品雑貨を倉庫に在庫として持ち、顧客からの注文に応じて出荷するモデルである。例えばピーボッドの取り扱い品目は約2万種で、通常のスーパーと同様に缶詰や歯ブラシ、洗剤といった商品では複数のブランドが揃っている。消費者はウェブ上で購入する商品を選んだ後、配達を希望する時間帯を指定する。支払は小切手、クレジットカード、銀行口座からの引き落としの他、ギフトカードも利用できる。商品の価格は、スーパーと同程度であるが、注文がある金額以下である場合は、配達料を支払わなければいけない。つまり、ピーポッドの主な収入源は、売価と仕入れ値の差額とこの配達料ということになる。
これらのネット企業のビジネスモデルは、基本的には現実社会の小売店となんら変わらない。ただ、インターネットを利用することによって、流通経路が極めてシンプルになっていることに特徴がある。デル・コンピュータの場合は直販であり、中間に卸も小売店も介在しない。アマゾン・ドットコムやピーポッドの場合も流通経路を単純化することによって、コストの削減を図っている。
これが、インターネットの一つの特徴である「中間業者排除(Disintermediation)」である。
情報仲介業(Infomediary)
しかし、中間業者排除が進む一方では、新しい仲介業が生まれている。例えば、自動車の購入希望者をディーラーに紹介しているオートバイテルやカーポイントなどがその一例である。自動車を購入しようとしている消費者は、こうした自動車購入支援サイトから自動車に関する様々な情報を無料で入手できる。カタログに記載されているようなスペックやオプションに関する情報はもちろん、価格情報や他の消費者の評価までを知ることができる。消費者が希望する車種やオプションを選び、購入リクエストをオンラインで送ると、最寄りのディーラーから電話などで価格が提示されるという仕組みになっており、自動車を購入するかどうかは、消費者-ディーラー間の話になる。自動車購入支援サイトは、自動車ディーラー以外に、銀行などの金融機関や保険会社とも提携して、ローンの申し込みや保険の加入もオンラインで提供し、そこから手数料収入を得ているが、主要な収入源は、提携しているディーラーからの手数料や会費である。
自らは商品在庫を持つことなく、その仲介だけを行うビジネス、それが情報仲介業(Infomediary)である。さらに例を挙げれば、「リバース・オークション」と呼ばれる、消費者主導型の価格形成システムをインターネット上で実現したプライスラインも一種のインフォメディアリである。プライスラインは航空券やホテル予約、新車販売、住宅ローンを扱うオンライン・ショップである。通常のオンライン・ショップとの違いは、価格をつけるのが売り手ではなく買い手である点にある。航空券を例にとって説明すると、次のようになる。利用者は出発地と目的地、出発日、購入枚数、購入希望価格、支払いのためのクレジットカード情報などを入力する。するとプライスプランは、提携する航空会社から利用者の希望する条件にあった便を捜し、価格が利用者の希望価格より低ければ取引が成立することになる。価格を含む条件を満たす便がない場合は(当然のことながら)取引は成立しない。国内線は1時間以内に、国際線は24時間以内に回答をくれる仕組みになっている。プライスラインは、航空会社が支払う販売金額の5パーセント程度の販売手数料と、プライスラインの航空券購入価格と利用者の希望価格の差額が収入になる。つまり、ニューヨーク(NY)-ロスアンゼルス(LA)間を600ドルで購入希望を受け付け実際に550ドルで購入できたとすると、この差額の50ドルはプライスラインの収入になる。
情報仲介業の定義を幅広く解釈すれば、ポータルサイトも一種の情報仲介業である。ヤフー!、ライコス、インフォシークなど検索エンジン/ディレクトリ型ポータルサイトの収入源はインターネット広告であるが、ウェブサイトと検索エンジンによって、情報やサイトを捜している人に情報提供者やサイト運営者を紹介するサービスを提供している。つまり、これらのサイトが提供している機能は、広大なサイバースペースの中で、何かを捜している人と何かを提供している人を情報交換によってマッチングするビジネスだと考えることができる。
さらにモンスター・ドットコムやキャリアパスのような求人・求職サイトも、人を捜している企業と仕事を捜している人とをマッチングする情報仲介業であると考えることができるだろう。eマーケットプレイス
冒頭で引用したボストン・コンサルティングの予測値とは多少異なるが、フォレスターリサーチは、企業間の電子商取引(BtoBのEC)の市場規模が2004年に約2.7兆ドルに達すると予測している。この巨大な企業間電子取引市場の中で、最近、注目を浴びているのが、eマーケットプレイスである。eマーケットプレイスは、電子マーケットプレイス、オンライン仲介業者、マーケットメーカー、トレーディング・ハブなど様々な呼び方があるが、複数の売り手と買い手を結びつけるネット上のバーチャルな市場である。eマーケットプレイスは、企業間取引をサポートするインフォメディアリ(情報仲介業)である。フォレスタリサーチの市場予測では、2004年時点で約2.7兆ドルの企業間電子商取引の内、半分以上の1.4兆ドルの企業間取引がeマーケットプレイスで行われるだろうと予測されている。
新聞などで報じられているように、鋼材を取り扱うeスチールやメタルサイト、化学品を専門とするケムコネクトなどのeマーケットプレイスは、日本の商社と提携して既に日本に上陸している。
インターネットが商用利用されるまでは、コンピュータ・ネットワークを利用した企業間取引は、VAN業者を利用したEDIによって行われてきたのだが、インターネットの普及によって、エクストラネットを利用したインターネットEDIやWebサーバとブラウザを利用したWebEDIを利用する企業が増加してきた。
従来型のEDIもインターネットEDI/WebEDIも、基本は1対1、あるいは1対Nの電子商取引である。それに対してeマーケットプレイスは、既存の取引関係に限定されないN対Nの取引の場である。これは、モノやサービスの調達コストをより下げるのには適した方法である。
企業間取引の多くは、信頼できる相手から一定の品質を満たすモノやサービスを継続的に調達する必要があるため、オープンな市場での調達に適していないと思われてきた。しかし、米国では、いくつもの大手企業が資材の調達をeマーケットプレイスで行うと表明しており、その常識は覆されようとしている。調達先の信頼性を重視する日本で、eマーケットプレイスにおける企業間取引が米国並に普及するようになるとは考えにくいかもしれないが、市場がグローバル化する中、オープンな、あるいはセミオープンな(限定されたメンバー間での)eマーケットプレイスでの取引が徐々に増えていくことは間違いない。
変革を迫られる既存ビジネスモデル
さて、こうした新しいネット上のビジネスは、既存のビジネスにどれだけ影響を与えているのだろう。米ジュピター・コミュニケーションの最近の調査によれば、消費者がオンラインで使った金額の94パーセントは、これまで現実の店舗で使っていた支出であるという。つまり、オンラインショップによって消費は多少増加しているが、ほとんどは既存の小売店の売上げを浸食しているのである(但し、ネット上の商品の価格が現実の店舗の価格より安いなら、国民経済計算上の実質消費は名目以上に増えていることになる)。
既存の市場をネット上の市場が浸食する以上にインパクトが大きいのは、ネット上の新ビジネスによって、既存のビジネスが破壊されてしまうケースである。 例えば、米国の新聞は、平均してその収入の約4割を「求人広告」や「売ります買います」などの三行広告から得ている。その重要な収入源が、インターネット上の新ビジネスによって脅かされている。例えば、94年に求人求職情報をウェブで提供し始めたモンスター・ドットコムのようなサイトを利用すれば、職種や給与、勤務地などで求人情報を簡単に検索できる。新聞に掲載される三行広告よりはるかに利便性が高い。また、家や自動車を売る場合でも、イーベイのようなオークション・サイトを利用する消費者が増えている。インターネット・オークション・サイトならより詳細な情報を載せることができるし、写真を付けることもできる。
自動車ディーラーもまた、ネットビジネスの脅威に晒されている。オートバイテルのような自動車購入支援サイトが現れるまでは、消費者よりはるかに豊富な情報をもったディーラーが優位に立っていたが、今や消費者はインターネットからディーラーより豊富な情報を手に入れることができる。数多くのディーラーを回って、情報を収集、比較するのは大変なことであったが、インターネットなら時間もコストも問題にならないくらい少なくてすむ。自動車が直販されるようになれば、自動車ディーラーの役割は購入の際の書類手続きと、メンテナンスだけになるかもしれない。
証券会社も変革を迫られている。米国では75年に株式売買委託手数料が自由化されたことを契機に、従来の証券会社に比べれば、サービスは劣るが手数料が安いディスカウント証券会社が生まれた。この時点では従来の証券会社とディスカウント証券会社は顧客に提供できる情報の質と量によって、棲み分けは可能であった。しかし、インターネット上に誕生したネット証券会社はそうではない。フルサービスの証券会社と遜色のない情報をタイムリーに提供し、それでいて桁違いに安い手数料を実現している。もはや、実店舗をもった証券会社は不要な時代になっている。
音楽産業革命
さらに深刻なのはレコード会社である。米国では、インターネットを利用して音楽ファイルを無料で交換するソフトウェアやサービスが大流行している。例えば、利用者がすでに1000万人を超えたと言われている代表的ソフトであるナップスター(Napster)を使えば、自分の聞きたい曲を入力するだけで、サーバからその曲を提供できる登録利用者を捜しだし、その利用者のパソコンから直接音楽ファイルをダウンロードできる。つまり、インターネット上で音楽ファイルを自由に(かつ無料で)交換できる仕組みが実現されている。こうした仕組みで交換されている音楽のほとんどはMP3形式で圧縮されているので、4分程度の曲なら最新のモデムで10分程度、ADSLモデムやケーブルモデム利用者なら数秒から1分程度でダウンロードでき、音楽もCD並で、パソコンだけでなく、最近流行のメモリ蓄積型の携帯プレーヤで聞くこともできる。
米レコード産業協会(RIAA:Recording Industry Association of America)は、1999年12月に音楽ファイルの交換を容易にすることによって大規模な著作権侵害を招いているとしてサーバを運営しているナップスター社を訴え、さらに2000年6月にはサンフランシスコの連邦地裁に同社のサービス停止の仮命令を下したのだが、ナップスターからの申し立てを受けた連邦高裁がこの仮処分の延期を決定した。
この問題がどのような結末を迎えるのかはよく分からない。しかし、もし仮に裁判の結果、ナップスター社のサーバが閉鎖になっても、インターネット上での音楽ファイルの交換に終止符が打たれるわけではない。すでにサーバを必要としないヌーテラ(Gnutella)と呼ばれるファイル交換ソフトウェアが、マニアの間に普及しつつある。ヌーテラを立ち上げると、他のヌーテラが動いているコンピュータに接続される。そのコンピュータは他のコンピュータに接続されていて、ちょうど数珠繋ぎになって相互に接続され、どのコンピュータともファイルを交換できる。サーバがないということは、インターネット上で誰が誰と音楽ファイルを交換しているのかを突きとめることは困難であるし、そのサービスを停止させることも事実上不可能になる。おまけにヌーテラはオープンソース・ソフトウェアで、誰かが圧力をかけて開発やサービスを中断できるものではない。
間違いなく従来の音楽産業は根底からひっくり返されようとしている。それはレコード産業界がどのように抵抗しても流れは変わらないだろう。インターネット時代の音楽流通コストは、現在のCDのようなパッケージ型メディアによる流通コストに比べて格段に安くなる。また、インターネットで音楽ファイルが自由に流通する社会は、音楽の選択の幅も広がり、現状のように音楽産業界の一部の人たちによってヒット曲が人工的に作られているより、ずっとオープンで消費者にとってより魅力的な世界になる可能性がある。もちろん、優れた音楽作品を生み出す音楽コンテンツの作成者(作曲家、作詞家、演奏者、ミュージシャンなど)の報酬をどのように確保するのかという問題は残されているが、古いビジネスにしがみついている人たちの権利を守る必要はないことだけははっきりしている。
おわりに(IT革命
遠からず日本も「定額・高速・常時接続」の時代に突入する。インターネット革命が本格化するのはそれからだろう。既に先が見えてきた音楽産業のような例もあるが、インターネットが我々の経済社会に何をもたらすのかは、まだよく見えていない。IT(情報技術)は、単に道具に過ぎないと軽く考えている人が少なくないようだが、単に道具にしか過ぎなかった蒸気機関が世界を変えたことを忘れていないだろうか。
現在の法制度、社会制度はネット経済社会に適したものにはなっていないし、多くの企業経営者は、既存のビジネスモデルを壊すことに未だためらいを感じている。しかし間違いなくインターネットは、経済社会に変革をもたらす。インターネットを流行として考えるのではなく、インターネットがもたらす本質的な変化を理解した上で、企業戦略にインターネットを取り込んでいかなければ、その企業は21世紀に生き残ることはできない。
VAN(Value Added Network):「付加価値通信網」の略 データ通信用に大容量の回線を保有する業者が、その回線を一般のユーザーに切り売りするサービス
EDI(Electronic Data Interchange):企業間の受発注や見積りなど企業間の商取引をデジタル化し、ネットワークを通じてやりとりする仕組みのこと。電子データ交換とも呼ばれる。