なぜ、僕は暖かい家づくりにこだわるのか?〜その5〜
◎その4までのあらすじ
住宅設備専門の設備設計事務所での日々、とある展示会でのちに師匠と仰ぐドイツ人のバルテンシュタインさんと出会います。今回バルテンさんの話は一旦横に置いておいて、僕にとって大事なお話を。
◎一人のお客様との忘れられない出会い
さて、その頃の日々の僕は住宅図面とにらめっこし、熱計算をし、暖房や換気の設備設計をし、時に現場へ赴き施工の監督をしたり、お手伝いをしたりといった毎日でした。
そんなある日、完成した現場でお客様に設備機器の取り扱い説明をする日がきます。業界では通例なのですが、住宅が完成しお客様が入居される前のタイミングで各設備業者が集まり、それぞれの機器の使い方やメンテナンスの仕方や注意点をご説明するという〝取扱説明″の日というものです。
そちらの現場には、暖房と換気の設備機器を納入していました。電気のヒートポンプで不凍液を温め、床土間やパネルヒーターに温水を供給し、暖房をします。もう12月に入っていたのでご説明に先立ち暖房をONにし、暖かい状態でお客様をお迎えしました。
若い30代のご夫婦です。玄関を一歩入ってこられるなり、途端に表情が明るくなり、奥様が「わあ、あったかい!」と嬉しそうに声を上げられます。ご主人様もニコニコ満足そうな顔です。
一通りのご説明を終えた後、僕は聞いてみることにしました。
「どうしてこちらの住宅会社さんを選ばれたのですか?」
すると奥様が話し始めました。
「ずーっと暖かい家に憧れていたんです。今住んでいるアパートもそうですし、私の実家も主人の実家も正直寒くて寒くて、お正月に実家に帰るのが億劫でしょうがなかった。」
「もし自分たちで家を作ることになったら、絶対暖かい家にしようと主人と話していたんです。だから私たちの家づくりで一番大事なことは〝暖かい家″であることでした。」
「そうして去年からいろんな住宅会社を見て回りました。初めは住宅展示場に行きハウスメーカーを、次に何社かの工務店を、設計事務所にもお話を聞きに行ったこともあります。」
「でも、どうしても私たちが求める自然な暖かさ(まさに今日のこの状態ですね)を実現してくれそうなところに会えなかった。」
「で、住んでいるところからは少しだけ離れているけれど、性能もデザインも良さそうな〇〇さんに話を聞いてみようということにしたんです。はじめに2時間たっぷりとお話を伺いました。そのお話でほぼ私たちの考えている〝暖かい家″ができそうだと思いました。その後、1件の現場を見学したんです。」
「そのお家に一歩足を踏み入れた時に、主人と顔を見合わせて〇〇さんに決めようと思いました。そのお家は今日のここみたいに、自然な暖かさに体全体が包まれて一瞬でリラックスできて、心地よくてそこから離れたくない気持ちになる不思議なお家でした。」
「お家の方からもお話を伺ったりしていたはずで申し訳ないのですが、話はほとんど入ってなく、ただただ暖かさに感動していました。」
「そういうわけで〇〇さんにお願いすることにしたんです。」
実は見学されたお家も僕が暖房設計・施工した現場でした。そのことをお伝えすると、「もうほとんど魔法です。ありがとうございます!」と半分涙を浮かべられ、今にも抱きしめられそうな雰囲気になっています。
正直、動揺しました。それまでも暖かくて気持ちいいねえと喜ばれることはありましたが、そこまで喜んでもらえ、気持ちの込もった言葉をいただけたことはありません。こちらも何か込み上げるものがありました。
ああ、住宅の暖房設計という地味な仕事だけれど、今までやってきて良かったと心から思えた瞬間でした。
後日、住宅会社さんとお話をした時にそのご夫婦の話になりました。
「どうしてあのお客様はあそこまで喜んで下さったのでしょうね?」
「実は、あの奥様去年のちょうど今頃の寒い冬の日、妊娠されていたのだけれど、途中で終わってしまったことがあったようで。寒い家との関係はわからないけれど、そういうこともあって、どうしても暖かい家にしたいという思いが強かったみたいだよ。」と教えられました。
この出来事が僕にとって、あらためてこの仕事を大事に続けていこうと思った瞬間でした。同時に決して忘れてはいけないこととして、僕にとっては〝one of them″の暖房設計であっても、お客様にとっては大事な〝only one″のお家なんだということを肝に命じたのでした。
そして〝暖かい″というファクターが時にその人の人生にとって大きな要素になりうることがあるんだと重く思い知ることとなりました。
もちろん、僕だけの経験や知識ではどうにもならず、住宅会社さん、現場の職人さんなどみんなの力で作り上げる住宅です。より喜んでいただけるものを追求していきたくなりました。そんな思いを抱えつつ、その後、僕は独立し住宅設備設計はもちろん、工務店さんや設計事務所さん向けのコンサルティング業務などにも携わることになっていきます。
そのご夫婦はその後子宝に恵まれたと工務店さんから伺いました。僕のお手伝いがもしかして何かの役に立っていたらいいなと思ったものです。
以上が、僕が暖かい家づくりにこだわる理由です。
最後までお読みいただきありがとうございます。
<その6>に続く。