第3話 変なお兄さん

「いらっしゃいませ!!」

深夜帯にも関わらず、店内に店員さんの美声が響き渡る。

先ほどカップラーメンを買った際にはいなかった店員さんがレジに立っている。

眼鏡をかけて、いかにもエリートのような風貌だ。
しかし、コンビニの夜勤をやっているところを見ると、偏見かもしれないが大した良い人生を送っているわけでもなさそうだ。

勝ち誇ったように正樹はニヤリと笑ったが、職場で失敗ばかりで日々怒鳴られている自分は笑える立場ではないということを悟り、急に辛くなってきた。

正樹はトボトボとレジへと向かった。

「いらっしゃいませ」

エリートそうな店員さんが、爽やかな表情で正樹の言葉を待っている。

「あ、、えーと、、、、あれ、何番だろう、、、えーと」

思えば眼鏡も忘れてきてしまっている。

目を細めてタバコが陳列されている番号を見ようとするが、ボヤけて見えない。

その時、エリートそうな店員さんが、すっとタバコを差し出してきた。

「こちらのおタバコじゃありませんか?」

「ん、ああ!これこれ!!、、って、どうして分かったんですか?」

正樹は目の前にいる店員が怖くなって、店員の胸元の名札を見た。

名札には山野と名前が書いてあり、よく分からないバッジのようなものが沢山ついていて、更にはリーダーと書いてある。

「お客様、月曜のお昼の時間帯によく来店されますよね?その時、いつもこのおタバコを購入されていたことを記憶していたもので」

正樹のラーメン屋は月曜休み。
昼に起きて、タバコがない時はこのコンビニに買いに来ていた。

「ええ!!、、、ああ、、はい、確かに月曜の昼によく来てる、かもしれません」

正樹がそう言うと、山野さんは爽やかな笑顔でこう言った。

「良かった!人違いだったらどうしようかと思いました」

負けた。。。

入店して早々、コンビニ店員にマウントを取ろうとした自分に嫌気がさした。

そして、自分を人として認識してくれていたことが心から嬉しかった。

友達もおらず、職場でもゴミのように扱われ、当たり前だが彼女もいない。
親とも疎遠で、孤独を極めている。

こんな自分を、この山野さんという店員さんは、わざわざ認識してくれていて、いつもどの銘柄を買うかってところまで記憶してくれていた。

「うぅ、、すみません、、う、う、、、」

分からない、自分でも何故だか分からないが、途端に涙が溢れてきた。

「ええ、、ええと、、、お客様、どうかされましたか?」

山野さんは心配そうに正樹を見つめる。

「いや、、大丈夫です、、なんか、、嬉しかったんで、、すみません!キモいですよね、、突然コンビニの中で泣き出したりして、、すみません!」

正樹はそう言いながらも、涙と鼻水が止まらない。

すると、山野さんは事務所の中から箱ティッシュを持ってきて、スッと差し出してきた。

「ありますよねぇ、そういうこと。僕もふとしたことでよく泣いちゃうタイプなんで、気持ち分かりますよ」

山野さんはそう言って笑った。

「すみません!あなたは、良い人ですね」

正樹はティッシュで鼻をかんでいる。

「良い人かどうかは分かりませんが、変な人であるのは間違いないですね。だって見てください」

山野は自分の名札を正樹へと見せる。

「たかがバイトのくせに筆記試験や面接まで受けて、合格した証であるこのバッジを集めてるんですよ?月によっては20連勤もするくせに日勤も夜勤もやる。自分でも分かっています。僕は狂っている」

正樹は山野さんの爽やかな笑顔の裏に狂気を感じた。

「あぁ、沢山働かされているんですか?」

「いいや、違います。望んでシフトに入っていますよ」

山野は堂々と答えた。

「え、、、働きたいんですか?」

正樹の質問に、山野は驚きの回答をする。

「別に働きたいわけじゃないですよ、ただ暇なだけ。戦場を駆け回っているだけ、ですよ」

「暇なだけ、、、ええと、じゃあ、コンビニは楽しいですか?」

山野は突然、狂気に満ちた目で正樹を見つめ、情熱的に語り出した。

「そうですね、働きたいわけじゃないとは言いましたが、コンビニという戦場を駆け回るのは楽しいですよ。コンビニは基本的に少ない人数で大勢をさばくことになる。必然的に主体的に動かざるを得ない、それも流れ作業ではなく、全員が臨機応変に動く必要がある。コンビニにマニュアルなんてない、これさえやっておけば大丈夫なんてことはない。個の力が、そのままその日のパフォーマンスに影響するってことです。このスリル、たまんないんだよなぁ」

正樹は半ば怯えた様子で、頷くことしが出来なかった。

その時、ドリンクの補充を終えたもう1人の店員がレジへとやってきた。
そして、山野に問いかける。

「あれ、山野さんの知り合いっすか?」

彼は、金髪頭で耳にはおぞましい数のピアスが並んでいる。
街中で歩いていたら、絶対に近寄らないタイプだ、、、
と正樹は内心思った。

「ん?知り合いじゃないよ、お客様さ」

「あーそうっすか、山野さんお客さんとしょっちゅう会話してるんで、知り合いかと思いました」

「お客様との会話が、僕にとっての唯一の癒しだからね」

山野の言葉が不気味に思えて、正樹はなんだか怖くなり、急いでお会計を済ませた。

「あ、山野さん、色々とありがとうございました」

「なんもよ、また来てくださいね」

山野は爽やかな笑顔で手を振っている。

外に出た正樹は深呼吸をした。

確かに山野さんは狂気的で怖かったが、心から仕事を楽しんでいることは分かった。

楽しみ方がかなり独特ではあったが、自分なりに楽しさを見つけているとも言える。

正樹はラーメン屋で働いていて、楽しいと思ったことがなかった。
そもそも最近は家にいるときも、楽しいという感情が湧いてこない。

正樹は山野の狂気に満ちた目を思い出す。

あそこまで夢中になれる仕事をやってみたい。

正樹はタバコに火をつけた。

チリチリと燃えているのはタバコの先端だけではなかった。

正樹の腐りかけていた心が、ほんの少しだけ燻っていた。


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