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夜と500円玉とコメダ珈琲店。
『すいません...ジェリコで。』
コメダ珈琲店へは、いつもひとりで行く。決まって夜だ。この時間帯は4人掛けの席を使っても何の罪悪感も生まれないからとても助かる。聞こえてくるのはカップルの囁きと地元おじさんの笑い声くらいだ。
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夕暮れ時になると、彼女がポンと500円玉を差し出す。
「ごめん、今日ゲームするから外行ってきて」
僕は大きな音が苦手だから、彼女が気を遣ってお金をくれる。特定の曜日になるとオンラインの集まりがあるそうなので、家にゲーム音と笑い声が響くことになる。
21時
なので夕飯を食べ終えたら、もらった500円玉を握りしめて夜道に繰り出すのだ。
歩いて行けるところにコメダがあるのはとても助かる。Wi-Fiが使えるし、ゆっくりしていってくれと言わんばかりに漫画がズラリと置かれている。
「いらっしゃいませ、お決まりになりましたらボタンでお呼びください」
「あ、すいません...ジェリコで」
「かしこまりました。ご注文は以上ですか」
「はい...」
いつも頼むものは決まっているし、それ以上の注文もない。おそらく顔を覚えているであろう店員さんも仕方なく普段通りの接客をしてくれる。
奥様からもらった500円に、たった100円足らずのお金を追加するだけで贅沢を味わえる。この上ない時間だ。かけているのかも分からない小さな音の有線放送と眠気を誘う薄暗い照明がなんとも心地いい。心に波風を立てない環境は意外と貴重なことだと思う。
やりためていた仕事を済ませる。頭を使わない作業だったら、radikoタイムフリーで”オードリーのオールナイトニッポン”を聴いている。笑いを堪えてニヤニヤしながら画面向かっているので、気持ち悪い客と思われているだろう。
できるだけ音を立てずにキーボードを押す。
マウスはカチカチ鳴らないものを使う。
周りの視線ばかり気にする僕は、とにかく存在感を消すことに心血を注いでいる。作業に集中しているのか、周囲の眼に集中しているのか分からなくなる。
22時15分
疲れてきたから、ツイッターを開く。しっかり見ちゃいない。ただ、指を上下に動かすだけだ。 パソコンは開いたまま、画面は真っ暗。ひと仕事を終えて、熱がまだ残っている。
22時半
「ラストオーダーですが、他にご注文ございますか」
「あっ、だーい丈夫です」
一応メニューに目を送りながら答える。
あとは有無を言わせず、コップに水が注がれる。
23時
店外の照明はもう真っ暗だ。最後の客になった僕は、申し訳なさそうに準備していた580円を置く。口の中がひんやりしていた。
「また来ます」なんて絶対に言わない。また来週来ますけど。
でも、普段通りに迎えてほしい。
・・・
「あっ、ジェリコで。」