人工言語の作り方 番外編:言語のリメイク #001
はじめに
私が過去に作った言語で、ある言語をリメイクする必要が出てきている。エスュル祖語(Proto-Ethúlic, PE)である。PEは、架空世界フィラクスナーレに存在するエスュル語族の祖語であり、その子孫にはアルティジハーク語 Artíjihàkian、マルクウェンナ語 Marquennish などのメジャー言語が含まれる。
そもそもPEはfull-fledgedな言語というよりも、アルティジハーク語などの言語の中に存在する現象を説明づけるために考えた枠組みのようなものであった。しかし、作業を進めているうちに、PEには不満が生じるようになっていった。その理由をはっきりと言語化するのは難しいのだが、概ね以下のような問題がある。
PEは印欧祖語(PIE)に似すぎている。私自身印欧語の研究者の端くれをやっているわけで、無意識に文法が印欧祖語に近くなってしまうというのもあるが、1番の要因は、印欧語族以外の語族の祖語はそこまで研究が進んでおらず、形態以上のレベルでの再構が、私の知っている限りあまりなされていないので、人工言語制作の参考にするのが難しいのである。もちろん、他語族の専門の人なら、例えばアフロアジア祖語やオーストロアジア祖語などの最新の研究について知っているかもしれないが、私は今ケルト語をやるので手一杯で、そこまでリサーチできていない(本当はしたほうがいいのだが)。
PEがPIEに類似しているだけならまだいいのだが、私のPIEへの理解が不十分であるせいか、PEのシステムはPIEのシステムの劣化コピーというか、単純化されたものに成り下がっており、オリジナリティもないという状況にある。
PEに実装したいシステムがうまく実装されていない。これの最たるものが母音階梯 ablaut である。私はそもそも、何度調べても母音階梯という概念が心から理解できた気持ちになれないのだが(現象として記述されたものを見て、そうなっているな、という確認はできるが、その動機や要因が分からない)、それはともかく、母音階梯が関わる音韻形態的プロセスをPEに組み込みたいのに、その実装が非常に稚拙というか、自然言語ならこうはならないのではないかという形にしかなっていない。
PEの音韻体系が気に入らない。私にとって言語の音の美しさは重要である(J.R.R.トールキンが自言語の音の美しさにこだわったのが理解できる)が、PEの音韻体系は、どの音を足し引きしても、どうCとVの並びを定めても、気に入るようなものにはなってこなかった。
以上の問題を踏まえ、PEを再構築する必要があると判断した。以下、PEをどう作り直していったかについて、思考をまとめつつ書いていこうと思う。同様に言語のリメイクを必要としている人の参考になれば幸いである。
何を捨て、何を保つか——入れなければならない要素
作り直すとはいえ、子孫の言語で変えられない要素がたくさんある以上、PEで変えられない要素もある。
まず、エスュル語族、特にアンダル語派の発達史として、(伝統的な用語法を用いるのであれば)孤立語もしくは膠着語的なものに始まり、諸形態素がくっついた上に音変化規則が加わって屈折語になったあと、次第に屈折が失われていき、代わりに接辞や倚辞が用いられるようになって再び膠着語的になるという大まかな流れは維持したい。つまりは、本当に初期のPEは孤立語的もしくは膠着語的で、一つの語・形態素が一つの意味もしくは機能を持っていたということで、これは再構築する際に守らなければならない。
次に、先述の母音階梯である。母音階梯はアルティジハーク語をはじめとするアンダル語派のアイデンティティの大きな部分であるから、これを無くすわけにはいかない。PEの段階では3段階の階梯があり、その後アクセントのあるなしによって音変化規則が適用され、4段階に増える(これをアルティジハーク語で Àwa Hrísmirin 「4性質の母音」という)という流れは気に入っているので、これは変えたくない。
また、これは当然ではあるが、アルティジハーク語で作った語彙、特に『世界のあいだ』などの映画で使っている語彙については、PEの時代からの語源が説明できなければならない(ただし借用語を除く)。
これらがある意味では制約となり、ある意味ではガイドラインとなって、今後の作業が進められていくであろう。次の記事では、より詳しくこれらの制約を洗い出す作業を行う。