人工言語の作り方 番外編:言語のリメイク #002

『世界のあいだ』のアルティジハーク語の用例から導き出される制約

『世界のあいだ』のアルティジハーク語のセリフで使われている語彙は、基本的に維持する必要がある。その語彙を全て書き出すと大変長大な記事になるし、あまり面白くはないものになるので、それは別の機会にする。

本稿では、いくつかの単語を取り上げて語源をざっくりと考えたあと、PEの音韻体系を考え、そこから起こるべき音変化を逆算していこうと思う。

いくつかのアルティジハーク語彙の語源

以下の語彙について考える。

  1. ornara: n.「世界」

  2. assa-: v. 「行く」

  3. dár: n.「夜、黒、闇」; díar: adj.「黒い」

  4. vorthe: n.「炎」

  5. vág-: v.「生きる」

  6. ùril: n.「光」

  7. fír: n.「苦しみ」

  8. olda-: v.「与える」

  9. thúrt-: v. 「輝く」

ここでの目的は、各々の語彙について厳密に語源を探り当てて音変化規則を計算するということではなく、大まかな連鎖変化(子音の体系の変化など)をデザインすることである。従ってこの節で示されている語源はスケッチ段階のものであって、音変化規則の相対年代までは考えられていない。

  1. ornara < *orn-ər-x < PE *ṛn-「全ての」

  2. assa- < *assa- < *əstʰa- < PE *stʰa-「移動する」

  3. dár- < PE *ⁿdar- < *ⁿdṛ-「暗くする」; díar < PE ⁿdār < *ⁿdṛ-

  4. vorthe < PE *bort-iγ- < *bort-「熱い」

  5. vág < PE *bagʰ-「生きる」

  6. ùril < PE *owr-ḷ- < *owr-「明るい」

  7. fír < PE *pir- < *pṛ-「叩く」

  8. olda < PE *ḷd-əh-「与える」

  9. thúrt- < PE *turtʰ-「輝く」

PEの音韻体系

以上のスケッチを少し補えば、PEの音韻体系が定まってくる。

まずは音素インベントリが以下の通りである。

母音:*a *e *i *o *u *ə
長母音:*ā *ē *ī *ō *ū
二重母音:*aw *ew *ow *aj *ej *oj
無声無気破裂音:*p *t *k *kʷ *ʔ
有声無気破裂音:*b *d *g *gʷ
無声有気破裂音:*pʰ *tʰ *kʰ *kʷʰ
有声有気破裂音:*bʰ *dʰ *gʰ *gʷʰ
前鼻音化無気破裂音:*ᵐb *ⁿd *ᵑg *ᵑgʷ
前鼻音化有気破裂音:*ᵐbʰ *ⁿdʰ *ᵑgʰ *ᵑgʷʰ
無声摩擦音:*f *s *x *xʷ *h
有声摩擦音:*v *z *γ *γʷ
鼻音:*m *n *ŋ *ŋʷ
ふるえ音:*r
接近音:*w *l *j

3段階の母音階梯は、語根から名詞や形容詞を派生する際に次のように機能する。

動詞(ゼロ階梯)→名詞(短階梯)、形容詞(長階梯)
*ⁿdṛ- (v.) → *ⁿdar- (n.), ⁿdār- (adj.)
*pṛ (v.) → *pir- (n.), *pīr (adj.)

名詞と形容詞は、両者を「名詞類」nominals と括る印欧古典語とは異なって、形態法の上で明確に区別されている。動詞的意味を持つ語根から動詞を経由して二次的に派生された名詞と形容詞はablautを起こさない。一方で、語根が名詞的意味・形容詞的意味を持ち、そこから直接派生される場合(稀)は、パラダイム内でablautを起こす。動詞はablautを起こすものと起こさないものがある。Ablautが起きる場合、短階梯と長階梯でどの母音が出現するかは語彙的に決まっているため、環境から予測することはできない(ただし、語頭の成節流音は /o/, 語中の成節流音は /a/, 流音の直後の成節流音は 短階梯で /i/ を生じることが多い)。このためPEの語根リストにおいては、√*ⁿDaR- のように小文字でablautする母音が示される。語彙によっては長階梯を欠く場合もある。

語根の音節構造は、C(C)(V)C(C) である。ただし、母音が含まれない場合、音節核になりうる成節子音(PEの場合は共鳴音のみが音節核になることができる)が一つ含まれる必要がある。

PE > Art. の音変化

以上に述べたPEの音韻体系は、以下の変化を前提としている。

*p *t *k *b *d *g > *f *θ *x *v *ð *γ
*ᵐb *ⁿd *ᵑg *ᵑgʷ > *ṽ ˜ð ˜γ ˜γʷ
*ᵐbʰ *ⁿdʰ *ᵑgʰ *ᵑgʷʰ > *mb *nd *ng *ngʷ
*Cʰ > *C
(※この辺は全てが上記の例で観測されているわけではないがchain shiftなので子音の体系ごと変化している)

*ə > *a
*-st- > *-ss-

*V[-long, +stress] > *V́
*V[+long, -stress] > *V̀
*V[+long, +stress] > *íV
(※この3つの変化をもってアンダル語派特有のÀwa Hrísmirin機構が成立する)

これがPE > Art. の全ての変化ではない。しかし、ここでアウトラインされている子音の体系のシフト、母音の分化は、PE > Art. を特徴づけるふたつの重要な変化である。

ここまでがまず基礎の段階であるが、これ以上音韻の設定を詰める前に、形態論のことも視野に入れながら進めていきたい。次の記事では、PEの形態法をどうするかを大まかに決めてから、以上に述べてきたPE > Art.の音変化法則に調整をかけていこうと思う。

いいなと思ったら応援しよう!

中野智宏/Tormis Narno
僕の活動を気に入っていただけたら、サポートしていただければ嬉しいです。いただいたサポートは次のコンテンツ制作の資金になります。