夏の前日

ランダム単語ガチャで出た単語
エメラルド ミラクル こちょこちょ


「こーちょこちょ こーちょこちょ 夕陽様のお出ましだ」村の人たちは連呼しながら天空に両手の指をグニョグニョとむず痒くなりそうに動かし挙げている

これがこの村に私が引っ越してきて初めて体験した村祭りである。見上げるとそこには…

この村に移住をした私も所謂、都会に疲れた側の人間だった。地元の田舎さ具合に飽き飽きして都会の大学の進学して就職したにも関わらず、どこか都会に馴染めないでいたのだ。

就職してからはとにかく独立したい一心でスキルアップに忙殺された。その努力の甲斐もあり入社して10年目には自分の顧客もついて独立することができた。

しかし、独立したいという夢が叶ってからは自分のペースで仕事はできるものの、どこか心にぽっかり穴が空いたまま塞がらず物足りなさを感じる日々が始まった。

そんな折に気分転換として訪れたのがこの村である。最寄りの駅からは車で1時間程度掛かるが駅前はそこそこ栄えており生活に不自由することはなさそうであり、何よりも新鮮な空気と川に流れる清流の音に心が洗われた。

「ここなのかもしれない」自分でも驚くほど自然につぶやきこの村へ移住することを決意した。

村では久々に若者がやって来るということで村長はじめ皆さんが丁重に私を迎え入れてくれたが、なかでも私より10歳ほど歳上ではあるが村内では若手であるタケさんが私を弟のように可愛がってくれた。

「シンちゃん、分からないことあったらなんでも聞いてね」気さくなタケさんのお陰で村に溶け込むことに時間は掛からなかった。

移住してから初めての夏がやってきて、タケさんが村祭りのことを私に話し出した。

「シンちゃんが住み始めて初めての夏だよな。毎日手の爪は切っておいた方が良い。それがお前のためになる」いつもよりやや真剣にタケさんがそう言ってきた。

「え?夏に何かあるんですか?」と聞き返すと「そういうことは聞くもんじゃない。逃げちまうから」とだけ素っ気なく答えるだけだった。温厚なタケさんが言うからには余程のことがあるのだと思い私はいつも以上に爪切りをするようになりやや深爪をキープしながら過ごしていた。

そんな折、この地域もいよいよ梅雨明けの予報が出た直後の夕方、今までに経験したこともない豪雨が襲ってきた。

「今日はやけに雨が強いな」と思いながらいつも通り仕事を続けているとドドドン!とけたたましく玄関を叩く音が聞こえた。

何事かと思い玄関を開けるとカッパを着てずぶ濡れになったタケさんが「お前なにやってんだ!早く来い!」と私を引っ張った。

「こんな豪雨でどこに出掛けるんですか!?」いきなりのことに戸惑った私を無視してタケさんは「夕陽様出すためにこちょこちょしに行くんだ」と強引に私を引っ張り出した。

タケさんに引っ張られ近くにある集落所の広場に連れてこられたが、既に村長はじて村人全員が集まっていた。

「これで全員集まったな」と村長が確認すると、突然両手を天空に掲げグニョグニョと指を動かし出した。

村長に倣い他の村人も全員同じ動きを始め出し、戸惑ってる私を見たタケさんは「見よう見真似でいいからやるんだ」と私にも同じ動きをするよう言ってきた。

言われるがまま両手を天空に掲げグニョグニョと指を動かすうちに「こーちょこちょ こーちょこちょ 夕陽様のお出ましだ」と村長が歌い出し、村人もそれに合わせて「こーちょこちょ こーちょこちょ 夕陽様のお出ましだ」と繰り返す。

その歌は次第に輪唱となり、両指の動きは更にグニョグニョと加速して動き出していった。すると雲の隙間からゆっくりと赤々と燃える夕陽が顔を出してきた。

「もうすぐだぞぉ!!」という村長の雄叫びと共に歌とグニョグニョは加速していき、いよいよ雲は散り散りとなり夕陽が現れた瞬間、「ようこそ、夏!!」と一斉に歓声を上げた。

夕陽が山の緑をエメラルドのように染め上げ煌々と光っている。

これがこの村から古くから伝わる村祭り「梅雨退治」だったのだ。


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