第29話「牛潰しからのゆいまーる」(小浜島)
自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜
日本の最も南に位置する八重山諸島「小浜島」は、人口約500名、周囲17㌔ほどのサトウキビ畑の平たい島だ。島の周りはきれいなサンゴ礁で透き通るような蒼い海が広がっている。
海を眺める角度、時間、天候によってさまざまな表情で、見る者を楽しませてくれる沖縄の姿だ。
島人は「真夏の八重山はすごいさ~」と教えてくれる。
原色のでっかい空とコバルトブルーの海のコントラストが、絵葉書のようにすごいのだそうだ。
山しか知らない丹波篠山の田舎者にとっては、真冬の八重山でも十二分に見ごたえがある。
沖縄の公園で出会った田中くんと、八重山諸島の離島を巡ったあと、小浜島に12月25日のクリスマスに入り、1週間が経った。
新年1月8日からサトウキビ収穫のアルバイトが開始される。
刈り取り作業の準備をしたり、島を巡ったりして小浜島の生活に馴染みかけていた。
今日は、学生時代の体育会系の合宿所のようなプレハブの掃除、布団干しなどをし、その後は読書でもして過ごす予定だった。
プレハブ小屋に吹き抜ける暖かい風に包まれていた10時過ぎ。
いきなり小浜島ファームの社長ケンさんがやって来た。
「ナリ、シンジ、いくぞ。」
軽トラの荷台に乗った俺と田中くんは、うっそうと生茂るガジョマル林に到着した。
しばらくして、そこに一頭の牛が島人とやってきた。
牛は木に固定された。
その現場には、島の年配者が6名。若者は俺と田中くん、そしてケンさん。全体で10名足らずの人員だった。
これから、牛潰し解体のお手伝いをする事になったのだ。
初体験を前に俺と田中くんの胸は高まる。
島人は牛をロープで固定した。
まずは頭部、そして巧みなロープワークで牛の脇に2度ほどロープを通し、締め上げる。
「おい、若いの。しっかり引くさぁ」
島人の声に反応した俺と田中くんは、力一杯そのロープを引っ張る。
目の前の牛と目が合う。
牛が「ウヒィ、ウヒィィッ」と締め殺されるような声を出して苦しむ。
締め殺されようとしているのだ。
腹に力が入らなくなった牛は立っていることも出来ず、失神寸前横倒れ状態になった。
次に島人は、牛の右脚、左脚、両前脚と順番に4本の手脚をロープで硬く結んだ。
そして4本それぞれに結ばれた手脚を1つにまとめ上げ、牛の手脚をがんじがらめ状態にした。
牛は身動きが取れなくなった。
これから牛潰しショーの本番を迎える。
その頃には島人が腹にかけたロープを解いてもよいというので、ずっと引っ張り続けていたロープの手を緩めると、牛はいきなり、縛られている手足を細かく動かし最後の力を振り絞ってもがく。
しっかり硬く結んだロープも牛の最後の抵抗に緩んでしまう事態が2度続いた。
苛立つ島人は声を荒げて、
「引くさぁぁ」
と、再び牛の腹に回したロープを引っ張れと指示をする。
俺と田中くんは、先ほどと同じように思いっきりロープを引く。
引けば引くほど、牛は苦しむ。
苦しむ牛と睨めっこする。
綱引き状態のまま数分が経った頃、別の年配オジーが長細い袋を持ってやってきた。
細長い形状のバッグを見て、儀式だと思った。
島独特の風習で動物を殺生する際は、三線を奏でて牛供養でもするのか、と思った矢先、長細い袋から取り出されたのは三線ではなく、銃だった。
銃は、オジーの慣れた手つきで牛の眉間に、ドスンと一発、打ち込まれ、牛は死んだ。
その後、島人たちは、牛の首あたりを刃物で切り、頸動脈を探して切り抜いた。大量の血が流れ出した。死んだはずの牛の尻尾や脚は未だ細かくピクピクとケイレンしている。
そんなことは構わず島人は、どんどん皮をはいでいく。
片方の脚を切断。
その脚をしっかりした木の枝にくくり付け、肉を削いでいく。
ヒレ、ロース、ハラミなど旨い部位など関係なく、手荒く島人たちが、どんどん捌き、軽トラの荷台に積み込まれていく。
作業は30分ほど続いた。
タンやレバーなどこの後、ご馳走になろうと狙っていた部位は、胴体の肉と共にその場に放置され、その塊の上に適当に草をかぶせてその場を去った。
帰り際、年配の島人が言った。
「ゆいまーるだから、肉を、島のオジーとオバーに配って行くさぁ。」
その後、俺と田中くんは、スーパーの袋に入れた肉を、軽トラで島の住民に配り回った。
会う人会う人、皆、陽気なのだ。
沖縄の人は明るく陽気な人が多いのは、「ゆいまーる」の精神から来ているのではないか。
ゆいまーるには、幸せの原点がある。
「ゆい」とは、結い。結ぶ、結合、共同。
「まーる」とは、回る、順番のこと。
「ゆいまーる」とは、助け合う精神、相手と自分とは一体という意味を持つ。
例えば、畑作業。
自分の畑の刈り取りが済めば、周囲の畑の刈り取り作業を手伝う。
相手に喜んでもらえれば、自分も幸せ感を味わうことができる。
他人を幸福にするのは香水をふりかけるようなもの。ふりかけると自分にも数滴かかるからね。
例えば、恋愛。
意中の相手と両想いになるためには、相手の好みを知ろうとしたり、相手のことを受け入れる。
相手に自分の得意なところを見せようと努力する。
だって好きなんだから。
例えば、自己肯定感を高める。
では、「相手」を「自分」に変えてみる。
自分の好みを知ろうとする。
自分のことを受け入れる。
自分に得意なところを見せようと努力する。
すると、自分と両想いになれる。
自分のことが好きになって自己肯定感が高まり、幸せだと感じることができる。
幸せとは、なるものではなく、感じるもの。
たくさんの幸福を感じる習慣で人生が変わる。
そんな支え合い精神の積み重ねで沖縄文化が出来上がっている。
奪い合えば足りない。でも分け合えば余る。
そんな気づきを与えてくれるゆいまーる精神。
沖縄の人が明るくて幸せそうなのは、ゆいまーるだからだ。
太陽にあたると布団が膨らみ軽くなるように、明るい人といると胸は膨らみ、心が陽気になる。
八重山の自然、沖縄の習わしに身を置くと、日を追うごとに八重山仕様に染まっていく。
そして、日が経つごとに、サトウキビ収穫開始日が近づき、続々と、キビガリ隊員たちが、小浜島にやってきた。
サトウキビ刈りに集結した若者は、ボクと同じような旅の途上での資金稼ぎ隊がほとんどだった。
なかには、人生や将来に対し不安やわだかまりを感じ現実から逃避しているならず者。
また自分はいかにあるべきかを思い悩みここにたどり着いた放浪者。
毎年この時期にやってくる出稼ぎリピーターたち。
外国から流れ着いた漂流者。
さまざまな価値観や生き方を持った天然素材が集まった。
それに島人の沖縄特有の陽気なスパイスが加われば、生きた人間学の教科書を毎日めくって勉強するようにさまざまな珍事件、トラブル、感動が味わえる予感がした。
豊かな自然とユニークな人たちに囲まれた超面白刺激的日替わりチャンプルー定食のようなサトウキビ刈り収穫体験生活が、これから約3ヵ月間、始まろうとしていた。