第32話「猛毒ハブ接近中」(小浜島)
自転車日本日周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜
沖縄県八重山諸島の一つである小浜島に転がり込んで数ヶ月。
十数人の青年たちと「小浜島ファーム」でサトウキビ畑でアルバイトに精を出した。
畑作業の合間には、さまざまなイベントがあり、キビガリ隊は積極的に参加をした。
隣島の黒島では「黒島うし祭り」が開催された。人の数より牛の方が多い島として有名な黒島の一大イベントだ。
祭りは牛との綱引き、牧草ロール投げコンテスト、ロール転がしリレー。すべて牛にちなんだものばかりだった。驚きはイベント終盤のラッキープレゼント。受付したカードを主催者が抽選する。
見事ビンゴした人にはなんと、牛一頭プレゼントなのだった。
小浜島の小中学生との親睦と交流を図る一環として企画された小浜島一周駅伝大会。
ファームからも出場した。
周囲19キロほどの小浜島を1区から14区までタスキをつなぐ。軽トラックに乗り込んで野次とも応援とも罵声とも言えない励ましを走者に浴びせる。タスキをつなぐ度に仲間の絆は強くなった楽しい駅伝となった。
ソフトボール大会。島のリゾートホテルや、中学生、キビガリ隊、島の青年会などが、チームを組んで戦った。スポーツを通じてさまざまな連中と仲良くなった。
サトウキビ刈りの休日は、これらのイベントに参加をしたので、休みはほとんどなかった。
キビ刈り作業は、順調に進んで、島のサトウキビ畑は、どんどん姿を消していった。キビ刈り隊は、鼻息荒くドンドンドンドン片っ端から島中の畑を刈り上げようと気持は充実していた。
そんな矢先、あるキビ刈り隊員がこっそりつぶやいた。
「畑がなくなっていくということは、
少なくなっていく畑にハブは逃げ込むんだよね。」
別の隊員は、
「ハブは日陰を好むから、畑に逃げ込むのは必然だろうな。」
ハブでもヒグマでも何でも相手するよというならず者たちが、こぶしをポキポキ鳴らしながら臆病者を鼻であしらう。
「おいおい、君たち冗談を言うんじゃないよ。
もし咬まれでもしたら大変なことになるじゃないか。」
臆病グループ代表の僕は、思わず標準語で反論をした。
しかし、ならず者が言うことは当たり前のことなのだ。
畑を刈れば刈るほど、猛毒ハブ出現率が高くなる。少なくなった畑に猛毒ハブは逃げ込み、こちらをじっと観察し確実に様子をうかがっているのだ。彼らの聖域に進入しようものなら、なりふり構わずガブっとくるに違いない。
サトウキビの茎とハブの模様は瓜二つで、キビの太さといい、その色合いといい、キビは複雑に絡み合っているから、こちらのキビを触るとあちらのキビが動いたりするその様はハブそっくりなのだった。
翌日、事件は起きた。
僕は、畑の最前線でガシガシとキビを刈っていた。
刈り続けるという作業を長時間継続すると、ある種のトランス状態に入る。
無意識に体が動き、ガシガシと片っ端からあるものすべてを破壊してやろうという大きな気持ちになり、気分がよくなってくる状態になるのだ。
「ランナーズハイ」という現象と同じだ。
マラソンやジョギングなどをしていて最初はしんどく苦しいが、走っているうちにだんだんと気分がよくなるみたいなものだ。
人間の脳は痛みやストレスを感じると、脳下垂体から一種の麻薬成分である「エンドルフィン」という物質を作る。この物質によって、人間の感じる痛みやストレスをやわらげてくれる作用が働くのだ。
まさにそのような状態でサトウキビ畑の最前線で斧を振り回してしたのだ。
サトウキビの茎を左手で持って力いっぱい茎の根元を狙って斧を振りかざす。この繰り返しを続けていた時だ。
左手でキビの茎を力強く握った次の瞬間、ボクはギョッとした。
「キェッーーッ!」
声にならない声を出す。
コンニャクのような生温かいヌルッとしたキビを握ったのだ。
しかもそのキビは、ドクドクと何かが波を打っている。そのような生温かい感触を覚えたのだ。キビではない何かをつかんだ。まさに最も恐れていた野生の猛毒ハブをこの手で握ってしまったのだ。
極悪非道冷酷冷徹三角顔から鋭く光る眼光に睨まれた瞬間、半分腰を抜かし、仲間の助けを呼んだ。
「キェッーーッ!誰か来てくれ。ハブぎゃー!」
数メートル離れた場所でキビを刈っていたならず者を呼んだ。
咬まれたら大変なことになる。
斧でしっかりと頭を押さえ、ならず者の到着を待った。
長い。
5秒足らずでならず者はやってきたが、僕には数十秒にも感じられた。
ならず者は、
「ヒッヒッヒッ、」
と愚か者を見下しながら、ガツンと一発ハブの首元に斧を入れてくれた。
すばやく愚か者は、即死したハブを持ち上げ、半分腰を抜かしながら、英雄気分で記念の一枚をパチリとカメラにおさめたのだ。
その夜の飲み会で大げさな武勇伝が、愚か者から語られたのは言うまでもないだろう。
人と人との距離感を縮めてくれるのが笑いである。
特に自虐ネタは、東京ー大阪間を歩けば3週間かかるけど、新幹線並にどんな人でも2時間余りで人と人との間を縮めて、仲良くなれる。