「夜天一族」第四章
第四章 「楽園の向こう側」ラクエンノムコウガワ
飛び出したい朝の気候変動に惑わされて
走り回って愉しくって咲(わら)っちゃってどうしよう
愉しくって嬉しくって何もかも満ちたりて
すっと妙にLOWになって落ち着いたり浮ついたり
アナタタチ何処に向かう、もうゴールは近くに見える
宇宙の彼方へと向かうなら
現実も幻想も操作しない見切れた明日でも
ワタシタチここでも称えあう
アナタタチも支え合い
きっと発見のこの時すらを
遣り尽くそうココロが羽ばたくまで
やがて運命をアナタタチの手に
走り抜く辿り着けないかも知れない駆け足で
レーザービームが届くのはいつか
アナタは何処にいる?行方は知らない
旅立ちを明日と衝動的に決めたよ
幸せを追い求め入り込んだここは何処?
右も左も分からない誰か教えてくれよ
ボクみたいに何も知らない者にもね
OK マザー
さあどうしよーか、シッカリ決めなければダメだろうか
それはどうにもならないものを本気でね
賛成と反対の境界さえ分かりもしないのに
飛び出して何かにすがり着く
試すのはカードのリーディング
そしてアルタメジャーの扉が開くもの
問いかけた未来に走り去ってくの
だって楽園にきっと辿り着くと
スイッチを押し回るのは何故なんでしょうか
アナタがさっさと起きた夜だけ
そんな宵の内に唄いたい
脳に刺激を輝く光線
叩き合う熱い視線
響き合うように手を取り合おう
未来連れ添ってイコー!
脳に刺激を輝く光線
叩き合う熱い視線
響き合うように手を取り合おう
未来連れ添ってイコー!
きっと発見のこの時すらを
遣り尽くそうココロが羽ばたくまで
やがて運命をアナタタチの手に
走り抜く辿り着けないかも知れない駆け足で
そしてアルタメジャーの扉が開くもの
問いかけた未来に走り去ってくの
だって楽園にきっと辿り着くと
スイッチを押し回るのは何故なんでしょうか
レーザービームが届くのはいつか
アナタは何処にいる?行方はしらない
(楽園の向こう側)
「この脳天気な歌はなんなのだ。ユージン」
スピーカーより流れる歌声は耳馴染みのある声音だ。
本人を目の前にして問い質す。
「脳天気とは失礼だな。私の有りったけの情熱を注いだ作品であるのに、君の耳はふし穴か、金剛?」
不本意とばかりに自分を揶揄する男に云い返す。
ヴォーカリストの名はユージン・ムーンシャイン。
月の貴公子と呼ばれ、太陽系内惑星間で知らぬ者はいないほど歌声ははるか彼方まで届いている。
そして、夜天金剛(ヤテンコンゴウ)彼は元は闇を司る一族であった「夜天家」の長男である。
現在はスピリチュアルな能力を活かしてヒーリング活動を生業としている。
夜天家は六兄弟であり、その長兄が金剛である。
双子の兄でもあり、そして、ユージンとは幼少期を共にした親友でもある。
金剛は学生時期を月面ドームの学び舎で過ごしている。
そんなティーンエイジャーな頃からの付き合いでもある二人は卒業後、月と地球へと分かれそれぞれの道を進むことになった。
旧時代とは異なり、惑星間移動が可能となっている現在では容易に行き来が出来る利便性の好い時代になっている。
「それよりも、私はそろそろ自分を解放しようと思っているのだが、君にその手助けを頼みたい。金剛」
「・・・月神殿はどうなる?君が放棄すれば誰が後に続く?」
月神殿の責任者が職務放棄となれば、月の支配下にある月面の秩序は保てるのか。
「それなら、母を起こす。もう好い頃合いだろう。全てあの女が元凶だからな。もうこの辺りで交代しても好かろうと思っている」
夜天家の月の邸に金剛が滞在中は、月の貴公子もなぜか居候状態だった。
「そんなに月の支配者でいるのが嫌なのか?」
行動は制限されるであろうが、惑星間で知らぬ者がいないであろう唄声は老若男女問わず人気が高い。
「私はもっと自由でありたいのだ。月世界の支配をしているつもりはないよ。月神殿がある限り私は他惑星に出向くことが叶わない。窮屈極まりない」
眉間にシワをよせ、さも嫌そうに顔を歪める。
「月の貴公子も形なしだよ。ユージン。それで君は自由を求めて何がしたいのだ。本心はなんだ?」
金剛は目の前で黄昏る月の貴公子に問う。
「本心か・・・んー。そうだなぁ、私がしたいことは、地球の君の家へ往って連泊したいのだ。うん、私は地球に移住したい。なので協力してくれないか」
「・・・・・」
訊いた自分がバカだった。
「私は生まれてこの方、月以外の他惑星に行ったことがないのだ。君と知り合えたのだって、月面ドームでのハイスクールに君が通っていたからで、そうでなければ出逢うことさえなかった」
月面ドームにある学び舎は規則や規制のない完全フリースクールであった。
生まれて間もない乳幼児から成年期を迎える二十代までを過ごせる。
それでも、月神殿の者には自由な移動許可が出ていない。
「うちは両親が変わり者でね。子供達の意思を尊重する前に親達の意思が優先されていたのでね。そうなると、子供なりに自制が働く者と、自由通り越して自遊人と化す者とほぼ放牧状態と化していたのが我が家だったよ」
夜天家の両親は子作りは得意でも子育ては不得意であった。
そのせいか、六男一女をもうけても自宅に留まることはなかった。
「仲々にワイルドなご両親で・・・それで今はどちらに?」
破天荒極まりない友人の両親には数回逢ったことがあるくらいだ。
「最近は火星でバカンスを兼ねたヒーリングセラピーをやっているとのことだったが、肉親であっても彼等のことは分からん。理解不能だからな、うちの親は・・・」
たとえ、自分の親でも分からないものは敢えて理解しようとは思わないし、必要もない。
「それに関しては我が家も似たり寄ったりなので人様の家のことは云えたものではないのだが、その我が家のことで相談依頼を君にお願いするためにわざわざ月まで来て貰ったのだ」
学びの園を卒業してから、金剛は地球へと戻っていた。
その後、言葉を紡ぐ作家と並行して、両親の後を追うように心の癒しを人々に施すココロのセラピストとなり現在に至る。
どんなに次元が上昇しても、その時々での人類は悩みや迷いと云ったジレンマを抱えている。
それらをひと時でも取り除けたら、遣り甲斐もあると施す側も大いなる達成感を得られるのだ。
「ああ、そんなこと云ってたな、それは今ここで依頼を受けても好いと云うことか?」
リビングの中央に置かれた飾り気のないシンプルなソファに腰掛け、組んでいた脚を解き立ち上がる。
そして、窓辺に佇む依頼主に向き合った。
「まぁ、それでも好いか。どうせ遅かれ早かれ依頼内容を伝えねばならないからな。
では、今ここで依頼しようかな」
月の邸宅の窓から外を眺める。
窓の外から視える景色は生命を育み並々と湛えた青き水の惑星、その名は「地球」の美しき姿が闇の宇宙に浮かんでいた。
「分かった。要件を訊こう」
金剛は目の前に佇む月の貴公子に改めて向き合った。
「月神殿の最奥に未公開の奥神殿がある。その奥神殿には私以外の者は入れないことになっている。そこには私の母が眠っているのだ。母は本来なら祭司として月神殿を統括するはずだった」
一旦、言葉を切るとソファへと移動し腰掛ける。
金剛もそれに続きソファへと移動する。
「大昔はともかく、今現在の主神となる信仰は月に委ねられているからね。過去の地球では多神教に及んでいたろう、それが争いの火種となっていたのを我々月天人がその御座を託された。それ以降、月が聖地と化しているのだが、その月を目指して他惑星からの巡礼者は多数いる。しかし、月神殿にいる者は他惑星への移動制限が掛けられている。身動きが取れない不自由さにうんざりしているのだ。それが嫌で母は自ら眠りに就いたのだ」
語り尽くさんばかりにユージンは延々と言葉を紡ぐ。
「母上が奥の神殿に埋葬されているのか?」
学生時代もユージンの母親に逢った記憶はない。
すでに故人と化していたのかと思えば合点がゆく。
「否、死んではいない。生きてはいる。まぁ、起きてもいない・・・云うに難しいな」
「は?」
勝手に脳内自己完結して納得したばかりだと云うのに、大いに期待を裏切る返答であった。
「別に永眠している訳ではないのさ。生きて眠っているだけの話だよ。ほんの十数年ばかり・・・」
いとも簡単に何事もないかのような話し振りに呆気に取られる。
「ほんの十数年とはどう云うことなのだ?しかし、自由を手に入れる手段が眠りに就くとは君の母上はナゼ月を出ようと思わなかったのだ?」
考えれば考えるほど合点がゆかない。
「元来が面倒臭がり屋なモノグサなのだよ。どこかへ行くよりグータラ寝ていたいらしい。それが正式には十五年続くのだ。私も好い加減限界だ」
普段、滅多に変えない無表情に珍しく眉間にシワをよせ、月の貴公子と呼ばれる美貌の主も台無しとなっている。
それほどまでに月の支配者は重荷で苦痛なのだろうか。
「その眠っている母上を起こす手助けが必要なのか。そんなに深い眠りに陥っているのか?」
眠った人間を起こすのに他人の手が必要なのだろうか。
「眠っている場所が問題なのだ。そこにはいずれ案内する。それよりも私はあの青き水の惑星に憧れているのだ。だから、金剛、この依頼が終わったら私を地球へ連れていってくれ」
窓から視える地球を銀色の睛に映し出し、ユージンは来たる未来に想いを馳せる。
「それは構わんが、行きたいところへ向かえばいい」
「ありがとう。処で、今日は随分と静かじゃないか?あの異星人の面白兄妹はいないのか」
ユージンの云う異星人の面白兄妹とは、コザル王子とコザル王女の兄妹のことである。
「そう云えば、ここのところ毎日顔を視ない日はなかったが、今日はまだ逢っていないな」
云われて初めて気が付いた金剛も二人?二匹?のことを思い出す。
あのユカイな異星人は不思議な存在だ。
気付けばいつの間にか、この邸の住人となっていた。
「お取込み中のところ失礼します。金剛様、お茶をお持ちいたしましたが、お飲みになられますか」
オリオン三兄弟の一人ミンタカ・デルタがティーセットを乗せたワゴンを押して現れた。
「やあ、ミンタカ。君はコザル兄妹がどこにいるか知っているかい?」
ティーセットをテーブル上に移し替える作業を始めたミンタカに訊ねる。
「それでしたら、彼等は菫青様と星葉様と一緒に月の裏側の「人魚の国」へ同行されました」
「「ナニ?」」
ミンタカの返答に度肝を抜かれた二人が同時に声を上げた。
「あそこは立入禁止区域ではないのか」
金剛が驚きを隠せずにミンタカを凝視する。
「はい。そのようですが、コザル兄妹は立入自由のようです。アルクとアルムもお供で同行しております」
特に心配する様子もなく、顔色一つ変えない従者にも驚きだ。
「しかし・・・それより、双子達がここへ来ていたのか。今初めて聞いたが、ナゼ双子達は月の裏側へ向かったのか。何か聞いているか、ミンタカ?」
改めて目の前の従者に問い質す。
「はい。「人魚の国」の月の塔へお呼ばれしたそうです。お呼ばれは語弊がありますが、人捜しに行くとのことです」
大まかに解説する。
「月の塔・・・まさか・・イーシャに?」
二人の会話を聞いていたユージンが焦ったように独り言を呟く。
「イーシャとはなんなのだ。君は何か知っているのか、ユージン」
真顔で訊かれては誤魔化しようがなくなってしまう。
「イーシャは月の女神だ。女神的存在と云った方が正しいか。彼女に逢いにゆくと云ったのか?」
「さあ、そこまでは存じませんが「人魚の国」へ往くとハッキリと申しておりました」
ユージンの質問にミンタカが応えたが詳細は聞いておらず、全てに於いて応えようがなかった。
「そうか・・・金剛、悪いが母親の問題の前に私達も月の裏側へ往くことになりそうだ」
「は?」
何やら話が急展開している状態に金剛は脳内の切り替えが追い着かない。
「君の弟達の後を追う。月の塔へ我々も向かうことにする」
「急だな。まぁ、いいか。ミンタカ、君はどうする?」
話が視えないが、依頼主の希望とあれば従う他あるまい。
「私はこちらで皆様のお帰りをお待ちしております。私まで出払ってしまっては他のご主人様方が訪問された折にお迎えする者がおりません」
従者として「ごもっとも」な返答に感心する。
「そうか、分かった。では家のことは任せる」
「畏まりました」
一礼してからミンタカは、その場を退出ゆく。
「このまますぐ向かうのか」
「もちろん」
金剛に訊かれたユージンが即答する。
「しかし、月の裏側への移動手段はどうする?双子達はどうやって「人魚の国」とやらへ向かったのだ」
我ながら弟達の行動力は信じ難くも驚嘆するばかりだ。
「月神殿に戻るか。実は奥神殿にはあらゆる次元、あらゆる場処へつながるミクロトンネルがあるのだが・・・」
月は地球より面積が小さいとは云え、実際に地形をたどるとなると早々に裏側へは到達出来ないのが現状だ。
「そんなものが月神殿にあるのか」
月神殿には足を踏み入れたことは数知れずあったが、そんなに簡単に移動出来る場処があったとは思いもよらずである。
「まぁ、この世は多次元だからな。どの次元へも繋がることは可能なのだよ」
そう応えつつもどうするか思案していると、
「あの、それでしたら、この邸の中庭に「人魚の国」へつながる次元トンネルがございます星葉様と菫青様もそちらから向かわれました」
金剛に取っては長きに渡りこの「夜天家」の月の邸宅にいながら、次元トンネルが敷地内に存在しているとは初めて耳にする話であった。
「いつの間にそんなものを造ったのだ・・・イヤ、現れたのか?」
「はい。コザル兄妹が現れた辺りからでしょうか。彼等が何処からどのようにここに辿り着いたのかは存じませんが、次元トンネルを利用してのことと思われます」
今思えば、あの異星人兄妹がいつの間に現れて棲み着いたのか思い出せない。
「そうか、なんだか分からないが、あの兄妹なら、なんでも有りのような気がするな。深く考えるのはよそう」
考えても理解し難いことは思考を停止させる。
「それじゃあ、ミンタカに案内してもらおうじゃないか。トンネルの入り口までお願い出来るかな」
わざわざ遠回りをする必要がないのであれば、楽な方を選択するに越したことはない。
「畏まりました。ご案内致します。少々準備したいものがございますのでお待ち頂けますでしょうか」
一礼した後、ミンタカはリビングよりどこかへ向かって行った。
「さて、どうするかね?手ぶらで向かう訳にはゆくまい。「人魚の国」と云うからには地球では伝説の人魚がいるのか?」
「ああ、半人半漁の姿の者もいれば、人型の者もいる。彼等の種族は自由に姿を変える」
人魚とは実に不可思議な生物のようだ。
「そうか、では手土産を持参した方が好さそうだな」
真顔で何を云い出すかと思えば、金剛は至って真剣だ。
しかし、ユージンはそれをどう受け取って好いのか返答に困った。
「・・・そこまで気を遣う必要はないと思うが・・・」
「君は「人魚の国」へは往ったことがあるのか、ユージン」
「あるよ。月神殿は一応、「月」全土を管理しているからね。放置する訳にはゆかないだろ」
「ごもっとも」
ユージンは月の貴公子なる異名を持つシンガーであると共に、月の支配だけではない太陽系惑星間を管理統括する者でもある。
「「!?」」
突然二人は言葉を失う現象に見舞われる。
「今、現れたのは誰だろうか?」
「菫青?見間違いでなければうちの双子の片割れだ」
二人がいるリビングに突如菫青の姿が現れた。
それは実体ではなく、フォログラフィヴィジョンとしてだ。
「彼等はどうやら月の塔へ入ったらしい」
「分かるのか・・・また、現れたな。今度は星葉とコザル王子だ」
菫青に続いてもう一人の双子の星葉がコザル王子と姿を現す。
菫青と同じくフォログラフィである。
「そう、あの塔は只の塔だはない。次元のゆがみと云うか、ひずみと云えようか、塔自体も一定の場所に留まらない。そこに好く辿り着いたな」
特殊な塔には誰でも立ち入ることは出来ないことになっている。
それは「人魚の国」の住人も同様で、簡単に入いることが出来ない禁止区域の中の禁断の領域なのだ。
そこをいともたやすく月の塔内に立ち入るとは理解し難い。
コザル兄妹の為せる技なのだろうか。
「あの謎の宇宙兄妹に是非とも訊ねてみたいものだな」
ユージンが興味深げに呟く隣で、金剛は目を閉じ月の塔へとチャネリングを試みる。
ヴィジョンは映し出されず、何やら声だけが聞こえる。
そして、誰かの気配を感じた。
『君が誰なのか知りたい。うちの弟達を呼びよせたのは君か?』
弟達の他に自分の知らない人影を感じる。
『はい、ワタシはイーシャ。月の塔にいる者です。彼等にワタシの救出を頼みました。ですが、まだ逢えてはいません』
『救出?月の塔に閉じ込められてでもいるのか』
『はい、仰る通りです。ワタシを救い出して欲しいと頼みました』
『なぜ、君は月の塔に閉じ込められているのかな?』
『それは、ワタシの・・・』
『?』
突然、チャネリングが途絶えた。
「どうしたのだ、金剛?」
閉じていた目を開き、視線を移動させた先にはユージンの怪訝そうな表情にぶつかる。
「ん、イヤ、少々夢を視ていたようだ」
ナゼだか、ユージンに話すのは躊躇われた。
悪いと思いつつウソを吐く。
「お待たせ致しました。金剛様、ユージン様、こちらをお持ち下さい」
再び現れたミンタカが何かを手に持っている。
「それは?」
小ぶりなバスケットのようなものだ。
「はい。「人魚の国」の方々に出逢われましたらお渡し下さい。そして、こちらはお二人にご用意しました。途中、小腹が空きましたら口にして頂けますように簡単な軽食をご用意致しました」
ミンタカの返答に先ほどの会話を思い出す。
「やはり手土産持参なのだな」
「?必ずではありませんが、コザル王女が好くお持ちになられますので、あれば何かの役に立つことでしょう」
初めて月の裏側へ往く身としては、経験者に従うべきなのだろう。
「そうか、では有り難く頂こう」
ミンタカより手荷物を受け取る。
「ではトンネルまでご案内致します」
邸宅の外は月面ドームの天井が空の役割をしている。
時間は地球時間を採用しているため24時間制だ。
地球本星でも時差があるように、月にも時差は存在している。
場処によって日の出から日の入りまで地域差が設定されているのだ。
現時点での「夜天家」の月の邸宅は時間的には午前中にあたる。
よって空も太陽の輝く眩しい時刻である。
光輝く緑の森と化した庭を進んでゆく。
光が取り込まれたドーム内で、木々は生き生きと生育している。
花々は彩り豊かに目に鮮やかだ。
だが、庭全体がしっかり手入れが成されている訳ではない。
やや、野放し状態だ。そのお陰でほど好いジャングル感を醸し出してもいる。
「仲々、ワイルドな庭だな、ここは・・・」
見事に半ジャングルと化した木々を視上げてユージンが感嘆の声を上げた。
「自然を模倣するには放っておくのが一番なのだが、月面ドームでそれをすると全滅するから程々に手入れが必要なんだよ」
「なるほど」
気候コントロールが必須な月面に於いて、野放し状態は植物には危険行為なのだ。
「金剛様、ユージン様、こちらをくぐり抜けますと月の裏側へ到着します。ですが、毎回同じ場所に出る訳ではないようです。お気を付けて愉しんでいらして下さい。では私はこれにて邸宅へ戻ります」
二人を次元トンネルへ促しミンタカは一礼する。
「ミンタカ、ありがとう。また、逢おう」
ユージンは丁寧に腰を折る「夜天家」の従者に感謝を述べる。
木々のトンネルがどうやら月の裏側へと繋がっているらしい。
「いってらっしゃいませ」
二人の姿が霧にかすむように薄れてゆく。
完全に視えなくなるまでミンタカはその場に留まっていた。
第五章「月の女神が唄う場処」へつづく