日記(10/20) 〜好きなことリスト〜
・一人でいること
・海外小説を読むこと
・パソコンを触ること
・スマホをカスタマイズすること
・タバコを吸うこと
・コーヒーを飲むこと
・博多ラーメンを食べること
・深夜に起きていること
・散歩すること
・年上のお姉さんと遊ぶ(遊んでもらう)こと
・Youtubeでタラタラ動画を観ること
・赤西仁の音楽を聴くこと
・ニュージーランドでの思い出を振り返ること
・犬と遊ぶこと
・一人旅をすること
・コーラを飲むこと
・古着屋で買い物すること
・都会をただ歩くこと
・母方のおばあちゃんに会うこと
・雨の音を聴くこと
・無限の宇宙に思いを馳せること
・シンギュラリティについて考えること
・ジョギングすること
・趣味全開の文章を書くこと
・興味深い人の話を聴くこと
・ムートンブーツを履くこと
・Netflixを観ること
・海を眺めること
はーい、今回は好きなことリストです。
やりたいことリスト、じゃなくて好きなことリスト。
今めちゃくちゃ人生の迷子をやっている僕は、「俺のやりたいことって何だろう」なんて考え出すとわけが分からなくなって日が暮れてしまうのである。
その点、好きなことだったらポコポコと簡単に浮かんでくる。
数えたら28個あるこの好きなことリストだが、これを読んでもらえれば僕という人間の輪郭をおぼろげにでも捉えともらえるんじゃないかという気がする。
もちろん、僕の全てを人に知ってもらおうと思うならば、noteで28個の好きなことリストを書くのではなく、原稿用紙300枚くらいにみっちりと自己の経験と心の状態の変遷をより完全に記すべきである。
おそらくは人間の精神のあらゆる特徴を書き記すには300枚では足りず、またそんな文章を書き始めて終わるまでに自己というものは大いに揺らぎ、質的に変化してしまっていることだろうと思う。
ゆえに完璧に自分という一人の人間を文章で表現することは不可能に近い所業だ。
それに、100%の優しさがときに誰かを傷付けるように、100%の正確さもまたときに誰かを傷付けてしまうかもしれない。
完璧・完全であることは優れていることと必ずしもイコールでは結ばれない。
ぐちゃぐちゃと何を書いているんだろう。
要するに、この28個の好きなことリストを読んで、「なるほどこいつのこと3割くらい理解できた気がする」とでも思ってもらえたいいのだ。
僕は人とうまく話せなくて、会話では自分のことを0.5割くらいしか表現できないので、こんなリストを作ることで3割程度「僕を理解した気になってもらえる」のであればそれは上等な結果と言える。
うまく喋れないし、歌も歌えない、絵も描けない僕はこうやって自分を表現してみるのであった。