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【短編小説】遺物は永い夢を待つ
最後の夢はあの人がいい。
上記の話と緩くつながった話です。
古びた機械は今日もあの人の夢を望んでいる。
センサーが何者かの動きを検知する。暗闇に青白い光が生まれた。
起動。信号確認。検索中。番号AD-HK107、家庭用アンドロイド、通称アンナの固有波形信号と合致。
体温を検知。心音から二人の人間のものだと推測される。年齢は十代前半から後半。名前は不明。登録された名簿には二人と一致するものはない。
錆びついた鉄の瞼が開かれる。モニターに映ったのは白いワンピースを着た少女と、二人の少年だった。
「コンニチハAD-HK107、アンナ。マタ届ケニキテクレタノカイ?」
「ええ、こんにちは。おじいさんも元気そうね」
金髪碧眼のアンドロイド、アンナは朗らかに挨拶を返してきた。彼女は今月に入って三度目の来訪だ。顔下部の関節がぎこちなく動き、口角が上がる。人間でいうならば、「微笑む」という表情を浮かべていることだろう。
彼女はいつも自分の胸を暖かくしてくれる不思議な少女だ。これがどのような言葉で表すのか、なぜ温度が上がっていないにもかかわらず、暖かいと感じるのか、あいにく彼がくれた“脳”ではわからなかった。
「おいコイツはなんなんだ。旧式の建築補助重機のくせになんで自我をもっていやがる」
「ちょっとレオ、ガラ悪いよ。なんで君はいつでもけんか腰なのさ」
にこやかな会話に不機嫌な声が割り込む。見知らぬ少年の一人だ。左右で体温の違いがみられる。これがいわゆる改造人間という者だろうか。データベースに該当箇所を発見。例としてあげられているサンプルの見た目ともそっくりだ。彼はこんなところまで見通していたのだろうか。
睨めつける目は鋭い刃物のように迫力がある。慌てて隣にいた小さい少年が袖を引っ張って咎めた。
「うるせえな! この機種は会話なんてしねえんだよ。せいぜい決まりきった説明文句か警告しか言わねえはずだ。なのにコイツはプログラムされていないはずの会話を流暢に行った。何が仕込まれているかわからねえだろ。警戒すんのは当たり前だろうが」
腕を振り払い、大きな少年が怒鳴りつけている。
――心拍数の急激な上昇、体温の上昇を検知。
なぜ興奮状態にあるのか謎だが、命じられたのならば答えなければならない。巨大な機械は胸に手をあて、かがみこみ、できる限り視線を合わせた。突然動き出した機械に二人ともぎょっと後ずさる。思わず身構える二人にアンナが首をかしげた。
「なんで二人とも下がるの? 大丈夫よ、おじいさん優しいから」
「失礼イタシマシタ。私、DHM-OG1680ト申シマス。使用用途ハ建築補助カラ解体マデ。人ヲ傷ツケルコトハアリマセン。ゴ安心クダサイ」
「長いから私は単におじいさんって呼んでいるわ。私よりもずっと先輩なのよ」
「あ、ああそうかよ」
「そ、そうなんだ」
頬を引きつらせる少年たちとは対照的にアンナはにこにこ笑っている。少女が軽々乗れるほどの掌を差し出されても圧迫感しかないが、無機質な青白い光からは敵意も何も感じ取れない。少年たちは一瞬視線を交え、再び巨躯に向き合った。
「で、質問に答えてもらってねえんだけど、なんでお前は俺たちと会話できるわけ? お前の同型を知っているが、こんな機能はなかったはずだぜ」
「あとアンナとどんな関わりがあるの? おじいさんは何でここにいるの?」
二対の瞳が真っ直ぐこちらを貫く。古き化石はゆっくり瞬いた。
心拍数の安定化、瞳孔の縮小を確認。
二人に応じて古びた機械は語りだした。
「私ガ何故人ト話セルノカ。ソレハ彼ガ私ニ新タナ脳ミソヲ授ケテクレタカラデス」
「いや誰だよ彼って」
「レオ、君は人の話を最後まで聞くことすらできないのかい」
「ああ? なんだとオリバー」
レオが眦を吊り上げる。不穏な空気が漂い始めたそのときだった。
「ちょっとやめてよ二人とも! 今はおじいさんの話が先でしょ!」
アンナが強い口調で咎めた。少年たちは決まり悪そうに視線をそらす。
「……悪かったよ」
「ごめんなさい」
語る許可が下りたようだ。DHM-OG1680は言葉を紡ぎだした。
半機械の少年の指摘通りDHM-OG1680も始めは他の機械と変わらないDHMシリーズのうちの一つであった。もちろん会話機能など存在しない。操作通り鉄骨やコンクリートの壁を持ち上げ、瓦礫を撤去する。それが仕事であり、存在意義であった。数十年前に生まれた建築補助重機、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ回路が下す指令通りに自身の体を操った。世界は平坦で厚みも深みもない。掴む、持ち上げる、移動させる、人を傷つけない。たったそれだけが自分の世界を構成するもの。
それが変化したのは先の大戦だった。絶えず鳴り響く爆発音。悲鳴。自分には人を傷つけることはプログラミングされていない。だが命令されなければ動くこともできない。同じシリーズの仲間たちの中には戦いのため転用されたものもあったらしいが、結局自分に鉢が回ってくることはなかった。
戦争は周りを大きく変えた。だが自分にはあまり影響がなかったこともまた事実。なぜなら爆撃を受けても、分厚い鉄板を貫通することはできず、せいぜい凹みの数を増やすことくらいしかできなかったからだ。幸か不幸か、旧式の自分にはちょっとの衝撃で音を上げる繊細なものもない。
呆けたようにたった一人、崩壊していく街並みを傍観していた。
「ほう、まだこの型が残っていたのか。しかも現役ときた」
センサーに反応あり。薄目を開けると一人の老人がこちらを覗き込んでいた。豊かな白髪に立派な顎髭だが、四方八方に伸びており、おまけに煤汚れ、小汚い印象を与える老人だった。もっともこれは彼が施した後の回想であり、このときの自分は一人の人間を視認した、それだけのことだった。
「ああ、ずいぶん古い型なのか。ちょうどいい。容量にかなり空きがあるからな」
老人はニヤリとあくどい笑みを浮かべた。提げもっていた大きな鞄からレンチを取り出し、操縦席に入っていく。次の瞬間、どこかの回線を切られたのか視界は真っ暗になった。
――バチリ
閃光が走る。目を開ければ世界が変わっていた。
「目覚めはどうだ? DHM-OG1680。ずいぶん面白みのある光景に変わっただろう」
にんまりと笑う彼にDHM-OG1680は戸惑いの目を向けた。
「アナタハ私ニ何ヲシタノデスカ? ナンデ、コレハ一体……」
丸太のような指を開いたり閉じたりしながら問いかける。生まれたばかりの自我はまだ覚束ない。これは一体なんだ。今胸に浮かぶこのもやつきはなんだ。
「困惑」。感情の一つなのだと新たな脳が答えた。
「単なる気まぐれだ。お前もここで朽ち果てるのを待つばかりじゃつまらんだろう」
その目によぎる感情は解明できなかった。老人はしっかりした足取りで去っていく。機械は慌てて手を伸ばした。
「スミマセン、セメテ、アナタノ名前ヲデータニ記録サセテハモラエマセンカ?」
老人の足が止まる。徐に振り向いた彼は興味深げにこちらを見た。
「なぜワシの名前なんて知りたいんだ?」
「知リタイト思ッタカラデス」
静寂が落ちる。風の吹きすさぶ音だけが二人の間に満ちた。
「カッカッカッカ! そうか、もう一丁前に好奇心が芽生えたのだな、お前は」
突如として声が弾けた。老人が枯れ枝のような身体を大きく震わせて笑っている。
「ワシの名前なんかデータに残すほどの価値もないだろう。……そうだな、もし名のるならば鋼の巨匠とだけ伝えておこう」
そうして老人は今度こそ去っていった。
「ソシテ、アンナト出会ッタトキノコトハ……」
そこでDHM-OG1680は口を閉ざした。また半機械の少年の心拍数が上昇している。今度は何に興奮したのだろう。
「ドウナサイマシタ?」
「ちょ、ちょっと待て。なんでジジイの名前がお前から飛び出すんだ」
左右で若干異なる薄い黄褐色が揺れ動く。
「知リ合イデスカ?」
少年は答えなかった。一瞥すらよこさない。錯乱状態に陥ったのだろうか。
適切な対応を検索。推奨、相手を落ち着かせ原因を聞き出し、対処する。了解。
しかしどうやって落ち着かせればいいのだろうか。再び検索をかける前に他の二人が動いた。
「レオの育て親だっけ? こんなところでも活躍していたんだね」
「その人のおかげで私、おじいさんにあうことができたから、感謝してもしきれないわね!」
「オリバー、育て親じゃねえ。勝手に俺の命を拾ったジジイだ。しかもリハビリ後は俺が介護してやったものだからな。せめて一時的な同居人と言え」
「レオ、もしかして照れてる? 顔が赤いわ」
「誰が照れているか、このクソポンコツアンドロイド! いきなりジジイの名前が出てきたから驚いただけだわ!」
どうやら半機械の少年がレオ、一番若い少年がオリバーというらしい。メモリに記録完了。二人が絡んでいるうちに落ち着いてきたらしい。不規則な拍動が安定してきている。検索を中断し、DHM-OG1680は三人に向き合った。
「ソレデハ続キヲ話シテモ?」
「話を遮っちゃってごめんなさい。どうぞ、おじいさん」
アンナは眉を下げて微かに頭を下げた。レオとオリバーも頷く。DHM-OG1680は話を再開した。
「ワカリマシタ。私トアンナガ出会ッタノハ――」
彼女と出会ったのは数年前のことであった。前日の曇天から一転し、ぬけるような晴天が広がる日。センサーが人型の気配を感知した。信号パターンから推測されたのは家庭用アンドロイド。DHM-OG1680は人知れず胸をなで下ろした。
戦闘用アンドロイドでなくてよかった。彼らは通常攻撃してくることはないが、戦闘で回線の安全ストッパーや認証機能が損傷していると、敵と誤認して襲いかかってくることがあるのだ。終戦後、彼らのほとんどは処分されたが、完全に回収されたわけではない。いもしない敵を求めて彷徨う彼らは哀れだが、攻撃されるのは御免こうむりたい。愚鈍な自分でも装甲の硬さだけは自信があるから破壊されることはないが、刃が折れようが、ネジが吹き飛ぼうが、遂行しなくてもよい使命を成し遂げようとする彼らの姿は、痛むはずのない胸が痛む。
「あっ、これならよさそう」
彼女はしきりに首を動かしていたが、目的のものを発見したらしく、歓声を上げた。拡大すると、彼女が拾ったのは薄汚れたプラスチック片だった。
あんなものを何に使うのだろう。彼にもらった優秀な頭ですら彼女の行動は理解不能だった。
「アノ、アナタハ何デソンナゴミヲ嬉シソウニ抱エテイルノデスカ?」
気づけば声をかけていた。彼女は飛び上がり、盛大にこけた。その拍子に青い欠片が宙に飛ぶ。伸ばした手は当然届かず、キラキラ反射した流れ星はガラクタの山に衝突して見失ってしまった。
「えっ、えっとあなた生きていたのね? ごめんなさい、てっきり置物か既に停止してしまったものだと思っていたわ」
命なき自分に“生きている”とはなんともおかしい。これが人間ならば腹を抱えて笑っていたところだっただろう。心拍数や体温が計測できなくとも彼女の動揺は手にとるようにわかった。
「私コソ驚カセテシマッテ申シ訳アリマセン。セッカク見ツケタ大事ナモノヲ落トサセテシマッタ。ツイ気ニナッテシマッタモノデ。軽率デシタ」
「え、ああいいの。また探せばいいから」
彼女は首を振って苦笑した。そこに怒りや悲しみは見当たらない。DHM-OG1680は興味のおもむくまま問うた。
「アナタハ何故アレヲ大切ソウニ抱エテイタノデスカ? 私ニハ、アレニ価値ガアルトハ到底思エナイ」
何か特別な材料でできたプラスチック片だったのだろうか。映像の解析。アクリル板の破片と推測。やはり特別でもなんでもない。
「そうね。普通はゴミだと思うわ。でもね、私にとってはお宝なのよ」
「? 意味ガ分カリマセン」
ふふっと彼女の口から微かな息が漏れる。
「そうね。そう思うわよね」
彼女はふいにこちらを見上げた。今日の空を切り取ったような青がきらめく。
「ところであなたの名前はなに? 私はアンナ。家庭用アンドロイドよ」
「DHM-OG1680デス。建築運搬補助重機。アナタト違イ、古イ型デスノデ馴染ミガナイカモシレマセンガ」
「そうDHM-OG1680ね。覚えたわ。長いからおじいさんって呼んでもいい?」
「オ好キニオ呼ビクダサイ」
呼び名にこだわりはない。DHM-OG1680は頷いた。
「ところでなんでこんなプラスチック片を集めているかというとね、私、花を作っているの」
「花?」
久しく聞いていなかった単語だ。テロリストたちの恐ろしい化学兵器によってこの世界から緑は消滅している。もちろん花も全て土に還ってしまった。終戦から何年も経つが、未だに植物の芽一つすらこの辺りで見かけることはない。
「種デモ植エテイルノデスカ? ココノ土壌ハ植物ニ適シテイルトハ言イ難イヨウニ思イマスガ」
「違うわ。花を作っているの。ほらこんな感じで」
小さな手のひらに乗っかっているのは、歪な物体だった。煤けた不揃いのプラスチックの花弁がパイプの茎に垂直にくっついている。
「――アノトキハ花ヨリモ、大昔ノ小型扇風機ノホウガ近カッタデスネ。記録ニアル花全テト照合シテミマシタガ、ドレニモ引ッカカリマセンデシタ」
「ククッ、こ、小型の扇風機型の花! そりゃあ素晴らしい花だな。多分作れるのは世界中を探してもお前しかいないぜ、アンナ。ある意味才能あるな」
レオが吹き出した。体をくの字に曲げて笑い転げている。
「な、なによ。しょうがないじゃない。ろくな道具もないし、おじいさんにあったときは始めたばかりだったのよ!」
「そ、そうだよレオ。笑っちゃいけないよ。誰だって初めてはそんなものだよ」
諭すオリバーの口の端も不自然にひくひく動いている。小刻みに震えながら必死に顔を取り繕っているが、今にも吹き出しそうなのは見え見えだ。
「レオはともかくオリバーまで! もう知らない!」
すっかりへそを曲げたアンナはそっぽを向いた。レオは膝を叩いてまだ笑い転げているが、オリバーは顔色を変え、何度も謝っている。
「デモ、アレカラカナリ成長シマシタ。見違エルホド上手イデスヨ」
「本当!?」
素直な賛辞を受け、アンナは顔を輝かせた。
「で、そこからおしゃべりするような仲になったのかよ」
やっと笑いが収まったレオが問いかける。
「エエ、ソレカラアンナトハ交流ガアリマス。アンナニハ、イツモ助ケラレテイマス。頼ミ事モ請ケ負ッテクレテイマスシネ」
「頼みごと?」
オリバーが首を捻る。DHM-OG1680は膝に力をこめて重い体を浮かせた。錆びついた金属が擦れる耳障りな音が響く。唐突に立ち上がったDHM-OG1680に少年二人は目を丸くした。が、たじろぐ二人に目もくれず億劫そうに歩き出す。二人の視線がしきりに少女と巨人を行ったり来たりしているうちに、少女も軽やかな足取りで老いた機械の後を追った。
老いぼれが立ち止まったのは地に伏した道路橋の脇だった。そのある一点へDHM-OG1680は歩を進めた。そこはコンクリートの塊が綺麗に取り除かれ、やわらかな土が露出している。そしてその周囲には不格好な花たちが散乱していた。中には接合が甘かったのか花弁と茎が分離しているものや、花弁の一部がもげたものもみられる。
「なんだこりゃ。ポンコツが作ったガラクタが散らばっていやがる」
「これは……」
二人が怪訝な目を向ける。DHM-OG1680は無言でアンナに手を差し伸べた。アンナは迷わず冷たい手の上に可憐な花をそっとのせた。古びた機械はその巨躯に似合わず、丁寧な手つきで花を供える。少年たちは息を吞んだ。その行為はまさしく弔いであったからだ。暫しの間、沈黙が降りる。
「誰の墓なの?」
おずおずとオリバーが尋ねた。
「私ノ主ダッタ人ノモノデス」
鋼の巨匠が与えてくれた脳は大層優秀であったが、意識が入る前の記憶はおぼろげだ。直近の記憶は辛うじて回顧できるが、それ以前は靄に包まれている。それでもあの人は深く刻まれていた。
こんなおんぼろ不便でしょうがねえ、コイツを鉄くずに戻して売っぱらって、中古でもいいからもっと新しいものを買うべきだ。自分を操縦する従業員たちは常に不平不満をこぼしていた。あのときの自分を振り返ると、たしかになじられても仕方ない出来であった。しかしあの人だけは違った。毎日油をさして、磨きあげて、今日も頼むよと笑いかけてくれたあの人。自我がこの身体になじんだときまず彼に会いにいこうと思った。他の機種よりずっと扱いにくかっただろうに、愚痴一つとしてこぼさなかったあの人に礼を言いたくて。
「デスガ、ソレハ叶ワヌ願イデシタ。主モ例ノ戦争デ永久ニイナクナッテシマッタ。私ハ愚図デアッタノデ、ソレヲスッカリ忘レテイタノデス」
曖昧な記憶を手繰り寄せて、あの人が散った場所の特定をした。それからというもの、人間の墓参りの真似事をしている。
「アンナハ優シイ。私ノ自己満足ニ呆レルドコロカ、コウシテ定期的ニ供花ヲ届ケニキテクレル」
「いいのよ。私はみんなをシアワセにしたいから。おじいさんがシアワセになるならいくらでもあげるわ」
「……アンタは自分の心配をしたほうがいいんじゃないのか。いくら燃料を使わないといってももうそろそろ限界だろ」
半身が自分と同じ身体故か、その指摘は鋭い。DHM-OG1680は静かに笑った。
「エエ、イクラ普段動カナイカラトイッテモ、ソロソロ私ハ活動ヲ停止スルデショウ」
「補給しねえのか? いいところ知っているぜ?」
ねめつける目の中にどこか気遣うような色が見え隠れしている。不器用な暖かさはあの老人の背を思い出させた。DHM-OG1680は頭を振る。
「イイノデス。私ハソレヲ望ンデイル」
レオはポカンと口を開いた。その瞳に徐々に炎が立ち上っていくのを穏やかに見つめる。
「はあ? お前何言ってんだ?」
「ねえ本当にそれでいいの? アンナは?」
今にも殴りかかりそうなレオを引き留めつつ、オリバーは傍らの少女を仰ぐ。少女は小さな少年を引きずって歩き出そうとするレオの肩を掴み、ぽつりと言った。
「おじいさんが決めたことなら、私が口出しすることはないわ」
そこに浮かんでいたのは微笑だったが、どうしようもない諦めを含んでいた。少年たちの動きが止まる。
「そうでしょう? おじいさん」
「アリガトウ、アンナ」
DHM-OG1680は腰を下ろした。この場所は陽がよく当たり、心地よい。まるであの人自身のようだ。
「私ノ望ミハタダ一ツ。最後ニアノ人ノ夢ヲ見ルコト」
魂なき自分があの人と同じ場所にいけるとは思っていない。だから、どうか願わくばこの意識がとこしえの闇に溶けるその前に、あの人の夢をみられますように。
遺物は緩やかに瞼を閉じる。光に包まれたそこは泣きたくなるほどの安寧で満たされていた。