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二木の木は残った

冬の風の音がする。落ち葉が舞う音。風が隙間を縫う音。門兵の草履が地面をこする音さえどこかうすら寒いものだった。
絢音はそれを牢の中で聞いていた。実際、牢の中には寒さをしのぐものがなく、凍えながら聞いていたのもあるのだろう、すべての音が心に響くように寒く感じられた。
「何もできない」
自分のつぶやく声。何度繰り返したところで状況が好転するわけでもない。それでも何かをつぶやかなければ心まで寒さに折れてしまいそうだった。

秋葉幕府の治世百年が過ぎようとしていた。戦国乱世の機運から、庶民は平和を享受し、文化も花開くように穏やかな時代へと移り変わっていった。
そんなある日、熱病に罹るものが続出した。幕府は対策に乗り出すも、幕臣、大名家、将軍、果ては宮中に至るまで病が拡大していった。病はむごたらしく肌を焼き、火がついたように全身が熱くなって死へ至ることから、惨火病として庶民から恐れられた。しかし、その病に罹るのは男だけであった。幕府は急ぎ法度を改訂し、女人による家の相続を認めるようになった。
幕府有数の大藩、四十六万石を有する乃木藩も例外ではなく、大名齋藤家を始め、筆頭家老桜井家、次席家老白石家、西野家など女性が家督を継承する家が大半を占めるようになった。そのような状況下でも、お家騒動という厄介な問題は発生するのだった。

事の発端は、乃木藩の先代に子がなかったことにある。無嗣継承は藩とり潰しの危機、ならばと養子を迎えることになった。白羽の矢が立ったのは、戦国の世から乃木藩と深い関係にある二木藩の当主の娘・未央奈である。彼女自身の才覚にも何ら問題はなく、両家の交渉も円満に進んだので、次期藩主として迎い入れられた。
しかし、そこに待ったをかけるものがいた。幕府である。先代の死の直前、高家である伊丹家に嫡子が預けられていたとして、養子・未央奈に相続を認めなかったのだ。そしてその嫡子・飛鳥に家督を継がせるように命じた。乃木藩は断固として抵抗すべしという二木派と幕府に恭順して藩を守るべしという幕府派に分かれて騒動になった。先代が亡くなると、幕府が押し切る形で決着させ、飛鳥が藩主となった。乃木藩内でも幕府派が実権を握り、二木派は冷遇されるようになっていった。当の本人・未央奈も軟禁状態に置かれ、二木藩との交流も断絶状態になっていった。

絢音は近習として二木藩から未央奈とともに乃木藩に移っていた。とはいっても、与えられた領地も少ない分家にやってくる訴訟などたかが知れており、家宰のかりんや交渉役の怜奈と当たれば、午前にはほとんど終わらせることができた。
年齢も近い未央奈とは主従より友に近い関係だった。未央奈の周りに近寄ることは禁じられているわけではないので、空いた時間には話をすることもできた。とはいっても、毎日新しいことが起こるわけでもなく、話が尽きれば未央奈の書棚を好き勝手漁っては読みふけっていた。それを未央奈はたいしてとがめることもなく、じっと過ごすことが多かった。
(もうこうやって時間が過ぎていくのだろうな。)
諦めに似た感情が心によぎるたび、未央奈の顔を見ては自分を戒める。自分の役割は未だ果たせてはいない、そう自らを鼓舞する日々が続いた。

新しい藩主の飛鳥は意外にも未央奈らに友好的であった。領内を巡視した際に、日奈子ら二木家の案内役と打ち解けたことがまだ年若い彼女には大きかったようだ。その後は家老たちの目を盗んでは、領内の新内寺に未央奈を呼び出しては会っていた。始めは密殺されるのではと恐れてはいたが、藩主自らの来訪を断るわけにもいかず、二人きりで会うようになった。政の話は一切せず、日々の暮らし向きや飛鳥の悩みなどを聞くことで徐々に打ち解けるようになり、未央奈の憂鬱な日々も少しは穏やかになっていくように絢音には感じられた。

飛鳥が新しい藩主になって2年が過ぎようとしていた。山も色づいてきた秋のある日、分家の邸に惨火病の生き残りの男衆が大挙して押しかけてきた。ちょうどかりんや怜奈もおらず、絢音が男たちの前に進み出た。
「ご当主に直接お目通り願いたい」
と目の前の大男がわめくように言う。男たちの腕っぷしは強そうであり、頼りになる日奈子や純奈、みり愛も喧嘩がおきたとやらで出払っていた。しばしやり取りがあったが、
「この者では埒が明かぬ、ここは押し通ろうぞ」
一人の男が声をあげると、残りの男たちも賛同して絢音を跳ね除け、未央奈の元へずんずん進んでいってしまった。絢音は啞然としてその男たちを見ていたが、声をあげた男が振り返りこちらに嫌な笑みをこぼした。その男は他に比べ細身だが動きに隙が無い。
(何かある。)
そう直感した絢音だが、先頭の大男が未央奈の元にたどり着き大音声で放った言葉に戦慄した。
「この度、齋藤家の措置に不満があるものたちで一揆を興すこととなり申した。そして、未央奈様に盟主になって頂きたく参上した次第。機は熟しておりますぞ。ご決断を」
もはや、一揆は決まっているかのようだった。慌てて未央奈に近づこうとする。
「お待ちください。幕府の知るところになれば、必ず乃木藩は取り潰しになってしまいます。それどころか、二木藩にも処罰が」
「黙っておれ、近習ごとき」
絢音の言葉は、大男の怒号にかき消された。その様子を未央奈は何も言わずじっと見つめている。絢音は恐ろしくなった。このままでは、未央奈は一揆に加担してしまうことになる。そうなれば、復権どころか命さえも危うい。さらに進み出ようとしたその時、背後から例の細身の男に組み伏せられた。意外な膂力に手も足も出ない。
「この者、奸臣の類にて、わたくし共で預からせていただきます。なに、心配には及びません。その時が来れば必ずお会いになることができます。」
背中に冷たいものを感じた。声が出ない。未央奈の方に首だけを向ける。凍ったような表情がそこにはあった。男がさらに付け加える。
「二木藩からもこうして支援のご賛同を得ております。」
未央奈は書状を受けとり、一読した。絢音は自分が震え始めているのに気付いた。
「わかりました。あなたのおっしゃる通りにいたしましょう。」
男たちから歓声があがる。未央奈、と声をあげるつもりだった。喉の奥がひりついて音にすらならなかった。絢音が引き立てられ門外へ連れていかれる間、未央奈の視線がこちらへ向くことはなかった。

牢。あれから細身の男の手下にここまで連れてこられ、つながれたまま二月は経つであろう。わずかな窓からはすっかり冬を感じる風が流れ込んできた。絢音の想像はどれだけ巡っても絶望へと行きついていた。
(あんな一揆、成功するはずがない。ましてや、乱の首謀者の未央奈が許されるはずがない。)
未央奈を止められなかった自らの責。二木のみんなにはどう詫びようか。未央奈はどうして賛同したのだろう。自らの行く末に希望がなかったからか、もしくは本当に二木の御家とつながっていたのか。頭の中に次々と浮かんでは消え、浮かんでは消え。それは解決せぬまま心の底に沈み、澱となって暗闇を作り出していた。

少しずつ減ってきた食事も、その日はついに運ばれなくなった。いつもの巡回ももうない。乱が失敗し、門兵たちも逃げたのだろう。少し笑ってやった。このまま死を迎えることに恐れもない。いつ斬られてもおかしくなかった身だ。ただ、ひどく眠い。このまま、眠ってしまおうか。どこかで未央奈に会えるかもしれない。そう思うと、眠りにつくことに期待している自分がいた。目を閉じた。朝のはずだが、闇が広がってきた。

「本当にそのままでいいのかい。」
誰かの声。そっと目を開ける。牢の前には誰もいない。
「君を待っている人がいるだろう。」
どこか聞き覚えのある声。懐かしさと優しさ、そして少しの厳しさに包まれた声。
「あきらめても何も生まれない。」
まるで自分の心を見透かされているようだった。腹が立つ。経験のない怒りだった。
「君ができることがあるんじゃ…。」
「黙って。自分でも分かってる。未央奈のために何かしたい。それができるのは今しかない。でも、それができる状況じゃない。あんたに何が分かるの。」
大声でまくしたてる。まだそんな力があることに絢音は驚いた。
「あはは。元気じゃないか。そんな力があるなんて安心したよ。」
笑われた。どこの誰とも分からない声に当たり散らした。とたんに恥ずかしくなった。
「大丈夫。耐えた分だけ答えはある。」
その声に安堵した自分がいた。もう呼び掛けても反応はなかった。

「絢音。絢音。」
入れ替わるようにして、自分を呼ぶ声がした。しだいに声の主が分かってくる。
「日奈子、みり愛、こっち」
「いた。いたよ。」
「今、鍵開けるからね。」
開けると言ったものの鍵はなく、その辺りにあった斧で鍵を壊し、二人は絢音を牢から出した。絢音は足元がおぼつかない。二人に寄り掛かるので精一杯だった。
「ごめんね。遅くなっちゃって。」
「いいの。それよりもどうしてここが。」
「詳しい話はあとで。それよりも早く行くよ。」
「えっ。どこに」
思わず、声に出していた。乱を起こした一門の者たちを受け入れてくれる場所なんてあるのだろうか。しかし、二人の顔に悲痛な面持ちは見られなかった。
「誰かいる。」
日奈子だった。この辺の勘は誰よりも鋭い。
「あちゃ。囲まれてたかぁ。」
ぞろぞろと出てきた男たちの中央には例の細身の男がいた。いずれも修験者の恰好をしている。十人はいるだろうか。それぞれの獲物は確実に三人を狙っていた。
「絢音。とりあえず、これ。」
刀を抜きながらみり愛が太めの薪をこっちに投げてくる。三人とも心得はある。しかし、多勢に無勢だった。絢音は立っているのもやっとで、薪を握ることもおぼつかなかった。
「やれ。」
細身の男の命令で、男たちが飛びかかってくる。一人目をなんとかやり過ごし、二人目に薪を打ち据えようとした。だが、男たちは身軽でひょいと躱されてしまう。連携を取りながらかかってくる男たちに比べ、絢音らは自分のことに精一杯だった。前後を挟まれる形にならないように態勢を整える。不意に屋根から三人目が降りてきた。まずい。そう思った瞬間、その男は苦悶して地面に転がっていた。
「男たちが寄ってたかって、見苦しいぜ。」
旅役者の恰好をした、女性だった。つぶてを投げたらしい。気を取られた刺客はみり愛と日奈子に打ち据えられた。
「助太刀、御免」
そういって、その女性は絢音の方へ真っ直ぐ突き進んできた。行く先を防ごうとした何人かを金剛杖でなぎ倒していた。絢音は何とか打ちかかってくる二人をやり過ごす。その二人はいつの間にか金剛杖の餌食になっていた。
「まだ、やるかい。」
ちょっとした挑発。杖の扱いによほど自身があるのだろう。近づいて初めて分かったが、絢音よりも一回り小さい。しかし、その体には闘志がみなぎっていた。
「ちっ。退くぞ。」
手負いの刺客たちが山に散っていく。どうせ、金で雇われた者たちだろう。戦意は低かった。

「みり愛。日奈子。」
どこかで叫ぶ声がする。これも聞き覚えのある声だ。
「純奈。こっち。」
日奈子が応えた。純奈に続いて、伊織と蘭世が揃っている。二人とも藩の奉行衆に仕えているはずだ。二人も肩身が狭かっただろうに、探してくれたことに感謝した。
「これから、秋元様の元に向かうよ。」
奉行衆でも名の知れた人だった。伊織が仕えている。
「へぇ。真夏を知ってるのか。」
「無礼ですよ。秋元様を名前で呼ぶなんて。」
伊織が怒っているのは、先ほどの旅役者だった。真夏という名前を知っていることに絢音は驚いた。
「悪い、悪い。じゃ、これでな。」
そういって、旅役者が去ろうとした。
「助けていただきありがとうございます。あの、申し訳ありませんが、お名前を。」
聞きかけたその時、向かい風が突然吹いた。目も開けられない。しばらく経ってうっすら目を開くと誰もいなかった。古くなった烏帽子姿の人形だけがそこにあっただけだった。

伊織の案内で秋元邸に入った。厄介者のはずだが、使用人たちの目はたいそう優しかった。風呂や食事のといったもてなしを受け、絢音は戸惑いを隠せなかった。真夏は絢音たちが通された部屋に入ってくるなり、絢音に抱きつてきた。驚く絢音に真夏が語り掛ける。
「怖かったでしょう。大変だったね。よく頑張りました。」
まるで母親のような言葉に、絢音の硬い表情もほころんだ。
「真夏は相変わらずの人たらしやわぁ。」
続いて入ってきた長身の女性は奉行衆、松村家の沙友理だ。蘭世が仕えているのも彼女だった。その笑顔と上方訛りが彼女の愛嬌を際立たせている。
二人は上座に座りなおすと、改めて今回の経緯を話してくれた。一揆は事前に何者かの密告により露呈した。焦った一揆衆は未央奈を引き連れ山寺に立てこもった。一揆に加わらなかった日奈子ら二木衆は以前から交流のあった奉行衆の元に駆け込んだ。このままでは、二木衆の行く末がない。奉行衆とそう話し合った後、藩主・飛鳥に献策した。この一揆を治めて、未央奈の帰る場所を作ってあげるべし、と。二木衆は奮闘した。策を練る者たちは一揆にあまり乗り気でない者たちを懐柔し、腕に覚えのある者たちは先鋒として山寺を攻略した。あの大男の仲間たちは攻略時に討たれたり、捕縛されて処罰されたりした。肝心の未央奈は助け出されたものの、弁解もせず沈黙を貫くだけだった。
「どうして。」
真夏の話をさえぎって、絢音がつぶやく。
「どうして、って絢音が心配だったに決まってるでしょ。」
蘭世が吠えるように言う。その目線が怖くて、絢音は蘭世の方を向けなかった。
「まあ、蘭世も落ち着いて。」
沙友理が笑顔で言い聞かせる。真夏が話をつづけた。
「それで、未央奈の沈黙の理由は分かったの。でも、この一揆には裏があるんじゃないかって、奉行衆のみんなと話し合っていて。絢音は何か気づいたことないかしら。」
絢音は先ほど襲われた話、襲ってきた首魁の男が一揆を扇動していたのではないかという自分の考えを伝えた。真夏と沙友理は目を見合わせ、何かを確信したようだった。
「ありがと、だいたいつかめたわ。後は、お姉さん達に任せなさい。」
心強い言葉に感謝する。一同で頭を下げた。真夏が退席しようとするとき、気になっていたことを伝えた。
「この人形と旅役者に覚えはございませんか。」
襲われた時に真夏のことを知っていた旅役者について何か知らないかと尋ねた。ふと、真夏と沙友理は穏やかな笑みを湛えてつぶやいた。
「任せるって言ったわりに、気にしてるじゃない。」
「ほんま、心配性なんやから」
懐かしい誰かに会ったようにその人形を見つめていた。真夏にその人形を返され、何も知らないと言われると、これ以上追及するのは無粋だと悟った。

明くる日、幕府の大目付からの特使がやってくるということで、大名屋敷の大広間では異様な緊張感に包まれていた。お家騒動と一揆が頻発しては幕府の威信にかかわる。一応の名目はついているが、本来決着がついた藩の問題に幕府が口出しするのは異例であり、乃木藩のさらなる弱体化を狙った幕府の差し金であることは明らかだった。この会合には、藩主・飛鳥、家老衆、奉行衆ら藩の主だった者たちに加え、未央奈も列席していた。
特使は慇懃な態度で書状を取り出し、一揆について未央奈の罪を明らかにし早急に処罰すべし、また二木藩の介入に関して幕府に報告し、その罪を糾弾すべしと声高に述べた。
大広間は一瞬、静寂に包まれた。その時、後方のふすまが開き、二木衆が入ってきた。
「遅くなりましてございます。奉行衆、秋元様のお召しにより参上仕りました。」
かりんが丁重に挨拶をする。未央奈は絢音をその中から発見し、安堵したようだった。
「この度の件につきまして、幕府大目付、賀俣様に申し上げます。」
真夏が進み出て、一揆の概要について説明する。未央奈は擁立されただけだということ、二木藩が扇動したとされる書状は偽物であること、二木衆を襲ったものがいること、乃木藩と二木藩を分断しようとする動きがあること。そこまで説明して、特使は逆上した。
「では何か、幕府がこの一揆、扇動したと申すか。」
「いえ、幕府が、ではございません。扇動したのは賀俣様でございましょう。」
「証拠でもあるのか、場合によっては死罪を申し渡すぞ。」
特使は怒り狂っている。真夏は冷静に付け加えた。
「未央奈が沈黙を保っていたのは友人を助けるため、二木の書状と言って見せられた文面に命を奪うとでも書いていたのでしょう。一揆衆には偽の書状で十分です。その書状も大事に持っていた一揆衆がいましたので偽物だと確認できました。そして、一揆衆の鉄砲、二木衆を襲った場所に落ちていた金子にそれぞれ賀俣様の蔓の紋がありました。鉄砲に関しては、老中の渡辺様、小嶋様、御三家尾張藩家老の松井様にお見せし、確認は取れています。」
そこまで言って、特使は青ざめた。どうやら間違いはないらしい。賀俣家の零落も時間の問題だろう。この件は奉行衆だけの案とは絢音には思えなかった。一気に藩の立場を整え、幕府、二木藩とも良好な関係を築くための藩全体の策だったのだ。幕府にはかりんや怜奈、それに松村家に仕えている琴子が掛け合ってくれたらしい。当然、身代が異なるので、飛鳥の口添えもあったようだ。金子の袋は純奈が見つけたものだった。

特使が帰った後、飛鳥が真夏に尋ねる。
「これで未央奈の立場は守られると思うけど、いつまた災いが降ってくるかも分からない。どうするつもり。」
「それについては私から。」
沙友理が答えた。新内寺の水真和尚を伴っている。和尚が言うには、
「都に行ってきまして、齋藤家と縁の深い生田家と話をしてきました。未央奈様を当分、生田家に預け、ほとぼりが冷めてから齋藤家にお戻しになってはいかがかと思いまして。宮中であれば手出しは難しいかと。」
独断でするにしてはたいそうな案件だ。乃木藩ではこういうことが多いのだろうか。飛鳥はあっさり承諾し、未央奈の意向を聞いてきた。
「ありがたいお話。都も見物したくございます。」
危うく命を落としかけた未央奈にとっていい話に違いなかった。二木藩や二木衆を守るにも良縁である。しかし、いつ帰ってこれるかも分からない。絢音は長い別れを予感していた。

二木藩との関係修復のため、絢音ら二木衆はそれぞれ登用され乃木藩に留まることになった。未央奈は飛鳥の参勤交代に合わせ、わずかな従者とともに都に上る。それまでの時間、二木衆と共に過ごし、語り合うことが多かった。
出発の日、旅装を整えた未央奈が絢音にこぼした。
「どこか、諦めてた。助からなくても、いいと思ってた。」
山寺の日々を思い起こしたのだろう。久々に見る笑顔になって付け加える。
「でも、もう諦めない。待っている人がいるから。自分にできることを見つけたから。」
「うん。じゃあ、またね。」
照れくさくなって、そんな言葉しか、出てこなかった。それが、別れだった。
行列を見送る絢音は未央奈の言葉を思い出していた。どこかで聞いた言葉。
(牢の中だ。)
あの時の声は未央奈のものではなかった。だが、未央奈が同じことを考えるようになっていたことが絢音には嬉しかった。
向かい風が吹く。また強い風。あの日と違うのは少し温かみのあるものだということだ。
また会える。それまで私も諦めない。心に誓った。




あとがき

2018年に別のサイト向けに書いたものを転載しました。
懐かしい名前しかありません。みんな卒業しちゃいましたね。
読んでいただきありがとうございました。

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