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自己肯定感

発達障害が世間に知れ渡ってから、この言葉の存在を知るようになった。

物心ついた時から、すでに両親の仲は悪かった。

顔を合わせれば喧嘩ばかり。怒号。罵声。

物を投げつけあったり。それが日常だった。

母は昔から宗教にどっぷり浸かっていて、事あるごとに神様を出してくる。

子供の頃から母に軽蔑され続けてきた。

魂が曇ってる、浄化しろ、前世から腐ってる。嘘つき。泥棒。色欲魔。あんたなんて自分の子じゃない。

神様の教えの中に、汚い言葉を発したら魂が曇って天国へ行けないと言われ、綺麗な言葉を使うよう厳しくされてきた。

いやいや、神様無理です。すでに親が酷いことを投げつけてきます。

肉体的な暴力は無かったから周囲には気付かれない。

私自身、当時は自分が悪いから言われるんだ、私がいけないんだ。とばかり思っていたし、交友関係も何もかも制限されていたから、何が普通かなんて分からなかった。

ただただ我慢するしか無かった。吃音も出た。普通の人みたいに話せなくなってしまった。

どんなに体調が悪くても病院に連れてってもらった事がなく、20代になるまでは、生理痛はおろか何一つ薬を飲んだ事が無かった。だから、どのタイミングで病院に行けばいいのか分からないまま大人になった。

その頃の、10代の私には逃げ場なんてどこにも無く、崩壊した家族だけが私の全てだった。

30代になった今、世間でいう所の30代女性のルートから外れっぱなしの人生を歩んでる。

誰かを愛し、愛される人生も壊れた。

大事な人は作れない。

いつだって死がすぐそばにいる。

自己肯定感なんて底辺。

これは私が生を終えるまでの罪の懺悔。

















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