天才オタク君とその親の話2
前回の続きです。
学校後悔からしばらく経ったある日、とうとう大きな事件が起こってしまいました。
B君という男の子がいました。両親が離婚し父親と祖母との3人暮らしで、聞こえに障害があり、週に1度は難聴学級に通っています。難聴の声で発音が不明瞭なB君のことを、クラスの子たちは何かとサポートしようと思いやっていました。
このB君をA君が何かにつけてからかうのです。からかうといっても嫌がらせに近いレベルでB君の障害をネタにするのです。
先日通学路ボランティアの方が学校に何枚かのビラを持ってきました。「こんなものが通学路に落ちていたのですが…」と不安そうに彼女に渡された手書きのビラにはB君の筆跡ではない文字で、
「僕は死にます。B」
と書いてありました。彼女は全身から血の気が引いたそうです。こんな物をB君やご家族が見たらどんなに悲しむか…
その後彼女を含めた複数の教職員で通学路をチェックし、さらに数枚合計10枚ほどのビラを回収しました。
担任をしていた彼女は、一目でA君の文字だとわかりました。A君を別室に読んで事情を聞くとA君は怖いほど悪びれず、
「はい、僕が書きました」
と認めました。
しかしなぜそんなことをしたのかといくら問いただしても、はっきりした理由は分かりませんでした。
「こんなこと書かれたB君の気持ち考えてみなさい」
と叱責しても
「B君の気持ちになって書いた」
とうそぶくような返事しか返ってきません。
「今回だけは反省してもらわないと。A君の将来のためにも」
と彼女は心に決め、翌日A君の保護者面談を行いました。お母さんは別の用事がありお父さんだけが学校に来ました。
あらかじめ電話で事情は話しておいたのですが、子供のやった事実を考えてもらおうと思い、お父さんの前にビラを示しました。そして彼女は深刻な面持ちでこう尋ねました。
「A君が描いて通学路にばらまいたこれらのビラをご覧になってお父さんはどう思いますか?」
お父さんの答えはあっさりとして、最初は彼女は一瞬夢を見ているのかと思ったそうです。それは…
「小学1年生の頃に比べて字が大分きれいになったと思います」
彼女は耳を疑い何度か聞き返しました。そのうちお父さんはそこからエピソードを語り出し「1年生の頃は乱雑で字の大きさが揃わず、毎日書写の練習を私が付きっきりでしたものです」
と、熱心に説明し始めました。
彼女は教員になってから、いえ今までの人生も含めてあれほどショックを受けたことはなかったそうです。
悪びれることなく、人の心を踏みにじる行為をする子供、そしてその子供と向き合う事なく、家庭学習の成果を説明する大きな子供のようなお父さんを思いっきり否定してやりたいような気持ちでいっぱいだったそうです。
あまりに興奮が高ぶり過ぎて「ひょっとしておかしいのは自分なのか?」と言う不安も沸き起こり、吐き気をもよおしたその時、お父さんが何が起こっているかわからないと言う顔で
「先生お疲れですか?教師という職業はストレスが溜まるそうですね」
と心配そうに言った時、彼女は声を上げ泣いてしまったそうです。
続く
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