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擬似ステレオ(Mono to Stereo)の昔と今
いにしえの擬似ステレオ Duophonic
元々モノラルの録音だったものを音響処理してステレオにする擬似ステレオ(DuophonicとかFake Stereoとも呼ばれる)という手法がある。1960年代中盤くらいまではモノラル盤が主流で、その後、ステレオ盤が出てきてそれに移行するわけだが、そのステレオ移行時、元々モノラル録音の古いソースを処理して新たにステレオ版として再リリースする、ということがされていた。これはキャピトル・レコードが作成した当時(1960年代中盤~後半?)のDuophonicのデモンストレーション音源。https://www.youtube.com/watch?v=gJ4xNbVaa6g
レス・ポール&メアリー・フォードやレス・バクスターの50年代の作品を、まずオリジナルのモノラルで聴かせた後、Duophonic処理したものを聴かせてくれる。方法は左右で違うフィルターをかけたり、ディレイ(当時はスタジオクオリティのテープレコーダーの使用による高品位ディレイ)で左右のタイミングを微妙にずらして出すというもの。 このデモを聴いて「うわ、Duophonicってこんなだったんだ、、中々いいじゃん・・・」と感じたのだが、如何だろう?
ビートルズの疑似ステレオ音源
そう言えばビートルズのアナログ時代のステレオ盤に入ってる楽曲のうちShe Loves YouはDuophonicだったなと思い出し(理由はこちらを参照。CDではモノラルに戻されている)、久しぶりにレコードを引っ張り出してきて聴いてみたのだが、上のキャピトルのデモ音源に比べるとイマイチ(あくまでDuophonic処理という意味でです)で感動はなかった・・・。因みに、アルバムMagical Mystery Tour収録のI am the Walrusは、現行のCD(2009年リマスター)で出てるものも含め前半がTrue Stereo、後半がDuophonic処理をした擬似ステレオとなっている。
なぜそのような事に成っているかというと、後半に入ってくるラジオのサウンドエフェクトは、Mono Mixを作る際にそこに直接重ねたラジオの音だったそうで(つまり偶々その時に放送されていた音ということになる。なんともチャンスオペレーション的!)、となるとStereo Mixを作る際に同じラジオの音を使うことは出来ない。なので苦肉の策でMono音源をDuophonicでステレオにした、というのが経緯らしい。(こちらを参照) 確かにあのラジオ演奏は大変絶妙だし、当然二度と同じ演奏も出来ないので、もしStereoバージョンを作るにあたりラジオ演奏をやり直していたらMonoとStereoの双バージョンは全く別物の仕上がりに成ってたであろう。
なお、米Capitol Recordが60年代にリリースした初期~中期ビートルズのアルバムのStereo盤には、True Stereoに混じって基はMono MixだったがDuophonic処理で疑似ステレオ化された楽曲がいくつか収録されている。その詳細はこちらを参照されたし。
最新技術Spectral Editingによるモノ→ステレオ変換
で、イマイチ感動の無かったShe Loves YouのDuophonic版はともかく、上のキャピトル・レコードのデモを聴いて私的にDuophonicを再評価するに至った。ただ、各パーツの音を左右でセパレーションさせ広げるというよりは、大まかになんとなく広がりをだすに留まっているといえるだろう。元々がモノラルの音源なんだからそんなもんだろうし、それでも中々魅力的じゃないかと思っていた。
しかし近年の擬似ステレオは飛躍的な進歩を遂げている。まずはこのステレオ音源をお聴きいただきたい。
非常にハイクオリティなステレオ音源だが、驚くべきことに基は1956年のモノラル録音であり、それを最新技術でステレオ化したものなのだ。このモノラルソースをステレオ化するプロジェクトは、こちらのサイトで詳細が記されている。https://www.monotostereo.info/
ここでも簡単に解説すると、Spectral Editingと呼ばれる手法でステレオ化している。これはモノラルソースをFFT(Fast Fourier Transform)で周波数スペクトル分析し、それを目視で確認しながら各パーツを抽出、エディットしてステレオに再構築しているとのことだ。実際どうやっているのかは、まずこの動画をご覧頂きたい。
この動画では、Spectral Editingを行うアプリSteinberg SpectraLayers Proを使ってデル・シャノンの楽曲で"Runaway(悲しき街角)"のオリジナルモノラル版にあるオルガンソロを抽出するテクニックを紹介している。
この要領で他のサウンド・パーツも抽出し(demix)、パーツごとにオーディオファイル化し、それらをDAWアプリの各オーディオチャンネルにアサインし、音量、パンのバランスを取ること(upmix)によりモノラル音源をステレオ化できるのである(この映像参照)。
このようにPhotoshopなどのフォトレタッチアプリにおける画像の色情報を分解、レイヤー化するのと似た手法でサウンドもパーツごとに分解、レイヤー化できるのである。先に紹介したこの音源のように超ハイクオリティなステレオサウンドにコンバートするのはある意味、細かい部分に気を配り長時間かけて行う絵画修復のような職人技を要するだろうが、アプリの編集機能が高性能になっているおかげで、フォトレタッチアプリ、音楽シーケンサー(ピアノロール)、FFTの基礎、そしてDAWについて知識がある人であればちょっとトレーニングすれば、そこそこのクオリティのモノラル→ステレオ化は可能と感じている(筆者もお試し的にやってみての感想)。
多数ある最新技術によるモノ→ステレオ変換音源
またhttps://www.monotostereo.info/ のMEDIAのコーナーにはグレンミラー・オーケストラ、プレスリー、クリフ・リチャード、アニマルズ、、、などの30年代から60年代のモノラル音源をSpectral Editingでステレオ化したものが多数あるのだが、いずれももうFake Stereoなんて言い方は似合わない、True Stereoでないの?と耳を疑う素晴らしい出来であるのと、中には音質まで向上しているのでは?と感じるものもある。
関連サイト、記事
Mono to Stereo Lab
本文中でも紹介した、いにしえのモノラル音源をステレオ音源変換することについての様々な情報が集められており、本人もそのエキスパートであるChristopher Kissel氏のサイト。MEDIAのコーナーに多数の変換例がある。
How Audio Pros ‘Upmix’ Vintage Tracks and Give Them New Life
モノラル音源や2ミックス音源など幾つかのパートが混在したトラックの各パートをバラ(demix)し、ステレオなどに再構築(upmix)することについての記事。拙稿で記したSpectral Editで手作業でスペクトル解析していたのに加え、近年はAIによるDeep Learningでより確りパートをスペクトル解析できる様になってきている様子。先述のChristopher Kissel氏、初期Beach Boysのアルバムのdemix→upmixによるステレオ再構築版(素晴らしい出来!)を担当したDerry Fitzgerald氏、Abbey Road StudioのJames Clark氏らが登場。Clark氏によると現在アビーロードスタジオにて初期ビートルズ音源のステレオ再構築リミックス・プロジェクトが進められている様子で、デビュー作発売60周年の2023年以降、新ステレオ版が出るかもしれない。(2021/3追記)
Audio Source Separation: 'Demixing' for Production(youtube)
Abbey Road StudioのJames Clark氏による解説とデモ。The BeatlesのLive at Hollywood Bowlの2016年版は、Spectral Editによるブラッシュアップがされている。それについてと、終盤では実際にパート解析・分離した音源も聴ける。
昔あった4チャンネルステレオを聴く
拙noteには、ほかにも電気電子系自作楽器の紹介や、筆者のライフワークである自作音源の紹介記事などがありますので、面白いサウンド、変わった音楽、宅録などに興味のあるかたは是非チェックしてみてください。
尾上祐一note