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【Outer Wilds二次創作】不確定性探求者

【概要&注意】
・メインキャラ:Hal Slate Gabbro
・約5000字
・本編開始より1~2年くらい前という感じです
画像:NASA Image and Video Library

……分別のある者はなんらかの視覚的錯覚が生じているものと理解しているが、Gabbroは、この石は『観察されていない限り、可能なあらゆる状態で存在する』と主張している(それが何を意味するにしても)。

──博物館の展示解説より



「さっきの打ち上げ、Gabbroかい?」
 まだ振動の残る発射台のもと、ふらりとやってきたHalがたずねた。
「ああ。巨人の大海へのあいつの初飛行だ」
 マシュマロを炙る手を休めず、Slateは答える。
「安定していて悪くない飛びっぷりだった。ここ数日は量子の木立に通って詩作にふけってたらしいが、なにか精神集中のコツでも身につけたかな」
「量子の木立? なんでまたそんな所で」

 * * * *
 
「いい四行詩を思いついたんだ、量子の木立で」
 初飛行に向けた訓練中のこと。
 発射台をほのかに照らす焚き火でマシュマロを焦がしながら、Gabbroは言った。

「どの行もいいフレーズなんで、どう並べたものかとずっと考えていたんだが、これが困ったことにどう並べても素敵でね。それに私がどれかひとつに絞ったとしても、見る人によっては他の組み合わせがベストと感じるかもしれない。こればっかりはしょうがない、感性は人によって異なるからね。だから、どれかひとつに決めないことにした」

 聞きながら、Slateは4の階乗を計算した。4つの行を重複なく並べたとき、生成できる組み合わせの数は24だ。

「24パターンをぜんぶ載せた詩集でも作るのか?『名詩選24作』とかいうタイトルで」
「おや、それも悪くないね、Slate。でももっと創造的な方法を考えついたんだ、私は」

 * * * *

 Slateからひととおり聞きおえたHalの表情は、泥の混じった樹液ワインをすすった後のようだった。
「量子の木立の、あの気味の悪い、動く木で作った板に、詩を一行ずつ書いて、見るたびに並びが入れ替わるようにする……?」
「題名は『量子の詩』だそうだ。そこは何のひねりもないな」
「Nomaiがおなじことを考えつかなくてよかったよ……。そんな落ち着きのない碑文ばっかりだったら、十万年かかっても言語の解読なんてできやしない」
 目下、Nomai言語の自動翻訳機の開発に寸暇をおしんで取り組んでいるHalとしては、めまいを禁じえない話だ。
「お前の親友なら喜びそうな話だけどな、Hal」
「Gabbroといっしょにしないでよ。あいつが宇宙に行ったらもっと有意義なことに時間を使うよ」
「まあそう言うな。あれでGabbroは才能あるパイロットだよ。でなきゃ私もGossanも大海行きなんて許可しない。もう少し安全な星へ行けと言うさ」
「才能あるパイロット? Gabbroが?」
「というか、才能だけでやってるような奴だよな」
 Slateは焚き火からマシュマロを引き上げ、口に放り込んで、やや不満げな顔をした。表面硬度は理想的だが、内部粘性に改善の余地がある、とエンジニアは評価した。

 Halがたずねた。
「巨人の大海ってそんなに危険なの? ちょっとくらい制御がへたでも海面に着水すればいいから楽だ、ってあいつは言ってたけど」
 あいつというのはHalの親友のことだ。SlateはHalに向き直った。
「初飛行までに認識を改めておくようにあのひよっ子に伝えておけ、Hal。たしかにクレーターに突き刺さって抜けなくなるような心配はないがな、あの星の海上で発生する竜巻に巻き込まれたら、あっという間に大気圏外にもっていかれる。焚き火に突っ込んだマシュマロが燃え尽きるのと同じぐらいの速さでな。
 それだけならまだいい。宇宙空間まで巻き上げられたあとは、大海の重力につかまって落下する。つまり間欠泉のまわりで遊ぶような馬鹿がやらかす事故が、まっとうに陸地を歩いてるだけで起こるんだ。とんでもない星だよ」
「ああ、うん……。たしかにRiebeckあたりじゃ向いてなさそうだ」
 ひどい言いようだが、これでもまだやんわりしたものである。Riebeckの通り道にマシュマロ缶より大きなものがあるとあいつは必ずけつまずいて転ぶ、というのが村人たちの共通認識だ。
「Chertのほうはそこまで危なっかしくはないが、天体観測ができるような星じゃないからな。そもそもまず行きたがらない」

 この星系のどこへ行こうと、木の炉辺より居住に適した星はない。とはいえ燃え盛る双子星なら、砂の影響を受けにくい高所はいくらかある。脆い空洞もリトル・スカウトを使えば、表面完全性の高い場所、つまりそう脆くない場所を見つけだすことができる。
 巨人の大海には、そういう長期にわたって拠点としうる安全な場所はこれまで見つかっていない。たえず星を蹂躙する竜巻群が、4つの陸塊を持ち上げては叩き落としていく。現存するNomai遺跡の中には、彼らがはるか昔に製作したとみられる、竜巻を遮断する力場が点在しているが、それもせいぜい大人がひとり立って入れる程度のものだ。

「あのGabbroが、なんでまたそんな所を探索先に選んだんだろう」
 あらためて疑問に思うHalだった。Gabbroが芸術家肌なのは周知のことだが、創作にうちこめる場所に行こうと思うなら、もっと落ち着いた星を選びそうなものだ。
「『私には向いてるんじゃないかな。探索のために私が動かなくても、島のほうが勝手に動いてくれるんだろう?』」
「Slate、いまのってGabbroのモノマネ?」
「いかにも言いそうだろう?」
「Gabbroはそんな声じゃない」
「言語学者らしい厳しい批評だ」
 Slateはマシュマロを缶からふたつつまんで、ひとつをHalに投げ渡した。気に入ったほうか気に入らなかったほうかは、わからない。
「まあ私としては探査艇を壊しさえしなければなんでもいい。お前の親友の言う通り、着陸の衝撃でバラバラになる確率はたしかに一番低い星だ。危険度ならそれこそ量子の木立も大概だからな。あそこは運が悪ければ、突然現れた大木に探査艇ごとぶすりといかれることもある」
 もらったマシュマロを棒に突き刺している時にそういうことを言ってくるので、Halは露骨にいやな顔をした。
「そんな所に行ってもアンテナをちょっと曲げてくるぐらいで帰ってこれるんだから、何につけ適応力は高いんだよ、Gabbroは」

 その時、ふたりの頭上でスラスターの噴射音が響いた。樽をくくりつけた探査艇が夜空をゆっくり沈んできて、発射台へと帰りつく。いましがた巨人の大海へ向かったはずのGabbroの船だ。
 リフトが降りてきて、ひょろ長い宇宙飛行士がひょろりと姿を現す。

「なんだ、Gabbro。忘れ物か?」
「ああ。いや、忘れ物とは言わないんじゃないかな。飛び立ってから思いついたものだからね」
 飛行前後の緊張も興奮もかけらもないような、いつもの飄々としたなりでGabbroは言った。
「量子の木立で暇つぶし──いや、作業する時に、ずっと安全索テザーで体を木にくくりつけてたんだ。移動する木に常にくっついていれば、べつの木の不意打ちを食らわずにすむ確率が上がるからね。けれどずいぶん骨が折れた。生き物が重力に逆らって宙吊りになるのは美しくない。だから命綱がわりにハンモックを持っていこうと思うんだ。これなら探索のあいまに良質の休息が取れるし、竜巻で巻き上げられてから叩き落とされる時でも、全身打撲の心配をせずに優雅に寝ていられる。ハハ、いい案だろう?」
 得意げに語る宇宙飛行士のヘルメットに、呆れた表情の4つ目が2組映りこむ。
「お前、それで自分はよくても探査艇の安全はどうなる」
「それは考えてなかったな」
「いいか、陸地を見つけたらまず探査艇を繋留しろ。ハンモックはその次だ」
 諫言を右から左に受け流しつつ、GabbroはHalに声をかけた。
「翻訳機の開発は順調かい? ひよっ子にもよろしく言っといてくれ」
「そういや何しに来たんだ、Hal」
 とSlateがたずねて、Halはようやく用事を思いだした。
「そうだった、Feldsparから連絡が来てないかって聞いてくるように、Hornfelsから頼まれたんだよ」
「いや、私のところには来てないぞ。あいつが定時報告も入れずに飛び回るのはいつものことだが、今回は少し長いな」
 ふむ、とGabbroが横で小首をかしげる。
「最後に会った時に、大海に行くって言ってたような気はする。話が長かったんで適当に聞き流していたんだが」
「またアンテナを増やされたいのかお前は」
 にらみつけるSlateに、Gabbroは撫で肩をすくめた。
「私だって忙しいんだよ、長話はHornfelsのだけで充分さ」
「巨人の大海でなにを調べるつもりなの、Gabbro?」
 というHalの問いは、Gabbroが忙しそうにしているところなんて見たことない、という言葉を遠回しに翻訳したものである。
 が、Halが思うよりはすんなりと、Gabbroは答えを返してきた。
「巨人の大海のどこかから、量子の信号が出てる。まえにChertが量子の木立から検知したのと同じやつだ。それを調べに行きたいと思ってる」
「そうなんだ」
 いかにもちゃんとした宇宙飛行士みたいな発言にHalが感心するのと、「それと」とGabbroが続けるのが同時だった。
「海中を調べてみたいな。どこまで潜れるか調査するとFeldsparが言ってた。気がする。存外、深海でなにか居心地のいい場所を見つけて、帰りたくなくなってるのかもしれない」
 感心を撤回すると言いたげにHalは頭を抱えた。
「あの英雄Feldsparに限って、無いよそんなことは……」
「お前のことだ。Spinelが腰を抜かすような大物を釣り上げてきたい、というのが本音だろ?」とSlate。
「ああ、なるほど。それはいいね。今度また理由を聞かれたら、そう答えることにするよ」

 古い発射台をふたたび大きくゆるがせて、Gabbroの探査艇は宇宙へ飛び立った。アンコウよりも博物館の目玉になりそうなものが釣れたら、活きのいいうちに持って帰るよ、というのが別れの挨拶だった。

「けっきょく本当のところ、なんで巨人の大海を行き先にしたんだろう。というか、なんで宇宙飛行士になったんだろうね、Gabbroは」
「聞かれるたびに違うことを言うんだろうな」
「量子みたいな奴だなあ」
 なんのきなしのHalのつぶやきに、Slateはふと顔を上げた。
「確かにな。自分の目的とか、自分がどういう飛行士になりたいかとか、そういうのをひとつに決めたがらないところがあるんだ、あいつは」

 鑑賞されるたび4つのフレーズの並びを変える詩の作者が、消えては現れる4つの島をいだく星に、好奇心をたずさえて飛び立っていく。偶然か、それとも因果のあることなのか、それは誰にもわからない。

「ただGabbroは、なんだかんだで人の手助けは好きなんだ。誰がなにを好きかをよく見てるし、誰かがなにかいかしたものを作ろうとしていたら、いつのまにかそれに混ざって楽しんでる。そういう奴さ。自分で気づいているかどうかはわからんが」

 この場所から幾人もの旅人を送り出してきたエンジニアは、穏やかな目で語りついだ。 
 「熱意のある者、理由のある者、能力のある者、運のある者、いろいろだ。だからこそ、ほかの誰とも違う旅ができる。私たちの宇宙プログラムは、そうやってこれからもずっと続いていくのさ」

 焚き火の煙の昇ってゆく先を、SlateとHalは見上げた。そう遠くないうちに、Halの親友がそこへ飛び立っていく。熱意にかけては申し分ない。理由などは、あってもなくてもなにかを探しに行ける奴だ。村の皆がそれを知っている。能力と運にかけていますこし恵まれてあれと、誰もがまた、願っている。

[不確定性探求者■了]



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モトイのマシュマロ缶

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岩坂モトイ
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