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【Outer Wilds二次創作】静かの基地

【概要&注意】
・メインキャラ:Esker ひよっ子
・約6000字
画像:NASA Image and Video Library


「……なんだか、前にもこんなことがあったような気がするよ」
 それはほとんど無意識のつぶやきだった。
 静かな月の空に昇ってゆく焚き火の煙。それを見送りながら、本当に、なんのきなしっていうやつだ。けれどそれを聞いた客人のほうは、目の色を変えて立ち上がった。
「ほんとかい、Esker⁉」
 初のソロ飛行の打ち上げをぶじに終え、月管制局の私をたずねてきた、ひよっ子だ。
 木の炉辺より重力が小さいことがまだ頭に入っていないのかと思う勢いだった。その剣幕に驚きつつ、私は言い足した。
「ん、まあ、昔はよくこうやって、飛び立ったばかりの飛行士とキャンプをしていたからな」
 それを聞いたひよっ子は急にしゅんとした表情になり、すわりなおした。
「なんだ。そういうことか。まさかEskerも覚えてるのかと一瞬思っちゃった……」
「覚えてる? なにを?」
 いぶかしむ私に、ひよっ子は肩をすくめ、つまらない事務作業をする時の顔で答えた。
「うん、実は私はタイムループしていてね。打ち上げ前後から20分くらいの時間を何度も繰り返してるんだ。だからここにこうやってひとりで来たのもはじめてじゃないんだよ」
 タイム……ループ?
 マシュマロがいい塩梅に焼ける程度の時間、私は目を丸くした。それから事情をのみこんだ。
「はは! なるほどな! どうりでお前が初のソロ飛行で事故も起こさずここへ来られたというわけだ。お前はもう何度も飛行を繰り返したベテランパイロットってことだな!」
「まあね。まだまだ史上最高のパイロットとは名乗れないかもしれないけど、Riebeckよりはちょっとばかり上だと思うよ」
 皮肉たっぷりの様子に、私は大笑いした。妙なジョークを土産に持ってきてくれたものだ。こいつはあまりこういう冗談を言うほうじゃなかったと思うんだが。
 まあ子どもというやつは、ほんのちょっと会わないうちにまるで知らない存在のようになっていることがあるものだ。Gossanなんかも小さい頃はArkoseなんぞかわいいものだと思えるレベルのいたずら者だったのに、いつのまにかすっかり落ち着いて、いっぱしの指導者をやってるぐらいだから。

「まったく、地上管制局もお前の出発を私にひとこと伝えてくれればよかったのに。来客があるとは思っていなかったから、なにも用意してなかったよ」
「それね、実は、博物館でちょっとすごいことがあって」
 と、ひよっ子はGabbroが巨人の大海から持ってきたというNomaiの彫像の件を私に話した。なるほどそれはたしかに大事件だ。
 Nomaiたちがこの星系に残した数々の遺構は、管理者なくしてなお維持され、所定の働きかけで作動する。それはOuter Wilds Venturesが発足する以前から周知のことだった。私やTektite、それからMarlが、あの小さな木の炉辺の中で誰が最高の開拓者か、などと馬鹿をやっていた頃からの。けれど一見して機械的な要素の見当たらない芸術品のような彫像までもが、なんらかの機構を有しているとは。まったく彼ら先住民族の技術には驚嘆するほかない。

「……そんなわけでHornfelsはあの彫像に夢中になってて、月管制局に連絡するどころか、私の初飛行のことじたい忘れてるんだと思うよ」
 マシュマロをかじりながら説明しつつ肩をすくめて嘆息するという、存外に器用なことをひよっ子はやってみせた。
「Hornfelsは昔からわりとそういうところがあるからな」
 世話焼きでありつつも、熱中したらほかのことがなにも見えなくなる奴だった。そのくせ誰かをほったらかしにしていたことに気づいた時は、人一倍傷つくのだ。それは今でも変わらないのかもしれない。
「Slateなんかは『新しいコックピットが分離しないかどうかはやく見たい』とか言って、探査艇の飛行データばかり気にしてるのさ。パイロットをいくらでも付け替えのきくマシュマロか何かだと思ってるにちがいない」
「はは。相変わらずだ」
「私がタイムループの中にいて、Slateはツイてたよ。自動操縦の回避システムに私を記念した名前をつけるはめにならなかった」
「なるほど、なるほど」
 ループとかいう冗談を、ひよっ子はずいぶん気に入っているようだ。じっさいこいつは宇宙飛行士としてやっていくのに不可欠なもののいくつかを、初飛行にしてすでに兼ね備えているようだった。度胸と、それから退屈と孤独をやりすごすためのユーモアというやつを。

 それだけ、Gossanの指導が良かったのだろう。もうずいぶん前になるが、例の事故は、宇宙プログラム史上最大のとまではいかないが、それなりに大きな出来事だった。だがそれを経てこうして頼もしい飛行士がひとり誕生することになったなら、なくした目も浮かばれるというものか。
 Slateもあれ以来、搭乗者の安全を優先しろという声に応えるようになり、昔に比べればそこまで狂気じみた設計はやらなくなった。昔に比べれば。
 旅人の船はずっと安全に離着陸ができるようになり、村に火球を降らせるようなことはなくなった。そして月基地は急速にほぼ無用の存在になった。

 ほぼ、というのは始末のわるいものだ。まったく無用であるならば、この場所は完全に過去のものにすることができる。けれどここは木の炉辺以外の天体上にHearthianが建設した唯一の施設だ。記念碑として存在する必要がある。存在し続けるためには誰かの手が必要になる。我々の親しむ木の文明は、Nomaiたちの文明ほどには強くないから。
 いるとも、いらないとも、どちらにも傾ききれない。まるで私自身のように。

 かつて私は旅人だった。旅人であり、先達だった。若く情熱にあふれた、けれども探索やサバイバルの技術に関してはまだまだ未熟な創設メンバーたちの。

 私は彼らにキャンプの張り方を教えた。
「地上だろうと、宇宙だろうと、探検でかならず必要になることは、休息の場所をつくること。身を守りまた安らぐための火を起こす方法だ」

 Tektiteは山歩きと探検の装備の扱いかたを仕込んだ。
「この惑星を満足に歩けない奴が他の星に行ったって、ばかでかいブリキ缶を宇宙にただ捨ててくるようなものだ」

 Marlは──あいつなりの理論を展開した。
「未知の開拓者、つまり良い木こりであるためには、木の育て方を知っていなければならない。伐採する楽しみがより増すように」

 それからSpinelも食糧の調達のすべを彼らに教え、キャンプで欠かせない歌のいくつかを授けた。Gneissがさらに音楽的文化を発展させた。

 同世代の中で、新しい場所を開拓することにいちばん熱心だったのが私だった。ただ私は、年長者として、次世代の探検家たちが育つための土壌であるべきだとも思っていた。だから創設メンバーとして名を連ねたらどうかという周囲からの提案は謝絶した。あの4人は、とてもバランスの取れたチームだった。それ以上なにかを加えることも抜き取ることも必要ないと思えた。まあ、Hornfelsがあの博物館をつくって例の記念写真を掲示したあと、誰かがそれに勝手に私の名前を書き加えたと知った時は、悪い気はしなかったものだが。

 私たちにとっては見上げる対象でしかなかった月に、若者たちはその足で降り立ち、ひとつの旗を立てた。その時をもってHearthianの世界は無限に広がった。少なくともそう信じさせる瞬間を、あの若い英雄は作り出した。
 私は旅人であることをやめ、月の住人のひとりとなった。それから多くの時間を経て、月でたったひとりの住人となった。

「同じような繰り返しか。若い頃は、そんなもの1秒たりともごめんだと思っていたこともあったな」
 また私がなんのきなしに言うと、ひよっ子は私をじっと見つめた。それからたずねた。
「ねえ、Esker。あなたはもし、ほんとうに時間を繰り返すとしたら、いつが繰り返してほしいと思う?」
「うん……?」
 私は首をもたげた。 
 繰り返したいとしたら、今じゃない。
 と、訪ねてきている客がいる時に言うのもどうかと思った。が、いま私が満たされてはいないことを察してのことだろう。変に気を使うまでもないと、私は正直であることにした。
「みんなとのキャンプの時間だな。私たちがみんな揃って、焚き火を囲んでマシュマロを焼いて、冒険譚や失敗談を夜通し語り明かして。楽器のある奴は楽器を奏でて、無い奴は口笛を吹いたり歌を歌ったり踊ったりして、一緒に酔いつぶれたあの時に」

 私がここで育てた木々、それらが生み出す空気のゆらぎで、焚き火の炎がぱちりと爆ぜる。炭の香りを鼻孔に感じながら、私は飛行椅子を揺らす。
「じっさい、昔はその繰り返しだった。特別だなんて思ってなかった」
 私は村の住人ではなく、創設メンバーとも呼びきれない、旅人の仲間にもなりきれない。どこにも属さない異分子だ。けれどあの頃はそんなことは取るに足りないことだった。境界などおかまいなしに、すべての場所を駆けめぐろうとする奴がいたから。

 ……まあ、なんだな。晴れがましい初飛行を無事にやりとげたひよっ子に、そう湿っぽい話をするもんじゃない。だから私は、せいぜい年寄りのありがたい説教のていを装うことにした。 
「どんなに楽しい時間でも、何度も繰り返すうちにつまらなく感じるようになっていく。けれど終わってしまってはじめてわかるのさ。どの時間も、二度とおなじことは起こりえない瞬間だったってことを。今を大切にしなさい、ひよっ子。宇宙は果てしなく続くだろうが、私たちの一生のうち、なんだってやれるような時間はとても短いんだ」
 こういった話をすると、たいていの若者は、めんどうくさいが適当に流すわけにもいかないという微妙な反応になるものだ。ほら、やっぱりそうだ。ひよっ子は表情の選択に困るという顔だった。これがGabbroあたりなら目を開けながら居眠りしてるところなので、こいつはまだかわいげがある。
「ま、お前も年寄りになってみればわかる。でも私は月にいるのは嫌いじゃないんだよ。ここは静かで、平和だ。仕事をするもしないも自由、気ままに過ごせる。マシュマロと樹液ワインだけで一日過ごしたって、誰にもうるさいこと言われやしない」
「……ああ、マシュマロの消費期限にはくれぐれも気をつけて」
 なんだ、急にへんなことを気にする奴だな。
 
「そういえば、北極の展望台のことは知っているか?」
 ふいに私は切り出した。あまり誰かに教えるつもりではなかったことだった。
「北極の展望台? いいや、まだ。写真で見たことがあるだけ」
「そうか。それならぜひ行ってみるといい。ここからすぐだよ」
 私は北のほうを指さし、HUDのミニマップでも方角を確認できることを念の為に伝えた。
「旅人たちの信号を観測するにはぴったりの場所なんだ。ここは大気のゆらぎに邪魔をされることがないから、音も光もとても澄んでいる。それに、なつかしいものが聴こえる……聴こえるかもしれないから」
 聴かせてどうしようというのだろう。あれが本当にFeldsparが奏でているのかどうかを確かめてほしいのか? そんなはずはない。確かめられたところで、きっと悲しみを再生産するだけのことだ。
 そう思うのとは裏腹に、私はあのハーモニカの音色が聴こえた場所へ行くことをうながした。もう二度と帰ってこない者を、二度と訪れることのない時間を、取り戻したいという願いがそうさせたのだろうか。あるいは私の中にいまだ燻っている、やっかいな探求心というものかもしれないが。
 ひよっ子はただ嬉しそうな顔を見せた。
「わかった。教えてくれてありがとう。次に来たときに行ってみる」
「次?」
「今はね……たぶん、そろそろ、時間がないから」
 ふむ?
 あんまり興味が沸かない、ということを、てきとうなことを言ってごまかそうとする奴だっただろうか。Spinelあたりは以前にこいつから自分の話がつまらなかったとストレートに言われたことがあって、「あいつはいけすかない、正直ならいいってものじゃないだろう」と憤慨していたものだが。
 私の微妙な表情に気づいたらしく、ひよっ子は少しあわてた様子で手を振った。
「本当に行くよ? 私は、この星系の中で探索できる場所はすべて調べつくしたいと思ってるんだ!」
 寂しい年寄りへの気遣い……というわけでもなさそうだ。こいつなりに探索計画というものを立てているのだろう。無理をさせるものでもないし、好きなようにやればいい。

 ひよっ子は空を見上げた。
 空気分子が太陽光を反射させることがないため、アトルロックの空はつねに暗い。その永遠の夜空の中に、唯一無二の故郷の星がある。離れてはじめてその形とその美しさを、私らは知ることができる。
「ここから始まったんだね、Hearthinの宇宙の旅は」
「そうだよ。ここに来られるだけですごいことだったんだ、昔は」
 それは──その言葉は、私のものではなかった。この月基地で何度目かの船の修理をしながらキャンプの炎をともに囲んだ時に、Feldsparがつぶやいたことだった。あいつが姿を消す、その少しだけ前に。
 
 ──もう月に行ったぐらいじゃ誰も驚いてくれないものな。
 その時、私はそう笑って返した。Feldsparも笑った。笑って、それから彼方を見つめ、あいつは言った。
 ──いつから、そうなってしまったんだろう。

 あの時のように焚き火が小さく爆ぜて、ゆらめく。
「また来るね」
 別れのあいさつめいたことを言いつつも、ひよっ子は立ち上がらずにいた。マシュマロをもうひとつ枝に刺して、のんびりと火にかざす。
 良質な冒険には良質な休息が大切だというのを、あの恐れ知らずはついぞ聞こうとはしなかった。あるいは、知りそめていても、それよりも大きなものが自分には課せられているのだと考えていたのかもしれない。そのどちらにせよ、いま目の前にいる新たな飛行士は、それよりはもう少し、立ち止まることができる奴のようであるらしい。
「よっぽどここが気に入ったようだな」
 よせばいいのに、いらない冗談で私はからかった。会えて嬉しい、また来てほしいと、素直に言えばいいのだ、誰にでも。年を取ればそういうことが自然とうまくなっていくものだと思っていたのに、使わない筋肉が衰えていくのとおなじように、心を開くというものは、やらないうちにどんどんむずかしくなっていく。
 皮肉屋だが正直者のひよっ子は、その点、私などよりずっと優秀だった。
「ここは大切な場所だよ。ずっと覚えていたい」
 きらきらした4つの目が私をまっすぐに向いた。
「あなたが旅人であることも、私は忘れないよ、Esker」
 ……はは、こういうことは、やっぱりちょっと苦手だ。
 私は帽子を目深に下げて、口笛を吹き始めた。まだ自分の楽器のないひよっ子はそれにハミングして、ささやかな演奏会になった。
 つぎに来た時は、もっと役に立つことを教えてやろう。リトル・スカウトをできるだけ遠くに飛ばす方法とか、それからそうだな、もう少し、ひとの音色に音程を合わせる方法とかを。


[静かの基地/了]

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岩坂モトイ
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