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「カケオチ」

私が小さかったある日、母が一人のお姉さんを家に連れてきました。
顔はほとんど忘れてしまったのですが、さらさらのショートヘアーと健康そうな肌色、首にあったほくろが印象的でした。
「少しの間、このお姉さんと一緒に暮らすからね、なかよくね。」
うちは環境もわりと特殊でしたし、案外人の出入りもあったので、私達兄妹はその事実を何の疑問も持たずに受け入ました。
私が小学校に入る少し前だったと思います。

お姉さんは祖父と父が経営していた商売を手伝い、祖父の事務所で事務仕事をしているようでした。
私はよくこの事務所に出入りし、事務員さんや、タイムカードを押しに来るおじさん達とよく遊んだものでした。
お姉さんも暇を見ては私におりがみや、小学校に入ってから使う「給食袋の作り方」を教えてくれました。
三匹の仔豚のキャラクターがプリントされた布地を針と糸で並縫いし、玉留めの仕方を教えてくれたのを覚えています。

ある日、家や事務所と車で20分ほどの離れた店舗の方に遊びに行った時、見覚えのないちょっと小柄のお兄さんがいることに気がつきました。

そのお兄さんは弾けるように元気が良く、店の駐車場でバック転して見せてくれたり、お店の車が壊れた時(思い返せば燃料切れだったのだと思います)には、ホースをくわえてそれを車につなぎ、液を「すうー」っと吸いこんで、それからごほごほと、
「ちょっと飲んじゃったかもしれないけど、これで大丈夫。」
と言って車を直してくれにこにこ笑ったりして、私の目にとても頼もしくカッコ良く映りました。

そのお兄さんとお姉さんは、実はなんだかとても仲良しで、お姉さんはしばらくするとうちを出て行きました。
二人の間に赤ちゃんが生まれたのです。

電車が通ると揺れる線路沿いのアパートに、お姉さんとお兄さんの赤ちゃんを見に行きました。
はじめて見る生まれたての赤ちゃんはなんだか頼りなく見えて、「こんなに小さくて大丈夫なのかな」と思ったのを覚えています。
それでもお姉さんはとても幸せそうで、小さな赤ちゃんを大切に抱きしめていました。
お姉さんの顔に、窓から差し込んだ夕日が当たってとても綺麗でした。

半年も経たないうちに、三匹の仔豚の給食袋を残して二人は私の前からいなくなりました。
どこかから誰かが、二人を迎えに来たのかもしれません。

後からお店の人に「あの二人はカケオチだったんだよ」と聞きました。
「カケオチ」の意味は良くわかりませんでしたが、きっともう会えないんだ、という事は分かりました。
それから本当に二人の姿を見ることはありませんでしたが、小さな私は給食袋を見るたびになんとなく、「ずっと幸せでいて欲しい」と祈るように思ったのでした。

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とり子
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