『ハイアルティチュードダイバー』 #逆噴射小説大賞2024

 異常隆起した富士の頂から吹き降ろされる風は富士颪ふじおろしという異名を持つ。
 水上七波は耐冷真空ガラスの小窓から白く荒ぶる富士の景色に見惚れていた。
 富士颪が想像以上に強い。富士山五合目旧レストハウスを耐寒仕様に改装したとはいえ、あまりの暴風に建造物の基礎から揺れているように思える。隙間風すら感じてしまうが、それは幻覚だ。この堅固な建造物に隙間風などあり得ない。
「ミナカミ。お湯が沸くぞ」
「ありがと。あと、ナナミでいいよ」
 せっかく白い景色に浸っていたというのに、やはりロボットにデリカシーを期待すべきではない。七波はジェイムスン型ロボットに一言返してやる。
「できればコーヒーを淹れて欲しいんだけど」
 一辺が50cmある立方体に四角錐の突起が生えたロボットは即座に言い返す。
「ここは観測所だ。ホテルではない。飲みたければ自分でどうぞ」
「サービスくらいしろ」
「オレは観測データの収集に特化したロボットだ。コーヒーの淹れ方なんて学んでいない」
 あたかも人間に指示を出すかのように、八本ある多脚の一本で空のマグカップを器用に指し示した。
 ちょうど高地用充電式ストーブのお湯が沸騰した。七波は仕方なくマグカップにインスタントコーヒーの粉を適当にぶちまけた。
「あんたも飲む?」
 精一杯の嫌味をぶつけてやる。
「心遣いありがとう。嬉しいが、オレにとってコーヒーを飲む機能はオプションだ。要らない」
 だめか。嫌味を嫌味と受け取る機能もオプションのようだ。
「高度11,525メートル。外気温摂氏-45度。気圧約250ヘクトパスカル。だが、観測所内部は観測機器のために室温15度、0.6気圧に調整してある。人間のためではなかったが、この気圧ならば水は約80度で沸騰する。コーヒーを淹れるにはまさに適温だ」
「なんかムカつくわね」
「どういたしまして」
 七波の嫌味に対して、ロボットも嫌味で返してきた。 【続く】


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