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『恋するオーパーツ』

あらすじ

レイ・レオンハートが所属するFBIの第7部署は特別捜査をする非公式の組織であり、その存在を知る者からは『第7だいなな』と呼ばれている。『第7』の活動内容は極めて特異でその活動範囲も国内外へとおよぶ。今回の任務は日本の女子高生である天木あまきサリィの監視と報告であった。とある理由から現場を外されていたレイは嬉々として潜入捜査に臨むのだが……。天木サリィには大きな秘密があった。


「ドン!」
 廊下の突き当りでレイ・レオンハートは標的とぶつかった。
「わっ⁉ わわわ、あぁ~!」
 レイはバランスを崩し標的に覆いかぶさるように倒れこむ。
 咄嗟に相手の肩を抱くと受け身をとった。
 つぎの瞬間。
「ブッチュ~!!」
 レイと標的である天木あまきサリィは唇を重ねるとお互いに目を見開いた。
 サリィはレイの胸を手で押さえつけると唇を離す。
「ちょ、ちょっとお⁉︎」
「す、すまない」
「なんなの……この変態!」
 サリィはレイを睨みつけた。
「うっ……」
 どうしてーー。
 どうして、こうなってしまうんだ~~!!
 レイ・レオンハートは心の中で叫んだ。


0745マルナナヨンゴウ。標的を確認。通常時より10分遅れて登校。これから尾行を開始しまっス」
 双眼鏡を覗きながら男が報告する。

 2階建てアパートの角部屋から、慌てた様子で天木サリィは階段を跳ねるようにして降りてきた。

「了解。こちらはこのまま待機する」
 男の耳の中に装着した超小型インカムから返事が聞こえる。

「しっかし、日本の女子高生って可愛いっスねぇ〜 みんなミニマムで。なんか小動物みたいっスもん」
「オイっ!」
「あっ、先輩の前じゃあ可愛いは禁句でしたね。スンマセン」
「違うわ! 任務中だぞ⁉」
「堅いな〜 まかしてくださいって。オレ、やるときはやる男っスから」

 慌てて走り出す天木サリィを双眼鏡で追いかけながら男は能天気に会話をする。

 標的の名前は天木あまきサリィ。18歳。日本人。
 ツインテールの黒髪にピンクメッシュを入れた女子高生だ。
 身長160センチ。体重45キロ。
 趣味はファッションとホラー映画鑑賞。
 好きなブランドはTRAVAS TOKYOとMILKBOY。
 サブカル地雷系ファッションがお気に入りである。
 休日は1人でショッピングやB級ホラー映画鑑賞に出かける。
 そして、映画鑑賞時には必ずLサイズのコーラと塩バター味のポップコーンを注文し、お決まりのように半分ほど残して帰る。
 これが彼女の休日の行動パターンである。
 個性的なファッションを身に着ける人物は、我が強く普通という言葉を毛嫌いする傾向にある。
 また、他人との深い繋がりを恐れ、内面的なコンプレックスや不安を抱えていることが多い。
 彼女が毎回同じものを注文し、食べきれないのに一番大きなサイズを頼むのは潜在的に安定や安心を望んでいるからなのか。
 ただのルーティーンなのか。
 それはわからない。
 どちらにせよ特定の友達をつくらず、個性的なファッションとホラー映画を好む人間の特徴には、好奇心旺盛で物事に没頭しやすく、依存性が高いというデータが出ている。
 これらのことを整理すると彼女は我が強く好奇心旺盛で依存性が高い性格の持ち主である一方、周囲と壁をつくり他人との接点を恐れているナーバスな一面も持ち合わせていることがわかるーー。

「うおっ⁉」

 レイ・レオンハート(24)が頭の中で天木サリィをプロファイルしているとインカムから男の叫び声が聞こえた。

「どうした、マル⁉ なにがあった⁉」
 レイが男に向かって問いかける。
「オ、オレ……どうやら……犬のうんこ踏んじゃったみたいっス」
「……どーでもいいわ‼ そんなこと!」
「こちら異常なしっス……一旦、通信切ります……」
 男のヘコんだ声とともに音声が途切れた。
 レイは耳穴を押さえインカムの電源を切るとハァ〜と長いため息をつく。

 マルのやつ、スニーカーを洗いに行きやがったな?
 ったく、なにがやるときはやる男だよ。

 そう思いながらレイは頭の中でファイルを開く。

 マルオ・ブルックリン。22歳。アメリカと日本のハーフ。
 短く刈り上げられた髪型と少年のような顔をした好青年だ。
 身長は178センチ。体重72キロ。
 趣味は筋トレとスニーカー収集である。
 今回も職務機器はそこそこにお気に入りのスニーカー達をバックにひそめ来日している。
 いつもの周期から推測するに今日は青×黄のナイキのコルテッツを履いているのだろう。
 身体を丸め公園の水道で丁寧にスニーカーを洗っている姿が想像つく。
 マルオ・ブルックリンは『第7だいなな』に配属されて日がまだ浅い。
 そのため現場経験もなく、今回が初任務となる。
 しかし、天性のコミュニケーション能力と抜群の身体力、そして、日本人ハーフだったことが現場にも違和感なしと抜擢されたのである。

「はじめまして。マルオ・ブルックリンです。レイ・レオンハート先輩っスね? うわぁ、噂どおりのーー」
 そこまで言いかけたマルは慌てて口をふさいだ。

 そのさきの言葉を言ったら殺すーー。

 レイがマルを鬼の形相で睨みつけたからである。
「先輩! オレは大丈夫っスから! 安心してください!」

 お前からそれを言うか?

「プッ、ハハハハ! ストレートなヤツだな。お前」
 唐突なマルの発言にレイは可笑しくなって噴き出した。
「へへへ」
 マルもつられて笑う。
 それがマルオ・ブルックリンとの出会いであった。

 任務のために組んだこのバディはお調子者だが悪いヤツではない。
 自分との相性も良く、これは上々だ。
 今回の任務はなんとしても成功させなければならない。
 私の現場復帰を確実とするためにもーー。

 レイは保健室の窓際に立つとホットコーヒーに口をつけた。
 窓ガラスには白衣姿のブロンド美女が映っている。
 自分の顔を見ながらレイは苦虫を嚙み潰したような顔をする。
 ハリウッドスター顔負けの容姿端麗なこの姿がレイ・レオンハートの野望をことごとく打ち砕くからである。
 レイはふたたび長いため息をつくと窓の外に視線を向けた。
 外には大勢の生徒が登校してくるのが見える。
 ここは東京私立百合ヶ丘学園。
 男子禁制の女子高等学校だ。
 生徒はもちろんのこと、教師もみんな女性である。
 文武両道と徹底した女性の品格を学ばせるこの女子高に通う天木サリィをレイとマルが監視してから早くも2ヶ月が経っていた。
 校内をレイが、校外をマルが分担し監視してはいるものの、標的である天木サリィはどこにでもいるごく平凡な女子高生だった。
 他の生徒との違いがあるとすればーー。
 レイはハッとして思考を止めると頭をブンブンと振る。
 レイには相棒のマルにも言えない秘密があったのである。

 どうしてこうなったーー?


 2ヶ月前ーー。
 アメリカ合衆国の首都ワシントンDC。
 ペンシルベニア通りに本部を構える連邦捜査局第7部署。
 通称FBI。
 レイ・レオンハートが所属している組織である。
 FBIの内部局は公式には第6部門までしか存在しない。
 つまり、レイの所属する第7部署は特別捜査をする非公式の組織であり、その存在を知る者からは『第7だいなな』と呼ばれている。
 『第7』の活動内容は極めて特異でその範囲も国内外におよぶ。
 FBIが国外へと干渉するのもその特異な活動に原因があるからだ。
 また非公式であるからこそ、その捜査の危険性、重要性はもとよりそこに所属する者達は超がつくエリートであった。

「未確認ではあるが、彼女は例の『案件』である可能性が高い。今回の任務は標的の監視だ。上のコネで高校教師というポジションを用意したが、現場でお前の正体を知る者はいない。他国へ『第7』の説明は避けたいからな。とにかく場所が場所だけにウチとは勝手が違う。いいか、決して標的とは関わりを持つなよ。いまは時期尚早だ」
 ギブソンはそう言うとギロリと睨みをきかせた。
 ブラウンの髪をオールバックにし、無精ひげを生やすこの男はレイの上司であり、『第7』へ引っ張ってくれた恩師でもある。

 ギブソン・コーネル。45歳。オクラホマ州出身のアメリカ人。
 身長180センチ。体重78キロ。独身。
 イラク戦争に出征後、FBIの現場で功績を上げ、35歳という若さでポストについたやり手である。
 趣味は家具集めで、一人暮らしの家にはほとんど帰らず、ホテル通いのくせにときおり部屋の模様替えをする。
 最近のお気に入りはクラフトマンシップを売りとする大手北欧家具メーカーのカール・ハンセン&サンだ。
 ソファ、テーブル、チェアを新調し、それにあわせてカーテンと照明も変えたばかりである。
 本人いわくバーボンと葉巻が趣味だと豪語してはいるが、酒は下戸で葉巻は家具にニオイがつくからという理由で外でしか吸わない。

 いかんいかん。

 レイはギブソンから任務の詳細を聞きながら、頭の中のファイルを奥底にしまう。

 ストーキングプロファイラー。略称SP。
 ひとの言動と実態に執着しストーカーのように観察する。
 そして、一度記憶したものは頭のデータファイルに保管され、いつでも呼び起こすことが可能である。
 これがレイ・レオンハートの特殊能力である。
 ここ『第7』に属するとそういった特殊な分野に秀でる人間は珍しくはない。
 しかし、レイのSPは少しユニークだ。
 ひとの顔や思い浮かべた人物の横にまるで漫画の吹き出しのように説明文が浮かび上がるのである。
 いままさに目の前にいるギブソンの横にも吹き出しが現れていたため、慌てて閉まったというわけである。

「了解です。ボス」

 かくしてレイ・レオンハートは天木サリィの監視役として、日本の女子高へ潜入したのであった。

 それなのにーー。

「せーんせい♡」
 背後から猫撫で声がし、レイはギクリと身体を震わせながら振り返る。
 そこには上目遣いでレイを見つめる天木サリィが立っていた。

 決して標的とは関わりを持つなよ。
 睨みをきかせたギブソンの顔がレイの脳裏をよぎる。

 それなのにーー。

 着任早々、不本意な接触事故にあって以来、レイは彼女から猛アプローチを受けていたのである。

「せーんせい♡」
 他の生徒の診察中に顔をヒョコっと出す天木サリィ。
「いや、いま診察中だから……」
 レイはやんわりと拒絶する。

「せーんせい♡」
 昼食中に自分もお弁当を持って現れる天木サリィ。
「いや、私は1人で食事する派だから……」
 レイは早弁しているところを見られ焦りながらもやんわりと拒絶する。

「せーんせい♡」
 トイレの個室のドアの上から顔を出す天木サリィ。
「いや、ちょっと……」
 レイは便座に座りながら、やんわりと拒絶……。
「ちょっと、まってぇーー!!」
 レイは叫び声を上げる。

 なんとか天木サリィとの距離をとろうとするレイだったが、日に日にアプローチが激しくなっていく気がする。

 レイが相棒のマルにも上司のギブソンにも決して言えない秘密とは、標的であるはずの天木サリィに惚れられ、猛アプローチを受けているということだった。

 こんなことがバレれば、そら見たことかと後ろ指をさされ、せっかくのチャンスが水の泡となってしまう。
 それだけはなんとしても避けなければならない。
 なんとかして天木サリィに私のことをあきらめてもらい、例の『案件』かどうかの監視と結果を報告する。
 今回の任務はこれだけなのだ。
 監視の心得そのいち
 必要以上に標的と接触してはならない。
 監視の心得その
 必要以上に親密になってはならない。
 監視の心得そのさん
 近すぎず遠すぎす。
 標的の視界に入り警戒心をもたれてはならなーい!
 はずなのに……。

  くそぅ、なぜだ⁉ 
 どうして、いつもこうなるのだ。

 レイはこれまでの自分の境遇を思い出す。
 FBIに所属して間もなくのことーー。

 同僚からはーー。
「一緒に高みを目指せるような関係を築くことができたらって思ってる。だから、付き合ってほしい……」
「えぇっ……ご、ごめん」
 レイは同僚の急な告白に戸惑いつつも断る。

 先輩からはーー。
「その、なんだ……一緒にバディを組んで思たんだが……オレ達、良い相棒コンビだろ? だから、付き合ってみないか?」
「えぇっ……ご、ごめんなさい」
 レイは予想外の先輩からの告白に戸惑いつつも断る。

 後輩からはーー。
「先輩……スキです♡」
「……スマン」
 告白される予感を察していたレイは頭を下げる。

 外勤中でもーー。

 潜入捜査中、敵の1人からはーー。
「スキです♡」
「エェ~!!」
 唐突な愛の告白に驚くレイ。

 別の捜査中、犯人逮捕の瞬間。
 犯人からはーー。
「スキです♡」
「エェ~!!」
 想定外の愛の告白に驚くレイ。

 だからーー。

「お前、『第7』に来い。そんで内勤な。優秀だが人前に出んな」
 ギブソンがめんどくさそうに指示する。
「エェ~!!」
 外勤から内勤へと指示されショックを受けるレイ。

 そうなのだ。
 私は単なる美人という言葉では片づけられないほどの仙姿玉質せんしぎょくしつ
 そう、まさに顔面国宝!
 いや、世界遺産級の美形の持ち主なのである。
 だれもが惚れ惚れするこの容姿!
 だれもが羨むこの容姿!
 この美しい容姿こそが私は憎い!
 憎くて憎くてたまらないのである。
 こんな美しい顔に生まれてしまったがために、職務に支障をきたし私のエリート街道が、出世の道が断たれようとしているのだ。
 この顔面のせいで活躍の場がない内勤となり屈折の2年間。
 同期の活躍を妬みながら過ごす日々のデスクワーク。
 もうあの地獄のような生産性をまったく生まない業務、生活には戻りたくはない。
 現場で活躍してこその、この私。
 みんなに称賛されてこその、この私!
 周りからチヤホヤされてこその、この私!!
 生まれてこのかた「レイちゃんは本当になんでもできる子ね。顔もすっごくカワイイし♡ 将来が本当に楽しみだね」と各方面から耳にタコができるくらい褒めちぎられて育った幼少期。
 私は子供ながらに悟ったのだ。
 この世にはできる奴とできない奴の2種類の人間しかいないのだということを!
 そして、この私はもちろんできる側の人間。
 いや、それ以上の存在!
 人類の至宝だと思っていたのに……。
 まさかこの美しさが邪魔をするなんて……。
 世の中はまったくもって残酷である。
 が、しかし! 
 待ちに待った現場復帰。
 ここで結果を残さなければいつ残す!
 レオンハートよ!
 意気込んで臨んだ現場だったがここでも同じことが起きてしまっている。
 なんとか……なんとかしなくては!
 しかし、今回の標的である天木サリィはこれまでとは一筋縄でいかない。
 この2ヵ月間でそれを嫌というほど理解したのだ。
 なんと言っても彼女はあきらめが悪い。
 いや、往生際が悪いと言ってもいいだろう。
 他の生徒と違いがあるとすれば、この神経の図太さではなかろうか。
 なにが彼女は周囲と壁をつくり他人との接点を恐れているナーバスな一面も持ち合わせている……っだ!
 どんなプロファイルをしてんだよ!
 レイ・レオンハートのクソヤロ~。
 相手を分析し、監視対象として影響がでないよう、やんわりとそれでいてキッパリと断るだけだ。
 それなのに天木サリィを前にするとなぜかキッパリと断る勇気が持てない。
 まるで私の本能が、魂が、なにかを恐れているかのようにそれを拒絶する。
 キッパリと断ろうとするとなぜか足がすくむのである。
 彼女が例の『案件』だからか?
 だとしても、ここで上司にあきられ、また現場から外されるのはもう懲り懲りだ。
 う~ん……うう~ん……
 レイは頭を悩ませていたのである。


「先生?」
 サリィは小動物のような瞳でレイにすりよる。
「や、やあ、天木さん。きょ、今日はどうしたのかな?」
 レイは後ずさりながら苦笑いを浮かべる。
「先生……ここがね……とっても苦しいの」
 サリィは自分の胸元を抑えながら上目遣いでレイを見上げる。
「う、う~ん……む、胸やけかな……? なにか朝食で悪いものでも食べたんじゃあーー」
「もぉ~!!」
 サリィはレイの話を遮ると怒ったように口を膨らませる。
「どうして、乙女心がわかんないかな~」
「へ?」
「でも先生、よく胸やけなんて難しい言葉知ってるよね〜 レイ先生ってアメリカ人なんでしょ? 日本語もメッチャ上手だし。どこで習ったの? 肌も超キレーだよね。化粧水どこのメーカー使ってるの? あと髪もすっごいキレイ。トリートメントはやっぱりーー」
 サリィの怒涛の質問攻めがつづく。
 この子は私以上にストーキングの素質をもっているんじゃあ……?
 レイは知らない。
 恋する女の子はみんなストーカーなのだ。
「あ、あの天木さん? 体調は?」
「そんなの先生に会いにくる口実に決まってんじゃん。だって、あんなことされたら……サリィもうお嫁にいけないよ」
 サリィは頬を染めモジモジと恥じらう素振りをする。
「⁉」
 レイは廊下の接触事故でのキスを思い出す。
「イヤイヤイヤ。あ、あれは不可抗力というやつで……私が気をもたせてしまったのなら本当にスマン。そ、それにあのとき怒っていたじゃないか⁉」

 私のことを変態って言いながら睨んでいたし……。

「? あー あれね。あれはビックリしただけだよ。それにサリィ、先生と出会って気づいちゃったんだ。変態が好きだって♡」
「わ、私は変態じゃないぞ⁉」
「……いたいけな女子高生を押し倒した」
「だ、だから、それは不可抗力でーー」
「本当に? 不可抗力?」
 サリィはそう言いながらレイにすりよる。
 レイは後ずさり壁に背をつける。
「ススス……」
 サリィが上目遣いでさらに近づくと瞳の色が赤く光を放つ。
「先生? 不可抗力ってホントに?」
「ゴクリ」とレイはのどを鳴らす。

 こ、これはまずい……。
 まずいぞ……。

 壁際に追いやられ、逃げ場のないレイは焦る。
「あ、天木さん、あ、あのね……」
 サリィの身体から甘い香りが漂いレイの思考を狂わす。
 そして、サリィの小悪魔的に可愛らしい顔がレイに近づいた瞬間。
「ブッチュ~!!」
「ーーンッ⁉」
 サリィから口づけをされたレイは目を見開く。
 さらに。
「レロリ……」
「ーーンン゛ッ⁉」
 レイの口の中で舌と舌が絡み合う。
「ーープハッ、ハァ、ハァ、ハァ……」
 頬を紅潮させながら2人は唇を離すと息づかい荒く見つめ合う。
「先生、スキ……♡ 超スキ♡」
 ハッと我にかえったレイはブロンドの長髪を耳にかけるとコホンとわざとらしく咳をする。
「あ、天木さんーー」
「サリィって呼んで♡」
 サリィは潤んだ瞳でしなをつくる。
「あ、天木くん……私達は教師と生徒なんだ。だ、だからこういうのはだね……控えてもらえるとありがたいんだが……」
「わかったわ」
「へ?」

 わ、わかってくれた……の?

「禁断の愛ってやつね? 先生。サリィ、萌えるわ!」

 だめだ。
 ぜんぜん、わかってくれてねぇー!!

 レイは心の声で泣き叫ぶ。

「だからね。もう1回……♡」
 サリィが目を閉じて唇を近づける。

 う、噓だろ……。

「キーンコーンカーンコーン」
 チャイムの音が鳴る。
「あ~ん、もうっ‼ 授業に遅れちゃう。またね♡」
 サリィは上機嫌で保健室をあとにする。

 た、たすかったぁ~~
 ……のか?

 レイは顔を引きつらせた。

「フーン♪ フンフンフーン♪」
 マルは鼻歌を口ずさみながら定時報告をしにレイのアパートのドアを開ける。

 うん?
 明かりがついていない……。
 先輩は?

 廊下に脱ぎ散らかされた服を足でまたぎながらマルはリビングに入る。
「うぉっ⁉ どーしたんスか? 先輩。電気もつけないで」
 1人暗い部屋でソファの上で体育座りをするレイを見てマルは驚いた。「なんつーか、抜け殻みたいになってますよ……大丈夫っスか?」
「ハハハ……マルくん。すべては計算どおりだよ……私はできる側の人間なんだから……ハハハ……」
 レイは口から魂が抜けているような顔をして言う。
「オ、オレ、ガッツがでる晩飯つくりますね⁉」
 マルは顔をひきつらせつつ、キッチンに立つと手際よく夕食を作り始めた。
 掃除、洗濯、料理がまったくできないレイの身の回りの世話をマルがやるのも日常となっていた。
「……やさいしいんだね……マルくん」
「惚れないでくださいよ?」
 マルはブラックジョークを言いながらおどけてみせる。
「……」
「……ス、スマンセン」
 レイは心ここにあらずで体育座りのまま遠い夜空を見上げている。

 これはなにかあったな?
 ギブソンボスから帰還命令が出たのか?
 それとも天木サリィは『案件』じゃなかった? 
 それならオレにも共有されるはずだし……。

 マルはニンニクたっぷりのペペロンチーノとベーコンサラダをテーブルに並べながら思考する。
 しかし、マルの予想とはまったく違うことをレイは考えていた。

 なんという罪悪感だ……。
 どうして顔面世界遺産級のこの私が……。
 こんな気持ちにならなければならないのだ……?
 私が悪いのか?
 それともいまどきの高校生はこうなのか⁉
 こういう生き物なのか?
 自分の意志を貫き通せって?
 諦めたらそこで試合終了だぞ的な?
 そんな教育をだれかに教わったんか?
 日本人はみんなそうなのか?
 これが大和魂やまとだましい……?
 いや、侍魂さむらいだましいか? 
 いやいや、ヤマトナデシコとはこういうことなのか⁉
 それともキッパリと断れない私がただのゴミクズなのか⁉
 コソコソと隠れてこれではまるで不倫者のようではないか⁉
 まだ年相応にも満たない女の子にキスされて……。
 しかもあんなことまでーー。

「ノォーー!!」
「えぇ!?」
 突然叫んだレイに驚いてマルは声を上げる。
「せ、先輩?」
 心配するマルをよそに自分の世界に没頭するレイ。

 やんわりと……いいや、キッパリと言ってやる!
 私はキミのことなんかなんとも思っていない。
 これ以上つきまとうのはやめてくれって言ってやる!
 言ってやるぞ!

 レイは心の中で誓うのであった。
「……」
 おおーっと拳を高らかに上げるレイを心配そうにマルは見つめる。

 次の日。
「うん?」
 サリィは下駄箱に手紙が入っているのに気がついた。
「天木さんへ どうしても伝えたいことがあるので放課後、だれもいなくなったら保健室へ来てほしい……本当にだれもいなくなったのを確認してから来てね。Rより」

 ウソ……⁉
 レイ先生からだわ……。

 サリィは手紙を握りしめながら、頬を染めると足でタンタンタンと地面を蹴って喜んだ。

 放課後の保健室。
「せーんせい♡」
 サリィがレイに声をかける。
「や、やあ、天木さん。すまないね。時間をとってもらって」
 レイは頬に汗をかきつつ、笑顔でサリィを迎える。
「もぉー 先生。サリィって呼んでって言てるじゃん。手紙ありがと♡ だれもいなくなったら来てなんて……先生も大胆だね♡」
「ハハハ……」
「それで話ってな~に?」
 サリィはレイに近づくと上目遣いで質問する。

 くっ……ダメだ。
 完全に目がハートになっている……。
 負けるんじゃないぞ。
 レイ・レオンハート!

 レイは自分にそう言い聞かせる。

「き、昨日は言いそびれてしまったがね。わ、私はキミのことをなんとも思っていなんだ。だから、つきまとうのはやめてほしい。気をもたせてしまったことは本当に申し訳ないと思ってるがね」
「えっ……」
「だからキミとは付き合えない」
「……」
 サリィは顔を下げ硬直する。
「あ、天木さん……?」
「……ひどいよ。先生。私をもて遊んだんだ」
「い、いや決して、もて遊んではーー」
「キスだってしたのに……ディープなやつ」
 サリィは涙を浮かべながらキッとレイを睨んだ。
「うっ……ス、スマン」
 次の瞬間。
「ヤダよォーー!! うわあぁぁああーーーーん!!!」
 サリィは大声で泣き始めた。
 レイはオロオロとする。
 そのときソレ・・は起きた。

「ゴ、ゴゴゴゴ……」
 最初は小さな揺れを感じるぐらいだった。
 微動な揺れが続き次第に大きな音と共に揺れが激しくなる。
「なっ⁉ じ、地震⁉」
 校舎全体が激しく縦に揺れ、机の花瓶が床に落ち音を立てて割れる。
「あ、天木さん! じ、地震だ! な、なにかに捕まってーー」
 レイは立っていられないほどの振動に膝をつき、サリィへ避難するよう叫ぶ。
「うわあぁぁああーーーーん!!!」
 いぜんとして大声で泣き叫ぶサリィを見上げレイは目を見開いた。

 こ、これは⁉

 レイが目を見開き驚いたのは天木サリィの反応だ。
 巨大な縦揺れに見舞われ、モノは跳ね上がり、レイ自身も直立することができない。
 しかし、天木サリィだけは直立不動のままなのである。
 まるで彼女だけが地震の影響を受けていないように見えるのだ。

 この地震は……。
 信じられないが……。
 これは彼女が引き起こしているのだ。
 やはり、天木サリィは『オーパーツ』ーー。

 大声で泣き叫ぶ天木サリィを見上げレイ・レオンハートは確信する。

 『オーパーツ』。
 out-of-place artifactsの略語で『場違いな人工物』という意味である。
 日本では兵庫県の『聖徳太子の地球儀』や沖縄県與邦国島の『海底遺跡』などが『オーパーツ』とされているほか、世界的に有名なものではマヤ文明の『クリスタル・スカル』や『アンティキティラ島の機械』などがあげられる。
 これら『オーパーツ』は現存しうる解明できないモノとして世界のミステリーとされている。
 いったいだれが?
 どうやって?
 なんの目的でそれをつくったのか?
 未だその謎は解明されておらず、超古代文明滅亡説や古代異星人到来説などが論じられている。
 また広義では『エジプトのピラミッド』や『ナスカの地上絵』も『オーパーツ』の1つと言えるだろう。
 しかし、近年この『オーパーツ』への考え方が変わりつつあるのだ。
 アメリカの考古学者で人類学の権威でもあるウィリアム・マクフライ博士は1990年に発表した論文でこう述べている。
 その時代にそぐわない出土品。
 存在しえない加工物を我々は『オーパーツ』と呼ぶ。
 しかし、『オーパーツ』の定義をそのままとるのであれば、我々、人類こそが『オーパーツ』とも言えるのではないだろうか。
 我々は誕生の過程も、その意義すらも、なに1つ知りえていない。
 我々は神によって創られたのか?
 はたまた遥か彼方から到来した異星人の痕跡なのか?
 進化の過程に起きた偶然の産物なのか?
 人類とはいったいなんであろうか?
 この地球という惑星において我々こそが場違いな人工物だと言えるだろう。
 これはもうロマンだとか、ミステリーだかという類のものではなく、我々のルーツを知るべき重要な人類学の1つではないだろうか。

 このウィリアム博士の突拍子もない論文は、博士の権威を失脚させ学会や研究者達からイロモノとして扱われた。
 ある組織を覗いてーー。
 その組織こそがアメリカ合衆国連邦捜査局第7部署。
 通称『第7だいなな」である。
 彼らは長年の研究調査によって、この時代の科学では説明がつかない『生きたオーパーツ』を追っていたのであった。
 
 『第7』管轄保管資料。 
 未確認事象による記録簿よりーー。

 1999年8月。
 アメリカ合衆国ジョージア州にて突発的なハリケーンが発生。
 被災者数名によるヒアリング内容の共通項を一部抜粋。
 「ハリケーンの中心に少女あり」
 ハリケーンは一時的に発生し消滅にいたる。
 少女の所在は不明。
 
 2003年6月。
 ハワイ島にて記録的な火山活動が発生。
 地元民および観光客複数名によるヒアリング内容の共通項を一部抜粋。
 「地割れが起こりマグマを目視。少女がそれを制す」
 火山活動は急速に鎮火。
 少女の所在は不明。
 
 『第7』が追っていたのは世界各地で起きている天災を防ぐ少女達の確認と所在であった。
 彼女達は本当に存在するのか?
 存在するのならば彼女達の目的は?
 そんな矢先、日本政府よりFBIへ要請された内容に『第7』が目をつけたのである。
 依頼内容は『狭小範囲に起こる天災事象について』である。

 2008年2月。
 東京都内某駅ホームにて地震が発生。
 当時そこに居合わせた人々約100名は直立できないほどの激しい縦揺れを感じその場へと座り込む。
 幸い負傷者や建物への影響はないものの、列車のセフティーロックがかかり運行がストップし復旧作業に半日を要した。
 しかしーー。
 地震観測データによる地殻プレートに変化は見られなかったのである。
 つまり、データ上では地震は起きていないということになる。

 2018年4月。
 東京都内某ショッピングモールにて激しい縦揺れを体験したとモールに居合わせた客からの証言を得るも地震観測データおよび地殻プレートに変化は見られず。
 けが人はいないまでも体調不良やめまいを訴える人々が約50名ほど、緊急搬送された。
 その後、全員無事に退院する。
 当初は集団パニックを起こしたとされたがその原因は不明であった。

 この2つの事象は類似していた。
 地震観測データによる確証が得られないほどの狭小範囲であったこと。
 しかし、人々が直立できないほどの激しい縦揺れ。
 監視カメラによる決定的な証拠映像と地震対策の安全ロックが作動する等、周辺機器による反応が地震観測データと矛盾することを受け、このような類似する事象があるか連邦捜査局に調べてほしいという要請であった。
 その調査過程において連邦捜査局の観測チームは顔を突き合わせたのである。
 なぜなら、この2つの事象のいずれにも天木サリィと思われし人物が監視カメラに映っていたからである。
 監視カメラは激しく上下に揺れ、その場にいる人間は体勢を大きく崩し、皆が地面に膝をつく中で天木サリィと思われる人物のみが直立不動をしている映像であった。
 また、この映像に映る人物の特定ができたのはまったくの偶然であった。
 テクノロジーの進歩により防犯・監視カメラの過去10年間の記録をAⅠ解析され、国際指名手者の一斉検挙と平行して連邦捜査局の犯罪課より依頼されていたことで判明したからである。
 AⅠが導き出したデータには指名手配者の顔ではなく、2つの事象に居合わせる同一人物がいたという結果をもたらした。
 2008年のカメラの画質も粗く、天木サリィ本人と言われればそう見える程度であったが、カメラの画質が格段に上がった2018年は完全に本人と認識できるレベルであった。
 しかし、それでも同一人物として特定に時間がかかったのは、監視カメラに映った少女の容姿が10年間まったく変わらなかったからである。
 不可思議な災害。
 同じ現場に映る人物。
 そして、その少女は年をとっていないのである。
 これが『第7』が調査に踏み切った理由であるーー。

 ーーほんとに存在した。
 天木サリィはホンモノの『オーパーツ』だ。

 レイは泣き叫ぶサリィを見ながら思った。
「エェェェーーーーン!!!」
 泣き叫ぶサリィにレイは声をかける。
「あ、天木さん! お、落ち着いて! は、話をしよう!」
「⁉︎ ……話って……? ヒック、グッスン」
 サリィは目を腫らしながらもレイの言葉に答える。
 その瞬間。
「ゴゴゴゴゴ……」
 なんと激しい縦揺れが弱まったのである。
 レイは両手を広げ中腰になりながら天井を見つめた。
 校舎の揺れがおさまりつつある。
「ほ、ほら! さ、さっきは私もいきなり過ぎたかな……ってね?」
「えっ……? ヒック……」
 サリィがレイの方を見る。
「お、大人気なかったかなーって……キミに興味がないなんて……あ、あれは嘘かなー……な、なんて」
「じゃあ……付き合ってくれるの?」
「い、いや付き合うのはーー」
「ぶわぁっ」
 サリィの瞳にまた大粒の涙が溢れ始める。
「ゴゴゴゴゴ……」
 また微動な揺れが起き始める。
「わわわっ、ちょ、ちょーっと待って! と、友達! 友達からはどうかな⁉」
 レイは慌てて声を上げる。
「友達……?」
「そ、そうそう! お互いを知るって必要じゃない?」
 レイは頭を激しく上下に振る。
「うーん……」
 サリィは天井を見上げながら考えこむ。

 いいぞ……。
 考えているということは交渉の余地があるということだ……。

 レイは頬から汗が落ちるのがわかった。
 あんな激しい揺れが続けばいくら頑丈な校舎でもただでは済まない。
 まさに目の前にいる天木サリィは天災なのだ。
 軽はずみな行動は文字通り命取りとなる。
「わかった……」
 サリィは渋々とレイの提案を受け入れてくれた。
 ホッと安心するレイ。
「そ、それじゃあ、友達として改めてよろしく」
 レイはサリィに手を差し伸べる。
「うん」
 サリィも手を差し出し2人は握手をしようとした瞬間だった。
「ズドーーン!!」
 保健室の外壁が爆発し衝撃波でレイは廊下へと吹き飛ばされる。
「うっ……」
 廊下に身体ごと投げ出されたレイは身体を起こすと目を見開いた。
 保健室の半分が吹き飛んで外にむき出しとなっている。
「な、なにが……⁉」
 ジジジィっと耳の中に装着したインカムからノイズが聞こえた。
「先輩? 死んじゃいました?」
「⁉」

 マル……?
 どこか様子が違う。
 神経を逆撫でるような、ひとを馬鹿にした声色だ。

「マルか? いったい、なにが起きてーー」
「オ~オォ。マイゴ~ット! 生きちゃってますかぁ~ 外、見て下さいよ。そこからならよく見えるでしょ?」
 レイはヨロヨロと立ち上がるとむき出しになった保健室から外を見て驚いた。
「こ、これは……⁉」
 レイの視界の先には校庭のグラウンドに集まる武装集団。
 その数、ざっと20名はいる。
 集団の先頭にはマルがロケットランチャーを担いで立っていた。
「なっ、なんだ……?」
 レイは現状に頭が追いつかない。
 この武装集団はいったい……?
「いやぁ~ 先輩にはいまので死んでもらいたかったんスけど、計画どおりにいかないもんっスね~」
「おまえ……計画って……?」
「『オーパーツ』だったんでしょ? ソレ?」
 マルはレイの横を指さしながら不気味に微笑む。
 いつの間にかレイの横には無傷のサリィが表情なく立ち、武装集団を見下ろしている。
「天木サリィさんだよ。マル。『ソレ』じゃない」
 レイは口元に笑みをつくりながら強張った表情を崩そうとする。
「相変わらず堅いな~ 隠すなって。この学校全体が揺れていたのは確認済みなんスよぉ? まっ、証明できんのはオレ達以外にはもういないっスけどね」
「⁉」
 レイは目を見開いた。
「死人に口なしってね。どうスかぁ? やるときはやる男でしょ? オレ」
 マルは舌ベロを出しながらニヤリとする。
「どうして? お前が……」
「ソレですよ。『オーパーツ』は莫大な金を生む。人工的に地震を発生させられるなんて人間凶器でしょ? 某国が欲しがるわけだ」
「⁉ マル。いつから通じてる?」
「先輩。いつからじゃなくて最初っからスよ。大国ばかりが独占してちゃあ、いかんでしょう。まっ、『オーパーツ』の噂はきな臭かったんスけどね。本当にソレがいれば『第7』より先に奪取すればいいだけのこと。オレもなにかと入り用でね」
 マルは親指と人差し指を輪にしてお金のサインをつくる。
 自信満々に計画を話すのは後ろに控える武装集団がいるからだろう。
「さぁ、ソレをこっちへ渡してもらいましょうか? 値は下がるけど最悪死体でもこっちはいいんでね」
 レイはサリィを見るがその表情はくみ取れない。
「先輩も勝てない相手とドンパチやりたくないでしょ~ オレの実戦訓練の成績は知ってますよね? それに見て下さいよ~ この数」
 そう言うとマルは両手を広げながら微笑む。
 『第7』でもトップクラスの射撃と体術を有すマルには一瞬の隙もない。
 それに向こうには20名もの武装集団がついているのだ。
 多勢に無勢。
 万に一つの勝ち目もない。
 レイは額から冷たい汗が流れるのを感じた。
 サリィはじーっとレイの顔を見つめている。

 うん……。
 そうだよな……。
 マルの言うとおりだ。
 勝てない戦いをしても意味がない。
 敵の数が多くて彼女は守れませんでした。
 仕方ないとみんながわかってくれるだろう。
 私の出世にも今回の件で影響はないはずだ。
 ……ただーー。

「そうだな。マル。お前の言うとおりだよ」
「でしょ? だったらーー」
「でも天木サリィはお前には渡さない」
「⁉」
「自分の欲のために、いたいけな少女を売り渡すほど私は腐っちゃいない。お仲間をぞろぞろと引き連れてきたみたいだがお引き取り願おうか」
「ハァ~⁉ 先輩ガチっスかぁ? なにヒーローになっちゃってんの。言っとくけど救援は見込めないっスよぉ? 携帯の通信は遮断してるんで。それでもやります?」
 レイは耳からインカムを外すと投げ捨て叫んだ。
「うるさいっ! この脳筋クソヤロー!」
「ハッ」
 マルは耳に手をあて通信を切ると中指を立てて笑うとロケットランチャーを構えた。
「⁉」

 マズイ!!

「天木さん! 走ってぇー!」
 レイはサリィの手を強く引っ張ると廊下へと飛び出した。
 その瞬間に2回目のミサイルが撃ち込まれる。
 ミサイルは廊下の壁に激突し、凄まじい爆発音と衝撃がレイ達を襲う。
 レイはサリィを抱えると自分の背を盾にし身体から倒れ込んだが、衝撃波により数メートル先まで吹き飛ばされる。
 砂煙がおさまりレイは目を開けた。
 キーンっと耳鳴りが響く。
 抱えたサリィは無事だったようだ。
 自分に向かってなにか叫んでいるがよく聞こえない。

 無事でよかった。

 レイはクラクラする頭をブンブン振るとやがて音が耳にとどくように
なる。
「先生! 足! 怪我してるよ!」
 レイは自分の左足に血がにじんでいるのを確認する。
「大丈夫。かすり傷だ。それより早く保健室に戻ろう!」
「えっ⁉」
 レイは半壊した保健室へ戻ると机の引き出しからハサミをとるとベッドのマットレスを切り裂く。
「あっ」
 サリィはレイが取り出したものを見て声を上げた。
 マットレスの中には手りゅう弾やロケットランチャー、マシンガンが隠されている。
「すっごっ! スパイ映画みたい」
「ハハハ。ここが攻撃されたときは冷や冷やしたよ。自分が隠してる爆弾であわや吹き飛ぶとこだったんだから。でも防弾チョッキは体重計の底に隠していたから、吹き飛んじゃったのが悔やまれるけどね」
 レイは武器を装備しながら言う。
「レイ先生っていったい何者なの?」
 さきほどから、なぜかサリィは上機嫌だ。
 ここは嘘がつかない方がいいな。
 この危機を乗り切るためにも協力関係は必須だ。
 レイは自分の正体と経緯を素早く簡潔に説明する。
「ーーというわけなんだ。だから我々はキミの保護を第一に優先する。マルとは一緒にしないでほしい。信じてはもらえないかもしれないけど」
「うん……信じるよ」
「そうだよね。そんな簡単には……へ? 信じてくれる……の?」
「うん。だって好きなのひとの話はすべて信じるっしょ? よかったぁ~」
 サリィは胸元に両手をあてて安堵する。
「す、好きなひとって……よ、よかったってなにが?」
 レイは深堀はせずに質問する。
「だってサリィ達、本当の教師と生徒じゃないってことでしょ?」
「ん? そうだけどそれがどうしたの?」
「だって先生、昨日言ったじゃん。天木くん、私達は教師と生徒なのだよ。だからチューは控えるようにねって」
 サリィはレイのものまねをしながら言う。
「全然ちがーう! チューを控えるようにってことじゃないわっ!」
 レイは否定しながら叫ぶ。
「えっ? じゃ、じゃあ……ディープがダメだったてこと?」
「……」
「とにかく、この上の階、一番北の教室を目指そう。私に考えがある」

 この学校はⅠ型の校舎。
 北と南の端にそれぞれ階段がある3階建てのシンプルな作りだ。
 ここ、保健室は2階中央にあるため、ぐずぐずしていると挟み撃ちに合い包囲されかねない。
 だから籠城するなら3階北か南の端の教室が一番なのである。

 レイとサリィは廊下を出て階段を目指そうとしたが、すでに敵の手が伸びていた。
 レイ達と出くわした武装兵数名が一斉に射撃を開始する。
 レイはサリィの手を引くとすぐ横の教室へ飛び込む。
「やん♡」
 サリィはレイに強引に手を引っ張られ嬉しそうだ。
 敵はレイ達が丸腰だと思い、そのまま教室に突入するがマシンガンを構えていたレイの襲撃にあい次々と倒れていく。
「よし、急ごう!」
 武装兵を倒したレイはサリィの手を取り素早く廊下に出るとマシンガンで威嚇しながら後退しつつ、反対側の階段を目指す。
 武装兵もレイが武器を所持してることを認識したため、簡単には突入できないと踏んで射撃で応戦する。
 レイの背に隠れながらサリィはキャアーと小さな悲鳴を上げているが、どうも緊張感がない。
 なぜか嬉しそうなのだ。
「先生。さっき、サリィって呼んでくれたよね?」
 サリィは恥じらいながらも両手を頬にあてる。
「えぇっ⁉ いまその話⁉」

 この状況を本当にわかてんのかな? 
 この子は。

 レイはマシンガンや手りゅう弾で敵を威嚇しつつ、テレているサリィに呆れる。
「それに天木サリィは誰にも渡さないって♡ キャアー♡」
 天木サリィはお前に渡さない!
 レイは自分の言ったことを思い出すと顔を赤くする。

 我ながらクサいセリフをよく言ったものだ。
 でも、誰にも渡さないとは言っていない。

「先生の気持ち……嬉しかったよ♡」
 サリィのレイを見つめる目が再びハートの形となる。
 ここで否定して地震を起こされてもたまらない。
 とにかく、そのままにしておこうとレイは思いながら、マシンガンをぶっ放す。


 マルオ・ブルックリンは校舎の出入り口を封鎖するよう指示を出しながら、なんとかニヤケる顔を抑えようと努めていた。

 ようやくオレにもツキがまわってきた。
 先輩がアホみたいに落ち込んでいたからなにかあるとふんで正解だったな。

 校舎内ではいまも激しい銃撃音が聞こえている。

 先輩のヤロー、オレに内緒で武器を隠してやがったな。
 さっきの啖呵はこれが理由ってわけっスか。
 まぁ、いいでしょう。
 2対40。
 数の差には勝てないよ。先輩♪
 あとは東の国にサリィアレを引き渡してオレはバイナラ♪
 死体でも破格の額だ。
 悪くはない。
 しかしだ。
 あんな化け物さっさと殺しちゃっえばいいと思っていたが、生かして引き渡せば……オレも億万長者だ。
 もうここまできたら生かして捕まえてーなー。

 マルは欲が出てきていた。
 さて、どうしたものかとマルは思考をめぐらせる。

「先生。これからどーするの?」
 3階一番北の教室に着くとサリィが質問する。
 レイは教室の床板を1枚外し古い携帯端末を出すとどこかに連絡する。
「ボス……はい。マルが裏切りました……校内にて襲撃を受けてます……はい、ただ敵の数が思ったよりも多く……はい……了解」
 レイは通話を切るとサリィの方を向く。
「2時間耐えれば援軍がくる」
 サリィは目を見開いた。
「えっ、助けがくるの?」
「ああ。向こうは外部との連絡が取れないと思っているがこういうときのために奥の手は隠しておくのさ」
「他にも隠してあるの?」
「いや、もう武器はこのリボルバーだけだよ」
「えっ、じゃあヤバいじゃん!」
「だからわざとマシンガンや手りゅう弾を派手に使って大量に武器を持っていると思わせたのさ。私達がここに籠城するにしても、敵はなまじ手出しできないはずだよ」
「さっすが先生! かっこいい! ステキ!」
「フフフ。ありがとう。それほどでもあるがね? 脳筋ヤローを欺くなど朝飯、いや夕飯前だよ」
 レイはあごを上げながら嬉しそうに両手を腰に当てる。
 そのときだった。
 バッチンと外から音が響き、まばゆい光が辺りを照らす。
 レイは壁に隠れながら窓の外を覗く。
「⁉」
 巨大な間接照明に照らされて、グラウンドにはさっきの数以上の武装兵が集まっている。

 敵の残りはあと10人ぐらいじゃなかったのか?
 さっきよりも敵の数が多い。
 マルの奴、わざと少ない人数を私に見せていたのか⁉
 さすがにこの数で一斉に攻撃されたらひとたまりもない。
 2時間も時間稼ぎが果たしてできるのか……。

 レイは焦りながらもリボルバーに弾を装填し始める。

 くそっ……。
 ここから逃げ出す術がない。
 どうすれば……。

「先生?」
 焦るレイをよそにサリィは嬉しそうに教壇に肘をつくと両手を頬にのせた。
「もういいよ?」
「えっ⁉」
「先生が命がけでこんなに頑張ってくれたんだもん。もう満足かな。サリィを敵に渡しちゃえば先生も助かるんでしょ?」
「な、なにを言ってーー」
「それで好きなひとが助かるならサリィは本望だよ?」
 レイは目を見開いた。

 この子はいつも一生懸命なんだ。

 レイはサリィにつきまとわれた日々を思い出す。
 保健室のドアから顔を出して微笑むサリィの顔。
 レイの焦った顔を見て、はにかむサリィの顔。

 この子は恋することに一生懸命……。
 いや、違うな。
 私に対して命がけで恋をしてくれている……。
 私は自分の行動に命がけで挑んでいるだろうか?
 人間生まれたら必ず死ぬ。
 まさに命をかけて生きているんだ。
 彼女のように私は命がけでなにかを成し得てきただろうか?
 活躍できないと恨む日々。
 同期の活躍を妬む日々。
 ただ時間を浪費するだけの生活。
 その時間だって命をかけて生きているんだ。
 私もこの子のように……。

 レイはサリィの顔を見た。
「……私は恥ずかしいよ。いつも自分のことばかりで。それでいてなに1つとして成し得ていない」
「?」
 サリィには意味が伝わっていないようだったがレイは心に決めた。
 レイは自分の頬を両手でバチンと叩いた。
「私も命をかける! この1分1秒、いつだって命がけで生きているんだ。だから命がけでキミを守る! じゃなきゃこれから先、一生懸命に生きられない気がするから……」
「えっ……先生……それってプロポーズ……」
 レイは自分に言い聞かせるようにコクリと頷く。
 サリィは自分の問いに頷くレイを見て両手を口にあて歓喜する。
 まさにかみ合いない2人の自己解釈であった。
 

「1階、2階、屋上はすべて制圧。サーモグラフィにより一番北側の教室に2人がいることは確認済みです。いつでも行けますよ」
「了解っス。時間かけてもあれですから、それじゃあ手筈どおりに攻めますか」
 マルは武装兵のリーダーの男から報告を受けるとショットガンのリードをガッシャンと引いた。

「ドゴン!」
 大きな音が校舎から響いた。

 なんだ?

 マルは3階の校舎を見上げる。
「……じゃあ、お願いしまーっス」
 マルの号令にリーダーの男が指示を出す。
「突入!」
 武装兵達が3階の廊下に煙幕が噴き出るカンを放り込むと辺り一面を白い煙が充満する。
 武装兵の多くは2階と3階の間の階段で待機する。
 先行するのは6名だ。
 これはなるべく乱戦を避け、生け捕りにしようとするマルの意向である。
 先行部隊は3名ずつに分かれ、教室の両サイドのドアへと静かに近づく。
 引き戸に手をかけ互いにコクリと合図すると一気にドアを開け、6人の男達は教室へと突入する。
 しかし、レイ達2人の姿がない。
「⁉」
 男達が銃を構え四方を確認し始めたそのとき。
「ガッタン」
「⁉」
 教室の後ろに設置している清掃用ロッカーの中から物音が聞こえた。
 男達は互いに合図をし静かにロッカーを囲むように銃を構えた。
 そのとき、教壇に隠れていたサリィは音もなく飛び出すと背を向ける男の1人の足元にしゃがみ足ばらいをかける。
 体勢を失った男は銃を天井に向けて連射する。
 激しい銃声に他の5名が振り返った瞬間。
 仰向けに倒れた男の首に自身の体重をのせエルボを食らわせたサリィは、逆立ちの姿勢で両足を回転させると両隣にいる2人を蹴り飛ばす。
 蹴り飛ばされた2人は勢いよく壁に叩きつけられ気絶する。
 すぐさま残りの3人に飛びかかるサリィだが敵の方が早く銃を構えた。
 そのときーー。
 ロッカーのドアが開きリボルバーを構えたレイがサリィに銃を向けている2人の男の背に弾丸を撃ちこむ。
 レイの発泡で気がそれた最後の1人をサリィが殴り飛ばすと男達は全員その場に倒れた。
 これらは一瞬の出来事だった。
 教室内で銃声が聞こえたことで、リーダーの男は階段に待機する兵士達を次々と突入させる。
 廊下には銃を構えた兵士達があふれ教室へと侵入しようとするが、レイが武装兵のアサルトライフルで射撃し4名が倒れる。
 慌てて残りの兵士達は撤退する。
 廊下では障害物となるものがないため格好の標的となってしまうからだ。
「良い陣形だ。武器も手に入ったし、天木さんのおかげだよ」
「へへへ」
 サリィは嬉しそうに頭をかく。

ーー数分前。
「エェ~♡ キャアー♡」

 レイ先生がプロポーズしてれくた。

 サリィは口元に両手をあてながら歓喜する。
「天木さんはロッカーの中に隠れていてくれ。教室に入ろうとする敵をここで応戦する。流れ弾にでも当たってしまったら大変だからね」
「? なんで?」
「なんで⁉ いまから銃撃戦になるからだよ。急いで教室のドアに机でバリケードを作らなくっちゃ」
「サリィに銃は効かないよ?」
「うん。だからバリケードは必要ーーえっ⁉ なに⁉」
「サリィの身体はメタルスライム並みに頑丈なんだよ。だからケガはしないんだ」
「メタルって……」
「先生なんか勘違いしてるみたいだけど、サリィはあんな奴らに捕まらないよ? ガチで強いんだもん」
「⁉」
「さっきサリィを引き渡しちゃえばって言ったのは、そうすればサリィがアイツらをボコボコにしてやろうと思ったからだよ?」
「へ? ……いやいや、いくら身体が頑丈だからってーー」
「200年」
「えっ?」
「サリィは200年以上生きてるんだよ。その間、戦争も経験したし銃弾に撃たれたこともあるけど問題ないよ。撃たれればイタイけどケガはしないもん」
 サリィは驚くべきことをいいながら制服の腹部をめくり素肌を見せる。
「ダァー! み、見せなくていいからっ! でもそんなこと本当に……」

 天木サリィの容姿には変化が見られない。
 レイは監視カメラに映るサリィの姿を思い出していた。
 そんなことが本当に起こりうるのか?

「だ・か・ら、戦闘は先生よりも得意だよ」
 嬉しそうに話すサリィだったが、レイはまったく信じられない。
「うん……でも信じられないよ。仮にそうだとしても天木さんを危険な目に合わせるーー」
 レイの言葉を制すかのようにサリィはレイの顔のすぐ横壁を殴る。
 ドゴンっと大きな衝撃音とともに壁に巨大なヒビが入った。
「ねっ、信じて♡ 先生♡」
 サリィは笑顔でそう言うが目が笑っていない。
「……モ、モチロンだよ」
 レイは横目でそれを見ると頬から汗を流しなら上下に激しく頭を振る。

 これらのやり取りがあってのあの作戦だったのは言うまでもないだろう。  
 

「ダダダダダダダッ!!」
「先生! 銃を乱射するのってガチで気持ちいいね!」
 サリィは教室のドアから敵を威嚇するようにアサルトライフルを乱射しながらはしゃぐ。
 弾は敵に当たるわけもなく廊下や壁に弾痕が無数にできる。
 あまりにも自由なサリィの行動を見ながらレイは噴き出した。

 もうなんでもありだな。
 どうしてあんな格闘ができるの?
 どうして身体が頑丈なの?
 何百年も生きられるはどうして?
 彼女が努力したこともあれば、説明できないこともあるのだろう。
 ただ、この子は……。

 目をキラキラさせながら乱射しまくるサリィを見てレイは頬を染める。
 それはレイ・レオンハートが天木サリィを心から意識した瞬間だった。

 カチッと音が鳴りサリィの銃の弾が底をつく。
「ありゃあ? 撃ち過ぎちゃったかな?」
 サリィは舌を出す。
「まあ、時間稼ぎにはーー」
 レイが言いかけたとき教室の窓ガラスを突き破り、兵士が1名侵入してきた。
 兵士は侵入と同時にショットガンをサリィに放つ。
 サリィはそれが直撃すると廊下へと吹き飛んだ。
 サリィが吹き飛んだ先は運悪く敵が待機している場所だった。
 激しい銃弾の雨がサリィの身体を襲う。
 マルは外から侵入するために使ったワイヤーを離し、腰に差しているコルトでレイの左肩を撃ち抜く。
 レイがマルへ銃を構えるよりも先にそれをやってのけるマルの身体能力の高さがものをいう。
「ストラ~イク!」
 レイは撃たれた反動で持っていた銃を落とす。
「ウッ……」
「やっぱ、自分でやるのが一番っスね! 先輩」
 マルは勝ち誇ったように言った。
「このクソヤローが……」
 レイは左肩が真っ赤に染まり右手でそれを抑えながらマルと対峙する。
「だからオレは言ったんスよ。勝てない相手とドンパチやりたくないでしょ~ってね?」
「⁉」
「……マルオ・ブルックリン。趣味は筋トレとスニーカー収集。トレーニングへのこだわりは筋トレ専用器具を使わず、あるものでいかに筋肉へ負荷をかけられるかだ」
「?」
「それが筋肉の構造上一番成果を生むと本人は考えている。脳をフル活用することで筋肉へと意識伝達されると。だから公園にある遊具や自宅にある家具を活用してトレーニングを行う。そのため道具も同じものを使わないようにしている」
「ハハハ……いったい何なんスか?」
「自宅近くの公園でトレーニングをしたのはこの2ヵ月で1回だけ。任務でこっちへ来た日の20時から21時までの1時間。またその日の任務で履いていたスニーカーはナイキのエアマックス96年の白×黒モデル。次の日は自宅から1キロ先にある東公園の鉄棒と滑り台を使い上腕二頭筋と広背筋をメインにーー」
 レイはマルの日々のトレーニング内容とその日に着用したスニーカーの詳細をひたすら話し続ける。

 ストーキングプロファイラー。
 ひとの言動と実態に執着しストーカーのように観察する。
 レイにとっては考えるまでもない。
 マルの横に無数と広がる漫画の吹き出しのように浮かぶ記録を読むだけのことだ。

「オ、オイオイ……オレのストーカーかよ。アンタ、狂ってんな?」
 狂気じみた行動をとるレイの話を途中でマルは遮った。
 そして、コルトを腰に差しショットガンのリードをガッシャンと
引くとレイに向ける。
「でも、正直もったいないっスね。こんなキレイな容姿を潰しちまうなんて。先輩がおとーー」
 マルの横顔をサリィの右足が蹴り飛ばす。
 マルの巨体が衝撃で後方へと下がる。
 しかし、マルはショットガンを盾にサリィの蹴りを防いでいた。
 サリィは制服が銃弾でボロボロになってはいるが外傷はないようだ。

 サリィをハチの巣にした部隊は壊滅していた。
 兵士達は壁や天井に頭や上半身を突っ込み無残な姿となっている。

「生きてやがったのか。この化け物め。標的を確認。全隊集合しろ!」
 マルがインカムで指示を出す。
「これが狙いだったんスか? 先輩」
「……」

 レイはマルと対峙したときに銃撃が止んだのを聞いていた。
 サリィは弾丸で致命傷にならないと言っていた。
 つまり、銃撃が止んだということは反撃のチャンスがあるということだ。
 なんとかして時間を稼ごうと考えたのである。
「久しぶりにムカついたかな♪ アンタ達はもうボコボコの刑だよ♡」
 サリィは笑顔でマルにウインクするが目が笑っていないことをレイは知っている。
 マルはノーアクションで片手だけでショットガンを放つ。
 こんなことができるのもマルの高い身体力の成せる技であろう。
 弾道はサリィの顔へと近づく。
 サリィはそれを右手で弾いた。
「‼ マジかっ! ハハハッ、スゲェな」
 サリィが飛び込みマルとの距離を詰める。
 マルはサバイバルナイフを抜き、サリィに突き刺そうとするが、ナイフが手から弾け飛ぶ。
 レイがリボルバーでマルの手を撃ち抜いたからだ。
 マルはレイの方を向きニヤっと笑った。
 次の瞬間、サリィに殴り飛ばされ壁に激突し気絶した。

「ったく、なんなの! コイツ? イッタァ~」
 サリィは弾丸を弾いた右手をブンブンと振る。
「あ、天木さん、助けてくれてありがとう」
「先生。もぉ~!! サリィって呼んでって言ってるでしょ?」
 サリィは腰に両手を添え眉間にしわをよせる。
「と、とにかく、ここを離れよう。外にいた残りの兵士が全員ここへなだれ込んでくるはずだ」
「ということは、いまこの校舎に全員いるってことだよね?」
「ああ。もう間もなく援軍がくるはず。それまでなんとか一緒に逃げ切ろう!」
「先生。さっきサリィが言ったでしょう? アイツらは全員ボコボコの刑だって。最初からこうすればよかったんだよ!!」
 サリィはそう叫ぶと教室の床を思いっきり殴りつけた。
「ビキビキビキビキビキビキッィィィー!!」
 教室だけでなく廊下まで巨大な亀裂が入ると地面が崩壊する。
「イィっ!!」
 レイはその衝撃に目を見開く。
「バッカーーーーン!!! ゴゴゴゴゴゴゴ……」
 3階建ての校舎が大きな音を立てながら全壊する。
 武装兵士の残党は崩壊する建物の下敷きとなった。

 砂煙が晴れると瓦礫の上にサリィとレイは立ち上がる。
 レイは自分が生きていることが信じられないという表情だ。
 崩壊の中心地にいたことで瓦礫に埋もれずに助かったのである。
「これで全員ボコボコね!」
 サリィはレイの方を向いてピースサインをする。
「が、学校になんて言おう……」
 レイは校舎の原型がない瓦礫の山を見ながらつぶやく。
「コイツらのせいにすればいいんだよ。ホントのことだもん」
 瓦礫の下敷きになって気絶する兵士達をサリィは指さす。
「ハハハ……」

 この後始末どうしよう……。
 天木サリィを守ったとしても上司ギブソンに殺されるな……。

 レイは力なく笑う。

「ババババババッ」
 ヘリコプターの音が聞こえ始めた。
 どうやら援軍が到着したようだ。

「先生……サリィはこんなんだけど……これからもよろしくね」
 サリィは少し不安そうな顔を見せた。
 それは天木サリィが初めて見せる表情だった。
「うん。こっちもこんなんだけど、よろしく。サリィ」
 レイの言葉にサリィは目を見開くと微笑んだ。
 月明かりに照らされたサリィの顔を見てレイは素直にキレイだと思った。

 瓦礫の山とそれに埋もれ気絶する兵士達。
 その上に2人は立ち尽くしながら見つめ合い微笑む。
「フフフ」
「ハハハ」
 そんな2人を満月の光が優しく照らした。

 おわり。

 

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