Ⅰ 白虎麗子は朝から遅刻しない

 白虎麗子しらとられいこは朝から遅刻しない。なぜなら、朝から登校しない。
 白虎家の朝は六時半、魚焼き専用グリルの余熱で始まる。十分後、青魚または干物を放り入れ、焼き開始。まもなくじうと脂が落ちて、煙が上がる。キッチン東の窓より差しこむ陽光のきらめきをきながら、煙は白濃く不敵に浮かび、揺らぐ。と、眺める余裕は麗子にない。つまりは、匂う。乙女が朝から魚香を焚き染めるなどありえない。ついでに言うが、換気でごまかせるほど魚の煙は甘くない。しかし朝から焼き魚は麗子の祖父の趣味である。他人の趣味のお邪魔をするのは麗子の趣味ではない。よって朝の麗子は大人しく、おふとんの中にいる。

 白虎麗子は昼からも登校しない。なぜなら、卒業する気がない。
 麗子が通う大学校は、一年目だけは厳しく麗子を留年させたが、その後は卒業させるべく、ぽんぽんと単位を与えてきた。と、麗子は踏んでいる。分かった! と思った覚えがない。にもかかわらず進級を重ねて五年目の春を待つ頃、卒論を書くにあたって麗子は研究室に所属した。しょっぱなに教官と院生に囲まれて、「とにかく登校しろ。研究室に顔を出せ。そうすれば卒業させる」と説かれたが、その気がない。そんな卒業、意味なくね? と思った。大学とはそういうもので、そんなものと思えれば違ったのかもしれないが、思えない麗子は頑固であった。下手に卒業できても困ると思った麗子は、学費は親が納入済みゆえ籍を置いたまま、精一杯、今を遊ぶことにした。
 遊ぶと言っても、サークルとコンパには興味がない。入学当時、大学生はとにかく遊べと言い聞かせるやからがやたらめったら、麗子をサークルとコンパに誘ったが、それのどこが遊びだか、麗子はよく分からなかった。日焼け雪焼け、そして煙草は嫌いだった。ネオン、騒音、安くて薄い酒には、震えそうにも、たかぶりそうにもなかった。(麗子さん個人のサークルとコンパのイメージです)。なんて理由をわざわざ説明し、楽しそうにしている「若者」に水を差す必要はないと、無言と微笑でスルーを決めこんだ。するときゃぴきゃぴとは無縁のノーブルな化粧衣裳の趣味も相まって、すっかりお嬢様に見られた麗子であった。
 事実金の苦労を知らない麗子の遊びとは、第一にアルバイトといえた。学費は親持ちの上、こづかいまでもらって自宅に居る麗子にとってのバイトは遊びだ。 純粋に、楽しい。麗子は硬派などら娘である。

 白虎麗子は夕方から登校するが、夕方も遅刻しない。なぜなら、タクシーを使う。 
 登校は即ち出勤である。先月春休み、麗子は塾講師のアルバイトを始めた。春期講習からの新学期も授業を受け持つ次第となり、この四月は週に四日の暮れなずむ頃より「麗子先生」へと変態する。その慣れぬ支度に手間取り時間がおしても慌てず騒がず、まあ週三以上はタクシーに頼る。向かうはN学院ねむのき台校、中学生を対象に、N市内を中心として九校の学習塾を展開するN学院のうち一つである。
 麗子の住むN市は2011年の私鉄開通をきっかけに、オサレというか、キラキラというかのイメージを打ち出したという顔を持つ。そんな中、昭和の新興住宅地として市内に聞こえたねむのき台は、いささか駅から外れており、今やすっかり取り残されて裏通りの趣きとさえなった。
 N市キラキラ化に伴いにわかに誕生したN学院だが、内情はけっこういい加減……否、各校舎長の裁量が大きく、特にねむのき台にあるねむのき台校は、どうにも私塾の匂いが濃い。N学院の冠をスルーして、ご近所住民のみならず、N学院本部からも「ネムキ塾」やら「ネムキ」と呼ばれた。なにやら怪しげでいかがわしく、好奇心が搔き立てられるではないか。それは、麗子の趣味に合う。
 N学院講師のドレスコードはスーツと定められている。大学生のアルバイト講師が大半を占めるため、生徒に舐められないよう箔をつける策である。髪型、ネイル、眼鏡等も、派手や奇抜はNGだ。しかしネムキに限っては実力があり似合っているならば、スーツ以外も気崩しも、生徒に対するサービスとして認められる気風があった。
 とはいえ新米講師の麗子は分をわきまえて、きっちりスーツを着込んだ。色は麗子なりに配慮した。黒や紺では生徒の気分が暗く、重くなるように思われた。かといってベージュでは、ふわっとしすぎて緊張感が足りないと思われた。そして、グレーのスーツを濃淡で二セット選んだ。素材はウール100%の圧縮スムースジャージーで、発色も質感もやわらかく、薄手でありながらふっくらとした感がある。ジャケットと揃いのスカートは膝丈にし、チャコールグレーはタイト、ライトグレーはAラインと形を変えた。インナーにはとろみ素材の白とキャメルとラベンダーのブラウスを着回す。パンプスは明るめのトープで、ヒールは6.5センチ。そこに、ストッキングをガーターベルトできっちりと吊るすのは、全く、麗子の好みと趣味である。
 子ども時代の麗子はお転婆で、立ちぎ上等でブランコを漕いでは、最上点で飛び降りた。自宅の庭で木に登り、屋根に飛び乗っては飛び降りた。パンツ丸見え必至、それなのに、ズボンを履かせると機嫌を悪くする麗子に、母親はデニムのキュロットスカートを与えて折り合いをつけていた。
 中学に上がってスカートを制服として着る時分には、さすがの麗子も飛び降りるための高みを目指しはしなかった。そして冬にはズボン同様、タイツも不快で苦手と知る。張り付きが窮屈かつ気持ちが悪く、パンティストッキングもムリと感じた。
 女性がストッキングを履けないとはつまり、スーツを着用できない。じゃあ就職活動もできないと思いつつ、そもそも就職活動って何? とそこからの麗子はある日、いきつけの下着屋で「気持ちいから」とガーターベルトとストッキングを勧められた。試してみると、たしかに麗子の気に入った。結果、スーツを攻略した麗子が臨んだのは就職活動ではなくバイトの面接、スーツ必須の塾講師のそれであった。卒業見込みはないのだから、それもまあ致し方あるまい。

 さて今日私たちが思い描くガーターベルトは、1889年パリ万博博覧会のシンボル、エッフェル塔の設計および建設を手がけたギュスターヴ・エッフェルにより発案された。その本来の機能がストッキングを「吊る」ことにあると知る人は、いまやまれである。
 中世ヨーロッパにおけるガーター(靴下止め)とは、靴下の履き口に輪っかをかけて絞るものであった。ウエストならともかく、脚の部分を絞ったところで止まるとは言いがたい。加えて当時の靴下に伸縮性はなく、止めなければずり落ちる一方の代物である。社交ダンスにいそしむ貴婦人たちのドレスの下も斯様かように危うく、ついには靴下のみならず、靴下止め自体をはらり、はしたなくも落としておかしくない。そんな粗相をフォローした紳士のエピソードが、イングランドの最高勲章であるガーター勲章の由来になっているとかいないとか。
 この靴下を、ウエストに固定したベルトと垂直に繋がる四本のストラップで吊るしたエッフェルの発想は、さぞ画期的であっただろう。モノクロの銀幕女優のスーツの下では、ガーターベルトが絹のストッキングをきりりと吊っている、かもしれない。
 背筋を降りてゆくところに位置するフック解いて、ガーターベルトを平らな場所で広げると、ウエスト部分はCを描き、したがって四本のストラップは放射状に伸びる。そして各々のストラップとストラップの間では、レースがアーチを形作っている。まるで、エッフェル塔だと麗子は思う。
 両親からの大学入学祝いとして、麗子は母親と二人、パリを旅行している。そのとき、その麓からエッフェル塔を仰いだ。鉄の直線と曲線は幾何学的文様を描き、さながら大空に架かる万華鏡であった。「鉄の魔術師」の異名を持つエッフェルによる、鉄の優雅である。塔を支える四本の脚と脚の間に渡ったアーチに、鉄で透かし編まれたレースを麗子は見た。
 1963年には、アメリカで世界初のパンティストッキングが発売される。シルクもしくはナイロン100%の伸びない糸に、伸縮性を持つポリウレタンが混合された成果である。パンティストッキング、別名パンティホースはよく伸び縮みするゆえに、のっぺりとしたホースが女体に張りつき可能となったのだ。
 1974年初版のスティーブン・キング著『キャリー』には、「いけてる女の子たちはみんなパンティストッキングなのに、さえないキャリーはストッキングをガーターで止めている」的な描写がある。この頃には、ガーターベルトとストッキングが時代遅れとなっていると分かる。
 そして現在ナイロン100%のストッキングを作るのは、ヨーロッパに数社を残すのみとなった。パンティホースが台頭する過程において、日本を含めた世界中で、伸びない糸でストッキングを編む機械はむやみに廃棄された。同時に機械の製造技術も失われ、先の大戦以前より動き続ける現存の「編み機」の修理が効かなくなれば、後はない。おそらくは、いずれこのまま世から消えゆくアイテムであり文化、それが「ガーターベルトでストッキングを吊るす」だッ!
 今、市場にあるガーター用ストッキングのほとんどはポリウレタン混合で伸縮し、吊るす必要はない。それに伴い、ガーターベルトも多くは吊る機能が弱い。みだりに吊るそうものなら、歩くにつれ爪先へとかかる力と重力に耐えられず、ウエストからずりりと落ちかねない。
 そんなこんなでググっても下着屋を回っても、「ガーターベルトでストッキングを吊るす」に出くわす可能性はかなり低い。それでも麗子がたどり着いたのは強運か、いや、「スタンド使いはスタンド使いにひかれ合う!(by JOJO)」ってぇ~~やつに違いない。

 と、ここからは麗子の支度を追ってみよう。
 ストッキングを吊る際、かたきとなるのは「たるみ」であり「よれ」である。きっとキャリーのストッキングはよれよれで、さぞ貧乏臭かったのだろう。逆さに言えば、そこさえ克服できればパンティストッキングよりも「吊る」方が美しいと麗子は信じた。
 ストッキングの脚への密着度は、肌を保湿することで高められる。化粧品に含まれる油分でストッキングを痛めないよう適したものとして、下着屋ではユースキンを勧められた。ちと色気はないものの、その独特のカンフル臭はすぐに飛び、麗子には好都合であった。
 N学院のスタイルは集団授業である。しかし授業後に質問を受ける等、講師と生徒の距離が近づく機会は多々ある。口臭体臭や煙草の匂いと同じく、お化粧臭いのもいただけない。麗子は出勤前にシャワーを浴び髪も洗うが、ソープ類は自然でクセのない、あっさりした香りで統一している。化粧品もできうる限り匂いを控え、香水の類いはもちろん使わない。
 シャワー後にバスローブ一枚を羽織り、念入りなマウスケアと簡素なメイクを施す。一年中日傘を愛用する上に、手入れと栄養そして睡眠が行き届いた麗子の肌は、すっぴんも健やかなアイボリーである。ファンデーションを薄く塗るには塗るが、塗ってもたいして変わりはない。眉とまつげは濃く黒く、頬や唇は血色よく、ポイントメイクもするが映えない。髪はていねいにブロウする。漆黒のロングストレートは、パーマもカラーも経験のないのままのヴァージンヘアだ。こちらもブロウせずともストレートだがブロウする。
 そしてありのままの姿の麗子は、最初にガーターベルトを身につける。くびれジャストの位置でガーターベルトを巻きつけて、後ろ手で背のホックを止める。知られた話だが、先にショーツを履いてしまうと脱ぎ着できず、実用的でない。ショーツはガーターベルトの上に履く。ストラップもショーツの下に通す。それから脚全体にユースキンを塗りたくり、足の甲から太腿までを軽くマッサージしながら保湿する。
 ガーター用ストッキングはフランスCERVIN社Capri15デニール。その二枚のワンペアはきわめて薄くよどみなく透けて、しなやかながらも繊細なハリがもたらす艶を帯びている。あたかも縹渺ひょうびょうと立ちあらわれた天女の羽衣のごとく麗子の目に映る。
 ナイロン100%のストッキングは必ず女の脚型に編まれていることも特長である。ストッキング一枚一枚につま先があり、甲があり、踵がある。続く足首は細く締まってから、曲線はふくらみを描いてふくらはぎをかたちつくり、膝でまた締まり、また膨らんで太腿へ、計算し尽くされたパターンに従い、編地を増減して成形されている。それは理想の女の脚型である。ここに、麗子の素の脚ははめ込まれる。
 パンティホースは自在に伸び縮みして個々の脚の形に合わせてくれる。だが伸びの無いナイロン100%のストッキングでは逆に、あらかじめ完成された美しいかたちに、女たちの方が合わせなくてはならない。
 この美しいかたちは、ヒールと一体の女の脚である。よってストッキングを履き、吊るすまでの所作は、踵を上げ、つま先立ちのまま行う。
 ストッキングの履き口を開いてたぐり寄せ、まずは右脚から、つま先を立て入れ、踵をはめる。足首にたるみがでないよう、甲から足首までの肌にストッキングを密着させるイメージで、両手を用いて前面を強く引き上げる。いで後ろ側、前側、後ろ側と、交互に引き上げていく。ナイロンの糸に伸びは無いが、編みによる伸び縮みが張力テンションを生みだす。これを最大限まで活かすよう、引っ張りながら履くことで、素のふくらはぎの位置や膝回りの贅肉を引き上げ、整えることが可能となる。ナイロン100%のストッキングは、その儚なげな見た目を裏切る、それほどの強靭さを持つ。ストッキングの網目が肌を噛む感じに至れば成功である。
 ストッキングを太腿の上部まで引き上げたら、ストラップ先端に付属する留め具で挟む。前側のストラップはやや内側に、後ろ側のストラップは真横よりもやや後方に止めて、吊るす。姿見で前、横、後ろと確認し、問題なければ左脚へ作業を移す。こうして、一枚ずつ左右のストッキングを吊るし終えてから、もう一度、鏡に映して全体を確める。
 スカートのグレーとパンプスのトープを繋ぐストッキングの色として、麗子が選んだCAPPUCCINOはブラウン系である。といっても生地の透明度が至極高いため、一見はベージュで通る。しかしじっと見つめれば、脚の陰影からの輪郭はやはりブラウンとして際立っている。透明感とはコントラストであり、従って輪郭以外はより透きとおり、そして艶によりすじ脚に見える。ナイロン100%のCAPPUCCINOはあくまで透明に麗子の第二の肌セカンドスキンとして、大人びた脚を作りあげる。生地が伸びて脚に沿うストッキングでは陰影の入りかたが異なり、この情緒ある美しさは叶わない。
 ……と、たいていはこのあたりで、電車とバスを利用した場合の外出すべき時間を過ぎている。しかし麗子は落ち着き払って、つま先立ちのままライトグレーのスーツまでを装着し、つま先立ちのまま電話をかけてタクシーの配車を依頼した。もしここで踵を降ろせば早急に、足首あたりでストッキングがよれてしまうのだ。
 つま先で楚々と歩いて麗子は玄関へと移動する。パンプスに足を入れ、ヒールの上に立てば6.5センチ分の力が踵を押し上げて、「吊る」力に乗っかる。するとつま先から頭上へと、麗子の中心を走り抜ける快感がある。足親指は地を掴み、脛は伸びて、膝は内側へきうと締まる。内腿から太腿の前面には、ブランコに立ち、漕ぎ出さんとするような懐かしい力強さがみなぎる。腿後ろのベクトルは上向うわむき、臀部と一体の大きな筋力として喚起される。
 ここで、腰が決まる。ガーターストッキングとヒールによって新たにあらわれた、それまでの麗子には見いだせなかった「腰」である。それは直接的に甘美を伴った。自らに発見して間もない女の身体に、麗子は素直に夢中になった。
 腰が決まれば、背すじは伸びる。背すじが天に向かうと、肩の力は抜けて地へと従う。そして肩が落ちれば胸がひらいて、呼吸は深くなる。
 和風邸宅の玄関で、引き戸を開け放つと麗子の胸はいっぱいに膨らみ、かがやく西日が染めるだいだい色の空気を吸い込んだ。
 颯爽と、麗子は立つ。
 ところで、米仏に立像する自由の女神、これを支える内部の鉄骨構造を設計したのもエッフェルである。
 エッフェルのガーターベルトを秘めた麗子も自由だ。颯爽とヒールを鳴らして歩き出し、颯爽と、自宅前に待たせたタクシーに乗り込んだ。

 そう、白虎麗子はかつて彼氏がいたためしがない。それ以前に恋をしない。なぜなら、遅刻をしないからだ。
 なかなかに、麗子はお茶目さんである。ちこくちこく~と朝からパンをくわえてダッシュすれば、赤いポストのある曲がり角では男子と衝突して転ぶだろう。その男子はイケメンだが口が悪くて失礼で、しかし翌日雨の中で猫を拾う。その姿、そのやさしげな微笑みを、偶然目撃した麗子はきゅんとして、恋に落ちるのは必然だ。転んだ麗子のパンチラを、目撃した男子が落ちるのもベタである。なのに麗子は遅刻しない。だから出会いがない。だから彼氏ができないのだ。なぜ遅刻をしないのだ。
 そ~~ホイホイとタクシーに乗るんじゃあないッ……!!

 しかし、奇跡はようやく訪れた。

 金銭感覚の鷹揚な麗子でも、さすがに勤務先の塾校舎正面にタクシーで乗りつけはしない。生徒や保護者や同僚の目に入らぬよう、塾から徒歩で八分ほど離れた、絶妙にひと気が見られない路地で降りることにしていた。
 さて先立っては長々と麗子の脚について語り、読者諸兄+にお付き合いさせておきながらアレだが、ぶっちゃけ麗子のバディのうち最も目を引くのはバストである。雰囲気と衣裳でまやかしてはいるものの見る人が見れば一発で、見ない人でもふと気づけば、Fカップがそこにある。
 本日のタクシー運転手宗好夫むねすきお(54歳)もひと目でムネにハートを奪われて、気もそぞろとなっていた。麗子は気づかぬでもないがよくあることと、加えて他人に干渉しない性質のためマイペースを崩さない。
 麗子にとってはいつもの場所で、タクシーは停車した。

「お待ちどうさま。2300円になります」

 タクシー専用千円札の準備はある麗子だが、小銭は万全でない。

「三千円でお願いします」

 と、差し出した白魚な麗子の手に好夫が触れたのは、故意か恋か。まさか好夫は派手に釣り銭をばらまいた。

「わああッ! す、すみません、お嬢さん」

「いえ。大丈夫です」

 小銭を拾おうと屈んだ麗子の胸もとに、好夫の視線が吸いついた。ジャケットははだけ、とろみあるラベンダーのブラウスを圧して張るほどに、たわわと重たげに泳ぐ乳房が察せられた。

「……全額ありましたよ」

「ああ……ッ! はいッ!」 

 冷ややかな麗子の声に咎め立てされたように感じた好夫は、慌てて客席の自動ドアを開けるボタンを押した。ばんっ。

キキィ――――ッ! ガシャン!!

 自転車の急ブレーキと、倒れる音が耳をいた。麗子が急いで車外に出ると、自転車とともに少年が倒れていた。
 駆け寄り、しゃがんだ。

「すみません。大丈夫ですか」

 大丈夫じゃないだろう。落ち着け。慌てて大声をかけたり、からだを揺すったりしてはならない。麗子は脳内で自分に言い聞かせて、意識して息を吐いた。 
 少年のニット帽が脱げかけている。頭を打ったかもしれない。
 と、少年はつむったまぶたを開いた。

「あっ……大丈夫で……えっ。白虎しらとら先生?」

 見覚えがある生徒だ。麗子は思った。名前は……。
  
ぱひゅゅゅんん……

 なにやら不穏なエンジン音? が響いた。
 まさか。
 麗子は振り返り、立ち上がる。タクシーの後ろ姿が去って行く。
 逃げた、とか?

 そのとき、疾風が巻き起こった。

 麗子の黒髪は舞い上がって顔中にまつわり、思わず麗子は目を閉じる。いたずらで知られた春は、Aラインのスカートも見事めくった。 

きゃうん♡

 アスファルトを背に見上げる少年の視界に、にわかには信じがたい光景が広がった。
 ヒールの上に屹立する二本の脚は艶やかなストッキングに包まれて光沢を放ち、さらにその上には。白い素尻があった。海の上には空がある。ソラの上にはシドがある。ドレミファソラシド。アシの上にはシリがある。ドレミファシラシリド。
 そして、白き尻山を二つに割って中央を縦断するものがあった。

S(スケスケ)P(ピンク)F(フンドシ)???


feat.NEMURENU



【To be continued ⇒】

今編での闇夜のカラスさんを始めとし、ムラサキさん主宰のアンソロジーNEMURENU参加メンバーが次回より続々と登場の予定だよっ♪
だよっ♪って~いつもありがとうございます。



【参考文献】
ガーターベルトとストッキングについて、ランジェリーサロンRue de Ryuオーナー龍多美子さんの著書『すべてはガーターベルトから始まった』(KKベストセラーズ、2000/12/1)他、ショップホームページブログなどを参考にさせていただきました。ありがとうございました。


🐅趣味に走って好き放題に書かせていただきました。
読んで下さった皆様へ、ありがとうございます!!🐅