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【小説】墓地
抜き差しならない関係とはこれいかにと、変に冷静なのはどうかしているのと矛盾しないと知った。夢か現か見とめず過ぎた、地に足のつかない三月(みつき)。書いてないの? と訊かれ、狼狽えた。何も誰にも告白せず、どこにも書いてはいなかった。
彼とは一応、別れたというか、もう逢わない、ことになったはずなのに、気がつくと恋人のような頻度で恋人のようなメールを交わしていた。ときどき電話でも話した。牽制などはしなかったが、私の戸惑いを察したのか、彼から提案が出された。Y――ブログを始めたが、すごく面白い。キミもやりなよ、楽しいから。書くんでしょう?と。いろいろと曖昧に受け流した。始めたら教えてよと念を押されて、やはりyesだかnoだか分からないような返事をした。
少しのち、ブログを持ったと報告した。で、どれ?と迫られたが、目に入ったら分かるよと答えた。まあ、そうだけどと彼は笑った。
私の方は彼のブログを教えてもらっていた。生き生きと楽しそうだったが、賑やかなほどさみしさの穴埋めのようにも感じられ、苦しく思った。彼のブログは写真が多く容量を喰い、別室を開設していかざるを得ないほど記事が増え、大きくなっていった。読者もどんどん増えていた。オフ会で仲間と盛り上がる様子もうかがえた。
一方、私の読者はおそらく十人もいなかった。相互としてお付き合いのある方はもっと少なかった。
遂には彼にも私が見つかることはなかった。
二年の間に何度も別れ話を繰り返しながら、彼も、私も、ブログの更新頻度を落としていった。最後に話した日には支離滅裂な芝居が演じられた。
まもなく、どちらが先ということもなく二人共、更新は途絶えた。
翌年、私の誕生日にお祝いのメールが彼から届いた。驚いた。返信はしなかった。それを求めるような内容でもなかった。その次の年は、彼のメールで誕生日と思い出した。驚かなかった。数年続いた。たまには話したいよと一言が添えられた年もあった。返信はしなかったが、アドレスを変えることもしなかった。それも途絶えた。
最後の年、彼のメールが来なかったと、数日気づかずにいたことに少し泣いた。もっと泣きたくて、前年のメールを見返した。
Y――ブログがサービスを終了すると知ったのは、昨年の秋頃だった。
私にとってとっくにY――ブログは墓であり、墓場であった。そして、あんなに栄えた彼のブログも墓場になっていた。私は全ての記事を閉じていたが、いつしか彼もそうしていた。
どうしようかと思案した。私が何もしなくても、Y――が墓の始末をつけて下さると。ほんとうは、ずうっとこのまま放置しておけると思っていたし、それを望んでいた。全部を掘り起こして「整理する」のは考えただけでキツい。まるごと他ブログへ引っ越しさせる方法があったので、とりあえずそうすることに決めた。
しかしY――サービスの最終日、よく調べもせずに手を付け失敗した。結局は墓を暴き、読み、選び、コピーとペーストでの保存を時間ギリギリまで行った。
けっこうな苦労をした。なのに保存場所へのアクセスを忘れてしまった私は、何をしているのか。どこで。
noteは街に喩えられる。皮肉を込めて、村に喩えられる。この村は、なかなかに活気ある愉快なところだ。もちろん、墓場まで持っていくような話もあふれている。
(了)