【朗読台本】この狭い宇宙の中で【side/men】
彼女が蛇口を捻ると、
サーッという音と共にシンクへ水の円が作り出される。
毎日聞く、ありふれた水の音。台所風景。
なのに、どうしてだろう。
蛇口から溢れる水の音が心に染み渡っていくように感じた。
この情景になんとも言えない気持ちが湧き上がる。
蛇口からストンと落ちる水は、さながらレコード盤に落ちる針のよう。
彼女の声が主旋律。日常がメロディとなって心を洗い流す音楽になる。
2人ぼっちの夜が始まる音だ。
なんだか俺は嬉しくなって、彼女から食器を受け取ると小気味よく食器を拭いてリズムにする。彼女はそんな俺がおかしいようで、たまらず笑ってほころんだ。
「それでさ〜」
彼女が何気ない会話を始めた頃には、
家に帰る前の自分なんて冥王星よりも遠く感じた。
そして今となっては思い出すこともできない。
2人だけの空間が、2人だけの宇宙が、
ここにある。
シンクにもたれかかって、
「話をしようよ」
彼女がそういうもんだから。
こんな所で話さなくたって、すぐそこにソファはあるのに、立ちっぱなしで話出す。
電車の椅子にはすぐ座るくせに。
今はそんなことだって惜しく感じる。
「なんの話?」
話をしよう。
取り留めのない、2人だけの話を。