ヴィム・ヴェンダースと陽光の美
2024年5月28日の日経新聞朝刊に一枚の写真が掲載されました。撮影者は映画監督のヴィム・ヴェンダース。ヴェンダース氏といえば、最新作『PERFECT DAYS』が世界中で絶賛されました。
ヴェンダース氏は写真家としての一面もあり、日本で写真展を開いたこともあります。今回日経紙上に掲載されたのは、『New York, November 8, 2001』と題する一枚。9.11直後のグランドゼロを写したもの。がれきの山、作業員と重機、もうもうと舞う白煙。悲惨な現場の向こうに立つグラスタワーに朝の陽光が反射し、輝きを見せる。ヴェンダース氏は、極限状態のなかに陽光が演出する一瞬の美を切り取ってみせたのです。
ここからは映画『PERFECT DAYS』のお話。役所広司さん演じる主人公は、仕事の合間に公園で木漏れ日の写真を撮り続けます。しかも同じ時刻、同じ場所で。主人公の生活は至って単調です。朝、目覚め、布団を畳み、歯を磨く。部屋で大切に育てている植物に水をやり、仕事に出かける。車を出す際には必ず缶コーヒーを一口飲む。仕事も、その後の行動もすべてが同じことの繰り返し。そんな単調な日々のなかにも小さな幸せの欠片がある。それは迷子の少年とのほんの一瞬の心の交流であったり、若い同僚が夢中になっている女の子からの好意であったり、疎遠になっている姪っ子の突然の訪問であったり。主人公が撮り続ける木漏れ日は、彼の人生そのもの。同じように昇り、同じように沈む太陽。しかし、その陽光が作り出す木漏れ日は一瞬一瞬でその姿が異なり、そこに瞬間の美がある。そう、主人公の人生に訪れる小さな幸せと同じ。
ヴィム・ヴェンダース監督は、苦痛に満ちた人生の一瞬から美を切り取る天才なのです。
<作品情報>
小説投稿サイト「エブリスタ」に作品を公開しています。
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