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『ひきこもり探偵』第一章「ひとり娘の失踪」(6)
翌日、調査を再開。
二つの疑問。
彼女はなぜ失踪する必要があったのか?
彼女はどこにいるのか?
再びInstagramを眺める。何か手がかりになりそうな投稿はないか。
目についたのは機内食と思われる写真と、それに続く外国の街並みを写した写真だった。渡航先で撮影されたと思われる料理の写真も多数投稿されている。日付はいずれも十月下旬だ。
ここはどこだろう?
もう一度、機内食の写真に戻る。
海老とサーモンのお寿司にかっぱ巻き、焼きそばと肉料理――写真だけでは何肉かよくわからない――、パンにデザートのケーキ、菓子。寿司とパン、寿司と焼きそば、この珍妙な取り合わせは明らかに日本人のセンスではない。外国人が頑張って和を演出してみましたって感じ。画像を少しだけ拡大してみる。菓子の袋にはTobleroneとの文字が印刷されている。
Toblerone――検索。
トブラローネ。スイスのチョコレート菓子。
スイスか。この機内食の写真には東側諸国の臭いがする。自国では調達できない良質な菓子を西側諸国からは輸入できない。だから中立国スイスから調達する。
そこで僕は別の写真に注目した。それは日本を代表するアパレル、ユニクロの店舗写真だった。日付は機内食が投稿された二日後。Wow,UNIQLO.とのコメントが記されていた。こんなところにもユニクロが、といったニュアンスだろう。きっと渡航先で予期せず発見したニッポンブランドに感激しての投稿だ。
早速、ユニクロのサイトに飛ぶ。海外店舗を紹介するページがあった。
スクロール。
あった、東側諸国唯一の店舗が。
ロシア。店舗の所在地はモスクワだ。
さらにIR情報のページに遷移する。「ロシア一号店『ユニクロ アトリウム店』四月二日オープン」という記事が見つかった。ユニクロは半年前、モスクワで集客力、知名度トップランクのショッピングセンター『アトリウム』に一号店を開店させていた。
ユニクロ アトリウム店 画像――検索。
無数の画像が表示される。ユニクロ アトリウム店と思われる画像がいくつも見つかる。【まさみ】が撮ったものと同じだ。
ガッツポーズ。
二つの疑問への回答は見つかっていないが、調査が前進した手応えがあった。掴んだ糸口を手繰り寄せることで真相に近づいていくという確信を持った。と同時に次の疑問が湧く。
何しに行ったんだろう? ロシアなんて、若い女性が興味を持つ国じゃない。
誰と行ったんだろう? まさか一人で言ったわけじゃないだろう。
僕はもう少し、【まさみ】のことを知らないといけないようだ。
早々、Outlookを立ち上げる。
件名:【渡瀬まさみ】さんについて
To:母
From:息子
表題の件でいくつか質問があります。
【まさみ】さんは英語が堪能ですか? ロシア語はどうですか?
【まさみ】さんはこれまで外国に行ったことがありますか?
(知っている範囲で結構)
【まさみ】さんは共産主義者ですか? 家族はどうですか?
(知っている範囲で結構)
すぐに返事が来た。
件名:Re,【渡瀬まさみ】さんについて
To:みつる
From:母
【まさみ】ちゃんは英語、ペラペラよ。
高校生のときに学校の交換留学制度で
オーストラリアに一年間留学しています。
ロシア語のことは分かりません。
家族でハワイに行ったって話は聞いたことがありますが、
それ以外は不明。
【渡瀬】家の主義主張は分かりません。(興味もありません)
ところで、あんた、何調べてるの?
件名:Re,Re,【渡瀬まさみ】さんについて
To:みつる
From:母
>ところで、あんた何調べてるの?
詳しくはまた。
僕は、Outlookの接続を切った。
そうか、【まさみ】は英語ができるのか。
グーーーー。
ビックリするほど大きな音でお腹が鳴った。時計を見ると二時半。いつもならきっかり十二時にお昼ご飯を食べてる。そりゃ、お腹も空くわけだ。時計を見たことで空腹が加速する。とりあえず何か食べよう。パソコンデスクの上に無造作に転がっていた財布と家の鍵をひったくると急いで玄関に向かう。
外に出る。寒い!
上着を持ってくるのを忘れていた。しかも格好はスウェットの上下、起きたまま着替えていなかった。今日はルーティンが滅茶苦茶だ。着替えに戻るか? まあいいか、このままで。どうせ行くのは近所のコンビニだし。
走り出す。全力疾走。頬にあたる空気が冷たい。寒いのは嫌いだが、不思議なことに不快感はない。風を切って走る。身体が冷たい空気と一体になって、このまま空に舞い上がってしまいそうだ。