2001年クラシック世代"テイオー"の馬生
はじめに
2024年5月24日に公開された『ウマ娘プリティーダービー新時代の扉』ではジャングルポケット、アグネスタキオン、ダンツフレームら2001年のクラシック競走で覇を競った競走馬をモデルにしたウマ娘の激闘が描かれている。そこで、今回は前述した競走馬と同期ではあるもののクラシック出走が叶わなかった「とある競走馬」についてまとめた。なお、筆者は上記の競走馬が活躍していた頃に競馬と出会っていないため「当時の雰囲気」等は分からない。しかしながら、本記事を通してこの競走馬の馬生を知って頂けたら幸いである。
デビュー前
1998年4月10日、社台ファームで一頭の仔馬が生まれた。父サンデーサイレンス母カフェドフランス母父Danzigという血統で、祖母のパリスロイヤルは伊オークスを制している。約3ヶ月後、仔馬は1998年度北海道7月当歳市場に「カフェドフランスの1998」として上場された。セリでは血統面も評価されたのか、取引価格はこの日最高の4000万円。落札者は八木良司氏であり、その後同馬はタガノテイオーと命名される。なおタガノテイオーの牧場時代について、社台ファームの東礼治郎氏は次のように語っている。
伝説の新馬戦
栗東・松田博資厩舎に入厩したタガノテイオーは9月2日の札幌・芝1800m戦でデビューを迎える。デビュー戦の馬体重は436キロと牡馬にしては小柄であった。鞍上を務めたのは藤田伸二騎手。同騎手はデビュー戦以降もタガノテイオーの全レースで手綱を握ることとなる。
1番人気の評価を受けたタガノテイオーは道中4番手から馬場の外目を通って進出。直線では懸命に前を追ったが、先に抜け出していたトニービン産駒を捉えることはできず、2着に惜敗した。そして、タガノテイオーの追撃を振り切りデビュー戦を勝利で飾った「先に抜け出していたトニービン産駒」こそジャングルポケットである。なお、この新馬戦は出走した全馬がJRAで勝ち上がり、後の活躍馬が多数出走していたことから後年「伝説の新馬戦」と呼ばれている。3着は翌年の若葉Sを制したダイイチダンヒル、5着はメジロベイリーであった。また、このレース映像の一部はJRA公式のYouTubeチャンネルで視聴をすることができるが、本記事のネタバレを含むため興味のある方は記事を読み終えた後に視聴して頂ければ幸いである。
初勝利
初出走初勝利とはならなかったタガノテイオーは中1週で、デビュー戦と同じ舞台で行われた折り返しの新馬戦(2002年までは初出走した開催内であれば最多で4回新馬戦に出走することができた)に出走する。返し馬で騎手を振り落とす(注1)など気性の若さを見せていたタガノテイオーであったが、デビュー戦で対戦したダイイチダンヒル、メジロベイリーを退けて初勝利を挙げた。
注1 :『週刊Gallop』2000年9月18日発行第8巻第39号通巻第368号p.156
初の重賞挑戦
初勝利を挙げたタガノテイオーは連闘で札幌3歳Sに挑んだ。しかし、管理する松田調教師が「ソエが痛くて思うようなケイコができていなかった(注2)」と語っており、万全の状態での出走とはならなかった。1番人気に支持されたのは前走の500万下(現・1勝クラス)で6馬身差の圧勝劇を演じたテイエムオーシャン。同馬は翌年に桜花賞と秋華賞を制し、牝馬二冠を達成する。タガノテイオーは4番人気、デビュー戦でタガノテイオーを退けたジャングルポケットも参戦していたが、タガノテイオーに次ぐ5番人気に甘んじた。
レースは1番人気のテイエムオーシャンが単騎で逃げを打つ展開。4コーナーに差し掛かると、テイエムオーシャンを目掛けて各馬追い出しを開始。逃げるテイエムオーシャン、捉えに出るタガノテイオー。残り200mを通過してタガノテイオーがテイエムオーシャンを交わして先頭に躍り出る。しかし、タガノテイオーの外からジャングルポケットが矢のように飛んできた。ジャングルポケットは前を行くタガノテイオー、テイエムオーシャンを並ぶ間も無く抜き去り、2着のタガノテイオーに1馬身半差をつける完勝でレースを制した。
結果的にタガノテイオーとジャングルポケットはこのレース以降相まみえることはなく、直接対決はジャングルポケットの2戦2勝であった。しかし、ジャングルポケット陣営はタガノテイオーのポテンシャルを高く評価していた。この詳細については東スポ・松浪記者の記事で述べられているので、レース映像とともに下記のリンクから確認して頂きたい。
松浪記者の記事…【2000年札幌2歳S】「もうあの馬とは一緒に走らせたくない」ジャングルポケット陣営が明かした最大のライバル | 競馬ニュース・特集なら東スポ競馬 (tospo-keiba.jp)
注2 :『週刊Gallop』2000年12月4日発行第8巻第50号通巻第381号 p.7
初重賞制覇
札幌3歳Sで涙を呑んでから約2ヶ月。陣営が次走に選択したのは、東京競馬場で行われる東スポ杯3歳Sであった。1番人気は前走のクローバー賞で3馬身半差の圧勝を収めていた後の重賞3勝馬ウインラディウス。2番人気は同舞台で行われた新馬戦を快勝していたグラスミライ。「半沢所有で尾形厩舎所属の外国産馬」とグラスワンダーとの共通点が多い本馬は2023年中山牝馬Sを制し、宝塚記念2着、凱旋門賞でも4着と健闘したスルーセブンシーズのおじでもある。タガノテイオーはそのグラスミライに次ぐ3番人気に支持された。
レースでは、道中5、6番手のインで脚を溜めていたタガノテイオーの末脚が爆発。ラチ沿いのグラスミライを交わすと、逃げ粘る6番人気のヒマラヤンブルーを捉えて先頭へ。外からウインラディウスも懸命に脚を伸ばしてきていたが、グラスミライとの3番手争いまで。結果的には2着のヒマラヤンブルーに1.1/4馬身差をつける快勝で重賞タイトルを手にした。また、馬主の八木良司氏にとっても初のJRA重賞制覇であった。
最期のラン
東スポ杯3歳Sで重賞初制覇を飾ったタガノテイオーは中山での大一番に駒を進める。2000年12月10日、朝日杯3歳S。タガノテイオーは単勝オッズ3.9倍の1番人気に推された。2番人気は新馬、百日草特別を連勝していたエイシンスペンサー。前走の雪辱を誓うウインラディウスが3番人気で続き、岩手の雄ネイティヴハートが4番人気の支持を受けた。
上位人気5頭が10倍を切る混戦模様のなか行われた2歳王者決定戦は、競馬史に名を残す快速馬・カルストンライトオが果敢にハナを切り、有力馬は中団で追走する展開で進んでいく。最後の直線に向くと、まず5番人気のテイエムサウスポーが先頭に立ったが、外からネイティヴハート、真ん中からタガノテイオーが急追する。さらに、ネイティヴハートとタガノテイオーの間を割って伏兵が伸びてきていた。その伏兵の名はメジロベイリー。あの「伝説の新馬戦」の5着馬である。同馬は4戦目で翌年の日本ダービー3着馬・ダンシングカラーを破って初勝利を挙げ、勢いそのまま横山典弘騎手を背にこの中山に乗り込んでいた。この日は10番人気と低評価であったが、メジロベイリーは半兄・メジロブライトを彷彿とさせる末脚でそのまま突き抜け先頭でゴール板を通過。メジロ牧場最後のGIホースとなった。
タガノテイオーはネイティヴハートとの2番手争いをクビ差制して2着を確保。しかし、藤田騎手はレース後すぐさまその馬上から降りていた。
「まともならぶっちぎって勝っていただろうが、残り1ハロン手前からフットワークがおかしかった。一番強い競馬をしたと思う(注3)」と語った同騎手。タガノテイオーは左第一趾骨粉砕骨折と診断され予後不良。道半ばでその短い生涯を終えた。
注3:『週刊Gallop』2000年12月11日発行第8巻第51号通巻第382号p.187
遺したもの
さいごに、タガノテイオーが後世に遺した道を辿る。
八木良司氏とタガノテイオー
後年、馬主の八木氏は京都馬主協会のブログ(注4)にて、タガノテイオーは「最も心に残る愛馬」と語り、朝日杯3歳Sに関しては「このときの無念と、同時に抱いたこの馬の高い能力と類まれなる闘争心への畏怖の念は今も胸に焼き付いております。」と述べている。また、重賞2勝をマークしたタガノマイバッハとタガノテイオーの存在が「この頃より私の中に芽生えていた生産・調教に対する興味を一層かき立て、数年後の新冠タガノファーム、宇治田原優駿ステーブル両牧場設立に向けて私の背中を押してくれた」と語っている。
2003年に開設された新冠タガノファームはGI競走を制する馬こそ出ていないが、アスカノロマン、タガノエスプレッソ、タガノビューティーら活躍馬を多数世に送り出している。また、外厩施設の宇治田原優駿ステーブルはデアリングタクト、コパノリッキー、キタサンブラックらが現役時代に使用するなど屈指の外厩施設として競馬界に貢献している。
注4:わたしの勝利 | コラム・ブログ|一般社団法人京都馬主協会 (kyotouma.or.jp)
主戦騎手とタガノテイオー
主戦騎手の藤田伸二氏は騎手引退後の2017年、自身のX(旧Twitter)で「俺が乗った中では今でも最強馬だと思う」と発言している。また、同氏とのコンビで2000年の弥生賞を制したフサイチゼノンについて「俺に言わせればタガノテイオーの次に名馬であった…」とタガノテイオーを引き合いに出して語っており、藤田氏にとってタガノテイオーがいかに印象深い競走馬であったかが伺える。
馬なり1ハロン劇場
よしだみほ氏が描くかわいいサラブレッドの漫画たちが、実際のレースをもとに、その持ち前のキャラを大爆発させる(注5)『馬なり1ハロン劇場』では、第16巻第19R「約束」にて日本ダービーにおけるジャングルポケットの嘶きを「天にいるタガノテイオーへの報告」として描いている。
注5:競馬コミック「馬なり1ハロン劇場」よしだみほ (futabasha.co.jp)