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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第4回 イタリア・プーリア州篇(9)

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(9)この夜景に出合うため旅に出た


宿のあるカヴェオーソ地区と、バリサーノ地区とよばれるもう一つのサッソ地区を分ける細道の頂きまで長い階段と坂道をひたすら登る。てっぺんのカテドラルに到着した時はバテバテで石段にへたり込んでしまった。

そこまで苦労しても13世紀に建てられたプーリア・ロマネスク様式とよばれるカテドラルは観る価値がある。
聖堂内部は、扉上部のバラ窓以外は比較的シンプルな外観から想像もつかない豪華絢爛。天井、壁、柱は白とゴールドで装飾され、ありとあらゆる空間に聖母子像や聖人の絵がひしめいている。
地下聖堂の壁に描かれた聖書のシーンは12世紀のフレスコ画だそう。たんに豪華という感覚を通り越して、圧の強さにめまいさえ覚える。この過剰さと、洞窟暮らしの厳しさとの間にはなにか関係があるのだろうか。

カテドラル前の広場で、途中の店で買ってリュックに仕込んできたビールとサンドイッチを食べながら、暗くなるまで街並みを眺めて過ごした。
今この目で見ている光景が、自分の日常と同時代にあることが信じられなかった。

陽が沈むと街はさらに別世界感に包まれた。その気配を体に染み込ませたくて、おそらくLEDが使われているにもかかわらず、しみじみした風情を保った街灯の光にぼんやり浮かぶ街路を行きあたりばったりに歩く。
歩けど歩けど石灰岩と石段の街。
ヒトの暮らしは本当に多様だ。自分が高温多湿な極東の島国で育った人間であることを体と五感を通して改めて実感させられる。

洞窟の街歩きは老体にこたえたけれど、いにしえの住人たちは私の年齢ではみなあの世に旅立っていたに違いなく、若い世代にはさほど苦ではなかったのだろう。
ホテルの扉を入る前に振り返ったマテーラの夜景は、これに出合うために旅に出たのです、と世界に向かって語りかけたいほど完璧な美と優雅さに満ちていた。

サッシ地区の最も高台にある豪華絢爛なカテドラル内部
マテーラの夜景、これを見るために旅に出た

  翌朝、マテーラ・スド駅からいったんバーリ駅に戻り、そこでトレニタリア(イタリア国鉄)に乗り換え、アドリア海をひたすら南下。バロック建築群の美しさから南イタリアのフィレンツェといわれるレッチェまで急行電車で約2時間だ。
左手遠くにアドリア海の輝きが見えたあたりから、車窓には黒々とした大木が樹海のように広がり出した。なんの木だろうと眺めるうちに、はっと気づく。パオロ・ジョルダーノ『天に焦がれて』で、語り手とその魅惑的なパートナーらが魂の拠り所として繰り返し語ったオリーブの古木だ。日本で見る姿とはまるで違うからわからなかった。そうか、このあたりが語り手をして “自分の居場所はもうプーリアのほかにない” と言わしめたエリアなのか。
オリーブの巨木の向こうに物語の中心地となったマッセリア(農家)が今にも見えてきそうで、目を凝らし続けた。

国鉄バーリ駅ホームでレッチェ行き急行を待つ(時刻表、上から2つめ)


 レッチェ駅前は大掛かりな工事のまっただなかだった。
一帯が防音壁で囲まれているせいか周囲のイメージがつかめない。とりあえず構内の売店でバス切符を買い、予約したB&Bがある旧市街行きバス停を目指す。が、いきなりつまずく。工事のために駅前のバス停が撤去されているにもかかわらず、そのことがどこにも書かれておらず、人通りもないため訊くこともできない。
ひとつ先のバス停まで歩かなければならないとわかったのは20分近くオロオロ歩き回り、結局駅に戻って売店の人に教えてもらった後だ。

 そのバス停がまた恐ろしく遠く、ようやく着いた先は大型トラックが猛スピードで行き来する幹線沿い。やっと乗車した時は、人生への落胆のあまり心が荒んだ偏屈な老女みたいにこわばった顔になっていたと思う。
そんな調子で始まった街だから下車した先に、街を代表するサンタ・クローチェ聖堂のファサードの一部が見えるや一刻も早くヤサグレ気分を振り払いたくて、気持ちだけは若者のように駆け出していた。

イタリア・プーリア州篇(10)へつづく

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