寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第3回 ブルガリア篇(0)
ブルガリア篇(0)
旅のはじまり ソフィアへ
旅先はブルガリア
次の旅先をブルガリアと決めたのは出発の一年前、2018年5月だ。
度胸も体力もお財布事情も人並み以下なのに欧州ひとり旅の楽しさに取り憑かれて四半世紀、36回目の旅だった。
旅先はどうやって選ぶの、と訊かれることがある。
答えは簡単。忘れられない小説や映画の舞台だとか、出来事や人から強いインスピレーションを受けたなどの特別な動機がない限り、まだ一度も行ったことがなく、希望時期にセール(格安)価格の航空券を見つけられ、その便に乗り降りするために未明早朝に空港をうろつかずにすむ街だ。
1年前に予約を意識し始めれば、多くのフライトや宿は早期割引適用の上、さらなるキャンペーンやセールに巡り合わせるチャンスが格段に多い。
この旅もそう。宿とフライトの最安期が重なるタイミングを探しに探し、拾い上げたチケットが春と夏の間の短いオフシーズン、アエロフロート・ロシア便モスクワ経由ブルガリア・ソフィア行き、成田国際空港往復6万3000円弱+燃油代と税金で約3万円。ぜーんぶ合わせて9万円台だった。
ここだ。ブルガリアと聞いてもヨーグルトとバラくらいしか思い浮かばなかったけど、迷わず決めた。
まさかこの旅から一年もたたないうちにパンデミックが世界中に蔓延し、ロシアがウクライナに武力侵攻しようとは。さらにこれが、海外ひとり旅を始めて以来享受してきた航空券往復10万円以下で欧州の多くの街へ飛べた時代の、そしてロシア(のかつて国営だった)企業の便に乗ろうという気になった、最後の旅になろうとは。
旅のお供に選んだ本は、2冊の現代ブルガリア小説と、1冊のエッセイ。1914年ブルガリア・ソフィア生まれの著者、パーヴェル・ヴェージノフ『消えたドロテア』松永緑彌訳。
1982年ブルガリア・カブロヴォ生まれ、ミロスラフ・ペンコフ『西欧の東』藤井光訳。1970年にソフィア大学に留学したブルガリア語翻訳家、八百板洋子の青春エッセイ『ソフィアの白いばら』
ソフィア・ヴラジデブナ空港に到着
ブルガリアは欧州の南東に張り出したバルカン半島のもっとも黒海より。南をトルコとギリシャ、西をマケドニアとセルビア、北はドナウ川をはさんでルーマニアと接する日本の三分の一ほどの面積に、約647万人(2022年)が暮らす。緯度が同じ日本の東北地方に似た気候で、昔から農業や牧畜が盛ん。現在も食糧自給率はなんと170%超ともいわれている。
モスクワ経由でソフィア・ヴラジデブナ空港に到着したのは2019年5月半ば。
乗り継ぎの悪さからモスクワの空港で一泊せざるをえず、成田を発ってすでに32時間。これほど乗り継ぎの悪い移動は初めてだったけれど、途中でひと晩休めたせいか、目的地に降り立った時は自分でも驚くほど足取り軽く、頭もすっきり。
考えてみれば乗り継ぎ地で泊まる必要のないフライトスケジュールでも、最終目的地に着いた日は疲労困憊でベッドに直行するだけなのだから、私のような年配者や体力に自信のない人には、安価と引き換えにこういうルート選びも悪くないかも。
空港の外に出ると、標高550mの高原都市らしい澄んだ光とさわやかな風が体を吹き抜けていった。
ふと足元を見ると、床に市街地に向かう地下鉄やバス乗り場を示す大きな矢印が、知る限りどの国の空港よりわかりやすく示されている。未知の国への一歩はいつも無自覚にパニクっているから、こういう心遣いはつくづくありがたい。
さあ、行こう。迷うことなく歩き出したものの、そうはいっても初老アジア顔ひとり、周囲からは頼りなさげに見えたのか、早くもドゥーユーニードサムヘルプ? と声をかけてくれた人あり。
ここから始まるブルガリアの1週間は、いつもにもまして人の情けと親切に助けられた旅でもあった。今回はそのことを軸につづってみたい。
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→ ブルガリア篇(1)ソフィア──カリナのペントハウス へつづく
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【著者プロフィール】
寺田和代(てらだ・かずよ)
立命館大学卒業後、会社員を経てフリーライター・エディター。
女性誌、文芸誌、総合誌などの取材・執筆、単行本の企画・制作に携わる一方、2000年に社会福祉士資格を取得し、高齢者介護の分野でも取材活動を続ける。
単著に、長年の欧州ひとり旅の経験を元に中高熟年女性が安全・リーズナブル・自分らしく海外ひとり旅を楽しむガイドブック『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり旅』『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり歩き』(ともにKADOKAWA)ほか、最新刊『きらいな母を看取れますか? 関係がわるい母娘の最終章』(主婦の友社)
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