寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第3回 ブルガリア篇(1)
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ブルガリア篇(1)
ソフィア──カリナのペントハウス
セルディカ駅で乗り換えて……
空港から地下鉄で中心地セルディカ駅を目指した。
予約した宿(貸アパート)は、そこで乗り換えて2つ目のヨーロピアンユニオン駅だ。ところが、問題ないと楽観していた、2路線が交差するだけのセルディカ駅の乗り換えにいきなりつまづく。
なぜか同じ所をぐるぐる回ったあげく、突然、遺跡のような景色にぶつかった。現在の裂け目からいきなり古代が漏れ出したような不思議さ。乗り換えラインはその遺跡の先に続いてたんだ!
あとで調べると、駅があるのは約2000年前にこの地で暮らしていた先住民トラキア人を制したローマ人によって造られた城壁跡で、地下鉄工事中に偶然発見され、今も発掘作業が進行中。駅名のセルディカは、征服者ローマ人が先住民族トラキア人部族の名からこの地に付けた名だそう。
ヨーロピアンユニオン駅は緑の多いおだやかな住宅地の真ん中。大きな交差点下のホームから東西南北2か所ずつ計8か所に出口があった。
フリーwi-fi頼みのスマホではグーグルマップは使えず、事前に家主が送ってくれた地図もおそろしく簡略化されている上に、改札口には出口の案内表示もなく、まるで方向がわからない。
結局すべての出口を試し、歩行者やバス待ちの数人に訪ね、最後に訊いた中年女性がこれから自分の行く方向だから、と一緒に歩いてくれた。
これは女である私の持論だけど、知らない街で現地の人に何かを尋ねるならだんぜん10〜60代女性だ。多少を問わず英語ができ、私があなたなら、という共感とともに助けてくれ、答えに責任をもってくれる。シスターフッドは国や言語を超え、一期一会の旅においても頼りになる。
そこにいくと男性は、私の経験に限っていえば、つまり人によるのだろうけど、老若とも自信たっぷりにまったく別の方向を教えてくれることが少なくないのだ。
デコボコ歩道ぞいの温かな家主のペントハウス
アパートに近づくにつれ、人の雰囲気や緑の多さから一帯がアッパーな住宅地だとわかった。
それでも歩道は陥没穴やブロック剥がれだらけで、そこに足や荷物がドスンと落っこちて転ばないよう、そんな“お年頃”の私はひやひやする。杖や車椅子を使う人はどうするのだろう。経済発展著しいこの国もまだそこまでは、という感じだろうか。
当該番地のアパート前にも大きな穴。錆びたワイヤーで支えられた門の先、草ぼうぼうの敷地に建つ4階建て集合住宅は言ってはなんだけど廃屋ふう。
まさかここ? しばし立ちすくんでいると、敷地の奥に頭だけ見えていた女性が、あたりに異彩を放つアジアンテイストの初老女に不審感と好奇心を抱いてくれたのか、出てきてくれた。
地図を示すと、ああ、というふうに振り返り、上階に向かって叫ぶと最上階の窓があき、女性が身を乗り出して手を振ってくれた。それが予約した部屋のオーナー、カリナさん(以下、人名の敬称略)だった。
食糧自給力170%の底力を実感した市場
4階まで階段を上がり、扉を開けたとたん思わず声をあげてしまった。
そこにあったのは外観からは想像もできない天窓付きのペントハウス。手前に明るいキッチン&ダイニング、奥に広いリビング、中階段をあがると寝室、その横にバス&トイレとベランダがあった。
年の頃ならアラ40、感じが良く、私よりずっと流暢な英語を話す彼女は、冷蔵庫をあけて見せ、水やミルクやジュースは自由にどうぞ、と言い、部屋の鍵をくれ、自分たち家族は同じフロアに住んでいるから必要があればドアを叩いて、と言い残して出て行った。
まるで旧知の友人のような温かな対応に体と心にエネルギーがじわじわ補給され、その元気をテコに彼女に勧められた近所の市場に出向いて夕食用にいくつかの惣菜と、朝食のヨーグルト、パンなどを買う。
驚いたのは商品の豊かさと物価の安さだ。野菜の惣菜2種(コールスローふうだけどそれより美味しいキャベツサラダと夏野菜グリル=写真)を約250gずつ買って合計4.45レヴァ、つまり約275円(1レフ=約62円/2019年5月 ※レフの複数形はレヴァ)。
東京のデパ地下なら1000円はしそう。500ml缶ビールやヨーグルト、パンを買い足しても全部で1000円足らず。安さと美味しさに感激し、食糧自給率170%超の豊かさを実感させられる。
そういえば半世紀前にソフィア大学の学生だった八百板洋子さんも著書のなかで、大学近くの惣菜屋でしばしば惣菜を買って食べたエピソードや、(ブルガリアは)「食料品も豊かに満ち足りています。農業の自給自足と流通がこれほど円滑にいっている国は東欧でもまれなのでは」(『ソフィアの白いばら』抜粋)とつづっていた。
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