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野口良平「幕末人物列伝 攘夷と開国」 第4話 真葛の文体を培ったもの――真葛落穂拾い(7)
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7 真葛のいう「邪法」が帝国主義のことだとしたら
謎めいたこの一文が「キリシタン考」と呼ばれてきたのは、文中で二度出てくる「キリシタン」の語が、「邪法」と同一視されたからである。
二つの用例を掲げておくと、
用例①――「〔異国渡りの邪法は〕キリシタン辛苦をつみて、年経て国にひろめんと、下人より導きし法なり。」
用例②――「食をほすことは、仙台の流人キリシタンにいたりし時、かの国にてせしことの学なり。」
まずわかるのは、「キリシタン」が①では「人」(「邪法」の担い手もしくは導き手)、②では「国」を指して使われていることである。
②の「仙台の流人」は、石巻から出帆して遭難し、寛政6年(1794)にロシア領に漂着した「若宮丸」の乗組員のことだと考えられる。そのうち水夫の津太夫(1744-1814)ら4人は、ロシアの遣日使節ニコライ・レザノフ(1764-1807)に連れられて、文化元年(1804)に長崎に戻った。
仙台で漂民の事情を聴取し、『環海異聞』をまとめた蘭学者の大槻玄沢(1757-1827)は、工藤平助の知己だった。また夫の只野伊賀(?-1812)は、仙台藩の重役で教養人だった。真葛は、若宮丸情報をある程度入手していたと思われる。②の「キリシタン」は、具体的にはロシアを指すものだろう。
すでに幕府から得ていた入港許可証を携え来日したレザノフは、その通商要求を幕府が拒絶すると、部下に命じて日本側の北方拠点を襲撃させる(文化露寇=フヴォストフ事件、1807年)。
文中に「食をほす」とあるのは、ロシアにおいて、キリスト教(ギリシア正教)の洗礼をうけ永住を選んだ漂民のみに衣食住が確保されたことを指すのだろう。
ロシア政府のこの態度は、受洗を選んだ漂民と、そうせずに過酷な生活をつづけた漂民とに深い亀裂をもたらした。日本にきた「キリシタン」にも同様のことをして相手が懲りればよいと、その文は記すのである。
「オランダ」が出てくるのは唐突にみえるが、オランダ船を偽装した英国の軍艦が、オランダ船拿捕を目的に長崎に不法入港し、日英間の戦闘寸前にまでなったフェートン号事件(1808年)が、真葛のなかではそうした形で記憶されていたものかもしれない。
![](https://assets.st-note.com/img/1738435617-nEe31L4HorgXNlyWJRY9APxS.jpg?width=1200)
こうしてみると、この一文は、ロシアの南進と英国の東洋進出という、列島にとっては未曽有の――父工藤平助も知らなかった――危機的情勢の到来のなかでの暗中模索なのだと推定しうる。
真葛のいう「邪法=キリシタン」とは、狭義のキリスト教(徒、国)というよりも、真葛なりに感知した、西洋列強の帝国主義そのものをさす概念だったのではないだろうか。真葛が儒教や仏教に示したのが、列強からみれば非力な存在だという冷徹な認識なのだとしたら、馬琴への圧服に帰着させる説明は、事態の矮小化になるように思われる。
その意味で、「キリシタン考」という通称は誤解を招きやすく、端的に「邪法考」と呼ぶほうが、「謎」を「謎」でなくするための一歩を踏み出せるのではないか。
(日本の沿岸に接近した外国船への無差別砲撃を命じる異国船打払令を幕府が発したのは、真葛がなくなった1825年のこと。この令は、アヘン戦争で清国が敗北した1842年に廃止された。)
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※ヘッダー図:若宮丸・津太夫らの世界一周航海図(国立公文書館 - 視聴草(レザノフ長崎来航) 航海図)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tsudayu_map.jpg
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