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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第4回 イタリア・プーリア州篇(11)

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(11)パッとしない自分のまま旅を続けよう


腑抜け状態のまま歩く道の先にふと開けたのは、ローマ時代の円形闘技場跡だった。西暦2世紀に建てられた2万5000人収容という史跡をぼんやり見下ろし、レッチェ・バロックの圧を夕暮れの風で緩めた。
闘技場の向こうに高くそびえるのは街の守護聖人サントロンツォの円柱だ。17世紀にペスト終焉を祝って建立されたもので、隣町ブリンディシにあったアッピア街道の終点を示す円柱を移転した、とある。

アッピア街道……。高校世界史で学び、不思議とまだ記憶に残っていた名。高校2年の教室から今ここが突然繋がる。私は今、あの古代ローマ帝国の力の象徴であり「すべての道はローマに通ず」という言葉の語源となった街道の南の端にいるんだ!

西暦2世紀築、収容人数2万5000人の円形闘技場
サントロンツォの円柱が見守る広場は市民や旅行者で夜更けまでにぎやか


夜のとばりがおりてますます美しさとにぎわいを増す街並みのあちこちで人を眺め、ショーウインドをのぞき、サンタ・クローチェ聖堂のライトアップを撮り、食料品店に立ち寄ってホテルに戻る。
買ったパンやチーズやビールをベランダで食べながら、レッチェの夜をいつまでも味わった。

闇のなかでいちだんとすごみを増すサンタ・クローチェ聖堂
月に照らされたレッチェのロマンチックな街角

 翌朝早くリュックを背負って共用リビングに向かう廊下の途中で、それまで気づかなかった扉から出てくる中年男性にばったり。
昨日のパリッとした印象とうって変わったボサボサ髪のジャンニだった。
チェックアウトは共用居間から呼び鈴を押すように言われていたけど、タイミングよくそこで鍵を返した。
ここに住んでるの?と訊くと、自宅はもちろん別にあって、必要に応じて “当直” するのだと言う。狭い廊下での立ち話ゆえ、背の高い彼が話すために近づいた一瞬に寝起きの息を感じてドキッとした。隙がなく、ドラマの世界に生きているように思えた人から初めて感じた生々しい “ほころび“ 。
数分後、最後まで感じよく送り出してくれた彼に別れを告げ、朝日に輝く街を歩きながら、先ほどの一瞬が心にもたらした思いがけない解放感について考えていた。
イタリアの古都で趣味のいいB&Bを経営し、エレガントな物腰で客に接する “貴族” みたいなあの人もまた、生々しくやるせない日常とともにある人なんだ。これまでの人生でついぞパッとしたことのない人間(私)だって、そのまま堂々と素直に生きていけばいい。60を超えた者がそんな感慨にふけるなんて、それこそパッとしないけど。

 昨日のバス停から再び同じ番号のバスに乗り込み、駅とは反対方向にある町外れのバスターミナルに向かう。広いターミナルにはたくさんのバスが並んでいたけど目当ての長距離バス、flixバスは遠くからもわかった。
だって、車体もドライバーのジャケットも同じ蛍光グリーンで暗闇の灯台のように手招きしてくれたから。

さあ、乗ろう。アドリア海沿岸からブーツを横切って地中海沿岸まで約6時間、夕方にはもうナポリだ。

広いターミナルでも一目瞭然。蛍光みどりのバスでナポリまで約6時間
レッチェからブーツを横切ってナポリ
(地図製作:三月社 https://sangatsusha.jp/

イタリア・プーリア州篇(了)

→次回「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅 第5回 イタリア・
ナポリ篇」は6月末の予定です!

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【著者プロフィール】


寺田和代(てらだ・かずよ)
立命館大学卒業後、会社員を経てフリーライター・エディター。
女性誌、文芸誌、総合誌などの取材・執筆、単行本の企画・制作に携わる一方、2000年に社会福祉士資格を取得し、高齢者介護の分野でも取材活動を続ける。
単著に、長年の欧州ひとり旅の経験を元に中高熟年女性が安全・リーズナブル・自分らしく海外ひとり旅を楽しむガイドブック『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり旅』Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり歩き』(ともにKADOKAWA)ほか、最新刊『きらいな母を看取れますか? 関係がわるい母娘の最終章』(主婦の友社)

著者(今回の旅ではないです、フランス、ルーアンにて)
『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり旅』
『Soliste[ソリスト]おとな女子ヨーロッパひとり歩き』
(ともにKADOKAWA)
『きらいな母を看取れますか? 関係がわるい母娘の最終章』主婦の友社
共著『〈記憶の継承〉ミュージアムガイド』皓星社


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