林浩治「在日朝鮮人作家列伝」03 金石範(キム・ソクポム)(その3)
金石範──「虚無と革命」の文学を生きる
(その3)
林浩治
4)戦後日本の闇を生きる
金石範が解放前後ソウルで親交を結んだ同志張龍錫(チャン・ヨンソック)から受け取った手紙は、1949年5月5日付けが最後だ。
張龍錫は手紙を書いたあと同志たちとともに一掃された。金石範がソウルに残っていたなら命はなかっただろう。反民特委が襲撃されたのが同年6月だ。
同じ6月、李承晩の政敵で民族主義の巨頭、金九(キム・グ)が暗殺された。
金石範は1952年に日本共産党を脱党し、朝鮮民主主義人民共和国の党と直結した秘密組織の指示で仙台に行き、数ヵ月間地下活動に従事する。
しかし、社会主義を志向しながらもニヒリズムの深い幕に包まれていた金石範の煩悶は小さくなかった。この頃の心象は小説「炸裂する闇」に描かれている。
『地の影』(1996年 集英社)の第一章におかれた「炸裂する闇」において、主人公金白潭(キム・ペクタン)は東北のS市で「北」の共和国と繋がった組織で働くことになる。ところが、秘密の革命組織とは言っても資金調達のための経済組織で、仕事の内容は結局普通の会社と同じなのである。金白潭は地方新聞の広告局に配属されるが、営業が苦手で仕事が厭で仕方がない。結局3ヵ月で辞めて東京へ去って行く。
入れ替わって「地下活動」に入った友人はダイナマイト自殺した。また韓国籍をとって地下活動をしていた同志は、妻子と別れて「北」へ「帰国」したが消息不明になった。解放されたはずの祖国の北半分に対する不信に金石範は包まれていく。
戦後の金石範は、祖国に戻って独立革命闘争に加わることもできず、革命派の証だった共産党から離れ、「北」の指令を受ける地下組織からも逃れた。祖国の革命から切り離された孤独と自己に対するある種の諦観は「はらわたのない人間」という自虐的な認識を作り上げた。
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◆著者プロフィール
林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
金石範は、とくに尊敬する作家。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!
金石範にかんする記事も多数!
http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-ad563d.html
↑「満月の下の赤い海」が「すばる」に発表されたときの書評。
このページの一番下に、「金石範に関する記事」の一覧が載っています。
(編集部記)
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