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寺田和代【Book Review】パーヴェル・ヴェージノフ『消えたドロテア』松永緑彌訳、恒文社
「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」
第3回 ブルガリア篇【Book Review】〔1〕
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◆ パーヴェル・ヴェージノフ『消えたドロテア』松永緑彌訳、恒文社、1997年8月
作曲家のわたし(アントニー)は離婚したてで鬱状態だ。
いつもの店で深夜まで過ごしたある晩、アレクサンダル・ネフスキー寺院近くに止めた車に乗り込むと、後部座席に若い女が。
それがドロテアとの出会いだった。
「わたしはほかの人たちとまるきり違う。気が狂っているのですから」
と自らを語る彼女は実際、精神病院で暮らし、昼だけ働きに出る“病院勤務患者”。
やがて、アントニーは彼女の特異な才能、非凡な感性、自分の創造性を刺激してくれる言葉や行動に惹かれ、一方ドロテアは彼の生活スタイルや仕事に安心と興味を感じ、プラトニックな関係のまま同居生活を始める。
鋭く純なドロテアに照射されるうちに、自らの俗物性をぬぎ捨てていくアントニー。
が、ドロテアの口から、自分の狂気を産んだ過去が語られると運命は一転…。
予定調和を片っ端から裏切る展開、どんな作品にも似ていない表現、硬質で詩的な文体に、アントニーがドロテアに魅せられたように、読者もまた物語に魔法にかけられる。
異世界への跳躍という意味で、これほど小説の面白さを堪能させてくれる作品は貴重。読み終えると同時に自分の心も空に舞った。(了)
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