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日本にもBiotechの時代が来る!?

 Biotechが世界を大きく変えつつあります。Andreessen Horowitzが「Bio is not the “next new thing” -- it’s becoming everything. 」と述べ、ARK Investment ManagementのCathie Woodが「The next “FANGs” are being birthed in the genomic revolution!」と呟いたように、Biotechへの期待感はかつてないほど高まり、膨大な投資が流れ込むことで基礎研究も応用研究も加速し続けています。

 日本の状況はどうでしょうか。長年、日本はBiotech産業不毛の地でしたが、先人達の懸命な努力により、Biotechベンチャーを生み育てるエコシステムが形成されつつあります。

 私自身も、アカデミアシーズを基に創薬Biotechベンチャーを設立し、unmet medical needsを満たせるような製品を送りだしたいと考えています。その準備体操として、世界のBiotech企業をウォッチし、「どのような技術がなぜ評価されているのか?」「研究開発戦略の組み方は?」「特許戦略とは?」「優れたチームを構築するには?」などを少しでも理解したいと考えています。

 本記事ではその準備体操の一環として、日本の上場ベンチャーの中からSosei Heptares・PeptiDream・MODALISの3社に注目し、それぞれの強み・弱みなどを簡単に議論したいと考えています。この3社にフォーカスした理由は、世界と戦える可能性を秘めた日本のトップBiotechベンチャーであり、ケーススタディの優れた題材だからです。

 重要な注意点ですが、本記事はあくまで、将来Biotechベンチャーをつくりたいという目標に向けた個人的な覚書のようなものです。本記事にはクリティカルコメントもありますが、特定の人格を攻撃するためのものではなく、私の好奇心から発しているものです。反対意見や間違いの指摘などを含めいろいろなコメントを頂けると嬉しいです!

Disclaimer:
・事実に基づく記述を目指しますが、その正確性は保証できません。
・本記事は個人の推測を含み、その正確性は保証できません。
・本記事は特定の医薬品・商品・biotechを推奨するものではありません。
・本記事は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。

自己紹介

 初めまして!青木 航です。

 私は、革新的バイオテクノロジーの創出を目指して京都大学で研究しています。創薬にも強い興味を持っており、将来的には、大学の基礎研究で生み出した技術をもとにBiotechベンチャーをつくりたいと考えています。

 サイエンスアウトリーチも行っています!例えば、Twitterで科学技術についてときどき呟いてます。

 ポピュラーサイエンス本の翻訳のちょっとしたお手伝いもやっています。例えば以下の2冊に関わっており、読んでもらえると嬉しいです!

Biotechが世界を変える

 生命に対する我々の理解は本当に大きく進歩しました。生命現象を分子の言葉で理解しようと試みる「分子生物学」が勃興してから100年も経っていないことを考えると、驚きを禁じ得ません。

 生命科学の基礎研究の応用は、既に我々の生活に浸透しています。

 我々は、抗生物質とワクチンにより多くの感染症を克服しました。現在猛威を振るっているCOVID-19に対するワクチンがわずか一年で緊急承認に至ったことも、生命科学の基礎研究の賜物です。バイオ医薬品が医薬品売上高ランキングの上位を占めるようになり、生活習慣病からがんまで多くの疾患の治療に役立っています。遺伝子組み換え微生物による発酵生産や遺伝子組み換え作物の大規模栽培は、好むと好まざるとにかかわらず我々の生活にとって欠かせないものになっています。そしてついに、我々はヒトゲノムを編集する技術を手に入れました。映画「ガタカ」のようなデザイナーホモサピエンスの時代が来るのかどうかはわかりませんが、少なくとも遺伝子疾患の根絶は射程に収めつつあります。今後数十年のうちに、農業・漁業・林業・食品産業・医療、さらにはホモサピエンスという種の在り方まで、ありとあらゆることをBiotechが変化させるでしょう。

 これほどのBiotechの進歩に皆さんはわくわくしませんか!?近年のBiotechの進歩スピードは本当に圧倒的で、少しでも勉強をさぼるとあっという間に置いてけぼりになってしまいます。物理学が専門だった親が「これからはバイオの時代だ!」と話していたのを聞いて生命科学を志した私ですが、この熱いフィールドにリアルタイムに参加できて本当に嬉しく思っています。

日本の創薬Biotechの背景

 情報産業において日本はまったくポジションを獲得できず、この高付加価値分野において後進国になってしまいました。しかし、次の巨大な高付加価値産業であるBiotechにおいては、以下の理由からある程度のポジションを獲得できるチャンスがあると思われます。

1. Biotechは勝者総取りになりにくい。分野は細分化され、それぞれで必要とされる技術は異なり、多様なアプローチが存在し、多くの企業が価値を創出できるスペースがある。

2. トランスレーションがうまくいっていないが、日本には(今はまだ)多くの優れたシーズがある(と思う)。

3. エコシステムが急速に進化しつつあり、これが加速すれば、革新的Biotech企業が生まれる土壌を形成できると期待される。

 アメリカなどに比べると何週も遅れている現状からするとこれは楽観的過ぎるという批判はありますし、その通りだとも思います。しかし、Biotechでもポジションを獲得できなければ日本の産業構造は本当に厳しいことになるため、この分野における成功は日本の将来にとって極めて重要です。

日本の創薬ベンチャーのランドスケープ

 日本の上場創薬ベンチャーのランドスケープは、みずほ証券の資料をベースにMODALISが非常に綺麗にまとめてくれており、私の分類とほぼ一致しているためそのまま引用します(出典:MODALIS 2020年12⽉期 第3四半期決算説明資料)。この資料を見ると、ゾンビも含まれていますが、多様な創薬ベンチャーが存在していることがわかります。

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 この中で、世界で戦える創薬企業に成長する可能性があるのは、Sosei Heptares・PeptiDream・MODALISの3社だと考えています。その理由は、これらの企業が「Biotech」かつ「プラットフォーマー」だからです。

なぜ「Biotech」であることが重要か?
 その理由は、革新的医薬がBiotechによって創出されることが増えているからです。一昔前の創薬の中心はケミストリーでした。医薬と言えば低分子であり、有機合成が花形でした(もちろん今でも低分子創薬は極めて重要です)。しかし、創薬難易度の高い疾患が残るにつれ、従来のケミストリーだけでは革新的医薬を創出することが難しくなってきました。その状況を変えたのがBiotechです。現代では抗体医薬などのバイオロジクスが市場を席巻しています。また、低分子創薬を目指すにしても、強力なBiotechで研究をサポートすることが重要になってきています。経験もリソースも潤沢なメガファーマですら、最新のBiotechに膨大な投資をし続けることで新規医薬の創出を維持している状況を鑑みるに、ケミストリーベースのプロダクト型創薬ベンチャーがfirst-in-classもしくはbest-in-classを生み出すために歩まなければならない道は決して平坦ではありません。

なぜ「プラットフォーマー」であることが重要か?
 その理由は、Biotechを使えば競争力のあるベンチャーになれるわけではないからです。例えば、PCRは世界を変えたBiotechですが、現在では誰でも使える技術であるため、PCRを使うこと自体は競争力にはなり得ません。重要なのはプラットフォーマーとなること、即ち、ある技術における世界の圧倒的トップとして君臨し、その果実を独占することです。プラットフォーマーであれば、競合が存在しない環境で医薬シーズを独占的かつ連続的に創出できるため、ひとつのパイプラインに依存することはなくなります。また、製薬企業への技術供与やライセンスアウトによる収益が得やすくなり、経営基盤が盤石になります。

 もちろんBiotechプラットフォーマーでなければ価値がないということではありません。それぞれのパイプラインにはそれぞれのunmet medical needsがあり、私も成功を祈っています。

 プロダクト型創薬ベンチャーの目指すべき姿勢は、できるだけ迅速にPoCを取得し、導出によりその価値を最大化することでしょう。残念ながらPoCが取れなければ、貴重な経験を積んだ価値ある人的リソースと資本を解放して新陳代謝を促し、ベンチャーエコシステムにさらなる深みをもたらすことが重要だと思われます。全力を尽くした上での失敗は決してダメなことではなく、むしろ革新的医薬を生み出すために必要不可欠な要素です。失敗を認めずにゾンビ化すると、新陳代謝を阻害してエコシステム全体に愛影響を及ぼします。
 
 さて、前置きが長くなってしまいましたが、日本に上場しているBiotechプラットフォーマーであるSosei Heptares・PeptiDream・MODALISに対し、①基盤技術・②研究開発力・③カタリスト・④競合について簡単に記述していきたいと思います。

Sosei Heptares

①基盤技術
 Sosei Heptaresの基盤技術は、天然では非常に不安定なGPCRを熱安定化し、in vitroで安定的に取り扱えるようにすることです。それだけ?と思われるかもしれませんが、これが本当に重要な技術なのです!GPCRは、最も重要な創薬ターゲットです。GPCRを安定化することで、構造解析に必要な結晶を得やすくなります。十分な分解能で構造を解き明かすことができれば、強力かつ選択的な低分子を合理的にデザインできるようになります。つまりSosei Heptaresの強みとは、GPCRという重要な創薬ターゲットに対して、最新のBiotechを用いることで、極めて効率的な低分子創薬を実現したことと言えます。Sosei Heptaresはこの技術を用いて、これまでに30種類以上のGPCRから300以上の構造データを取得しています。現在では7個の臨床プログラムと10個の前臨床プログラムが走っており、GPCR創薬の世界的リーダーとして認知されています。

②研究開発力
 Sosei Heptaresの研究開発力は極めて高いと思われます。総従業員は184人と中規模ですが、毎年2~3個の前臨床開発候補品を創出し、続々と臨床試験を開始しています。前臨床開発候補品や臨床開発品がコンスタントにメガファーマに導出されることから、その品質の高さはexternal validationがなされています。例えば2020年においては、GPR35受容体作動薬をGlaxoSmithKlineに導出しました。また、CGRP受容体拮抗薬をBiohavenに、mGlu5 NAMをAditum Bioに導出しています。

 この研究開発力の源泉をSosei Heptaresにインタビューしたいところですが、基盤となるBiotechが強力なだけではなく、豊富な経験とドメイン知識を持つ研究員とマネジメント層をチームアップできているからではないかと思われます。研究拠点は英国ケンブリッジにあり、従業員の半分近くがPh.D.です。グローバルな特許件数は500を超えています。マネジメント層はメガファーマで経験を積んだPh.D.が過半を占めています。アドバイザリーボードには、クライオ電顕でノーベル賞を受賞したRichard Henderson、GPCRの構造解析で著名なChristopher G. Tate、それ以外にも多様な分野において高度な専門性を持つ人材が参画しています。このようなチームアップは、正直なところ、あのMRC分子生物学研究所からスピンアウトした革新的ベンチャーだからなせる業であり、日本発Biotechが真似するのはまだ難しいかもしれません。

③カタリスト
 Sosei Heptaresがさらなる価値を証明するための主要なカタリストを以下にリストアップしました。

1. ムスカリンM1受容体作動薬:Allergan(現Abbvie)に導出後、サル毒性により停止中だが再開するか?もしくは予備の化合物で再始動するか?(時期:2021年?)

2. アデノシンA2A受容体拮抗薬:AstraZenecaに導出後、順調に開発は進んでいるが、転移性去勢抵抗性前立腺がんをターゲットにしたPhase IIでPoCが取れるか?(時期:2021年)

3. 経口GLP-1受容体作動薬:Pfizerに導出したが、Pfizerは自社開発のPF-06882961と、Sosei Heptaresと共同開発したPF-07081532の2つの経口GLP-1受容体作動薬を同時に臨床開発している。Pfizerは最終的にどちらを選択するのか?(時期:不明)

④競合
 現在、GPCRの構造ベース創薬でSosei Heptaresに匹敵する企業は存在しませんが、競合するテクノロジーが近いうちに出現する可能性があります。第一に、膜タンパク質の熱安定化は非常にホットな研究領域で、より簡便に熱安定化GPCRを取得可能になる可能性があります。第二に、クライオ電子顕微鏡技術が発展し、そもそも熱安定化が必要なくなる可能性があります。恐らくそのような未来に備えるために、Sosei Heptaresは2020年6月に250億円の資金を調達し、その資金の一部を使ってCaptor Therapeuticsと戦略的提携を結びました。この提携を通してSosei Heptaresは、選択的GPCR分解医薬の実現に向けた研究をスタートさせています。

PeptiDream

①基盤技術
 PeptiDreamの基盤技術は、東京大学菅研究室で開発されたPDPSシステムです。PDPSでは、生命のタンパク質合成システムをハックすることで、非天然(特殊)アミノ酸を含むペプチドライブラリを極めて大規模かつ簡便に合成できます。具体的な数値で説明しますと、生命は20種類の天然アミノ酸しか使えませんが、最新のPDPSでは400種類以上の特殊アミノ酸が使用可能となっており、兆を超える多様性の特殊環状ペプチドライブラリをひとつのチューブの中で構築できます。この技術を用いると、任意のターゲットに対して強力に結合する多数のバインダーを迅速に同定することができます。また、ひとつの結合ポケットに対してもさまざまな結合モードのものが取れます。言い換えますと、PDPSシステムとは、膨大な化合物空間に極めて低コスト・簡便・迅速にアクセス可能とすることで、ヒット化合物を効率的に取得する技術であると言えます。ルーチンには兆のオーダー(10^12以上)、オートメーションで頑張れば京のオーダー(10^16以上)のライブラリスクリーニングが可能でしょう。

 PDPSは極めて強力なプラットフォームテクノロジーです。我々がPeptiDreamのin houseデータを見ることはできませんが、菅研究室の論文を読むことでその一端を見て取れます。また、PeptiDreamが多数のメガファーマと共同研究契約や非独占的技術ライセンス契約を締結していることから(出典:PeptiDream 2020年12月期 第2四半期決算説明会資料 8ページ)、PDPSが創薬における大きな課題のひとつを解決し得る優れた技術であることのexternal validationがなされていると言えます。

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②研究開発力
 上記のように、菅研究室が開発したPDPSは極めて強力であり、PeptiDreamの経営陣は、その創薬応用への基盤構築において素晴らしい成果を残して来たように思えます。

 自社創薬においては、100人強の従業員数にも関わらず117個のプログラムが進行しています(出典:2021年1月3日 PeptiDream HP パイプラインの項)。これほどの数のプログラムを同時進行するのは難易度が高いことだと思われます。

 自社創薬に加え、PeptiDreamの経営方針では、PDPSユーザーネットワークによる他社創薬に重きが置かれています。使い古された表現を使いますと、PeptiDreamは強力なツルハシ(PDPSシステム)を製薬企業に販売し(ライセンスフィー)、さらに掘り出された金塊の一部を貰うことで(マイルストーンとロイヤリティー)、重層的に利益を生み出す仕組みを構築しています。このネットワークが想定通りに機能すれば、PeptiDreamは世界の創薬ハブになるでしょう。多数のメガファーマを含むPDPSユーザーネットワークの形成に成功していることから、その野心的試みは順調であるように見えます。

 一方、これが不思議なところなのですが、プログラムの進捗がほとんどありません。PeptiDreamは2006年に設立されていますが、いまだ自社開発品の臨床入りもしくは導出は実現できておりません。PDPSユーザーネットワークは巨大ですが、BMSとKleo Pharmaceuticalsを除くと臨床入りプログラムは生まれていません。その原因についていろいろインタビューしたいところではあるのですが、以下に個人的推測を列挙したいと思います。

◆自社創薬
1. マネジメントチームの創薬経験:PeptiDreamのマネジメントチームの中で、創薬の深い経験を積んだ方は一名です。また、アドバイザリーボードは立ち上げられておりません。そのため、品質の良い前臨床開発候補品を創出し、着実に臨床入りさせるための経験とドメイン知識が不足している可能性があります。例えば、2020年に二つから六つのプログラムが臨床入りする予定と述べられていましたが(出典:2019 年 12 月期決算 投資家・アナリスト向け説明会 質疑応答 13ページ)、残念ながら実現できておりません。

2. 研究開発投資額:PeptiDreamの2020年研究開発費は約17億円であり(出典:2019年12月期決算説明会資料 28ページ)、かなり小規模です。現状、自社開発品の臨床入りもしくは導出はなく、また、PATENTSCOPEで検索すると特許もあまり出ていないようです(特許検索は素人なのでうまく検索できていないだけかもしれません!)。これまでの開示資料を読む限りでは、過去最高益であることや営業利益率の高さが強調されているため、自社創薬ではなくPDPSユーザーネットワークの形成による他社創薬を重要視しているように思われます。もし、バイオベンチャーを評価できない日本市場に適応するために自社創薬の進捗よりも黒字化を優先してしまっていることが原因ならば、パイプラインの進捗という創薬ベンチャーとしてのKPIは今後も低調になるかもしれません。自社創薬パイプラインを進捗させるためには、市場から短期的には評価されなくなろうが、優秀な人材のリクルートや必要な技術の開発に積極的に投資する必要があると思われます。

3. 特殊環状ペプチドというモダリティ:モダリティが新しいために、研究開発プロセスに大きなボトルネックが存在している可能性があります。例えば、ヒット化合物を最適化するプロセスが難しいのかもしれません。もしくは、特殊環状ペプチドの大量合成に手間取っている可能性があります。特許が少ない現状を見ると、前者の問題が大きいのかもしれません。
◆他社創薬
1. 技術ライセンス契約の内容:PDPSの非独占的技術ライセンス契約の締結により、各製薬企業は多額のライセンス料をPeptiDreamに支払っています。使えないツールに多額のライセンス料を支払うことはないので、PDPSは非常に優秀なのだと推察されます。しかし、そこから臨床入りプログラムがなかなか生まれてきません。契約の内容を知ることはできませんが、貴重な研究開発ツールとして採用されているものの、PeptiDreamにマイルストーンやロイヤリティを払わずに済む形で運用されてしまっている可能性はあるのでしょうか。もしくは、マイルストーンが支払われているがそれが個別に開示されていないだけなのでしょうか。技術ライセンス契約の詳細について開示されている情報はないため、この項目の記述は非常にspeculativeです。

2. 特殊環状ペプチドというモダリティ:各製薬企業は、どの開発品を臨床入りさせるかを常に精査して優先順位を決めています(出典:2019 年 12 月期決算 投資家・アナリスト向け説明会 質疑応答 2ページ)。例えば、特殊環状ペプチドというモダリティに関する知見が世界的に不足しており、その開発プロセスが読みにくいために優先順位が下げられやすいという可能性はあるのでしょうか。その場合、自社創薬により特殊環状ペプチドの臨床におけるバリューを積極的に証明して行く必要があるかもしれません。

 以上、私の調査範囲では研究開発の遅れに対するマネジメント層の詳細なコメントは見つけられておらず、推測を並べる形となってしまいました。次回の決算説明会で上記推測の正誤がわかるような内容が含まれていれば非常に勉強になるので期待してます。
 
③カタリスト
 PeptiDreamの第一のカタリストは、プログラムを臨床に着実に上げられるようになるかどうかです。最近では、PeptiDreamがメガファーマとPDPSの非独占的技術ライセンス契約を結んでもmarket capに影響を与えません。つまり市場は、PeptiDreamが本当に創薬企業になれるのかどうかを見守る段階に入っていると思われます。

 第二のカタリストは、peptide-drug conjugate(PDC)のPoCが取れるかどうかです。これまで研究開発の進捗が芳しくなかったのは、PDPSのキラーアプリケーションがなかなか明確にならず、ベストな戦場で戦えていなかったことが原因の可能性があります。最近、PeptiDreamの研究開発がPDCに急速にシフトしているように見えます。例えば、Novartis・BMS・Janssen・Kleo・RayzeBio・武田薬品・塩野義・メジフィジックス・JCRでPDCの開発が進められ始めており、PeptiDreamの117個のプログラムのうち37個がPDCです(出典:2020年12月期 第3四半期決算短信)。

 Kleoとは、2017 年7月に戦略的共同研究開発契約を締結し、そこから生まれたPDCであるCD38-ARMが2020年2月に臨床入りしました。この開発スピードは極めて速く非常に驚きました。CD38-ARMが抗CD38モノクローナル抗体を上回るポテンシャルを示せれば、ブロックバスターに成長する可能性があるでしょう。2020年8月に放射性PDC医薬品の戦略的共同研究開発契約を締結したRayzeBioは、7つのプログラムを走らせており、2021年後半までに少なくともひとつの前臨床開発候補品を創出し、それから一年以内に臨床入りさせると発表しているようです(出典:https://endpts.com/barely-two-months-after-unveiling-a-new-breed-of-radiopharmaceuticals-rayzebio-brings-total-haul-to-150m/)。

 PDCはADCに対して有利な点をいくつか保持しています。例えば、開発スピードが極めて速く、低コストで薬剤を生産可能で、抗体に比べて組織への浸透性も高いです。まだ確信はありませんが、PeptiDreamはPDCをメインターゲットとしたBiotechとして花開くかもしれません。

④競合
 特殊環状ペプチドという分野では強力な競合は見当たりません。世界の研究動向をウォッチしていても、近い将来にPDPSと同等の技術が出現する可能性はかなり低そうです。以前、質量分析を用いて大規模特殊ペプチドライブラリから優れたバインダーを同定する新技術に関して呟きましたが、PDPSの方が優れている点も多く、すぐに競合となる可能性は低いと思われます。

 2020年後半に主要特許が切れるまでは、強力なポジショニングを維持できるのではないかと期待されます。主要特許を失った後にどのようにポジショニングを維持していくかは、今後の大きな課題でしょう。

MODALIS

①基盤技術
 モダリスの基盤技術は、東京大学濡木研究室が開発したCRISPR-GNDMです。
 
 遺伝子治療分野においては、CRISPR Therapeutics (Emmanuelle M. Charpentierら)・Editas Medicine (Feng Zhangら)・Intellia Therapeutics (Jennifer A. Doudnaら)・Beam Therapeutics (David R. Liuら) など、ゲノム自体を書き換えるゲノム編集Biotechがメインストリームになりつつあります。一方MODALISはそれらとは異なり、ゲノム自体は書き換えずに、任意の遺伝子を抑制もしくは活性化する技術(gene modulation)で遺伝子疾患の治療を目指すポジショニングを取っています。CRISPR-GNDMによるgene modulationでは、現在のヒトゲノム編集技術では対応が難しいケースでも治療法を創出できる可能性があります。

 遺伝子疾患の治療は、生命科学者が長年追い求めてきた聖杯です。遺伝子疾患では、病気の原因が明確になっていることが多いです。言い換えると、「何をすれば完治させられるのかがわかっている」ということです。しかし、遺伝子を自在に操作することは難しかったため、対症療法を開発することしかできませんでした。現在急速に遺伝子治療の技術開発が進んでおり、楽観的な見方をすると、今後数十年で遺伝子疾患を駆逐できるかもしれません。

④競合
 MODALISには競合となるBiotechベンチャーが存在するため、まず④競合のセクションを記述します。そのベンチャーとは、アメリカのSangamo Therapeuticsです。

 Sangamoは、第一世代ゲノム編集技術であるzinc finger nuclease(ZFN)を使って遺伝子治療を目指すBiotechベンチャーです。Sangamoはこれまでに、ムコ多糖症などの遺伝子疾患の治療を目指して、ZFNを使ったin vivo遺伝子編集の臨床試験を3本(MPS I, MPS II, hemophilia B)行っていましたが、すべて失敗しています。そのため、ヒト体内における有効性を疑う声もあるのですが、以下の点はSangamoのZFNテクノロジーの有効性をサポートする傍証であると思われます。

1. in vitro遺伝子編集:CRISPR・TALEN・ZFNのefficacyにそれほど差があるようには見えません。

2. ex vivo遺伝子編集:Kite (Gilead Sciences) が、各種ゲノム編集技術を精査した結果として、SangamoのZFNがex vivo遺伝子編集においてbest optionsを提供してくれると判断し、共同開発契約を締結しています。Sangamoのin houseデータの多くは非開示ですが、少なくともex vivoでは、現段階のCRISPR技術よりも有望な可能性があります。

3. in vivo gene modulation:多数のメガファーマが、SangamoのZFN in vivo gene modulationパイプラインのライセンスを購入しており、Sanagamoの技術のexternal validationとなっていると思われます(Pfizer, 1ターゲット; Takeda, 1ターゲット; Biogen, 最大12ターゲット, Novartis, 最大3ターゲット)。in vivo gene modulationにおいて、現段階ではCRISPRよりもZFNの方が技術的に優位と判断されているからかもしれませんし、単純にMODALISが若い会社なのでdiligenceされていなかっただけかもしれません。ZFNの性能自体もSangamoにより大きく改善されており、以前の臨床試験での失敗要因がある程度解消されているのかもしれません。

4. 免疫原性:CRISPRは微生物由来のタンパク質を使用しており、特に長期的にCasタンパク質を発現させなければならないケースでは免疫原性が無視できない可能性があります。CRISPR Therapeutics・Editas Medicine・Intellia Therapeutics・Beam TherapeuticsなどCRISPRを基盤技術としたBiotechは、ex vivo遺伝子編集、眼や脳など免疫特権がある組織に対するin vivo遺伝子編集、non-viral deliveryによる肝臓のin vivo遺伝子編集など、免疫原性が影響しにくいパイプラインを先行させています。SangamoのZFNはヒト由来の遺伝子配列を使用しており、ヒト肝臓へのAAV deliveryで比較的良好なSafetyを示したという意味では一歩先行しています。もしCasタンパク質の免疫原性が問題になった場合、ヒトのin vivo遺伝子編集ではZFNの存在感が高まる可能性があります。MODALISは筋肉をターゲットにしたパイプラインを複数保持していますが、免疫原性が問題になりそうかどうか判断可能な情報は現段階では開示されていません。

5. デリバリー:各臓器に遺伝子治療薬を運ぶためには、適切なデリバリー戦略が必要になります。例えば、EDITAS MedicineはAskBioのAAV技術を導入しています。Sangamoは、in houseでdirected evolutionさせたAAVシリーズを保持しており、BiogenやNovartisとのディールではそれが重要な評価点のひとつであったことが開示されています。また、ZFNは小型であり、AAVにパッキングしやすいというアドバンテージもあります。MODALISは、競争力のあるAAV技術をどう実現していくのかもひとつの課題だと思われます。

 このように、MODALISには強力な競合となる可能性があるBiotechが存在します。それでも私がMODALISを創薬プラットフォーマーに分類する理由は、上記課題は近い未来に解決できる可能性があること、また、遺伝子疾患はロングテールであり価値を創出できるスペースが十分にあると考えているからです。SangamoのZFN in vivo gene modulatoinが上手く機能しなかった場合は、MODALISがこの領域において世界トップを走るベンチャーになると思われます。

②研究開発力
 MODALISは上場して間もないため、研究開発力を判断するための情報は極めて少ないです。

 MODALISの研究拠点はボストンで、2020年5月時点で、従業員16人中Ph.D.は7人です。

 現在開示されている情報によると、毎年2本の前臨床開発候補品を生み出せる能力があり、2021年に2つの臨床試験を開始する予定です。この開発スピードは、従業員数から考えると信じられないくらいの速さです。

 これらの情報から、かなり順調に研究開発が進んでいると思われます。
  
 但し、上記議論はMODALISの開示情報に基づいており、楽観的過ぎる可能性があります。MODALISは若い会社であり、上場して一年も経っていないため、情報開示方法に不適切な点も見受けられます。例えば、以下の点は改善すべきポイントだと思われます。

1. 将来予測の確度:2020年12月の業績予想を下方修正し、将来予測に失敗しております。最も、期ズレは研究開発力とは全く関係ないイベントです。また、有利な条件を引き出すために交渉を続けられるということは、むしろ歓迎すべき状況であり、その判断を下した経営陣は素晴らしいと思います。そのため、本来このイベントは無視すべきなのですが、下方修正のネガティブイメージを消せるわけではありません。そもそも創薬ベンチャーのKPIはパイプラインの進捗であり、短期的に黒字になるかどうかにはまったく意味がないので、業績予想を開示する必要はないと思います。

2. 強みのオーバーステートメント:ゲノムの切断を伴わずに転写制御する唯一のBiotechであることが主張されていますが(出典:MODALIS 2020年12⽉期 第3四半期決算説明資料 53ページ)、Sangamoが同様の技術で先行しているため、フェアな記述が必要だと思われます。

3. 遺伝子治療ランドスケープの不完全な描写:CRISPR各社との比較に力点が置かれていますが(出典:MODALIS 2020年12⽉期 第3四半期決算説明資料 46–47ページ)、最も直接的な競合となる可能性があるのはZFNを用いるSangamoであるため、ミスリーディングな可能性があります。CRISPRに限定せず、遺伝子疾患治療技術全体の中でMODALISの立ち位置を議論すべきだと思われます。

4. ビジネスモデルの理想と現実の解離:自社開発を重視することを他社との違いとしてアピールしていますが(出典:MODALIS 2020年12⽉期 第3四半期決算説明資料 43–44ページ)、実際にはほぼすべてのパイプラインが協業モデルもしくは協業モデル化予定となっています。若いベンチャーには自社開発を行うためのノウハウと資本が不足していることは当たり前なので、オーバーステートメントする必要はないと思われます。

 正確な情報を提供できるかどうかは、企業の信頼性にとって極めて重要なファクターであり、今後の改善を期待しています。

③カタリスト
 MODALISがさらなる価値を証明するための主要なカタリストを以下にリストアップしました。

1. MDL-201とMDL-202:臨床試験を予定通り2021年に開始できるか?遅延した場合、単に将来予測の確度が低かっただけという可能性もありますが、大きな問題が生じている可能性があります。(時期:2021年)

2. MDL-101, MDL102, MDL104:メガファーマに導出できるか?製薬企業は、多様な遺伝子治療技術を比較した上で、どこにbetすべきか判断します。メガファーマがMODALISと契約を結べば、MODALISの技術力の高さのexternal validationとすることができます。(時期:2021年)

終わりに

 勢いで書いた結果、15000文字オーバーという長さになってしまいました。

 本記事をまとめるプロセスで改めて痛感したのは、才能ある人材がBiotechベンチャーに飛び込むことを当たり前にしなければならないということです。Sosei HeptaresとMODALISの研究拠点は日本ではありません。PeptiDreamの研究拠点は日本ですが、創薬の深いドメイン知識を持つ人材が十分にリクルートされていないように見受けられます。このひとつの原因として、創薬を志す人材のほぼ全員が、Biotechベンチャーではなく大企業を目指すことが挙げられるでしょう。その理由には、そもそもBiotechベンチャーがあまり知られていないこと・周囲の反対・ベンチャーを起点としたキャリアパスへの不安・人材の流動性が低いために大企業志向が有利なこと・リスクある環境に飛び込むにも関わらず待遇がそれほど良くないベンチャーも多い、などなど多数挙げられます。私にできることは少ないですが、Biotechの魅力の発信や、自らの研究に基づいたBiotechの設立などを通して、エコシステムの形成に貢献していきたいと思います。

 クリティカルコメントも書きましたが、本記事でフォーカスしたSosei Heptares・PeptiDream・MODALISは本当に素晴らしいBiotechベンチャーです。このようなベンチャーが生まれる土壌を形成してくれた先人たち、今現在全力でエコシステムに貢献されている方々に感謝し、世界に冠たる創薬企業がJP Biotechベンチャーから誕生することを期待して、本記事の終わりとしたいと思います。