【翻訳のヒント】"use"はいつも「使用する」でいい?
こんにちは。レビューアーの佐藤です。「この単語はこう訳す」という決まり手をたくさん持っておくと、いちいち考えずに済んで、翻訳のスピードが速くなります。特に翻訳の勉強を始めたばかりの頃は、こうした決まり手を増やすことが大切です。ですが、決まり手を機械的に使うことに慣れてしまうと、翻訳者としての感性が鈍くなります。今回はこのテーマを、"use"というごくシンプルな単語に注目して考えてみます。
気づきは突然やってきた
翻訳、特に産業翻訳の仕事をしていて、"use"という単語に出会わない日はまずありません。たとえば私が今日レビューをしていたPowerPointファイルでは、全3,363ワード中に"use"が7回出てきました。同じファイルに出てきた"you"の回数が10回なので、その出現頻度の高さがわかると思います。
"use"を見たら、おそらくほとんどの翻訳者は「使用する」と訳すでしょう。「使う」「利用する」「活用する」なども考えられますが、これらはあくまでもバリエーションの範疇です。かつては私も多くの翻訳者と同じく、半機械的に「使用する」に置き換えていたのですが、あるとき急に違和感を覚えました。自分が同じ内容を一から日本語で書いたとしたら、ここで「使用する」を使うだろうか?と。
具体的な英文は覚えていないのですが、用例としては、こんな感じのものでした。
The company makes all of their decisions using their customer data.
まず前から順に訳していくのが私のスタイルなので、深く考えずに、各ブロックを次のように訳しました。
この会社は
すべての意思決定を行う
顧客データを使用して
このブロックを組み合わせて文にしようとしたときに、ふと「データを使用して」って自然な表現だろうか?という疑問がよぎりました。もっと他の言い方がなかったっけ?? そこで、いったん英語を忘れて、同じ内容を自分ならどう表現するかを考えました。検討しているうちに浮かんできたのが、「データにもとづいて」です。あ、これだ!と思いました。それ以降、私の脳内の"use"の引き出しには、「使用する」に加えて「〇〇にもとづいて」という訳語が収納されました。
"use"を必ずしも「使用する」「使う」という動詞として捉えなくてもいいことに気づいたとき、ぱっと視界が開けた気がしました。それまでも逐語訳をしていたつもりはなかったのですが、この発見は、私の翻訳についての考え方を変えるきっかけになりました。原文の形がすべてではない。原文のメッセージを的確に伝える表現を、もっと自由に探してもいい――まさに目から鱗でした。
「使用する」だと違和感がある例
そうは言っても、"use"を「〇〇にもとづいて」と訳すのは飛躍のしすぎ、と感じる人もいるかもしれないので、具体的な例をお見せしましょう。いずれも一次翻訳では"use"を「使用する」「使う」と訳していましたが、これを「〇〇にもとづいて」に直してみました。
【原文】
You can use the behavioral data collected across channels to add a user to a Journey, or change the path of the journey they’re on.
【一次翻訳】
さまざまなチャネルの行動データを使用して、ユーザーをジャーニーに追加したり、ジャーニーのパスを変更したりできます。
【レビュー後の翻訳】
さまざまなチャネルの行動データにもとづいて、ユーザーをジャーニーに追加したり、ジャーニーのパスを変更したりできます。
【原文】
The digital commerce platform uses rules and data to present fully priced orders for payment.”
【一次翻訳】
デジタルコマースプラットフォームは、ルールやデータを使い、注文の完全な価格を提示します。
【レビュー後の翻訳】
デジタルコマースプラットフォームは、ルールやデータにもとづいて、注文の最終的な支払金額を提示します。
一次翻訳のままでも意味は伝わりますが、レビュー後の方が、日本語として自然な気がしないでしょうか?
もちろん、「〇〇にもとづいて」に置き換えられるかどうかは文脈によります。「使用する」「使う」の方が意味として正しい場合も多くあります。いつも「もとづいて」としてほしいわけではなく、そのときどきの文脈に応じて、しっくりくる表現を選んでほしいのです。
単純な、よく出てくる単語こそ、あしらい方が難しいものです。こう来たらこう、というセオリーを決めすぎずに、いつも新鮮な感覚で訳語を選ぶようにしましょう。