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【翻訳のヒント】翻訳スタイルガイドはなぜ重要なのか

こんにちは。レビューアーの阿久津です。今回は、産業翻訳に欠かせない翻訳スタイルガイドについて説明します。特に、翻訳を発注する側のみなさんにお読みいただきたく思います。

産業翻訳におけるスタイルガイド

翻訳スタイルガイドとは、ひと言で言うなら、翻訳時の文章に関するさまざまな決まりごとを定めた資料のことです。

多くの場合は、翻訳を依頼する側の企業が社内で作成し、翻訳会社にリファレンスとして渡します。しかし、社内にそういった知見のない企業の場合は、翻訳会社に翻訳とは別料金でスタイルガイドの作成を依頼するケースもあります。

翻訳工程では、翻訳者、レビューアー、発注元の担当者など、関係者すべてがこの翻訳スタイルガイドを参照し、人によって文章のトーンがばらつくことを避け、一貫性のあるコンテンツに仕上げます。

翻訳スタイルガイドで定める項目の例

では、翻訳スタイルガイドでは具体的にどんなルールが定められているのでしょうか。ここでは、業界標準の「JTF日本語標準スタイルガイド」を参考に、4つの項目に分けて取り上げていきます。

ただし、以下はほんの一例です。翻訳スタイルガイドには絶対的なひな型があるわけではなく、内容は企業によって千差万別です。盛り込む項目やルールの細かさなど、各企業は自分たちのニーズに応じて内容を吟味する必要があります。

表記

まず、表記に関するルールです。
たとえば、カタカナやスペースの表記を半角・全角のどちらにするのか、漢字とひらがなの使い分け(「既に」「すでに」など)はどうするのか。
カタカナ複合語も厄介です。単に「クラウドシステム」とするのか、中黒(・)を使って「クラウド・システム」とするのか、あるいは半角スペースで区切って「クラウド システム」とするのか。
こうした表記に関する諸々のルールを定義します。

文体

文章全体で、敬体(ですます調)か常体(である調)かを統一することも重要です。本文だけでなく、箇条書きや見出しでの文体をどうするかも決めておきます。

記号

文中で使われる記号の用途も定義します。
たとえば、かっこだけでも、大かっこ([])、かぎかっこ(「」)、二重かぎかっこ(『』)などたくさんの種類がありますが、それぞれどんな場面で使用するかを決めておかないと、書き手によって使い方がまちまちになり、読み手が混乱しかねません。

単位

単位に関するルールも決めておきます。
前述の「表記」と重なるところもありますが、「%」にするのか、「パーセント」にするのか、「90℃」なのか、「90度」なのか、適切な表記を定めます。

翻訳スタイルガイドはなぜ重要なのか

ここまでで、翻訳スタイルガイドがどんなものなのかは、おおむね理解できたかと思います。

とはいえ、これほどの決まりごとをまとめるのは、なかなか骨の折れる作業ですよね。正直、翻訳を依頼する側の企業のなかには、「別に適当にやってくれていいんだけど……」と考える方もいるのではないでしょうか。

確かに、こんなに細かいルールを定めずに翻訳を始めることは可能です。しかし、最初にルールを決めておいた方が、最終的には良い結果が得られます。

その理由は2つあります。

理由1:コンテンツの読み手に与える印象が良くなり、信頼性が高まる

みなさんも、ネットでちょっとした調べ物をしていて、「このコンテンツは信用できそうだな」「この記事はなんだかうさんくさいな」と感じることはありませんか。そう感じさせる要素はいろいろあるかと思いますが、私は「スタイルの不統一」もその要因の1つだと考えています。

少し極端な例ですが、コンテンツを読んでいて、ですます調とである調が混じっていたり、全角と半角のカタカナが混在していたりしたら、読み手はどんな印象を受けるでしょうか。おそらく多くの人が「これは時間や労力をかけて作ったものではないな」と感じるのではないでしょうか。こうなると、そのコンテンツが信頼できるものなのか、読み手は不安を覚えます。

さらに、同じ会社が出している別のコンテンツも見てみたら、これもスタイルがめちゃくちゃ……。そんな状態では、読み手の不安はさらに広がります。「こんな最低限の決まりごとも作っていないなんて、この会社は大丈夫なのだろうか」と。読み手はコンテンツどころか会社そのものの信頼性を疑うことでしょう。

つまり、翻訳スタイルガイドが定められていないと、コンテンツの信頼性が損なわれるうえ、最悪の場合、会社そのものに不信感を抱かれてしまうおそれがあります。発信するコンテンツ(ブランドイメージを形作る大事な要素の1つ)に一貫性が見られないからです。そうなれば、読み手は会社への関心を失い、ビジネスチャンスの喪失につながりかねません。

理由2:翻訳作業に関連するコストを最小限に抑えられる

さらに、スタイルガイドは翻訳コストの点でもメリットをもたらします。

スタイルの決まりごとがないと、翻訳会社は発注元の企業に対し、案件ごとに都度スタイルの方針を確認する必要があります。こうなると、翻訳会社側の作業効率が下がるため、発注元の企業は、その分多くの金額を支払う羽目になるかもしれません(時間給の場合)。また、翻訳会社とのやり取りも増えるため、時間も無駄にとられます

もっと長い目で見てみても、悪い影響しかありません。
いったん翻訳されたコンテンツがアップデートされることは珍しくありません。とはいえ、用語が1つ変わったくらいなら、楽にメンテナンスできるはず、と思いますよね。
ただし、それはスタイルがきちんと統一されている場合です。中黒の有無やスペースの有無がばらついていて、たとえば「クラウドシステム」「クラウド・システム」「クラウド システム」の3種類が混在していたならば、用語の一括置換もままなりません。該当箇所を1つひとつ目視で探し出し、手作業で置き換える作業が発生します。
つまり、翻訳メンテナンスのプロセスでもコストが増大してしまうのです。

翻訳スタイルガイドでみんなハッピーに

この記事では、主に翻訳を発注する側のみなさんに向けて、翻訳スタイルガイドの概要と重要性についてお伝えしました。
翻訳スタイルガイドがあれば、翻訳者や翻訳会社が助かるのはもちろん、何よりみなさんが痛手を負わずに済むのです。最初にスタイルガイドを作るのが普通という状況になれば、翻訳にかかわるすべての人がハッピーになるので、ぜひご検討をいただきたく思います。

参考文献:『JTF日本語標準スタイルガイド(翻訳用)第3.0版』
https://www.jtf.jp/pdf/jtf_style_guide.pdf


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