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【翻訳のヒント】「こと」の使いすぎに注意

こんにちは。レビューアーの佐藤です。これまでは全体論的なことを書いてきましたが、皆さんが気になるのはもっと実践的、具体的な話ですよね。私は普段主に翻訳レビューの仕事をしていますので、レビューアーの観点から、「こういう表現はちょっと見直しが必要」「ここに注意すれば格段に読みやすい訳文になる」というヒントをお伝えしたいと思います。かなり細かい点になりますが、こういう細部まで気にかけて翻訳のブラッシュアップをしているんだな、と知っていただければ幸いです。

 「こと」と書くことで安心することができるのかな?

この小見出しを読んで、何か引っかかる点はありませんでしたか?

そう、たった24文字の見出しのなかに「こと」が3回も出てきています。これは今回の記事のために作った極端な例ですが、実際の翻訳案件でも、こういう表現が多々見受けられます。実例を見てみましょう。

 例1

以下は、過去に翻訳者から提出された訳文です。(記事用に一部編集)

【原文】
Users can start editing immediately, and switch between native and proxies freely and flexibly for an optimal experience on any device.
【一次翻訳】
ユーザーは、すぐに編集を始めることができ、自由かつ柔軟にネイティブとプロキシを切り替えることで任意のデバイスで最適な編集作業をおこなうことができます。

原文の意味が正しく表現されていますが、読者としてフラットな気持ちで読んでみると、「〇〇すること」が3回出てくるのは冗長に感じます。

そこで、レビューの工程で以下のように手を入れました。

【レビュー後の翻訳】
ユーザーはすぐに編集を開始でき、自由かつ柔軟にネイティブとプロキシを切り替えて、任意のデバイスで最適な編集作業をすることができます。

こうしてみると、別に3回も繰り返す必要はなかったことがわかります。この翻訳者は、英文の意味を日本語に引き写すことに熱心になりすぎて、訳文全体を見ていなかったのだろうなと想像できます。

 例2

もう1つ例を見てみましょう。これも、実際の案件で翻訳者から提出された訳文です。

【原文】
You can do your part by:
【一次翻訳】
あなたは、次のことを行うことにより、役割を果たすことができます。

これはもう一見して「こと」が多すぎますね。冷静に見れば誰でもそう思うでしょうが、近視眼的に翻訳作業をしていると意外に気付かないものです。この原文は情報が少ないため翻訳に工夫が必要ですが、単語だけを見て単純に訳した結果、「こと」だらけになってしまったと想像されます。

レビューの工程で、これを以下のように修正しました。

【レビュー後の翻訳】
あなたは、次のことを行う責任を負っています。

この例でも、3回の「こと」を1回に減らすことができました。文脈を考慮した書き換えを行っているので、原文と1対1の対応にはなっていませんが、【一次翻訳】と【レビュー後の翻訳】のどちらが洗練されているかは一目瞭然です。

意味が合っていれば別にどっちでもいいと思いますか?そういう意見もあるでしょうが、私の考えは違います。意味が合っていて、かつ、読みやすく美しい訳文に仕上げることが、翻訳者の価値であり、翻訳の面白さだと思います。

 「こと」の連発を避けるには

「こと」だらけの翻訳から卒業するのに一番いい方法は、できあがった訳文をしっかり読み直すことです。文書の最後まで到達してから全体を見直してもいいですし、アジャイル開発的に「翻訳」→「見直し」を1文ずつ繰り返してもいいでしょう。推敲しているうちにいつのまにか「こと」が増えてしまう場合もあるので、個人的には、あれこれ編集して1つの文を仕上げたら、次に進む前に文全体を読み直すことをおすすめします。

「すること」を使わない表現が思いつかない……とお悩みの方は、まず次の2パターンの言い換えを覚えましょう。

・「〇〇することで」→「〇〇して」「〇〇によって」
・「〇〇することができます」→「〇〇できます」

若干口語的な雰囲気にはなりますが、文字数を減らす効果もあるので、困ったときにはぜひお試しください。ではまた。

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