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久住昌之『ひとり家飲み通い呑み』~食のエクリチュールvol.8~

食にまつわる書籍を紹介する“食のエクリチュール”シリーズ。 

第8回は今回は久住昌之『ひとり家飲み通い呑み』(日本文芸社)です。

 
開高健が書いています。「食欲をウマイ、マズイの味覚からだけ観察するのはひどい過ちである」と(『最後の晩餐』)。世界中を駆け回り、食に社会を、政治を、人間を見ていた開高健ならではの観察眼といえるでしょう。
 
久住昌之は、まさに単なる「ウマイ、マズイ」という価値観から一歩はなれたところで食を語るという新境地を開いた漫画『孤独のグルメ』(谷口ジロー画 扶桑社)の原作者です。
 
新境地とは青山二郎の言葉になぞらえていうと、「うまいものを食べてうまいと評価する、そんな事になんの意味があるだろう。舌さえあればバカにも出来る退屈な話だ。うまいとは、うまいものとの関係だ」というようなことになるのでしょうか。
 
話が思わず過激になってしまいましたが、要は、食の楽しみや満足感というものは、その食事が「ウマイ、マズイ」と同じくらいに、あるいはそれ以上にその食との関係性が重要だ、ということでしょう。
 
『孤独のグルメ』が傑作なのは、その個人的な関係性を描きながら主観的なレベルで終わらずに読むものを納得させ、引き込む新しい食の楽しみや食の魅力を発見したというところにあります。
 
主観的なレベルで終わっている美は美とは呼べないのと同様に、多くのグルメ評論は個人的な自己満足の単なる記録の域を脱していないからです。
 
本書におけるハイライトは、なんといってもひたすら家でのひとり飲みの際の酒と料理の「陣立て」を考え抜いて実践する「孤独の飲み飯」のパートでしょう。そこでは、まさに「ウマイ、マズイ」というありきたりで退屈な価値観を越えた新たな食の楽しみが縦横に語られます。
 
 例えば「チャーハン de 焼酎ロック」はこんな感じです。
 
「ちょっと前に気づいたのが、焼酎とチャーハン。
これはいい。意外な盲点だった。(略)
チャーハンの軽い油分、卵、ネギが、冷たくて味の引き締まった焼酎に合う。
想像してみてくださいな。焼き鳥とか焼き魚なんかより、焼酎ロックに寄り添ってくる味じゃないすか?熱いチャーハン。
逆にチャーハンと別の酒を合わせることを考えてみたまえ。
ビール?それは町の中華屋でチャーハンを食べるときに「とりあえずビール一本」的な、どこかおざなりな、慣例的なあれでしょ。味のことをよく考えていないでしょ。
缶ビールを、島かどっかアウトドアで男同士わしわし椎名誠的に飲む、というようなときは、合うでしょう、ビールとチャーハン。
だけど、ひとりしみじみ、ビールを飲んで、チャーハンを食べる。それを繰り返すって、どうよ。ご飯と炭酸、ご飯、炭酸、ご飯、炭酸。腹、張らね?最初はいいけど、じきに虚しくならね?
日本酒とチャーハン。なんか日本酒を油で汚してる感じしませんか。
紹興酒とチャーハン。口の中がベタつかないですか。紹興酒の糖分で。
ウィスキーには、なんか味が物足りない。チャーハンが弱い。
ワインにチャーハン。トレンチコ-トとビーチサンダルってセンスじゃない?
チューハイにチャーハンは、ちょっとなんかサムイ。ゆとりがない。
ホッピーにチャーハン。不真面目。軽薄。ちゃんと考えて。
こう考えていくと、焼酎ロックとチャーハンは、実にしっくりくる。
しかも、チャーハンって飲みながら食べてると、冷めてもツマミになるんだ。
ところが、ウマい焼酎を出す飲み屋で、まだこれに気づいていない店が多くて(気づいていない、とはまたエッラソーに。何様だ俺は)、なかなかチャーハンで焼酎ロックができないのが難点だ。(略)
 そこで、安くて健康的に、自宅でこそ、チャーハン焼酎といきたい。(略)
いいじゃないか、ひとりなんだから。どんなチャーハンだって。ネギが入ってて、醤油がちょっと焦げりゃ、ウマイんだよそれで。(略)
できたてのアツアツのチャーハンをカレースプーンでひと口。レンゲなんて食べにくいものを使わんでよい。
ネギがちょっと焦げた味って、そそるね。卵っていつも、やさしいね。
で、焼酎ロックをひと口グビリとやる。
これがウマい!
前に飯をひと口入れているから、口腔内に薄い油の膜ができているのか、焼酎のアタリが気持ち柔らかい。心にゆとりができて、ゆっくり味わえる。(略)
ぜひ、今宵の夕飯は、とりビー(とりあえずビール)抜きの、チャーハンde焼酎にしてみてはどうじゃらほい」

語りが弾けています。乗ってます。縦横無尽、悪乗り一歩手前の寸止めが絶妙です。『孤独のグルメ』におけるハードボイルドな語り口とは一転したハイテンポでハイテンションの語り口が本書での魅力です。

 
とんかつ定食をフルコースに見立てる「とんかつdeビール」。そこではお新香は前菜であり、ごはんはヴォリュームのある野菜料理だ。ビールは必ず瓶ビール。なぜなら「このビールはビールでありながら、スパークリングワインのフルボトル」であるから!
 
「長雨で足止めをくらった、安い旅籠の野武士」の気分で床ずわりでワインの野蛮な飲み方を披露する「床deワイン」。ありがちなもったいぶったワイン関連のエクリチュールへの見事な批評となっている。
 
ビールもどきの発泡酒を許せる気になる唯一の組みせとして提案されるのが「冷やし中華de発泡酒」。「冷やし中華って、エラそうにすればするほど、高そうにすればするほど、中華料理に近づけようとすればするほど、美味くなくなるでしょ」とその分析は冷やし中華の本質的存在論的を喝破して鋭い。
 
「大相撲床de焼き鳥ビール」では、「冷めウマ」というジャンルを築いている両雄のひとつ大相撲焼き鳥(もう一つの雄は崎陽軒のシュウマイ)とビールを片手に昼からの国技館での相撲観戦の祭祀的な宴会的なゆるーい楽しみがその臨場感とともに語られます。
 
正統派路線から、驚きの変化球的組み合わせまで、全部で二十一の「孤独の飲み飯」の陣立てが提案されます。まさに、「ウマイ、マズイ」なんかはバカにも出来る退屈な話だと思えてくるような、市場に流布する情報に染まりきった我々の価値観を小気味良く覆してくれる久住ワールドが展開されています。
 
はたして寿司パックや宅配ピザや即席焼ビーフンやツナトーストサンドには、どんな酒が組み合わされて、一体どんなひとり飯のシチュエーションとともの語られるのでしょうか。
 
それは読んでのお楽しみということにして、最後は今の季節にぴっりの「ゴーチャンdeハイボール」をご紹介して〆といたしましょう。
 
「夕方四時半ぐらいから、始めたいね。まだ、完全に明るいうちから。できれば、プールに行って、軽ーく泳いで来て。がんばり過ぎちゃダメだよ。軽ーく流して、三十分から五十分ぐらい、休みながらゆっくり泳いで。適度の空腹と、酒が美味しくてしょうがない喉を作るつもりで。
 ウマイよ。軽くクーラーの効いた部屋で。ひとり夏の酒宴。充実の夕暮れ。
で、陽が落ちたら、ソファでひと眠りする。夕寝。これが激気持ちいい。
起きたら風呂に入る。激さっぱりする。酒も抜けている。冷蔵庫の麦茶を飲む。パジャマに着替えたて布団で読書だ。洗ったばかりでさらさらのシーツだと言うことないね。腹減ったら、そうめんひと束。プールが利いてて、また眠くなる」
 
昼の暑さがひと段落する夕暮れ時。どうでしょう、苦味を残したゴーヤチャンプルと薫り高きダブルのハイボールで至福の時間を過ごしてみては? 

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