37.2010年「ぶつからないクルマ」と言う奇跡
2010年5月「ぶつからないクルマ?」というアイサイトのプロモーションが開始した。実物の開発者Sが石田ゆり子さんを助手席に乗せ、実際にブレーキを踏まず、バリアを前に「自動ブレーキ」で車が止まるという至ってシンプルな実証CMでした。
すぐに業界内で大きな話題となったのは当時まだ「ぶつからないクルマ」すなわち完全にバリアを前にブレーキをかけるところまでの装備をしているモデルがほとんどなかったこと。それ以上にある意味発展途上の技術でもあり大々的に宣伝すること、ぶつかることもあり得ることに懸念の声も社内外からあがった。
しかし、結論から言うとこのプロモーションで行くことを決めたのは当時の本部長の英断でもあるが、開発者Sの一言でした。
「この技術が普及すれば事故が減るんです。早く普及させることが大事なんです。そのためにも大々的に宣伝してください」
真摯なその言葉が背中を押しました。
2009年5月にフルモデルチェンジしたレガシィには3つの逆風が吹いていました。
①日本市場を見限りアメリカ市場をターゲットとしたクルマで、大きくなり日本市場では受け入れにくいサイズになっていた。
②2008年後半のリーマンショックで消費そのものが冷えていた。
③2009年6月から「エコカー減税」が始まり当初レガシィに対象車種がなかく苦戦。そしてほぼ同時期に3代目プリウスが発売され爆発的に売れた。
営業的にはこういったレガシィの販売状況のなか,背水の陣でアイサイトに頼る気持であったのは事実でありました。他社に先んじてカテゴリーをイノベーションすることのみが弱小メーカーの勝技だからです。そして車種数の少ないSUBARUは数年間で全車種にこの機能「アイサイト」を搭載することが可能であったのです(多数のモデルを持つ会社は全車搭載に時間がかかる。またある程度搭載していない技術はプロモーションがしにくいのです)
もうひとつの鍵は「ぶつからないクルマ?」です。アイサイトという名前が決まるまで社内では「ぶつからないクルマ」と呼んでいました。前方を見て自車の制御を行う技術は1998年くらいから商品化していたのですが、全く売れなかった。消費者が必要性を感じないので当然のことでありますが、この当時から開発者Hも思えば「事故を減らすのが目的なんだ」と目をキラキラさせていたことを思い出します。
その後2008年当時「完全にブレーキをかけること」がまだ認可されていない年、レガシィにアイサイトが採用され有名なサッカー選手を起用してゴールキーパーがボールを止めるのと合わせて「電子の目が事故を未然に防止する」というCMで訴求したのですが全く効果がなかった。ぶつかるけど急ブレーキをかけて大事故を予防する・・・・みたいな煮え切らない中身だったのと、なによりも消費者が「それがどうしたの」までもいかない興味も関心も産まないものだったからです。
確か2009年末くらいに某輸入車メーカーの要請で「完全ブレーキ」が認可されそのタイミングに乗じ2010年5月からのプロモーションが始まりました。「ぶつかるけど、急減速して事故を防ぐ云云かんぬん」で辟易した我々の広告コピーは瞬時に「ぶつからないクルマ」に決まった。
しかし、ここからが苦悩の連続であった。
あれから10年以上経過した2023年の現在でも衝突被害軽減ブレーキ(自動ブレーキ)や自動運転は完全ではありません。条件や状況で「ぶつかる」ことや「誤認識」もあるのです。
なにせ初めての試みだったので、最初から消費者が誤認識しないようなリスクを限りなく排除する作業も同時に開始しました。「ぶつからないクルマ」に「?」を付けたのもその思いでした。 その後各社が追従する中で消費者の誤認識を呼ぶようなモノも一部あり後になって業界規定みたいなものもできましたが、我々は最初のCMからCAUTIONいわゆる注意書きをよくわかる範囲で入れました。 完全ではない。ぶつかることもある。。。のような。
同時に関係省庁や公取やJAROなど社外の関係者にも相談をしましたが、なにせかつてないモノだったので、同様に「なんともいえない」という答が多かったのも事実です。社内の弱気な開発者からは「ぶつからない技術」とかで勘弁してくれないか。とも言われましたが「普及が事故を少なくする」ためにはサプライズが必要でした。
広告物にCAUTIONを入れるのと同時に販売現場の教育です。だれも体験したことのない技術をまずは全国のセールスの方全員に体験していただきます。
みなこわごわでCMの通りです。もちろんお客様も体感したことはないし、実際の運転では体感しない方が良い装置でもあります。そのためにはセールスの方に仕組みや条件などを熟知していただき、実際に商談の際に正確に的確に説明をしていただく必要もありました。実際当時の商談ではアイサイトの説明をしたのちにお客様の確認の署名をいただくことも実施していました。とにかく誤認識が怖かったのです。
販売店でお客様に「体感」していただくためにもたくさんの条件を用いて、安全第一で実施できる場所や条件だけを選び、いろいろな装置(バリア―)なども開発し、体感も安全第一にマニュアル化しました。それらを発売前に徹底して試験や実験をして発売日を迎えました。
「ぶつからないクルマ?」は大きな反響をよび、かつ体感する機会をたくさん作ったので実際に体感した方が「アイサイトすごいよ」と言っていただける連鎖が始まりました。
そんななか某代理店から毎年夏休みにお台場で開催される大々的なイベントのスポンサーから某自動車メーカーが下りる。という話が入りました。確か4月くらいだったと思います。「このプロモーションはとにかく体感していただかないとダメなんだ」と考えていた矢先。費用は大きかったのですが、宣伝担当者から課長、そして部長の私、そして本部長までの決裁には1時間ほどしかかかりませんでした。連絡が来たその日に回答しました「やります」
話がそれましたが、アイサイトのCMは話題になり店頭やイベント会場にはたくさんのお客様がアイサイトの体感にお見えになり、確か半年くらいで50万人の方に体感いただきました。
お陰様で販売も2009年の3重苦が嘘のように新たな波を起こしました。
と書くとただのサクセスストーリーのようですが、ここで言いたいのはいまでいうところの「パーパス」です。営業的にただ売りたいがためだったら何と言うか「自信」が出ないのですがなによりも冒頭の開発者の言葉がチーム全員を鼓舞したのでした。そして10万円という破格の値付けの背景もここです。そして何よりもお客様が「これいい」と思ってくれたことです。
「この技術が普及すれば事故が減るんです。早く普及させることが大事なんです。そのためにも大々的に宣伝してください」
ながくブランドに関わりいろいろな調査をしてきましたが、ブランドスコアと言うものはなかなか簡単に変化しないのです。もちろんこのマガジンの初めの方の90年代のSUBARUは認知や好意といったスコアは飛躍的に上がっていましたが、あるレベルまで行くとなかなか先に進まないのです。
そして例えば5つのブランドで時系列に比較してもその順位はなかなか変わらないのですが、アイサイトのプロモーションを開始して1年後 「安全なクルマを作っている」というスコアが以前の5倍くらいになり業界トップになったことがいまでも忘れられません。
サプライズとエンパシー (驚きと共感)
カテゴリーイノベーション (買い替える理由)
そしてそれを支えるパーパス (顧客起点)
弱小ブランド成功の法則がすべてアイサイトにはありました。