中学2年生で髪を染めた話
ちょっと前、高校生と先生が「髪を染めることの何がいけないのか」という議論をしているパンテーンの広告が話題になった。
皆さんが初めて髪を染めたのはいつだろうか?
私は中学2年生の夏休み。別に不良だったつもりはないが、髪を染めることへの憧れがあり、ダメ元で母に「髪染めてもいいかなぁ」なんて言ったら、「夏休みだけなら良いんじゃない?」とまさかの許可を得ることが出来た。
それからほぼ毎年、夏休みに髪を染めることが習慣になった。
今思うと髪だけ染めてメイクは全くしないという何とも中途半端なことをしていたのだが、当時はどんな色にしようかなと毎年の夏休みの楽しみになっていた。
多くの学校には「校則」というものがあると思う。が、私の学校は珍しく明文化された校則は存在しなかった。
この話をすると「よく学校はそれで問題なかったね!」と少なからず言われる。
結論から言うと、派手な子は派手(と言っても本物の渋谷JKにはなり切れていなかったと思う)だったし、そうでない子はそうでなかった。
夏休みに茶髪に染めて、そのまま学校に来て先生に怒られて髪を染め直しなさいと指導を受けていた子は、多くはないが存在した。
バイトも同様で、空気感としてバイトが禁じられている学校だった。けれど隠れてバイトをしている子もいた。
その子たちはみんな揃って「校則無いのに怒られるのマジで理不尽なんだけど」と言っていた。
かく言う私は毎年夏休みの終わりには元の色に染め直していた。そして高校生の頃は冬休み限定だがバイトもしていた。
毎年毎年「怒られるんじゃないか」と思っていたけれど、一度も怒られたことは無かった。
「校則無いのに怒られるのマジで理不尽なんだけど」という彼女達の気持ちも分からないでもない。根拠を理解出来ないのに、怒られるから腹が立つ。そしてまた行為を繰り返す。
でも先生達が何を求めていたか、今なら何となく分かる。
「校則が無いから何でもして良い」わけではない、何が良くて何がいけないことなのか自分で判断できるようになるのが社会に出るための一歩なのだ、と。
そして「自立」と「心の安定」に必要のないものは徹底的に排除しようとしてくれていたこと。
教室の机の横には何も引っ掛けてはいけない、チャイムは鳴らないから時計を見て行動する、情報は与えられるものでは無く自ら取りに行くもの。
髪を染めること、バイトをすること、これらは決して悪いことではないが、あの頃の私たちには刺激が強く不安定にさせるものだ、と判断していたんだと、今振り返って思う。
中学2年生の夏休み、たしかに私は不安定な時期を迎えていた自覚がある。初めての海外研修で仲が良いと思っていた友達が本当の意味で仲が良いと言えなくなっていたことで、付き合う友達がどんどん変わっていた時期。
先生達には全部バレていたんだろうなぁ。
私の恩師はずっとこんなことを言っていた。
「今お前たちは俺の言っていることが分からないだろう。何年後でも良い。いつかあの時俺がこんな事を言っていたなと思い出せればそれで良い」
社会に出て4年目を迎えた今、先生が言ってくれたことを沢山思い出す。
「お前はもっと楽に生きて良いんだ」
「負けを恐れるな、逃げを恐れよ」
「先陣は撃たれる」
今日この記事を書いて、先生のことを思い出した。今も現役で教師をしていることがネットを通じて分かった。
いつかまた先生に胸を張って会いに行けるように、日々努力していこ。